ファレイヌ2 第36話「導火線」後編 3 悲劇 午前8時25分、深沢ゆうきは学校の教室にいた。 始業時間5分前ということもあり、ゆうきは自分の席で隣の席の 友達と話していた。ゆうきの席は真ん中の列で前から3番目である 。 「ねえ、ゆうき、数学の宿題、全部出来た?」 隣の女子生徒が聞いた。 「もちろんネ」 「すごーい、ねえ、見せてよ、あたし、わかんないとこ、あんのよ 」 「教えるならともかく見せるのは雅美ちゃんのためにならないネ」 「もうゆうきは真面目なんだから。堅いこと言わずに見せなさいよ 」 雅美がゆうきのノートを取り上げる。 「ああ、駄目ネ!」 ゆうきが慌ててノートを取り返そうとする。 「見せてくれるまで返さないわよぉ」 雅美はからかい半分に言った。 「返さないと怒るネ」 ゆうきは向きになった。 そんな時、予鈴が鳴った。 予鈴が鳴っている間に、教室の扉が開き、担任の男性教師が入っ てくる。 立っていた生徒たちはさっと席に着き、ざわめきも静かになる。 教師はなぜか大きなトレンチコートを袖を通さずに着ていた。 教師は無言でしばらく生徒たちを見ていた。 生徒たちは教室にコートを着て入ってきた教師を不審に思い、隣 同士でひそひそ話をしていた。 「深沢ゆうきさん」 教師が落ち着いた声で言った。 「はい」 ゆうきが返事をする。 「出席簿を忘れたので、職員室から持ってきてくれませんか」 「は、はい」 ゆうきはどうして自分が指名されたのかわからないと言う顔をし ながらも、席を立ち、教室を出た。 しかし、その時、教師もゆうきが教室を出たと同時に、教室の出 入り口へ歩き出した。生徒たちはそれを不思議そうな顔で見送る。 教師は戸を開けた。その時、教師のコートがするりと床に落ちた 。 「!!!」 その瞬間、その教室にいた全ての生徒の視線が一点に集まった。 教師の手にはライフル銃が握られていたのである。 教師は廊下に出た。 何も知らずに教師に背を向け階段の方へ歩いていくゆうき。 教師はライフル銃を構えた。 そして、ためらいもなくトリガーを引く。 パンッ!! 次の瞬間、廊下に一発の銃声が轟いた。 「!!!」 弾丸は背中からゆうきの右胸を貫通する。 ゆうきは前のめりに倒れた。 教師はライフル銃を構えたまま、倒れたゆうきのもとへ歩み寄っ ていく。 一発の銃声で他の教室にいた生徒や教師たちが一斉に廊下に顔を 出した。 教師は氷のような冷たい表情を浮かべ、ライフル銃を天井に向け て、二発続けて発砲した。 その銃声で生徒たちが悲鳴を上げながら、一斉に逃げ出した。 廊下が無人になるのに5分とかからなかった。 教師はうつぶせのゆうきで足で転がし、仰向けにした。 ゆうきは血で真っ赤に染まる右胸を手で押さえながら、苦痛の表 情を浮かべている。 「ううっ」 「どうだ、痛いか」 教師はニヤリと笑って、言った。 「先生、どうして……」 ゆうきはか細い声で言った。 「おまえの先生は自宅で死んでいるよ、ナタリー」 「あなた、なにものネ……」 「4年前、教会堂でこの私に刃向かった報いを与えに来た」 「ミレーユ−−」 「そうさ。今はカイルとして転生したがな」 「……」 ゆうきは苦しそうな顔で教師を見た。「ワタシをどうするネ」 「どうしてやろうか」 教師はライフル銃をゆうきの顔に向けた。 「……お願い、殺さないで」 「命乞いか」 「ワタシは……死にたくない」 「死にたくない?今まで散々生きてたくせにか。じゃあ、死にたく させてやろう」 教師は突然、ゆうきの右腕を足で踏みつけると、右手に向けてラ イフル銃を発砲した。 「ああっ!」 ゆうきは悲鳴を上げた。 ゆうきの右手は肉片のように床に飛び散った。 「これでもう右手は終わりだ。次は左手だ」 教師は、今度はゆうきの左腕を足で押さえつけた。 「お願い、やめて……」 ゆうきは泣きながら、訴えた。 しかし、教師はライフル銃のトリガーを引く。 再びゆうきの悲鳴が上がった。 「もう両手はおしまいだ、次は足だな」 教師はゆうきの両足に何発も銃弾を浴びせた。 「た…す…けて」 ゆうきは必死に体を動かしながら、床を張って教師から逃げよう とする。 「ははは、芋虫だな。そんなことまでして助かりたいか」 教師は高らかに笑った。 教師は歩いてゆうきの進路に回り込むように立ちふさがった。 そして、ゆうきの頭を足で踏みつける。 「しぶといな。楽に死なせてやろう」 教師はライフル銃の銃口をゆうきの口に突っ込んだ。 「うぐぐっ」 ゆうきは恐怖に目を見開いた。 「地獄で死んだ仲間たちと暮らすんだな」 教師がライフル銃のトリガーを引こうとした。 「待ちなさい!!」 その時、廊下中に鋭い声が飛んだ。 「むっ!」 教師が顔を上げると、遠くに黄金銃を構える椎野美佳が立ってい た。 「また、おまえか。遅かったな、もうこいつはゴミだ」 教師はゆうきの顔を強く踏んだ。 「この悪魔っ!!」 美佳は黄金銃を発砲した。 グォーン!!! 精神弾が教師の顔を吹っ飛ばした。 首のなくなった教師はそのまま後ろへ倒れる。 「ゆうき!!!」 美佳はゆうきに駆け寄った。 「何てこと……」 ゆうきの体は全身血だらけだった。 美佳がゆうきを抱き上げると、弱々しい肩の震えが伝わってくる 。 「ゆうき、ごめんね、ごめんね」 美佳は目に涙をいっぱいにためて何度も謝った。 「ミカ……」 ゆうきは弱々しい声で言った。 「なに、ゆうき?」 「ミカと……遊べなかったネ」 「遊べるよ、これからいつだって」 「ミカ……」 「なに?」 ミカはゆうきをじっと見つめた。 「死にたく……ない…ネ」 ゆうきはかくんと首を垂れた。 美佳の手にゆうきの重さがずしりと伝わってくる。 「ゆうき……」 美佳はゆうきを抱きしめた。 「お別れは済んだか」 「!」 男の声に美佳は顔を上げた。 死んだと思われた教師が突然、むっくりと起きあがった。 首のない教師は立ち上がると、転がった首を自分の首の部分につ けた。 「バカな」 美佳は愕然とした。 「俺は不死身さ」 教師は笑った。教師の砕けた顔が元のように修復していく。 「メダリオンホークね」 美佳は立ち上がった。 「その通り」 教師の体の色が服や靴を含めて全身黒に変わった。続いて、体型 が様態変化して、赤い一つ目のアンドロイド、メダリオンホークに なった。 「もう許さないわ。あんたを絶対に許さない」 美佳はメダリオンホークを睨み付けた。 「ふふふ、ホークを倒せるかな」 メダリオンホークの胸部のスピーカーからカイルの声が流れた。 「倒すわ!!」 美佳は黄金銃を撃った。 精神弾がメダリオンホークの腹に風穴を開ける。 「大した怒りのパワーだ。ホークの体に穴を開けるとはな。だが、 それも無駄だ」 メダリオンホークの腹部の穴は一瞬にして修復してしまった。 「おい、犯人がいるぞ」 その時、警官隊が廊下に現れた。 「勝負はお預けだ」 メダリオンホークは戦闘機に変形すると、窓を突き破り、外へ飛 び出した。 美佳は歯をぐっと噛みしめ、黄金銃をペンダントに戻した。 「こんなにも無力だなんて……」 4 決心 夕方、美佳は事件の事情聴取を終え、早見に連れられて警察署を 出た。 美佳の表情はゆうきの死のショックと長時間の事情聴取で疲れ切 っていた。 空は今の美佳の気持ちを代弁するかのようにどんよりとした雲で 覆われていた。 警察署の前にはエリナと愛子が待っていた。 「美佳さん」 エリナが心配そうな顔で声をかける。 「……」 美佳はエリナを前にしても、気づく様子もなくぼんやりとしてい た。 「早見さん、美佳さんは何かの罪になるんですか?」 「心配ない。犯人ははっきりしているからね。美佳はあの現場にい た理由を聞かれただけだ」 「でも、こんなに長く−−」 「美佳が黙秘を続けたから、長引いたのさ」 「そうですか」 「さあ、ともかく、うちに帰ろう」 早見は三人を自家用車の後ろに乗せ、自分は運転席に乗り込んだ 。 早見は黙って車を発進させる。 「美佳さん……」 車に乗っている間、エリナはずっと美佳の顔を心配そうに見つめ ていた。 「−−どこかはっきりしてるのよ」 しばらくして美佳がぽつりと言った。 「……」 「警察はゆうきを殺したのは担任の教師だって言ってるわ。おまけ にその教師の射殺体が自宅で発見されると、それが自殺だなんて言 ってるのよ。笑っちゃうわよね」 美佳は自嘲気味に言った。 美佳はふっとエリナと愛子の顔を見た。彼女たちの顔は不安に満 ちていた。 −−私、何、落ち込んでるんだろう。みんながこんなに心配して くれてるのに、全然気づかないなんて 「先輩、どうしてゆうきちゃんが殺されなきゃいけないの。カイル はゆうきちゃんがファレイヌを持ってないの知ってるんでしょ」 愛子が急に泣きそうな顔をして言った。 美佳はそれを見て、胸が痛んだ。 「カイルにとっては全てのファレイヌを集めることと同時に、元の ファレイヌたちを殺すことも目的としているのよ」 美佳が落ち着いた声で言った。 「どうしてぇ?」 「それはみんながファレイヌの秘密を知っているからよ」 「それじゃあ、あたしたち、ファレイヌを持ってなくても殺されち ゃうんですか?」 「そうよ」 「そんなぁ。あたし、死ぬのなんてイヤ。まだしたいことたくさん あるんだもん」 「ゆうきも死ぬ間際にそんなこと言ってたわ……」 美佳は遠くを見つめた。 「これからどうしたらいいんでしょう」 エリナも今度ばかりは名案が浮かばなかった。 「言いたくはないけど、私の力じゃ無理よ」 美佳が言った。 「え?」 「今度のことで実感したわ。今の私じゃ、たとえ変身してもメダリ オンホークには勝てない」 「先輩、あたし、どうしたらいいんですか?」 愛子が言った。 「勝手にしたら?」 「ええっ」 愛子が驚いた顔をする。 「冗談よ」 美佳が愛子の顔を見て、少し笑った。 「びどーい」 「私にファレイヌのことを黙ってたお返しよ」 「ああっ、それは先輩に変な目で見られたくなかったから−−」 「それはエリナから聞いたわ。でも、人に嘘をつかれるのは好きじ ゃないの。相手を信用できなくなっちゃうでしょ」 「ごめんなさい」 愛子がしゅんとなる。 「まあ、それはともかく、愛子の今後のことは考えないとね」 「そうですね」 エリナは美佳がいつもの調子に戻ったので安心した。 「着いたぞ」 早見が車を自宅の前に止めた。「俺はまたこれから警察に戻らな きゃならないが−−」 早見は振り返って美佳の顔を見た。 「私はもう大丈夫だよ。早見、今日はありがとう」 美佳は微笑んだ。 「君はそうやって誰にでも強いところを見せるのか?」 「そうかもね。だから、かわいげないって言われるのかも」 「……」 「さあ、みんな、降りるよ」 美佳はエリナと愛子を先に車から降ろした。 「エリナとは仲直りできた?」 「あ、ああ」 「よかった。じゃあね」 美佳は車から降りた。 早見は三人に軽く手を振って、車を発進させた。 早見の家の前には三人が残った。 「さて、どうするかな。あいっぺを預かるにしても、あいっぺの両 親を説得しなきゃいけないし」 「あっ、先輩と一緒に暮らせるんですか?」 愛子の顔が明るくなる。 「仕方ないでしょ」 「やったー、パパやママの説得はあたしに任せて下さい」 愛子が元気よく言った。 「さっきまで沈んでたくせに変わり方が私より極端ね」 「だって、嬉しいんだもん」 三人は家のドアの前に来た。 エリナが家の鍵でドアを開けようとすると、 「あら、鍵がかかってませんわ」 と言った。 「鍵をかけ忘れたんじゃないの?」 「そんなことありませんわ」 「まさか、家に侵入者が?」 三人は顔を見合わせた。 「みんな、下がってて」 美佳が先頭になり、そっとドアを開けた。 「ドアに細工はないわね」 美佳たちは家に入った。 薄暗い玄関だが、DKの方から明かりが漏れている。 「美佳さん、見慣れないブーツが」 エリナが小声で美佳に言った。 「どれ?」 美佳が下を見ると、確かに見慣れない黒のブーツがある。 美佳は足音をたてないように家に上がった。エリナと愛子がその 後ろに続く。 美佳はファレイヌのペンダントを心の中で呪文を唱えて、黄金銃 に変えた。 「いい、私に何かあったら、逃げるのよ」 美佳の言葉に二人がうなずく。 美佳は壁に背中をつけ、横這いに歩きながら、DKの入り口のす ぐ横に来た。中から小さな物音が聞こえる。 「いくわよ」 美佳は銃を両手で持ち、勢いをつけてDKに飛び込んだ。 「動くなっ!!」 美佳は銃を構えて、叫んだ。 「はっ?」 その時、美佳の目の前に飛び込んできた光景は、テーブルでスパ ゲッティを食べているペトラルカの姿だった。 ペトラルカの方も美佳を見て、驚いている。 「なっ−−ひとんちで何やってるのよ」 「夕食よ」 ペトラルカは至極当然に言った。 DKにいたのが、ペトラルカとわかり、エリナと愛子が部屋に入 ってくる。 「ゆうきが殺されたわ」 美佳がペトラルカの向かいのイスに座って言った。 「知ってる。テレビのニュースで見たわ」 ペトラルカはまたスパゲッティをホークで食べ始めた。 「それだけ?他に言うことはないの」 「なに?あなたがゆうきを助けられなかったことを責めて欲しいの ?」 「そうじゃないわよ。ただゆうきは仲間でしょ」 「少しは悲しめって?そりゃあ、仲間だもの、ゆうきの死は悲しい わ。でも、今の私にはカイルを殺すことしか出来ないもの。それに 全力を尽くすしかないでしょ」 「ここへは何をしに来たの?」 「挨拶よ。留守だったから、待ってる間に食事をとってたの」 「この家には鍵がかかってたんですよ」 エリナが言った。 「この前、来た時に合い鍵を作ったのよ」 「まあ」 エリナは呆れた顔をした。 「挨拶って何の挨拶?」 「昨日、マイクのところへ行ったんですってね。彼から電話があっ たわ」 「それで」 「私に会いたかったんでしょ。彼がどうしても美佳にはきちんと会 った方がいいって言うから、仕方なく会いに来たわ」 「それなら、話が早いわ。早速言うけど、カイルとはいつ、どこで 会うの?」 「ノーコメント」 「ノーコメントじゃないでしょ。カイルはともかくメダリオンホー クは強敵よ。あなた一人じゃ無理よ」 「電話でも言ったけど、万一の時には後のことはあなたに任せるわ 」 「任されても困るわよ。私なんかこの四日間で4度も奴と戦って、 全く歯が立たなかったんだから」 「へえ、すごいじゃない」 「何がすごいのよ」 「生きてるってことがよ。普通の人間なら、一度の戦いで殺されて るわ」 ペトラルカが感心して言った。 「変なところで感心しないでよ。とにかく、戦うにしても一緒に戦 った方がいいわ」 「それは駄目?」 「どうして?」 「危険だから」 「少しぐらいの危険なんか気にしないわ」 「とぉっても危険なの」 「そんな危険なことなら、なおさら、あなた一人でやらせるわけに いかないわ」 「頑固ね」 「お互い様でしょ」 美佳とペトラルカの意見は平行線だった。 「ペティー、わたくしのファレイヌを返していただけますか」 エリナが思い切って言った。 「−−−」 ペトラルカがエリナを見る。 「わたくし、間違ってました。やっぱり自分の命は自分で守らなけ れば駄目ですわ」 「あたしも返して。ゆうきちゃんが殺されたの見たら、武器なしじ ゃ安心していられないもん」 愛子もエリナに賛同した。 「困った人たちね。意見を簡単に変えるなんて」 「ペトラルカは嘘つきだよ。ファレイヌを持ってなければ、カイル に命を狙われることはないって言ったじゃない。だから、ゆうきち ゃんやあたしはファレイヌをペトラルカに預けたんだよ」 愛子は怒った顔で言った。 「それは謝るわ。ああでも言わなかったら、渡してくれないと思っ たから。でも、ファレイヌをむざむざカイルに奪われるわけにもい かないのよ。ゆうきが例えファレイヌを持ってたとしても、彼女は 殺されたわ」 「そんなのは結果論だわ」 その時、DKの入り口から声がした。 「げっ、ソフィー」 美佳は振り返って声を上げた。「あんた、いつのまに入ってきた のよ。不法侵入じゃない」 「うるさいわね、美佳が警察署を出た時から尾行してきたのよ」 「あのねぇ、だったら−−」 美佳が何かを言う隙を与えず、ソフィーが部屋に入って、ペトラ ルカの前まで行った。 「あんたのせいだわ。あんたのせいでナタリ ーは死んだのよ」 ソフィーはドンとテーブルを叩いた。 「私のせい?」 「ゆうきは本当に信じていたんだ。ファレイヌを持っていなければ 、自分が命を狙われることはないってね。その純真な気持ちをペト ラルカ、おまえは踏みにじったのよ」 ソフィーは鋭い口調で言った。 「それでも、ファレイヌが奪われるよりましだわ」 「何ですって!!」 ソフィーはペトラルカに掴みかかった。 「ちょっとやめなさいよ」 美佳が席を立ち、二人は止めに入った。しかし、小柄な美佳はあ っさり突き飛ばされる。 ソフィーとペトラルカは取っ組み合いの喧嘩になった。 「おまえがナタリーを殺したんだ」 「自分で何もしなかったくせに偉そうなこと言わないでよ」 「何ぃ」 「本当に彼女を守る気があるんなら、何とか出来たはずだわ。私に ファレイヌを預けたのもあんたが信用されてない証拠よ」 「ふざけんな、ゆうきはおまえの口車に乗せられたんだ」 女同士の喧嘩は見ていて、凄惨なものがあった。 「エリナ、あいっぺ、ぼうっと見てないで、止めて」 腰を打ちつけ、立ち上がれない美佳が大声を上げた。 「はい」 エリナと愛子が二人の喧嘩を止めに入った。 かくして5分後、ようやく二人を引き離すことに成功した。 しかし、ソフィーの方はまだ興奮している。 「ここは私の家じゃないんだからね。散らかさないでよ」 美佳は腰をさすりながら、言った。 「おまえなんかさっさと殺されればいいんだわ」 ソフィーが吐き捨てるように言った。 「ソフィーの気持ちはわかるけど、ゆうきの死はペトラルカのせい じゃないわ。全てはカイルの仕業よ」 「おまえにそんなこと、言われる覚えはないわ。ナタリーを守れな かったくせに」 「ちょっとソフィー、それはひどいんじゃない」 愛子がムッとした。 「いいの、それは事実だから。ただね、ソフィー、人を責めたって 物事は解決しないでしょ。この先、まだ仲間たちがカイルに狙われ る危険性が残っているのよ」 「もうこれ以上、やらせはしないわ。カイルは私が殺す」 「バカなこと言わないで。一人で奴に勝つことは無理よ」 「みんなでかかれば、勝てるとでも言うの?」 「保証はないけど、みんながいれば、勇気が出るわ。4年前、教会 堂でミレーユと戦った時がそうだったもの。あの時、ナタリー、ペ トラルカ、そしてエリナがいなかったら、私は奴に勝つことは出来 なかったの。それぐらい、仲間って言うのは力を与えてくれるもの なのよ」 「美佳−−」 美佳の言葉を聞いて、驚いた顔をしたのはペトラルカだった。 「わかったわ」 ペトラルカは少し考え込んでから、言った。 「?」 全員がペトラルカを見る。 「みんなにカイルと会う時間と場所を教えるわ」 「ペトラルカ」 美佳の表情が明るくなる。 「美佳の今の言葉を私は待っていたのよ」 「え?」 「あなたはすぐ人のために自分が犠牲になろうとするから、私がカ イルと落ち合う場所を話せば、私の代わりに戦おうとするんじゃな いかと思ったの」 「もちろん、そういう気持ちはあるわ」 美佳は目を一度伏せ、再びペトラルカを見た。「でも、カイルと の戦いだけはみんなの力を借りたいの。本当に奴は強いから。一緒 に戦ってくれなくてもいい。応援してくれるだけでもいいから、私 に戦う力を与えて欲しいの」 「先輩、あたし、戦います。殺されるの、怖いけど、先輩と一緒な ら頑張れると思う」 愛子が言った。 「わたくしだって同じですわ」 とエリナ。 「みんな−−」 美佳は感激して、涙ぐんでしまう。 「ばかばかしい、おまえたちはカイルの、いやメダリオンホークの 恐ろしさをわかっていないんだ」 「それは違うわ。私たちは奴の怖さがわかっているからこそ、みん なで戦うのよ。今まで黙ってたけど、あなたはCIAの諜報部員で しょ」 「ええっ?」 ペトラルカの言葉に美佳たちは驚きの声を上げる。 「何を根拠にそんなことを?」 「カイルの部屋にあった12枚の写真を手がかりに私も仲間たちの 消息について調べたのよ。あなたは4年前のバフォメット退治後、 CIAの諜報部員リタ・ウインダムに転生していた。当初は任務と してメダリオンホークの設計図の手がかりを追っていたが、その過 程でカイル・リッガーという名前に突き当たった。そして、カイル を追跡しているうちに彼がファレイヌを集めていることを知り、彼 の正体を悟った」 「さすが新聞記者ね」 ソフィーはひきつった笑いを浮かべた。 「言いたくないはないけど、あなたこそ今の事態を招いた原因だわ 」 「何ですって」 「そうでしょ。もしカイルを殺す気になれば、あなたはまだ奴がメ ダリオンホークを完成させる前に殺せたはずよ。しかし、あなたは 任務を優先させて、メダリオンホークの完成品の入手にこだわった 」 「デタラメだわ、そんなこと」 「ふふ、まあ、デタラメと言われてしまえばそれまでだけど。とに かく、私たちは共同でカイルと戦うことに決めたわ。あなたはどう するの?」 「うっ……」 ソフィーは言葉に詰まった。 「ソフィー、強要するわけじゃないから、断ってもいいのよ。自分 の命は本当に大事なんだから」 美佳が優しく言った。 「やるわよ」 ソフィーが少し考えてから、言った。 「本当にいいのね」 「ああ」 「それじゃあ、決定ね。4人で頑張りましょう」 美佳が元気よく言った。 「4人じゃないわ」 ペトラルカが言った。 「え?まだ他にいるの?」 「後二人ね」 ペトラルカは意味ありげに微笑んだ。 エピローグ その夜、代議士黒崎剛次邸に一人の男が訪れた。カイル・リッガ ーである。 カイルは客間に通され、カイルの希望で黒崎と二人きりで話をす ることになった。 「リッガー君、こんな夜分に何の用かな」 ガウン姿の黒崎はソファにもたれ、たばこをくゆらせながら、言 った。 「私が日本にいない間、椎野美佳に何度もちょっかいを出されたそ うですね」 カイルは黒崎の勧めたソファに座らず、立ったまま、言った。 「何のことかな」 「とぼけても無駄ですよ」 「君にはかなわんな。確かに椎野美佳を狙った。しかし、それは、 彼女が早見という刑事と組んでわしの島を荒らしとるからだ」 「それだけですか。聞けば、あなたは、配下の者に黄金銃を美佳か ら奪えと言う指令を出してるとか」 「黄金銃?初めて聞くなぁ。価値のあるものなのかね」 「黒崎さん、私は写真の女たちを捜してくれとは頼みましたが、そ れ以上のことは頼んでいませんよ。こちらもあなたのために政治献 金や密輸で協力してるんだ、よけいなことをされては困りますね」 「リッガー君、失礼じゃないか。わしは知らんと言っとるんだ。根 拠のないことを言うのはやめたまえ」 黒崎は灰皿にタバコをすりつぶした。 「そうですか。では、これを見てもらいましょうか?」 カイルは背広の胸ポケットにさした銀色の万年筆を取り出した。 彼はその万年筆を握りしめ、強く念じた。すると、万年筆がリヴォ ルバーに変わった。 「な、なんだ、それは」 黒崎は驚きの色を示した。 「椎野美佳もこのような銃を持っていたはずです」 「な、なに……」 その時、カイルは銃のトリガーを引いた。 銃口から発射された青白い弾丸がガラスのテーブルに命中する。 「ひいっ」 黒崎は驚きのあまり、ソファに身を引いた。 テーブルは白い煙を上げて、溶けている。 「黒崎さん、もう一度聞きます。あなたは椎野美佳の銃を狙ってい たのでしょう」 カイルが歩み寄った。 「わ、悪かった、確かにその女の銃を手に入れるよう命令は出した 。しかし、それがあんたの狙っているものとは知らなかったんだ」 黒崎は血相を変えて、弁明した。 「最初から素直にそう言えばいいんですよ。今回だけは許しましょ う。ただし、今度、そう言う事実が分かった場合には命はありませ んよ」 「わかった、誓う。だから、勘弁してくれ」 「いいでしょう」 カイルは拳銃を元の万年筆に変え、胸ポケットに納めた。 「では、私は失礼します。お体を大切に」 カイルはそう言うと、客間を出ていった。 客間に残った黒崎はしばらく恐怖のあまり動くことが出来なかっ た。 「どうかなさいましたか」 秘書が客間に入ってくる。 「何でもない」 黒崎は秘書に自分の表情を隠した。 −−おのれ、あの若造。 黒崎はプライドを傷つけられ、内心、激しい憤りを覚えていた。 「導火線」終わり