ファレイヌ2 第35話「導火線」前編 登場人物 椎野美佳 声優。黄金銃ファレイヌの所有者。 魔法のヘアバンドでキティセイバーに変身。 エリナ 美佳のマネージャー。 ペトラルカ 新聞記者。青銅銃ファレイヌの所有者 マイク・リッガー カイルの弟。リッガー・インダストリーの社長 メダリオンホーク あらゆるものに変形、合体可能な人間型兵器 カイル・リッガー ファレイヌを集めて、世界征服を企む男 水銀のファレイヌ、ミレーユの転生した姿 *現在の13のファレイヌの所有状況* 椎野美佳 金のファレイヌ所有 ペトラルカ 青銅、銅、コバルト、水晶のファレイヌ所有 カイル 水銀、チタン、鉄、ニッケルのファレイヌ所有 ソフィー 亜鉛のファレイヌ所有 セリン 鉛のファレイヌ所有 不明 クロムと白銀のファレイヌ プロローグ 「どうあっても教えてくれないんですね」 椎野美佳はマイク・リッガーの顔をじっと見つめ、言った。 「申し訳ありませんが、お答えできません」 マイクは努めて冷静な口調で言った。 「ふうっ」 美佳は大きくため息をついて、ソファにもたれた。 −−これはしぶといわ 先に美佳の気持ちの方が根負けしそうであった。 室蘭のホテルでセリン・ジャルダンと別れ、東京に戻った美佳と エリナ・レイは、その夜のうちにペトラルカの婚約者であるマイク ・リッガーの宿泊するホテルを訪ねた。 ペトラルカの居場所を聞く美佳に対し、マイクは教えられないの 一点張りだった。 既に教える教えないのやりとりがホテルのロビーで一時間あまり 続いている。 「リッガーさん、本当にいいんですか。あなたが教えて下さらない と、ペティーは殺されるかも知れないんですよ」 エリナが美佳に替わって、言った。 「これはペトラルカとの約束です。もしあなた方に教えれば、彼女 を裏切ることになります」 「ペティーの命がかかってるんですよ」 「まだペトラルカが死ぬと決まったわけではありません」 「彼女が死んでからじゃ、取り返しのつかないことになるわよ。あ なたのお兄さんが手に入れたメダリオンホークってマシンは、化け 物みたいに強いんだから」 美佳が言った。 「それなら、なおのこと教えるわけにはまいりません」 「どうして?」 「ペトラルカは不必要な犠牲を出さないために、一人で戦うことを 決心したのです。メダリオンホークがそれほど恐ろしい兵器なら、 あなた方が加勢したところで勝てるはずはないでしょう」 「あなた、ペトラルカを見殺しにするの?」 美佳の口調が向きになる。 「あなたは椎野美佳さんといいましたよね?」 「え?そうだけど」 美佳はマイクが急に話題を変えたので戸惑った。 「以前、ペトラルカがあなたのことを話してくれたことがあったん です」 マイクが思い出すように言った。 夜の海上を航行する大型客船。マイクとペトラルカはデッキで夜 風に当たりながら、話をしていた。 「あなたの尊敬してる人って誰?」 ペトラルカはふいにマイクに尋ねた。 「そうだな、人権運動の指導者だったマーチン・ルーサー・キング 牧師は子供の時から尊敬しているよ」 「他には?」 「尊敬という点からすれば、彼一人だな。君はどうなんだい?」 「私も一人だけよ」 「誰?」 「椎野美佳」 「……聞いたことないね。何か功績でもあるのかい?」 「世界を救ったわ」 「世界を?」 「そう。それを知ってる人はほとんどいないけどね」 「ふうん」 「私ね、彼女に憧れてるのよ。彼女のような人間になれたらいいな って」 「彼女のような人間って?」 「ものすごくお節介な人間。自分のことより他人のことを本気で心 配するバカな人間の事よ」 「君がそんな人間になったら、僕は困るな」 「そう?だったら、別れる?」 ペトラルカはくすっと笑って、言った。 「何か誉められてんだか、けなされてんだか、わからないわね」 美佳はぼそっと言った。 「彼女にとっては誉め言葉ですよ。彼女はね、あなたになりたいん ですよ」 「え?」 「あなたと同じように自分一人で世界を救いたいんです。それが彼 女の夢ですから」 「冗談じゃないわ。そんなことのために一人で戦おうって言うわけ ?」 「ええ」 「そんなのどうかしてるわ」 「どうかさせたのはあなたのせいですよ」 マイクは立ち上がった。 「リッガーさん」 美佳がマイクを見上げる。 「私の口からはこれ以上何も言うことはありません。お引き取り下 さい」 マイクはそう言うと、奥のエレベーターの方へ去っていった。 「どうにもなりませんね」 エリナが美佳に言った。 「期待薄だけど、ゆうきとあいっぺにもペトラルカの居所を聞いて みる必要があるわね」 「あの二人は何も知らないと思いますけど」 エリナはぽつりと言った。 「エリナ」 美佳が急に怖い顔をして、言った。 「は、はい」 「ゆうきやあいっぺはともかく、何でエリナはペトラルカにファレ イヌを渡したの?」 「それは−−」 「エリナは前に私と一緒に戦うって言ったわよね、私の言葉を押し 切って。だから、私はあんたにファレイヌを預けたのよ」 「それはわかってます」 「だったら、どうして?私よりペトラルカの方が頼りになるとでも 思ったわけ?」 「違います。ただペトラルカに任せれば、美佳さんが戦わなくて済 むと−−」 「バカッ!」 美佳はエリナの頬をひっぱたいた。 エリナは驚いて美佳を見る。 「エリナは自分さえよければ、他人を犠牲にしていいって言うの? 見損なったわ」 「わたくしは別にどうなったっていいんです。ただ、美佳さんがこ れ以上、命を狙われ続ける姿を見るのが嫌なんです。美佳さんは自 分の命が大切じゃないんですか?わたくしは美佳さんが死んだら、 生きていたくありません」 エリナは悲しそうな顔をして、言った。 「−−早見の家に帰ろ」 美佳は静かに言った。 「え?」 「エリナが自分のためにファレイヌを預けるなんてことしないもの ね。悪かったわ」 美佳はエリナに背を向け、入り口の方へ歩いていく。 「……」 エリナは少し黙り込んで美佳の背中を見つめていたが、美佳がホ テルを出そうになると慌てて席を立ち、美佳の後を追いかけていっ た。 1 来客 美佳たちがマイクとホテルで話し合っている頃、早見は自宅の居 間でテレビを見ていた。 テレビはどの局も普段の番組を変更して、室蘭で起きた謎の軍用 ヘリによる殺人事件の報道で持ちきりであった。 マスコミにはまだ警察の詳しい事件発表がないせいか、テレビは 現場の中継映像ばかりを流している。 早見自身も襲われた被害者に美佳がいて、エリナが安否を確認に 室蘭へ向かったという以外はほとんど知らない。 「そろそろ連絡ぐらいあってもいいのにな」 早見は少し苛ついて、言った。 彼は、この事件が黒崎の部下が美佳を狙ったものではないかと考 えていた。そのため、早見も事件を聞いた時には室蘭へ向かうつも りであったが、エリナに電話をした際に彼女に止められ、仕方なく 東京でエリナからの電話を待つことにしたのであった。 早見は壁の掛け時計を見た。時間は午前零時を回っている。彼が 帰宅してから、5時間余りすぎていた。その間、彼は美佳の泊まっ ているホテルに連絡を入れたりしたが、美佳はホテルをチェックア ウトしてホテルにはいないと言うことだった。 「遅いな、どうなってるんだ」 早見はグラスのウイスキーを一気に飲み干した。 行動的な性格の早見には待つというのは苦手な行為であった。 本来、人の言うことは聞かない早見だが、エリナの頼みとなると いつものようには無視できない弱みがあった。 ピンポーン その時、玄関で呼び鈴が鳴った。 「やっと帰ったか」 早見はさっとソファから腰を上げ、居間を飛び出した。 そして、玄関まで走って、ドアを開けた。 「遅かったな、一体−−」 早見はそこまで言いかけたところで言葉を切った。 ドアの前にいたのは美佳たちではなかった。 そこに立っていたのは長い銀髪に白いコートを着た男、カイル・ リッガーであった。 「誰だ、あんたは?」 早見はその男の顔を見て、瞬間的にただ者ではないことを悟った 。 「椎野美佳はいるか」 カイルは低くこもった声で言った。 「彼女に何の用だ」 「美佳に伝えておけ。室蘭港での恨み、必ず晴らすとな」 カイルはそう言うと、身を翻し、去ってゆく。 「ちょっと待て」 早見はカイルを追うように家を出ると、外の道で呼び止めた。 カイルは振り向いて、早見を見た。 「貴様、何者だ?」 「答える必要はない」 カイルは冷たい声で言った。 「俺は刑事だ。恨みを晴らすなんて言葉を聞いて、このまま帰すわ けにはいかんな」 「ほお、どうするというのだ」 「貴様の身元を開かさなければ、警察に連行する」 「ふふ、よかろう。俺の名はカイル・リッガー」 「カイル・リッガー……」 早見は眉をひそめた。 −−確か美佳が調べておいてくれと言っていたあの男か 「俺は世界を支配するために生まれた男だ」 カイルはコートの懐に手を入れると、銀色の大型リヴォルバーを 抜いた。 「何のまねだ」 早見は身構えた。 「俺の名を知った者には死んでもらう」 カイルは拳銃のトリガーを引いた。 グォーン!!! カイルの拳銃が火を噴いた。 早見は反射的に右へ体を投げ出した。 だが、弾丸も早見の方へカーブする。 「うぐっ」 弾丸が早見の肩をかすめて、塀に命中した。 「これは−−」 地面に両手をついた早見が目の前の塀を見て、声を上げた。 塀がドロドロに溶けているのである。 早見はそれを見て、自分の右肩を見た。早見の背広が白い煙を上 げて、溶けている。 早見は慌てて背広を脱いだ。しかし、既にシャツも溶け、傷は肩 まで達していた。 「その銃はファレイヌか−−」 早見は右肩を左手で押さえて、言った。 「ファレイヌを知っているのか。ふふふ、その通り、これは水銀の ファレイヌだ」 カイルは銃口を早見に向けた。「一発目で死ななかったのは幸運 だが、二度も幸運は続くかな」 「それは私の台詞よ」 その時、早見の背後の方から女の声がした。 「むっ」 カイルが声の方を見る。「椎野美佳−−」 「わざわざ家に訪ねてくるなんて、ずうずうしいわね」 闇の中から美佳とエリナが現れた。 「エリナ、早見を家に」 「はい」 エリナが早見に肩を貸し、早見の家に連れていく。 「タイミングの悪い奴だ。死にに現れるとはな」 カイルがニヤリと笑った。 「さあて、どうかしら」 美佳はファレイヌのペンダントを右手で握りしめ、黄金銃に変化 させた。 「ふっ、試してやろう」 カイルは水銀銃のトリガーを連続で引いた。 同時に美佳も黄金銃を発射する。 発射される溶解弾を美佳の精神弾が次々と消滅させる。 「ちっ」 カイルは意地になって水銀銃を発砲した。 しかし、美佳も応戦する。 美佳とカイルの発射した弾丸は全て命中することなく、美佳とカ イルの中心で消えた。 激しい銃撃戦で先に息切れしたのはカイル であった。 「くっ、はあはあ」 カイルは呼吸を乱しながら、銃を降ろした。 「もう終わりかしら」 「くそっ、メダリオンホーク!」 カイルが暗黒の空に向かって叫んだ。 「まさか」 美佳は空を見渡すと、美佳の背後から両腕のついた黒い戦闘機が 迫ってくる。 「逃がさないわよ」 美佳は黄金銃を戦闘機に向けて、発砲した。 カンッ、カンッ! しかし、メダリオンホークは次々と精神弾を跳ね返し、低空飛行 で美佳の真上を通り過ぎると、素早くカイルの両腕を抱え上げ、一 気に上昇した。 「次こそ貴様を殺す」 カイルはそう言い残すと、メダリオンホークと共に夜空に消えた 。 「美佳さん!」 エリナが家から出てきた。 「逃がしたわ」 「怪我は?」 「私は大丈夫。それより、早見は?」 「軽い火傷です」 「そう」 美佳とエリナは家に戻った。 それから、エリナは居間で早見の手当をした。 「これで応急処置は出来たと思います。でも、念のため、病院には 行かれた方がいいですわ」 エリナが救急箱に包帯や薬をしまいながら、言った。 「迷惑かけて済まない」 「迷惑かけたのは私たちの方だよ」 美佳が言った。 「そうだな。心配してたんだぞ、連絡がないから」 「あっ、すっかり忘れてましたわ。早見さんに連絡するの」 エリナが思い出したように言った。 「まあ、この様子を見れば、無事なのはよくわかったよ」 早見が美佳を見て、言った。 「心配して損したと思ってるでしょ?」 「いいや、損するほど心配してないから安心してくれ」 「それどういう意味よ」 美佳が少しムッとする。 「それにしても、カイルがここにまで来るなんて」 エリナが爪を噛んで、言った。 「あのカイルという男は何者なんだ?」 「早見には悪いけど、この件には関わらない方がいいわ」 「怪我までさせられて、黙っていられるかよ。奴は銃刀法違反に殺 人未遂だ」 早見の声が怒りにうわずっていた。 「それはそうだけど、あの男のことは私に任せて欲しいの」 「奴はファレイヌを持っていたけど、それに関係があるのか」 早見の問いかけは美佳は黙ってうなずいた。 「俺じゃ、力になれないのか」 「あの男に警察権力は通用しないわ。でも、早見には力になって欲 しいことがあるの」 「何だ?」 「エリナを早見の信頼できる人のところで預かってもらいたいの」 「美佳さん」 美佳の言葉にエリナは驚いた。 「エリナは黙ってて。早見、どう?」 「俺は構わないが、エリナさんが納得するのか?」 「わたくしは納得してません。どうしてそんなこと言うんですか」 「何も永久にって言ってるわけじゃないの。カイルと決着をつける までの間よ」 「やっぱり美佳さんはわたくしがペトラルカにファレイヌを渡して しまったことを根に持ってるんですね」 「根に持ってなんかいないわよ」 「根に持ってなければ、そんなこと急に言うはずありませんわ」 「急に思ったわけじゃないわ。前から思ってたの」 「そうですか……美佳さんにとってわたくしは足手まといなんです ね」 「またそう言うこと言う。私はエリナのことが大切だから……」 「もういいです」 エリナは美佳をキッと睨んで、言った。 「何がいいのよ」 「わたくし、一人で暮らします」 「え?」 「見ず知らずの人に匿ってもらって怯えて暮らすくらいなら、わた くしは一人で暮らします」 「バカ言わないでよ、そんなことさせられるわけないでしょ」 「どうしてですか。わたくしは美佳さんのペットじゃありません。 美佳さんの言うことを聞く義理はありませんわ」 「随分なこと言うわね、だったら、勝手にすれば」 「勝手にさせてもらいます」 エリナはそう言うと、怒って居間を出ていった。 「全く!」 美佳は八つ当たり気味にゴミ箱を蹴飛ばした。 「短気だな、君は」 早見は二人のやりとりを聞いていて、呆れ返っていた。 「エリナが悪いのよ」 「この際、誰が悪いなんてことはないだろ。こんな大事な時にいが み合ってどうするんだよ」 「そんなこと言ったって……自分でもどうしていいのかわからない のよ」 美佳はやりきれない口調で言った。 「あまりにも近すぎるんだな、君たちは」 「?」 美佳は早見を見た。 「君はエリナさんのことをどう思っているんだ?」 「どうって?」 「家族として好きなのか、親友として好きなのか、恋人として好き なのか?」 「そんなの決まってるじゃない、私は−−」 美佳はそこまで言いかけたところで言葉を切った。 「君は今までエリナさんを不安定な状態に置いてきたんじゃないか ?もし君が彼女のことを親友と思っているなら、もっと彼女自身の 生活というものがあっていいはずだろ。しかし、実際には君の仕事 のマネージメントをし、君と一緒に生活している。これが家族なら まだいい。だが、エリナさんと君とは他人同士だ」 「何が言いたいのよ」 「つまり、エリナさんは君のことを愛しているってことだ」 「な、何言うのよ」 美佳は慌てた。 「君も気づいてるんじゃないのか、彼女の気持ちを。にもかかわら ず、君は彼女の気持ちを受け入れるのが怖くて、否定している」 「早見ったらやあねえ、女同士で愛し合うなんてことあるわけない じゃない」 「そう言いきれるのか」 「言い切れるわ。だって、私に彼氏がいたことあったけど、エリナ は何も言わなかったわよ」 「それは我慢していたんじゃないのか。もし自分の気持ちを君に伝 えれば、君と暮らせなくなると思って」 その時、居間の入り口にエリナが現れた。 「!」 美佳が少し驚いた様子でエリナを見る。 「エリナ、今の会話、もしかして聞いてた?」 美佳の問いにエリナは小さくうなずいた。 「早見さんは最低です」 「……」 早見もエリナの方を見た。 「わたくしと美佳さんのこと、何もわかってないくせにそんなこと 言うなんて。軽蔑します」 エリナは泣きそうな顔になった。 「もういいよ、今日はいろいろあって、混乱しちゃってるんだよね 。今後のことは明日、考えよう」 美佳は早見にウインクして、エリナを居間から連れ出した。 「バカなこと、言っちまったかな、俺は」 居間に一人残った早見は大きくため息をついた。 2 4枚の写真 翌朝、エリナは7時に起床し、2階の寝室を出て、1階のDK( ダイニングキッチン)に顔を出した。 「……」 DKにはパンと紅茶で簡単な食事をとっている早見がいた。 「や、やあ」 早見は昨夜のこともあって、挨拶がぎこちなかった。 「おはようございます」 エリナは表情を隠し、素っ気ない口調で言った。 −−まだ怒ってるのかな エリナは黙って、台所に向かい、食器かごにあったコップで水を 飲んだ。 早見は何か声をかけたかったが、タイミングがつかめず、ただた だエリナの背中を黙って見ているしかなかった。 この数日、毎朝、エリナと顔を合わすことで爽やかな朝を迎えて いた早見もこの日ばかりは重苦しい気分であった。 エリナは水を飲み終わると、コップを洗い、食器かごに戻した。 この辺はいつものエリナである。 「早見さん」 エリナは振り返って、言った。その表情はやはり冷たい。 「は、はい」 早見は素直に返事をした。 「朝食は召し上がりますか?」 「いや、パン、食べたから、いいよ」 「そうですか。わたくしたち、今日でこの家を出ます。今までお世 話になりました」 エリナは小さく頭を下げると、後は早見の顔を見ることもなく、 DKを出ていった。 「……参ったな」 結局、早見にはエリナに弁解一つするチャンスもなかった。 早見は残ったパンを全て口に押し込み、紅茶で流し込んだ。 ふっと先程まで読んでいた朝刊に目がいったが、今はエリナのこ とで頭がいっぱいで新聞を読む気も失せてしまった。 「おうおう、落ち込んでるな、いいおっさんが」 DKにパジャマ姿の美佳が顔を出した。 「何だ、君か」 早見は反抗する元気もなかった。 「エリナに嫌われたぐらいでそんなに憂鬱な顔するなんて、もしか して早見、エリナに気があるわけ?」 美佳にズバリ言われ、早見は一瞬、ドキッとした顔をした。 「な、いきなり何、言うんだよ」 「エリナは私に比べると、かわいいし人に親切で家庭的なところが あるから、結構男に人気があるのよ」 「だから、何だよ」 「エリナに気があるんなら、早く仲直りした方がいいわよ。ああ見 えても、エリナは頑固だから、一度嫌われると、結構尾を引くんだ から」 「脅かすなよ。元はといえば、君たちの喧嘩から始まったことなん だぜ」 「早見が変なこと、言うからよ」 「俺は率直に思ったことを言ったんだ」 「早見はね、愛というものを理解してないの。人と人が愛するって ことが全てセックスに結びつくわけじゃないのよ」 「そんなこと、わかってるよ」 「どうかしら。早見には何の疑念も抱かず胸の内を明かせる友達っ ている?」 「う、うむ」 早見は言葉に詰まった。 「私とエリナはそういう関係なの。私やエリナは他の人に比べると 、疑念に囲まれたような環境に置かれてるから、どうしても心から 信頼できる友達が必要なの。私にとってエリナがいるから、人とい うものを信用することが出来るの。彼女がいなかったら、早見を信 じて、こうしてあなたの家にエリナを預けることもできなかったわ 」 「……君の言う通りだな。俺も君と知り合いになってから、人を信 頼できるようになった」 「でしょう」 美佳が笑顔になる。 「どうしたら、エリナさんは許してくれるかな」 「心配しなさんな。私が何とかしてあげるから」 「頼むよ」 「でも、恋のキューピットまではやらないわよ」 「わかってる。そう言えば、美佳」 「ん?」 「カイル・リッガーという男のことだが−−」 「ああ、そのことなら、もういいわよ。彼の素性は大体わかったか ら」 美佳が冷蔵庫を開けて、食べ物を探しながら、言った。 「それなら、カイルが黒崎と関係のあることも知っているか?」 「黒崎と?」 美佳が早見を見た。 「情報屋の話では、この1年あまり暴力団が躍起になってある人間 を捜していたらしい。これがその写真だ」 早見はテーブルに4枚の写真を置いた。 その写真には美佳、エリナ、深沢ゆうき、三野愛子がそれぞれ写 っていた。 「これ私たちじゃない。他の二人はゆうきとあいっぺだわ」 「全員知ってるわけだな」 「ええ」 「この写真は各暴力団の幹部クラスを通じて、下の連中に配られて いる。そして、幹部クラスにこの写真を配布し、捜すように指令し たのは黒崎という噂だ」 「カイルと黒崎はどこで結びつくの?」 「黒崎の息子のやっている会社がカイルの会社と取引がある。これ も噂でしかないが、カイルの方が1年ほど前に黒崎に近づき、麻薬 や銃器の密輸を手引きする代わりに、美佳たち4人を捜すよう持ち かけたらしい」 「あれ、でも、そうすると、黒崎はどうしてファレイヌを狙うの? 」 「大方、カイルの目的が君のファレイヌだと知って、先に自分が手 に入れようとしたんじゃないのか?」 「なるほど。カイルの上前をはねようってことか」 美佳は冷蔵庫から取り出したスライスハムを食べながら、言った 。 「多分な」 「ねえ、さっき捜していたらしいって過去形使ってたけど、それっ てもう黒崎が4人を見つけだしたってこと?」 「そうらしいな。4、5日前に捜索中止の命令が出たそうだ」 「4、5日前……もしカイルの来日がセリンを追ってきただけじゃ ないとしたら」 美佳のハムを食べる動きが止まった。 「どうかしたのか?」 「今、何時かしら?」 「7時43分だ」 早見が腕時計を見て、言った。 「もう家を出た時間ね。早見、悪いけど、これから行って欲しいと ころがあるの?」 「今からか?」 「ええ。まさかとは思うんだけど、ちょっと心配で」 「どこへ行けばいいんだ」 「この写真の−−三野愛子って子がこの学校に通ってるから、彼女 を保護して欲しいの。私の名前を出せば、わかってくれると思うわ 」 「わかった。君はどうするんだ?」 「私はもう一人の方へ行くわ。そうだ、早見、エリナと一緒に行っ て」 「え?」 「仲直りの機会よ。事情は話しておくから、いいわね」 美佳は勝手に段取りを決めて、DKを出ていった。 「まさかって何があるんだ」 早見は写真を手にとって、ぽつりと呟いた。 続く