ファレイヌ2 第34話「決戦」後編 5 決心 ジリリリリリリリリ−− 午前7時、目覚まし時計がけたたましく鳴った。 「ん……」 ベッドで眠っていた晴香は手探りで目覚まし時計を探すと、叩く ようにして止めた。 「何時……」 晴香は顔を上げ、目覚まし時計を手にとって、見た。 「まだ6時じゃない、もう」 晴香は八つ当たり気味に言った。 それから、晴香はまた布団に入った。 そして、5分後。 晴香はぱっと飛び起きた。 「いけない、朝練だ!」 晴香はベッドから降りて、窓を開けた。 空は真っ青ないい天気であった。朝の爽やかな風が部屋に入って くる。 「ここのところ、ほんと、いい天気ね。雨なら練習、休みなのに」 晴香はため息をついた。 「さてと−−」 晴香は着替えるために窓を閉めようとした。 その時、何気なく下を見ると、家の前の道をランニングウェアの 健夫が走って通り過ぎた。 「健夫がジョギングやってる……」 晴香は信じられないものを見たような気がした。 健夫は晴香に気づく様子もなく、そのまま自分の家に入っていく 。 「朝練なんか行ってる場合じゃないわ」 晴香は窓を閉めた。 晴香はその日のテニス部の早朝練習をさぼって、健夫が家を出る まで自宅の前で待っていた。 そして、健夫が家を出るのを見計らって、晴香は偶然のふりをし て、健夫に声をかけた。 「おはよ」 晴香は元気よく言った。 「何だ、おまえか」 健夫は面倒くさそうに言った。 「相変わらず素っ気ないのね」 健夫と晴香は駅までの道を歩きながら、話した。 「おまえ、テニス部の朝練じゃないのか?」 「今日は自主休養」 「何言ってんだよ、そんな勝手なことやってると、レギュラー外さ れるぞ」 「あたしのことは別にいいでしょ。それより、今朝、ランニングや ってたでしょ?」 「見たのか?」 「うん。走るの嫌いな健夫が、ランニングなんてどういう心境の変 化?」 「晴香の言葉で目が覚めたよ。あんな外人連中にやられるようじゃ 、椎野さんのナイトにはなれないよな。だから、まじめに鍛えるこ とにしたんだ」 「今からやったって遅いんじゃない?」 「そうかもしれないけど、やるだけやるさ。昨日、柔道部のキャプ テンに電話して、しばらく柔道部の練習につきあわせてもらうこと も決めたしな」 「健夫……そんなに椎野さんのこと、好きなの?」 晴香は表情が崩れそうになるのをこらえて、健夫に訊いた。 「ああ、好きさ。だから、絶対に死なせるわけにはいかないんだ」 健夫は力強く言った。 「そう、頑張ってね。私も出来ることがあれば、協力するから」 晴香は無理に笑顔を作って、言った。しかし、その言葉とは裏腹 に晴香の心は複雑だった。 6 ソフィーとゆうき 午前8時、元水晶のファレイヌ、ナタリー・ロッソこと深沢ゆう きはいつものように白羽女子学園に登校した。 「ゆうき!」 校門を抜けようとしたところでゆうきは後ろから声をかけられた 。 「?」 ゆうきが振り向くと、そこには元亜鉛のファレイヌ、ソフィーが いた。 「ソフィー」 「少しつきあってくれる?」 「ワタシ、学校なんだけど」 「すぐに済むわ」 ソフィーは強引にゆうきを学校の近くに止めた自分の車へ連れて いった。 ソフィーは先に自分が車に乗ってから、助手席のドアを開けた。 「乗って」 ソフィーの言葉でゆうきは時間を気にしながらも、車に乗った。 「ワタシ、1時間目の数学の宿題、やらなきゃいけないから、話な ら早く済ませて欲しいネ」 「ゆうき」 「何ですネ?」 「おまえ、ペトラルカにファレイヌを預けたな」 「よく知ってるネ。昨日のことなのに」 「新聞の広告を見たわ」 ソフィーは新聞を見せた。ゆうきは新聞を手にとって、読む。 「『青銅、銅、コバルト、水晶のファレイヌを欲しくば、マイクへ 連絡を請う ペトラルカ』。へえ、ペトラルカったら、もう広告を 出したネ」 ゆうきは感心して、言った。 「どういうつもり?」 ソフィーは真剣な顔で言った。 「どうって?」 「なぜペトラルカに預けたの?私に何の相談もなく」 「その場の成り行きで仕方なかったネ」 「仕方なかった?」 「ペトラルカはファレイヌを持っていなければ、カイルは私たちを 襲わないと言ったヨ。だから、ペトラルカにファレイヌを預けたネ 」 「呆れた。おまえは自分さえよければそれでいいわけ?」 「そんなこと言われても、ワタシに何が出来るネ?相手は平気で人 を殺す男ネ。ワタシ、死にたくないヨ」 ゆうきは真顔で言った。 「死にたくない−−か。ルクレチアとエリナも同じ意見なの?」 「ルクレチア……ああ、愛子はワタシと同じだと思うネ。エリナは わからないけど」 「あんたのせいで計画が大幅に狂ったわ。ペトラルカに渡すくらい なら、最初から私に渡せばよかったのに」 ソフィーは苛立たしげに言った。 「ごめん」 ゆうきは肩をすくめた。 「もう行っていいわ。ファレイヌのないあんたに用はないから。せ いぜい、人間として幸せに暮らすのね」 ソフィーは吐き捨てるように言った。 「……」 ゆうきは黙って、車を降り、学校の方へ歩いていった。 「くそぉっ!」 ソフィーはリア・ウインドーを叩いた。「どいつもこいつも勝手 に動き回りやがって」 7 メダリオンホーク現る 午後11時、室蘭港の倉庫街では、テレビドラマ「黒い女豹」の 収録が行われていた。ここでの収録は、美佳の演じる女殺し屋、荘 野由美が十数人のギャング相手に一人で銃撃戦を展開するシーンで あった。 既に3回のリハーサルを終え、収録は本番に入ろうとしていた。 「火薬の爆発する場所はわかったな」 芦田監督が美佳に言った。 「はい」 「しくじるなよ、タイミングが狂ったら、一からやり直しだからな 」 「一度で決めますよ」 「よし、その意気だ」 監督は美佳の肩をぽんと叩いて、監督席の方へ戻っていった。 「わくわくするなぁ、一度、これをやってみたかったのよね」 美佳はいつも刑事ドラマで見ていたシーンを自分が主役で演じる ことになって、胸が高鳴っていた。 既にギャング役の十数人の役者も黒いスーツに身を包み、拳銃を 持ってスタンバイしている。 美佳の手にもレプリカではあるが、S&W・M29が握られてい た。普通であれば、44マグナムなどとても美佳が撃てる代物では ない。 美佳自身、銃を持つのはファレイヌで慣れているつもりだったが 、ファレイヌは美佳が持つ時には割り箸を持つぐらいの軽さである ため、初めてM29を手にした時はバーベルを手にしたような感じ であった。 しかし、美佳の小さな手にも関わらず、M29を持つ美佳の姿に はそれほど違和感は感じられなかった。これには撮影スタッフも感 心することしきりであった。 セリンは撮影の邪魔にならず、かつ美佳がセリンをどこからでも 見ることが出来る位置で撮影を見学している。 −−お願いだから、カイルの奴、現れないでよ 美佳は心の中で祈った。 「それでは、始めるぞ。シーン85、スタート」 監督が大きな声で言った。 倉庫と倉庫の間の道を美佳が全力で走る。それを追う十数人のギ ャング。 ギャングがマシンガンを撃つと、美佳の足跡を追うように土煙が 上がる。 美佳は止めてあったトラックの陰に隠れた。 しかし、すぐに弾丸でフロントガラスが破壊され、タイヤがパン クする。もちろん、これはスタッフがリモコンで爆発させているの である。 美佳はトラックのドアを盾にして、銃で応戦する。 ギャングの数人が悲鳴を上げて、拳銃を落とし、腕を押さえた。 −−やった、順調、順調 美佳はM29の銃声を聞きながら、優越感に浸った。 美佳のM29からは火薬の音だけで実際には弾が出ていないのだ が、ギャング側がそれにあわせて、拳銃を落としたり、倒れたりす るため、実際と変わらないくらい臨場感があった。 −−この後、トラックの荷台に積んであるオートバイに乗って、 走りながら、ギャング連中を倒すのよね 美佳はトラックの後ろに回り込んだ。 そして、トラックの荷台の扉を開ける。 「!!!」 その瞬間、美佳は動けなくなった。 トラックの荷台にはメダリオンホークが立っていたのである。 メダリオンホークはその黒い手で美佳の首をぐいと掴み、頭上へ 持ち上げた。 美佳の足が1メートル近く宙に浮いた。 「………」 メダリオンホークは真っ赤な一つ目でじっと美佳を見つめている 。 『おとなしくファレイヌを渡せ、さもなければ貴様の首をへし折る 』 メダリオンホークの首に掛かったペンダント型のスピーカーから カイルの声がした。 「あんたなんかに渡すもんですか……!!!」 そこまで言ったところで、メダリオンホークの指の力が強まった 。 「うぐっ」 美佳は呼吸が出来なくなった。 『ホークは加減を知らぬ。本当に死ぬことになるぞ』 スピーカーからカイルの笑い声がした。 「くっ、冗談じゃないわ」 美佳はファレイヌのペンダントを握った。ペンダントが輝き、黄 金銃に変化する。 美佳は苦悶の表情を浮かべながら、必死の思いで黄金銃をメダリ オンホークの顔に向け、引き金を引いた。 グォーン!! 精神弾がメダリオンホークの目に当たった。 「フオオオオォォォォ」 メダリオンホークが悲鳴を上げ、美佳の手を離した。 美佳が地面に落ちる。その途端、美佳は首を押さえ、激しく咳き 込んだ。 「何だ、おまえは」 ギャング役の役者たちが美佳のところへ駆けつけた。 「み、みんな、逃げて……」 美佳はかすれた声で言った。 しかし、役者たちは美佳を助けようと、メダリオンホークに飛び かかる。 「フオオオオォォ」 メダリオンホークは雄叫びを上げ、役者たちを次々と殴り飛ばし た。 メダリオンホークのパンチは強力で、一撃食らっただけで役者た ちは地面に倒れたまま、ぴくりとも動かなくなった。 これには残った役者たちも震え上がった。 「おい、何があったんだ」 「どうした!」 騒ぎを聞きつけ、遠くにいたスタッフや役者たちが美佳とメダリ オンホークのいるところへ駆け寄ってくる。 「みんな、来ちゃ駄目、逃げて」 美佳は精一杯の声を上げた。 その時、一台のヘリコプターが美佳たちのいる上空に現れた。 「あれは−−」 美佳は目を見張った。 それはMi−24ハインドタイプのヘリコプター。まさしく、昨 夜、美佳の乗ったヘリコプターであった。 「何だ、あれは」 撮影スタッフや役者たちがヘリコプターを見上げている。 「逃げてぇ!!!」 美佳は叫んだ。 ダダダダダダダッ 次の瞬間、ヘリコプターの30ミリ機関砲が火を噴いた。 人々が銃弾を食らって、踊るように倒れていく。 他の人々は一斉にその場から逃げ出した。 『ホーク、美佳からその銃を奪うんだ』 メダリオンホークのスピーカーからカイルの声がした。 メダリオンホークが再び美佳に歩み寄る。 「この化け物!!」 美佳は黄金銃を乱射した。 精神弾が次々とホークに命中する。しかし、ホークは少し体を後 ろに引くだけで、体に傷すらつけることが出来なかった。 「そんな……」 美佳は後ずさった。 ホークはゆっくりと美佳に近づいてくる。 「こうなったら」 美佳は変身ヘアバンドをポケットから取り出した。 「あっ」 だが、その瞬間、ホークの手刀が変身ヘアバンドを美佳の手から 弾き飛ばした。 ヘアバンドは遠くへ転がっていってしまう。 「くっ……」 美佳は目の前の黒い怪物をにらみつけた。 「あのヘリは……」 最初にいた場所からずっと動かずに立っていたセリンは遠くのト ラックの上でホバリングするヘリコプターを見つめていた。 既に撮影現場は倒れているスタッフをのぞいて、皆逃げてしまっ ている。 セリンは虎のぬいぐるみの中から銃型のファレイヌを取り出した 。 そして、トラックへ向けて、銃を構える。 「おっと、総統、そこまでですよ」 セリンの背後で声がした。 振り向くと、そこには8人の部下を引き連れたチェン・ユンファ が銃を手にして立っていた。 「同じ手は食いませんよ。その銃は時間を止めることが出来るそう ですね。おとなしく、その銃を渡してもらいましょうか」 「ユンファ、わたくしは総統ですよ」 セリンは静かに言った。 「エミリ様のいなくなったフォルスノワールなど、抜け殻も同然。 もうあなたに従うものなどいませんよ」 「あなたを親衛隊に入れたのは間違いでしたわね」 「ふふふ、今頃、気づいても遅いというものですよ。もともと私は ミレーユ総統の命令であなたの部下についたのです」 「スパイですか……」 「そうとられても、構いません。私はミレーユ総統が組織を追われ てからも、ずっとあなたの下でミレーユ総統が戻る機会を待ってい たのです。そして、ついにその日が訪れた」 「愚かな……」 セリンは含み笑いを浮かべた。 「さあ、おとなしくリュックのコンピューターとファレイヌを渡し て下さい。さもなければ、この場で殺さなければいけません」 ユンファは冷静に言った。 「ユンファ、信頼してましたのに、残念ですわ」 セリンは薬指にはめた指輪のダイヤを右に回した。 ボンッ!! その瞬間、ユンファの頭が爆発し、吹き飛んだ。 ユンファの体は荷物のように前に倒れる。 ユンファの後ろにいた部下たちは驚愕した。 「わたくしはフォルスノワールの総統ですよ。総統に反旗を翻すな ら、おまえたちにも死の制裁を加えます」 セリンの言葉が部下たちに飛んだ。 この時のセリンの言葉には普段からは考えられないような威厳が あった。 「申し訳ありませんでした」 部下たちは全員セリンに対し敬礼する。 「すぐにその女の死体を回収し、基地へ戻りなさい」 「はっ」 部下たちはユンファの死体を担ぎ、その場を立ち去る。 セリンは再びヘリコプターの方へ目を向けた。 「カ、カイル」 美佳は緊張した面もちでメダリオンホークに話しかけた。 『何だ?』 ホークのスピーカーから声がした。 「殺される前に一つ聞いていい?」 『言ってみろ』 「あなたが危険な目にあったら、メダリオンホークはあなたを助け るのと、私を殺すのどっちを優先するかしら?」 『ふん、知れたこと。俺を助けるに決まっている』 「そう、安心したわ、これでね」 美佳は黄金銃を上空でホバリングするヘリコプターに向けて連射 した。 グォーン!! 精神弾がヘリの機体に次々と貫通する。 『うおっ、操作がきかん!』 ヘリコプターは突然、バランスを崩した。 機体から煙を噴き上げながらヘリコプターは海の方へ飛んでいく 。 『ホーク!!』 カイルの叫び声が上がった。 メダリオンホークは高くジャンプすると、瞬間的に戦闘機に変形 し、墜落するヘリコプターへ飛んでいく。 「よし、今だ!」 美佳は地面に転がった変身ヘアバンドを手に取り、頭に装着した 。 美佳の体が光に包まれ、キティセイバーに変身する。 キティはジャンプして、倉庫の屋根に飛び乗った。 「サイコランサー!」 キティの手に光の槍が発生する。 「くらえっ!!」 キティは光の槍を墜落するヘリに向かって、投げた。 光の槍はメダリオンホークを追い越し、一瞬にしてヘリの機体を 貫いた。その瞬間、ヘリは大爆発を起こし、海に落ちた。 メダリオンホークはヘリの後を追うように海に突っ込む。 ヘリコプターとホークはそれっきり海面に姿を現すことはなかっ た。 「美佳様」 倉庫の下でセリンの声がした。 キティは倉庫の屋根から下へ飛び降りた。 キティはそこでヘアバンドを外し、美佳の姿に戻る。 「よかった、ご無事で」 セリンはほっと胸をなで下ろして言った。 「セリンこそ大丈夫だった?」 「はい」 「怪我したスタッフの人たちに救急車、呼ばなきゃね」 「それなら、もう警察と消防へ連絡しておきました」 「そう。じゃあ、後は怪我人の手当ね」 「わたくしも手伝います」 「それじゃあ、頼むわ」 「はい」 美佳とセリンはそれから負傷したスタッフたちの怪我の応急処置 に当たった。 8 再会 その日の夕方、エリナが美佳の宿泊するホテルへ駆けつけた。撮 影現場でのテロ事件を番組スタッフからの電話で聞き、東京から飛 行機で飛んできたのである。 「美佳さん」 ホテルのロビーで美佳の姿を見つけ、エリナは声を上げた。 「エリナ、久しぶり」 美佳はいつもの調子で言った。 「け、怪我は?」 エリナは心配な様子で言った。 「私はちっと首絞められただけ」 美佳は首を見せた。美佳の首には絞められた黒い痕がびっしりと 残っている。 「こんなにひどく……」 エリナの目に涙がたまった。 「エリナ、大丈夫よ。大したことないから、泣かないで」 「でも……」 普段、気丈なエリナが珍しく人前で泣いてしまった。 美佳はエリナを隠すように自分の胸の近くで泣かせる。 「心配かけてごめんね」 「わたくし、飛行機の中でずっと心配してたんです。美佳さんが死 んだらどうしようって」 「私が死ぬわけないじゃない。こうみえても、悪運強いんだから」 美佳は苦笑した。 「生きてて本当によかったです。もう離れたくない」 エリナは美佳に抱きついた。 こんな弱気なエリナを見るのも美佳は初めてだった。 −−何か東京であったのかしら。 「もう涙を拭いて。人が見てるよ」 美佳はハンカチをエリナに渡した。 「はい……」 エリナはハンカチで涙を拭く。 「美佳様、この方は?」 たこのぬいぐるみを持ったセリンが美佳のところへやってきて、 声をかけた。 「ああ、エリナよ」 「エリナ?えっ、あのエリナですの?」 セリンがエリナをまじまじと見る。 「あなたは?」 エリナが不思議そうな顔でセリンを見た。 「セリンですの。こうして会うの、お久しぶりですの」 セリンは無理矢理エリナの手を取って、握手した。 「セリン……本当にセリンですの?」 「はい」 セリンが笑顔で言った。 「会いたかったですわ」 「わたくしも」 セリンとエリナが抱き合った。 −−しゃべり方が似てるから、会話だけ聞いてるとどっちがどっ ちだかわからないのよね 美佳はセリンとエリナを見ながら、何となくおかしくなってしま った。 9 別れ その夜、ホテルの部屋で美佳、エリナ、セリンの三人で話をした 。 そこでは、エリナが美佳のいない間の東京での出来事を話し、美 佳が室蘭での出来事を話した。 「昼間のテロ事件はカイルの仕業だったんですか」 エリナが言った。 「そう」 「メダリオンホーク共々海へ消えたとおっしゃってましたけど、カ イルは死んだんでしょうか?」 「さあね。死んでたら大助かりだけど」 「もしカイルが死んでいてくれたら、ペティーも戦わずに済むんで すけど」 「私はペトラルカの考えはよくわからないけど、はっきり言ってペ トラルカがカイルを倒すのは無理だわ。あのメダリオンホーク、半 端な強さじゃないもの」 「わたくしも同感です」 セリンが言った。 「メダリオンホークというのは一体、何なのでしょうか?」 「第二次大戦中、ドイツの科学者ザイス・ゲッペナーが考案した最 終兵器ですわ」 セリンが静かに言った。 「セリン、あんた、メダリオンホークのこと、知ってたの?」 美佳は驚いた様子で言った。 「メダリオンホークは設計図が完成した段階でドイツが降伏したた め、実戦投入はされませんでしたの。このメダリオンホークの存在 は戦後すぐに自殺したゲッペナー博士の遺書から明らかになりまし たの。メダリオンホークは見たものに変形し、合体することが出来 る機械人間で、メダリオンホークが一体あれば、一国の軍隊並の戦 力を得たも同じと言われていましたから、その設計図の発見には当 初からフォルスノワールを始めアメリカ、ソ連、イスラエルが乗り 出していましたわ」 「じゃあ、カイルはその設計図を手に入れて、メダリオンホークを 作ったというわけね」「カイルがミレーユの生まれ変わりだとたら 、メダリオンホークの設計図を発見できた可能性はありますわ」 「何か弱点のようなものはないの?奴には精神弾が全くきかなかっ たわ」 「メダリオンホークは不死身ですから、破壊されることはありませ んの。ホークを止めるには、ホークを操る人間を殺すしかありませ んわね」 「つまり、カイルを殺すって事か……ん、ちょっと待って、カイル はどうやってホークを操っているの?」 「メダリオンです」 「メダリオン?」 「円形のメダルです。このメダルを所持するものにだけ、ホークは 言うことを聞きますの」 「ということはメダリオンを奪えば、ホークの動きは止められるの ね?」 「はっきりとは言えませんけど、多分」 その時、部屋の電話が鳴った。 美佳が電話を取った。 「椎野ですけど」 「その声は美佳ね。ペトラルカよ。死んだって聞いてたけど、生き てたのね」 「失礼ね、誰が死んだって言ったのよ。それより、ペトラルカ、私 のいない間に妙なこと進めてるみたいね」 「エリナから話を聞いたのね」 「どうして私に相談してくれないのよ。一人で戦うなんて無茶苦茶 だわ」 「美佳だって、前に一人でバフォメットと戦おうとしたじゃない? 」 ペトラルカが笑い混じりに言った。 「む、昔のことでしょ」 美佳がムッとして、言った。 「一緒に戦ってもいいけど、負けたら全てが終わっちゃうでしょ。 予備としてあなたを残しておかなきゃ」 「何、かっこつけてんのよ。あなた、婚約者がいるって言うじゃな い。私、絶対にあんたを死なせやしないわよ」 「ご好意はありがたく受け取っておくわ。それより、エリナにも伝 えておいて。カイルから連絡があったって」 「カイルから……カイルから連絡があったの?それで」 美佳の言葉でエリナも電話のそばに歩み寄る。 「教えない。これは私の問題だから。ただ連絡だけしておきたかっ たの。じゃあね、美佳」 電話が切れた。 「ちょっと、ペトラルカ、待ってよ」 美佳は電話に話しかけたが、もう手遅れだった。 「美佳さん」 エリナが美佳を見る。 「カイルが生きてた」 美佳はぐっと拳を固める。「こうしちゃいられないわ。エリナ、 すぐ東京へ帰るわよ。撮影も無期延期になったし、ここに長居する 必要はないでしょ」 「はい」 美佳とエリナは立ち上がった。 「セリンはどうする?」 「わたくしはフォルスノワールの混乱を収拾する仕事がありますか ら」 「そうね。じゃあ、ここでお別れね」 「はい」 「何かあったら、いつでも呼んで。必ず助けてあげるから」 「はい」 セリンは少し目を潤ませて、言った。 「たった二日間だったけど、セリンと会えてよかったよ。私はフォ ルスノワールは嫌いだけど、セリンが組織をうまくまとめてくれる こと、祈ってる」 「美佳様、ありがとう」 「その美佳様って言うの、照れくさいなぁ」 「美佳様は美佳様ですわ。だって美佳様はわたくしを守ってくれる ナイト様なのでしょ」 「ロマンチストね、セリンは」 美佳はくすっと笑った。 「美佳さん、準備できましたよ」 エリナは鞄を持って、言った。 「じゃあね、セリン」 「さよなら、またいつか」 セリンは笑顔で手を振った。 「ええ」 美佳は軽く手を振って、エリナと共に部屋を出ていった。 「決戦」終わり