ファレイヌ2 第33話「決戦」前編 登場人物 椎野美佳 声優。黄金銃ファレイヌの所有者。 魔法のヘアバンドでキティセイバーに変身。 エリナ 美佳のマネージャー ペトラルカ 新聞記者。青銅銃ファレイヌの所有者 セリン・ジャルダン フォルスノワールの総統 チェン・ユンファ 総統親衛隊の一人 メダリオンホーク あらゆるものに変形、合体可能な人間型兵器 カイル・リッガー ファレイヌを集めて、世界征服を企む男 *現在の13のファレイヌの所有状況* 物質 所有者 金 椎野美佳 青銅 ペトラルカ 銅 ペトラルカ コバルト ペトラルカ 水晶 ペトラルカ 水銀 カイル チタン カイル 鉄 カイル ニッケル カイル 鉛 セリン 亜鉛 ソフィー クロム 不明 白銀 不明 1 説得 椎野美佳たちのヘリコプターが室蘭でメダリオンホークとの空中 戦を演じていた頃、早見の家ではエリナ・レイが西島健夫や北川晴 香にアメリカ大使館での出来事を話していた。 「わたくしがあなたたちにこの話をしたのは、あなたたちとわたく したちとでは住む世界が違うと言うことを理解して欲しかったから です」 「警察に頼ることは出来ないんですか」 晴香が言った。 「警察がわたくしたちの話を理解してくれるでしょうか」 「けど、このままじゃ−−」 「エリナさん、俺、戦うよ。カイルだかなんだか知らないけど、そ んな殺人鬼、刑事の息子としてほっておけないよ」 健夫が言った。 「あなたたちはわたくしたちと関わらない方がいいですわ。あなた たちには将来があるんですから」 「そんなこと言ったって、椎野さんは俺の恋人なんだ。恋人が危険 な目に遭ってるのに−−」 「健夫さんは死にたいんですか?」 「え?」 「健夫さんがいくら頑張ったところで、カイルには勝てません。こ れは事実ですわ」 「そんなのやってみなくちゃ、わからないじゃないですか」 「健夫」 晴香が健夫の腕をつかむ。 「何だよ」 「もうやめようよ」 「やめる?」 「健夫だってわかってるはずだよ。私たちじゃ椎野さんの助けにも ならないって」 「何言うんだよ」 「私、もう怖いのやだよ。今日だって、健夫、外人の二人組に全然 かなわなかったじゃない」 「嫌なら、おまえはさっさとうちに帰ればいいだろ。もともと、関 係ないんだから」 「健夫……」 晴香の目が潤んだ。 「私、帰る」 晴香は席を立つと、DKを飛び出していった。 「晴香さん!」 エリナが席を立った。「健夫さん、早く晴香さんを追いかけてあ げて」 「どうして俺が。あいつは子供じゃないんだ、うちにぐらい一人で 帰れるよ」 「健夫さんって、女の子の気持ち、全然わかってないんですね」 エリナがぽつりと言った。 「それはお互い様だよ。エリナさんたちだって、俺の気持ち、全然 わかってないじゃないか」 「……」 エリナが黙り込んだ。 「すみません。失礼なこと言って」 「いいえ。今日はもう帰ってもらえますか」 「わかりました。でも、俺、椎野さんとのつきあいはやめませんよ 。椎野さんだって、俺を恋人と認めてくれたんですから」 健夫は席を立つと、軽く頭を下げて、DKを出ていった。 一人になると、エリナは大きくため息をついた。 「どう、話は済んだ?」 しばらくして2階にいたペトラルカがDKに顔を出した。 「ええ」 「なんだか大きな声がしたみたいだけど、説得に失敗したの?」 「わかってもらえませんでした」 「美佳の彼氏は本当に美佳のこと、好きなのね。何となく気持ち、 わかる」 「そんなのんきなこと言ってる場合ではありませんわ。美佳さんの そばにいる限り、彼は必ず危険な目に遭います」 「美佳の昔の彼氏がそうだったから?」 「ええ。北条さんも河野さんも田沢さんもみんな死にました。わた くしはその度に美佳さんの悲しい顔を見てきたんです」 「でも、それは美佳の問題でしょ。あなたが言うことではないと思 うけど」 「……」 「私さ、思うんだけど、美佳ってすごいよね。相手のために命を投 げ出せるんだから」 「?」 「美佳は自分を愛してくれる人を排除したりしない。むしろ、愛す る人を守ろうとする。そうじゃない?」 「何を言ってるんですか?」 「美佳にとってはエリナも健夫君も同じ家族って事」 「ペティー……」 「この意味、わかる?危険な目に遭わせたくないからって、自分を 愛してくれる人を遠ざけてたら、人を愛することなんて出来ないよ 。本当に愛するって事は、どんなに障害があっても、愛し続けるっ て事じゃないかな。エリナはともかく美佳はそう考えてると思うよ 」 「……」 「まあ、そういう私も人のこと言えた義理ではないけどね」 ペトラルカは苦笑した。 「美佳さんにも今日のこと、話さなければいけませんね」 「それは美佳が帰ってきてからでいいんじゃない?」 「え?」 「美佳が今、話を聞いたら、仕事投げ出してすぐに帰ってくるわよ 」 「それはそうですけど」 「彼女は私がやられた時の保険よ。無理に戦いに駆り出す必要はな いわ」 「ペティーは本当にカイルと一人で戦うつもりなんですか?」 エリナはペトラルカを見つめ、言った。 「ええ、そうよ」 「……」 エリナは悲しそうな顔をした。何か言いたかったが、言葉に出来 なかった。 「そんな顔しないで。こっちが悲しくなるから。それじゃあ、私は 寝かせてもらうわよ」 ペトラルカはDKを出ていった。 「美佳さん、わたくし、どうしたらいいの……」 エリナは下を見つめ、ぽつりと呟いた。 2 包囲 北海道の某所にあるフォルスノワール秘密基地。 幹部応接室では、椎野美佳と総統親衛隊のチェン・ユンファが今 後のことを話し合っていた。 「これからどうするの?」 缶ビールを片手にソファにもたれている美佳がユンファに尋ねた 。 「もしカイルの正体が本当にミレーユなら、この基地も安全とは言 えないな」 美佳の向かいのソファに座っているユンファは静かに言った。 「でしょうね。もしかすると、もう基地に侵入してるかもしれない わよ」 美佳は缶ビールを飲んだ。 「はっきり言うんだな−−」 「何か対策はあるの?」 「対策があるなら、わざわざ日本まで来てあなたに頼んだりはしな い」 「かつてアメリカやソ連を恐れさせた秘密結社の台詞とは思えない わね」 「残念だが、もうフォルスノワールの存続も長くはない」 「随分、弱気なこと言うのね」 美佳はソファに座り直した。 「事実だから仕方がない。あなたはフォルスノワールの隊員がどの ように構成されているか知っているか」 「どのようにって?」 「我が組織は他の同業組織のような犯罪者の寄せ集めの組織ではな い。我が組織の隊員は皆幼少時に組織の訓練機関で教育を施し、一 から隊員として育て上げる」 「それはフォルスノワールの隊員だった人に聞いたことがあるわ。 幼少の時から教育を受けてるから、フォルスノワールの隊員は組織 への忠誠度が高いのよね」 「組織への忠誠は何も教育を受けているからだけではない。フォル スノワールに預けられた子供は皆家族も家もない孤児ばかりだ。普 通なら死んだところで誰も気にもとめない我々を組織は立派に育て てくれた。それに対する恩義もある」 「立派にって言うけど、あなたたちは人殺しじゃない」 「むっ」 ユンファは美佳をジロッと睨んだ。 「フォルスノワールは任務に忠実な隊員を作るために子供を育てて いるのであって、子供の将来のために子供を育てているわけではな いわ」 「普通の親に育てられた娘に私の気持ちは分かるまい。世界にはど れだけの孤児がいるかわかるか。多くの孤児は皆将来を夢見る間も なく死んでいく。たった一切れのパンやミルクがないばかりにな」 「でも、貧困の原因はつまらない民族紛争の長期化にもあるのよ。 その紛争の一方の相手側に武器を提供しているのはフォルスノワー ルじゃないの。フォルスノワールは孤児をたくさん引き取ってるか もしれないけど、その一方では孤児を増やしているのよ」 「それは暴論だな。我が組織の武器提供で国内の平和が保たれるこ ともある。言わせてもらうなら、国内で作られた食料を金のために 海外に売り飛ばし、貧しい国民に食料を回さない国々の方こそ極悪 非道ではないのか。そういった国々はその金で我が組織から武器を 買っているのだからな。さらに言わせてもらえば、そういった国々 から買った食料を食べている日本を含めた先進資本主義諸国の連中 も極悪非道だ」 「……」 美佳は押し黙った。 「反論はしないのか」 「……」 「物事の善悪を決めるのは難しいものだ。ドイツの政治学者カール ・シュミットは敵味方論を提唱していたが、確かに自分とは違う者 を敵、自分と同じ者を味方とすれば、思考的には楽だが、それは結 局、ナチスのユダヤ人迫害のような悲劇しか生み出さぬ」 「ちょっと待ってよ。あなたの言ってることは正しいのかもしれな い。でも、例えそうであっても、私は人殺しを金で請け負うような 組織は絶対認めないわ。あなたがどう言おうとね」 「見解の相違だな。まあ、いい。この話はやめよう。こんな話はす るつもりではなかったのにな」 「フォルスノワールの存続が危ういという話からいつの間にかそれ ちゃったわね」 「ああ、そうだった。その話だが、我が組織の隊員はもともと組織 の長である総統に対し、絶対的な忠誠を誓うように教育を受けてき た。だから、総統という存在があっての組織と言っていい。しかし 、3年前にセリン様とエミリ様をクーデターを起こし、総統である ミレーユ様を組織から追放し、セリン様が総統職に就かれた。実は この時のクーデターは幹部クラスだけで計画を進めたために組織の 各支部の隊員は未だに総統が代わったことを知らない。我が組織で はセリン様が経理を担当し、エミリ様が軍事部門を担当していらし たので、通常はセリン様がミレーユのふりをして総統室にこもって 姿を現さないようにし、エミリ様が総統の代理という形で、組織を 統括していた。しかし、エミリ様が殺され、本部が破壊された今、 セリン様が総統になっていることが各支部に知れ渡ってしまうのは 時間の問題だろう」 「そうなると、どうなるの?」 「総統という絶対的な存在がなくなったら、各支部は独立するだろ う。それだけじゃなく、我が組織の金を一手に握るセリン様を狙う のは必定」 「それじゃあ、こんなところにいたら危険じゃないの」 「その心配はない。金は俺がいただく」 その時、美佳の背後で男の声がした。 美佳が声の方へ振り向くと、幹部応接室のドアが開いて、一人の 男が入ってきた。 「カイル!」 美佳が声を上げた。 「こうして会うのは二度目だな」 白いコートを着、背中まで長く伸びた銀髪を持つ男カイル・リッ ガーは美佳を見下ろして言った。 「どうやってここへ?」 美佳はソファから立ち上がった。 「どうやって?堂々と入り口から入ってきたのさ」 カイルは笑った。 「え?」 美佳がユンファの方を見る。 「ユンファさん……」 美佳の表情が険しくなった。 ユンファの手には拳銃が握られている。しかも、その銃口はカイ ルにではなく美佳に向けられていた。ユンファの口許は冷ややかに 笑っていた。 「どういうこと?」 「あなたの考えているとおりだ」 「裏切ったのね」 「裏切る?最初からそういう予定だったのだ。先程も話しただろう 。我々は本物の総統に対してのみ忠誠を誓う。あなたと長話をした のも、時間稼ぎのためだ」 「なるほどね。じゃあ、メダリオンホークとの空中戦もショーだっ たわけね」 「そういうことだ」 「まんまと騙されたわ」 「美佳、おとなしくファレイヌを出してもらおうか。そのためにわ ざわざおまえをここまで連れてきたのだからな」 カイルが前に進み出た。 「一つ聞きたいわ。ヘリにいたセリンも偽者なの?」 「本物だ。セリン様も騙して、ここへ連れてきている」 ユンファが答えた。 「セリンはおまえと違って殺すのは簡単だからな。慌てて殺す必要 はない」 カイルが言った。 「全くやってくれるわね」 美佳は自嘲気味に言った。 「黄金のファレイヌを渡せ。この部屋は包囲されてる。逃げること は出来んぞ」 「殺されるのがわかってて、渡す奴がいるかしら」 「ふっ、おとなしく渡せば丁重に葬ってやろうかとも思ったが。ユ ンファ、殺せ」 「はっ」 ユンファは拳銃の引き金を美佳に向けて引いた。 −−畜生、これまでだわ 美佳は目をぎゅっとつむって、肩をすくめる。 しかし、銃声が起こらない。 美佳が目を開けると、ユンファが拳銃を構えたまま、じっとして いる。 「どうなってるの?」 美佳はカイルの方を見た。 カイルもじっとしたまま動かない。 「へえ、驚いてしまいました!」 その時、子供っぽい女の声がした。 「誰?」 「わたくしです」 幹部応接室へペンギンのぬいぐるみと鉛色の銃を持ったセリン・ ジャルダンが入ってきた。 「セリン−−」 「わたくしの魔法弾が効かないなんて、驚きですの」 セリンはニコニコ顔で言った。 「これって何が起こってるの?」 「時間を止めましたの」 「時間を?」 「わたくしのファレイヌは弾丸を命中させた場所から周囲500メ ートル以内の時間を止めることが出来ますのよ。5分だけですけど 」 「そうなの」 「でも、魔法が効かない人がいるなんて驚きです」 「助けてくれてありがとう。早く逃げましょう」 「逃げるって、どこへですの?」 「どこでもいいわ。とりあえず、基地の外へ」 「5分ではこの基地から抜け出せませんわ」 「そ、そうね。仕方ないわ」 美佳は変身ヘアバンドを頭に装着した。 美佳の体が光り、白いボディーアーマーに身を包んだエメラルド の髪と瞳を持つ戦士キティセイバーに変身した。 「はらぁ、変身してしまうなんて−−」 「驚くのは後でいいから私につかまって」 「はい」 セリンはキティの腕に抱きついた。 「いくわよ。テレポート」 キティが精神を集中させると、その場からセリンと共に消えた。 そして、キティたちが次に現れた場所は空中だった。 「な、なに、ここ」 キティたちは考える間もなく下へ落ちた。 サボーン!! そこは美佳の泊まっているホテルの大浴場であった。 「わーい、温かいですの」 服のまま温泉に浸かったセリンが喜んだ。 「ぷはぁ」 頭から温泉に顔をつっこんだキティは少しもがきながら、水面に 顔を出した。 「長距離テレポートは疲れるわ」 キティは大きく息をついた。 大浴場は深夜なので人は誰もいない。 「すごいですね、美佳様は」 「何が?」 「変身はするし、テレポートまでしてしまうんですもの」 「これは内緒よ」 キティは慌ててヘアバンドを外し、美佳に戻った。 「はい」 セリンは笑顔で言った。 「ねえ、背中のリュックも温泉に浸かってるけど、中身大丈夫なの ?」 「ああ、そうでしたわ」 セリンは慌てて温泉を出ると、リュックを脱ぎ、中からノートパ ソコンを取り出した。「防水加工してありますから、大丈夫とは思 いますけど」 セリンはノートパソコンを開いて、作動させた。しばらくいじっ て問題なく動くのを確認すると、セリンはほっと胸をなで下ろした 。 「大丈夫でしたわ」 「そう、よかったね」 美佳も湯から出た。「あのさ、聞きたいことあるんだけど」 「何ですの?」 「どうして私が狙われてるのわかったの?」 「何となくですわ」 「何となく?」 「はい。美佳様が誰かに囲まれている夢を見ましたの。それで心配 になって」 「そ、そう」 美佳はセリンをどこまで信じたらいいのかわからなかった。 3 朝の風景 翌朝、エリナが起きて、DKに出てみると、ペトラルカが既にテ ーブルに向かって新聞を読んでいた。 「ペティー、おはようございます」 エリナが挨拶した。 「おはよう」 ペトラルカは視線をエリナに向けて、言った。 「起きるの早いですね。まだ6時ですよ」 エリナはそう言いながら、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り 出し、コップに注いで飲んだ。 「記事が予定通り出ているか、確かめないとね」 「え?」 エリナはコップを流し場に置いて、ペトラルカを見た。 「『青銅、銅、コバルト、水晶のファレイヌを欲しくば、マイクへ 連絡を請う ペトラルカ』。どう、わかりやすい広告でしょ。これ を大手新聞6紙に出したわ」 「ペティー、この広告、いつ出したんですか?」 エリナはペトラルカから新聞を奪うように取り、真剣な表情で新 聞広告を見た。 「三日前かな」 「最初から一人でカイルと戦うつもりだったんですね。わたくした ちがファレイヌをあなたに渡す渡さないに限らず」 「さあね」 ペトラルカはとぼけた。 「マイクさんの名前を出して大丈夫なんですか?」 「カイルのことだから、私とマイクがつきあっていることぐらい知 ってるわ」 「マイクさんを人質に取る可能性があるんじゃないですか?」 「私の性格を知ってれば、マイクを人質に取ることはないと思うわ 」 「ペティーはマイクさんを人質に取られたとしても、助けないんで すか?」 「助けないわ」 ペトラルカはきっぱりと言った。 「どうして。婚約者なのに」 「それとこれとは別。誘拐されればマイクのミスよ。私には関係な いわ」 「冷たいんですね」 「そんなの当たり前の事よ。あなたは美佳のそばにいすぎるから、 それがわからないのよ」 その時、玄関で二回、ベルが鳴った。 「ん?」 「早見さんですわ」 「早見?」 「この家の持ち主です」 「ふうん」 エリナはDKを出て、玄関に行った。ペトラルカも何となく気に なって、エリナの後をついていく。 エリナはドアロックを解除し、ドアを開けた。ドアの外には早見 祐二が立っている。 「お帰りなさい」 エリナは挨拶した。 「た、ただいま」 D警察署刑事、早見は面食らったように言った。 「徹夜でお仕事、ご苦労様」 「あ、ああ。そんなことより、不用心だぞ、相手が誰かも聞かずに ドアを開けるなんて」 「わたくしは早見さんだと思ったので、開けましたのよ」 「俺だと思って?」 早見は不思議そうな顔をして、言った。 「ええ。早見さんは呼び鈴を鳴らす時、いつも連続で二回、鳴らし ますでしょ」 「そうだったかな」 「そうですよ」 エリナは笑顔で言った。「さあ、あがってください。すぐ食事の 支度しますから」 「う、うん」 早見は家に入った。エリナの方は食事の準備とばかり、すぐにD Kに走っていく。 玄関で靴を脱いであがる時、早見は壁に寄りかかっているペトラ ルカの存在に気づいた。 「君は?」 「私はペトラルカ。エリナの友達。よろしくね」 「俺は早見祐二。よろしく」 「あなた、エリナとはどういう関係なの?」 「どういう関係と言われても、俺の場合、エリナさんの知り合いと いうより美佳の知り合いだな」 「ふうん。じゃあ、エリナのこと、何とも思ってないの?」 「何ともって?」 「エリナのことが好きだとか」 「な、何を言い出すんだよ、急に」 早見はちょっと慌てた。 「好きなら好きでもいいのよ、別に」 「エリナさんとは何の関係もないよ」 「そう。素直じゃないのね」 ペトラルカはそう言うと、DKの方へ歩いていった。 4 朝食 午前7時30分、美佳とセリンはホテルのレストランで番組スタ ッフと一緒に食事をとった。 「この子、美佳ちゃんの知り合い?」 番組プロデューサーの上原が美佳に尋ねた。 「そう。従姉妹なの。どうしても番組の撮影現場が見たいって、ホ テルまで押しかけて来ちゃったの」 美佳が慌てて言った。 「従姉妹って、その子、外人だろ」 「外人に従姉妹がいちゃいけないんですか?」 美佳がムッとして、言った。 「いや、そういうわけじゃないけどね」 上原はセリンをまじまじと見た。セリンは食事の時でもコアラの ぬいぐるみを抱き、ニコニコしている。 「それにしても、君、かわいいね。その笑顔、最高だよ。ねえ、君 、今度、僕の番組に出てくれない?」 上原が言った。 「駄目です」 美佳がきっぱりと言った。 「美佳ちゃんに聞いてないよ。えっと、君、名前、何て言ったかな 」 「セリンです」 セリンが答えた。 「セリンちゃんか、いいねえ。年はいくつなの?」 「わかりませんの」 「わからない……ああ、言いたくないんだね。ねえ、君、テレビに 出てみない?君ならきっとアイドルになれると思うけど」 「だから、駄目だってば」 美佳が言った。「彼女は私たちと住む世界が違うの。セリンもニ コニコしてないで、ちゃんと断りなさいよ」 「ごめんなさいですの」 セリンが笑顔で謝った。 「あのなぁ……」 美佳はどうしてもセリンがフォルスノワールの総統をやっている とは思えなかった。 朝食の後、午前の撮影まで1時間ほど時間があったので、美佳は ホテルの自分の部屋でセリンと話し合った。 「セリン、正直言って、撮影が始まったら、あなたを守る自信がな いわ」 「そうですね」 「カイル一人ならともかくフォルスノワールが私たちを狙ってくる となると、私もどうしていいかわからないわ」 美佳は頭を抱えて、言った。 「そうですね」 「そうですねって、セリンも何か考えなさいよ。コンピューター、 持ってるんでしょ」 「わたくしのコンピューターは分析と制御しかできませんの。でも 、考えならありますわ」 「本当に?どんな考え?」 美佳は目を輝かせて、言った。 「美佳様の撮影現場を見学しますの」 「それで?」 「撮影が終わりましたら、みなさんでお菓子でも食べましょう」 「どアホっ!!」 美佳はセリンの頭をひっぱたいた。「そんなこと、聞いてないわ よ。敵が来たら、どうすればいいかって話をしてるの」 「はあ、それはその時になってみないとわかりませんわ」 セリンはライオンのぬいぐるみの手を使って、自分の頭をなでな がら、言った。 「その時になってからじゃ遅いのよ。あんた、フォルスノワールの 総統でしょ」 「はい」 「あらら」 セリンに素直に返事をされて、美佳は力が抜けた。 「もういい。敵が来たら来たで、その時に何とかするわ。でも、こ れだけ渡しとくから」 美佳はセリンに防犯ブザーを渡した。 「これは?」 「防犯ブザーについてるこのキーを抜くと、大きな音が鳴るわ。も し何かあったら−−」 美佳がそこまで言ったところで、セリンが防犯ブザーのキーを抜 いてしまい、大きな音が部屋中に鳴り響いた。 「もういや、こいつ−−」 美佳は大きくため息をついた。 続く