ファレイヌ2 第31話「復活のミレーユ」前編 登場人物 椎野美佳 声優。黄金銃ファレイヌの所有者。 魔法のヘアバンドでキティセイバーに変身。 エリナ 美佳のマネージャー ペトラルカ 青銅銃ファレイヌの所有者 深沢ゆうき 高校生。水晶銃ファレイヌの所有者 三野愛子 高校生。コバルト銃ファレイヌの所有者 カイル・リッガー 謎の男 マイク・リッガー カイルの弟 *現在の13のファレイヌの所有状況* 物質 所有者 金 椎野美佳 銅 エリナ 水銀 不明 白銀 不明 青銅 ペトラルカ 鉛 セリン チタン エミリ コバルト 三野愛子 水晶 深沢ゆうき クロム 不明 鉄 カイル ニッケル カイル 亜鉛 ソフィー プロローグ 中東シリアアラブ共和国。 テロ支援組織フォルスノワールの本部はこの国の首都ダマスカス から南西数百キロの地点にある。 フォルスノワールの本部は通常シリア砂漠の砂の中に隠され、偵 察衛星で発見することはほとんど不可能である。 今、一人の女が総統室へ続く通路を歩いていた。 総統室への通路は一本だけでそこへ向かうにはいくつのもの扉を IDカードと指紋照合で通過しなければならない。 女はフォルスノワールの幹部クラスの着る黒い軍服の上下を身に まとっている。髪はショートで制帽を深くかぶっている。目は切れ 長で鋭く、頬はきゅっと締まり、赤い口紅をつけた唇は堅く結ばれ ている。 女は総統室のそばまで来ると、総統室のドアの前に警備していた 二人の総統親衛隊員に声をかけた。 「副総統のエミリ・アルベールだ。総統に話があって来た」 「しばらくお待ちください」 隊員が総統室の総統に連絡を取った。 「どうぞ、お入りください」 エミリがドアの前にたつと、ドアが右側にスライドして、開いた 。 総統室。名前からは厳粛な空間を思い浮かべるが、この部屋は違 った。花柄の薄いピンクの壁に覆われた60畳ほどの部屋に、かわ いい羊やパンダ、犬、キリンといったぬいぐるみと観葉植物がそこ かしこに置いてあり、中央にはソファで囲んだ丸いテーブル。テー ブルのそばには50インチのテレビが二台。一台のテレビにはテレ ビゲーム機が5台つながり、もう一台の方にはビデオがつながって いる。ステレオコンポはジュークボックス型のがスピーカーごと天 井に備え付けてあり、リモコンで操作できるようになっている。テ ーブルの上には無線型のカラーノートパソコンが一台。壁にはクロ ーゼット、巨大な鏡、冷蔵庫、エアコンが備え付けられている。 そして、何も備え付けられていない方の壁にはダブルベッド、浴 室、キッチン、トイレへ通じるドアがそれぞれある。 まさに端から見れば女の子の部屋をデフォルメしたような部屋で あった。 フォルスノワール総統セリン・ジャルダンはソファに座って、日 本の少女漫画雑誌を読んでいた。 「あら、エミリ、お久しぶり」 セリンは漫画から顔を上げた。 エミリはセリンの部屋に入る時はいつも不快な気持ちになった。 「何をやっているのかと思えば−−」 エミリは閉口した。 エミリのそばにはボディーガードが一人、立っている。まだ15 、6の少女であるが、立派にフォルスノワールの訓練を積んだ親衛 隊員である。 「ねえ、せっかく来たんですもの、一緒にお茶でも飲まない?おい しいハーブティーがあるの。アルラ、エミリにお茶を入れてあげて 」 「はい」 アルラが、別室のキッチンへ向かう。 「少しは総統としての威信を持ってもらいたいものだな」 エミリは冷ややかに言った。 「だって、わたくしのやること、みんなエミリがやってしまうんで すもの。退屈で、退屈で」 セリンは笑顔で言った。 セリンはウェーブのかかった金色の長い髪で、瞳の青い白人の女 性。顔は童顔で、いつもにこにこしていて、笑顔を絶やさない。服 はピンクのネグリジェを着ているが、体格は子供っぽくほとんど色 気を感じない。とても外見からは、彼女がフォルスノワールの総統 とは誰も思わないだろう。 「それで何か用?」 「一昨日、ニューヨークでペトラルカに会った」 「へえ、元気にしてました?」 「彼女に会って、ファレイヌの秘密をいろいろ聞かせてもらった」 「ファレイヌの秘密?」 「なぜ我々が人間になれたのか知りたくないか?」 「別に。教えてくれるなら、聞くけど」 「ペトラルカの話では、3年前、エリナがバフォメットを倒したこ とにより、我々ファレイヌの魔法が解け、今まで乗り移っていた体 がそのまま自分の体になったというわけだ」 「そうなんですの」 「全然驚かないのか?」 「バフォメットとは何ですの?」 「魔界神ダイモーンが人間界を破壊するために送り込んだ悪魔とい う話だ」 「ほぉほぉ」 「おまえは知らぬだろうが、バフォメットは400年前、我々をフ ァレイヌの姿に変えた張本人フェリカだ。その昔、ファレイヌの所 有者に転生の儀式を行えば人間になれるという話があっただろう」 「そんなこともありましたわね」 「あれはデマだ。フェリカが我々を仲違いさせるためにやったらし い」 「バフォメットさんはどうして私たちにファレイヌの術をかけまし たの?」 「当時まだ不完全だったバフォメットは自分が魔女狩りにあって殺 される前に自分の魔力を教会の修道女であった我々に分け与え、次 の復活を待つつもりだったらしい」 「そうだったんですの。では、エリナには感謝しなければいけませ んわね」 「感謝なんかどうでもいい。それより、ペトラルカからもう一つ、 大事な話を聞いた」 「何ですの?」 「カイルという男が人間になった仲間たちを次々と殺して、ファレ イヌを奪っている」 「仲間たちって?」 「わかっているだけでローゼ、ブリジッタだ」 「まあ、かわいそうに。何でカイルさんはファレイヌを集めたりす るのかしら?」 「さあな。だが、ファレイヌを狙っているということは近いうちに カイルという男が我々の前に現れる可能性がある」 「ここの警備は厳重ですもの、その点は大丈夫ですわ」 「だが、まさかということもある。セリンのファレイヌを見せてく れ」 「あら、わたくしならいつもここに持っていますわ」 セリンはソファの下から鉛の銃を取り出した。 「これで五丁、集まった」 「え?」 セリンがエミリを見る。 次の瞬間、エミリの体がカラー写真から白黒写真に変わるかのご とく真っ黒になった。そして、ブラックボディとなったエミリがチ ョコレートのようにドロドロと解けていく。 「な、なんですの」 セリンから笑顔が消え、驚きの表情になった。 黒いボディが全て下に解け落ちると、そこには見慣れぬ男の姿が あった。 「あなた、誰ですの?」 「カイル・リッガー。ファレイヌを集めてる男だ」 カイルが静かに言った。 「だ、誰か、来て!」 セリンが声を上げると、外にいた親衛隊員二人が室内に入ってき た。 「総統、どう……おまえは何者だ!」 二人の親衛隊員がカイルにサブ・マシンガンを向けた。 「緊急事態だ。総統室に賊が潜入。応援を頼む」 隊員が無線で連絡した。 「セリン、ファレイヌをいただこうか」 カイルがセリンに歩み寄る。 「これはわたくしの宝物。誰にもあげませんわ」 セリンは慌てて、二人の親衛隊員の後ろに隠れた。 「お嬢さん、聞き分けが悪いとエミリのように死ぬことになるぞ」 「エ、エミリを殺したの?」 「ああ。これを見るがいい」 カイルはチタンの銃を見せた。 「それは……」 「その通り。エミリのファレイヌだ」 「何てこと……ひどいですわ。エゴロワ、あの男を殺して」 「はっ」 親衛隊員が拳銃の引き金を引こうとした。 その時、カイルの足下にあった黒い固まりが親衛隊員エゴロワの 顔に襲いかかった。 「うあっ」 黒い固まりがエゴロワの口と鼻から体内に入り込んだ。 「エゴロワ……」 セリンが呆然と後ずさる。 「き、気持ち悪い、なに、この感覚……うっ」 エゴロワが体を折って口を押さえた。 グシャッ! その瞬間、エゴロワの体が粉々に砕け散り、中から黒い物体が飛 び出した。 「!!!」 セリンは口を覆った。 黒い物体は人間の形に変わった。 その物体は全身ブラックボディ。顔の中央に赤く光る一つ目が付 いている。 「メダリオンホークだ」 カイルが紹介した。 「くそっ」 もう一人の親衛隊員がメダリオンホークに向かってサブ・マシン ガンを乱射した。 だが、弾丸は全てメダリオンホークのボディに吸収されてしまう 。 「総統、逃げて」 親衛隊員がセリンの背中を押した。 セリンが別室のドアの方へ駆け出す。 「ここから通さないわ」 親衛隊員が弾の切れた銃を投げ捨て、ナイフでメダリオンホーク に襲いかかった。 だが、メダリオンホークは右ストレートの一撃で親衛隊員の顔を 砕いた。 親衛隊員は抵抗する間もなく、床に崩れる。 「アーマーになれ」 カイルが言うと、メダリオンホークがボディスーツとなって、カ イルの全身に装着した。 ブラックボディのカイルはセリンを追った。 カイルがセリンの入った別室へドアをぶち破り、入った。 「死ねっ!」 その瞬間、天井にいたアルラがサバイバルナイフを手に飛びかか った。 「愚か者が!」 カイルはナイフをかわし、アルラの腹を手刀で突き破った。 「ぐはっ」 アルラが血を吐く。 「雑魚はどけ」 カイルはアルラを放り投げた。 「ちっ、逃げられたか」 部屋の奥には脱出用の穴が開いていた。 その時、部屋の外が騒がしくなった。 −−親衛隊員が呼んだ警備兵が駆けつけてきたか 「賊はどこだ?」 「総統はどこにいる?」 「親衛隊員が死んでるぞ」 総統室で複数の声がする。 「どうやらフォルスノワールどもを全滅させる必要があるな」 カイルは別室のドアを開け、総統室へ飛び出していった。 1 朝食 鷹森の事件でアパートを爆破された椎野美佳とエリナは、それ以 来、知り合いの刑事、早見祐二の家にやっかいになっていた。 本当は二、三日で引っ越すつもりだったが、なかなか安いアパー トが見つからず、そうこうしているうちに10日あまりが過ぎてい た。 数日前から美佳が北海道へテレビドラマの収録に出ているため、 今朝の食事は早見とエリナの二人きりであった。 「なんか悪いね、毎日、食事作ってもらっちゃって」 早見はご飯を食べながら、言った。 「お世話になっているんですもの、当然ですわ」 エリナが笑顔で言った。 「君たちが来るまでは朝食なんてまともに食べたことなかったんだ 。いつもぎりぎりで家を出てたから」 「いけませんわ、そんなことでは。刑事さんて、体力使うんでしょ 」 「まあ、そうなんだけど、男ってのはどうも家事を面倒くさがって ね」 早見は頭をかいた。 「早見さんも早くお嫁さんをもらった方がいいですわ。今はいいで すけど、そんな食生活では年いってから持ちませんわ」 「そ、そうだな」 二人はそれからしばらく黙って食事をした。 早見は何か話題を切り出そうとしたが、今一つきっかけがつかめ なかった。美佳がいると、美佳を仲介にしてエリナといろいろ話せ るが、エリナと二人きりとなると、なかなか話を切り出しにくい。 「あ、あの」 「はい?」 エリナが早見を見た。 「美佳は今、北海道なんだよね」 「ええ。今回の仕事は美佳さんにとって大チャンスなんです。主役 でドラマの仕事をやらせてもらえるわけですから」 「彼女は声優なんだろ」 「私は出来たら美佳さんには女優になってもらいたいんです。まだ まだ二十歳ですし、度胸は満点ですから、頑張ればなれると思うん です。やっぱり声優の仕事はまだまだ世間の認知は狭いですし、女 優なら収入は多いでしょ」 「美佳はどう思ってるの?」 「さあ、わたくしにはわかりません。美佳さんは仕事のことは全部 わたくしに任せてくれますから」 「信頼されてるんだな」 「どうでしょうか。わたくし、時々不安になるんです」 「不安?」 「ある日、突然、美佳さんがわたくしの前からいなくなってしまう んじゃないかって」 「どうしてそんなことを?」 「わかりません。ただ……あっ、こんなこと、人に話すことではな いですよね。ごめんなさい」 「いや、そんなことないよ。俺に出来ることがあったら、いつでも 相談してくれ。力になるよ」 「はい。あっ、早見さん、もう時間ですよ」 エリナが時計を見て、言った。 「いけね、こうしちゃいられない」 早見はイスを立った。 「今、背広を持ってきます」 エリナも慌ててイスを立ち、居間の方へ走っていった。 「エリナか……」 早見はこれまで感じたことのないような思いが胸に広がるのを感 じた。 2 いらだち 慶明第一高校−− 昼休み、西島健夫は教室で机に向かいうたた寝をしていた。 「おい、ぐうたら男」 誰かが健夫の頭をテニスのラケットで軽く叩いた。 「ん?」 健夫が寝ぼけた顔で顔を上げる。「何だ、晴香か」 「あーっ、何よ、その言い方」 北川晴香が健夫の前の席に座って、言った。晴香は健夫の幼稚園 来の幼なじみである。 晴香はテニスルックであった。 「何か用か?」 「元気ないみたいね」 「おまえは元気そうだな」 「もちろん。今度のインターハイの選手に選ばれたんだもん。先輩 からもテニス部の星って期待されてるんだから」 晴香はラケットを振った。 「去年のインターハイ、一回戦で負けた奴とは思えない自信だな」 「去年は去年よ。今年こそは勝ってみせるわ」 「まあ、頑張んな」 「うん、ありがと。それより、健夫、椎野さんとはうまくいってる の?」 「……」 「夏休みに会って以来、椎野さんと会ってないんでしょ」 「うるせえな、おまえには関係ないだろ」 「そうだけど、もしかしたら、私のせいなのかなって……」 「おまえは関係ないよ。椎野さん、今、男と暮らしてるんだ」 「男?」 「ああ。10日ぐらい前に自分のアパートを爆破されて、行くとこ ろがないから一人暮らしの刑事の家に行ってるんだ」 「爆破って、椎野さんのアパート、爆破されたの?誰に?」 「そんなの知らねえよ。とにかく四、五日前に突然、椎野さんから 電話がかかってきて、その話を聞かされたんだ」 −−相変わらず危険な目に遭ってるのね、椎野さんて 「そっか、それで健夫、元気ないのか。まあ、しょうがないわよ。 椎野さん、大人だもの、ちゃんとした恋人ぐらいいるわよ」 「おまえ、嬉しそうだな」 健夫が冷ややかな目で晴香を見た。 「そんなことないわよ」 晴香はドキッとする。 「頬を緩んでるぞ。俺がふられたの見て、心の中で笑ってるんだろ 」 「そんなことないわよ。でも、椎野さんて、デリカシーがないわね 。健夫に自分の男の家に泊まってること話すなんて」 「彼女の悪口、言うな。椎野さんはそんな人じゃない」 「じゃあ、どんな人なのよ」 「うるさいなぁ。もうすぐ授業、始まるぞ、さっさと着替えに行け よ」 「わかってるわよ。せっかく心配してあげたのに」 晴香はぶつぶつ言いながら、席を立ち、教室を出ていった。 3 拉致 「椎野さん、いるのかな」 健夫は電柱の陰から早見の家を見ていた。 健夫は美佳のことが気になって、放課後、自宅に帰らず早見の家 に来てしまったのだった。 「もし俺が訪ねたら、椎野さん、軽蔑するかな」 健夫は早見の家を訪ねることを迷っていた。 すでに15分ばかり電柱の前で迷っている。 「ええい、迷ってたって仕方がない。行こう」 健夫が覚悟を決めて、早見邸への第一歩を踏み出そうとした。 「健夫」 その時、健夫の背後から誰かが健夫の肩をつかんだ。 「どわあぁぁ!!」 健夫が飛び上がって、驚いた。 「た、健夫、私よ」 「え?」 健夫が振り返ると、そこには晴香が立っていた。 「晴香、てめえ、びっくりするだろ!!」 健夫は本気で怒った。 「ちょっと肩に手を乗せただけじゃない。それより、行くなら早く 行きなさいよ」 「そんなこと、わかって−−ああっ!」 健夫は声を上げた。 「どうしたの?」 「どうしておまえがこんなところにいるんだよ」 「どうしてって、健夫が心配だったから、学校を出てからずっと後 をつけてきたのよ」 「後つけてきただって」 「そうよ、わざわざテニス部の練習休んできてあげたんだから、感 謝しなさい」 「ふざけんな!何でこんなところへ来るんだよ」 「いいでしょ」 「帰れよ」 「せっかく来たのに」 「だったら、俺は帰るぞ」 健夫はその場から立ち去ろうとする。 「ちょっと待ってよ、あの家に行くんでしょ」 「もういいよ」 「どうして?」 「おまえがいるからだよ」 「わ、わかった。悪かったわよ。私、帰るから、椎野さんに会って 来なよ」 「本当に帰るか?」 「帰る、帰る」 晴香はうんうんとうなずいた。 「じゃあ、早く帰れよ」 「うん」 晴香はまだ名残惜しそうだったが、仕方なくその場を離れようと した。 「きゃあ、何するんですか!!」 その時、早見の家の方で女性の声がした。 健夫と晴香が驚いて声のした方を見る。 早見の家から数メートル離れた路上に一台の黒い外車が止まって おり、その外車に乗せようと、外国人の大男二人が女性の両腕を強 引につかんで、引っ張っている。 「あれ、エリナさんだわ」 晴香が言った。 「助けに行かなきゃ」 健夫が二人の大男へ向かって、駆け出した。 「か、勝てるのかな」 晴香は一瞬迷ったが、健夫の後を追いかける。 「おまえら、彼女を放せ」 健夫が大男に向かって、叫んだ。 「健夫さん」 エリナが声を上げた。 「消えな!」 大男が英語で言った。しかし、健夫には意味が分からない。 大男たちは健夫を無視して、エリナの両腕を持ち、彼女を車へ連 れていこうとする。 「放せって言ってんだろ」 健夫は大男の腕をつかんだ。 「邪魔だ、どけ」 大男は健夫を殴り飛ばした。 「きゃあ、健夫!」 晴香は声を上げて、倒れた健夫に駆け寄る。 「くそぉ」 しかし、健夫はすぐに起きあがり、なおも大男の体をつかむ。 「こいつの相手は俺がする。おまえは女を連れていけ」 「わかった」 大男は一人でエリナを連れていこうとする。 「待てっ!」 健夫はエリナの腕をつかむ男の方へ行こうとするが、健夫の前に はすぐもう一人の大男が立ちふさがった。 「晴香、警察、呼べ!」 「うん」 晴香がその場を駆け出す。 「待ちな!」 大男が日本語で言った。 晴香が立ち止まる。 「警察に知らせに行ったら、こいつを殺す」 大男は背広の懐から拳銃を抜いて、銃口を健夫に向けた。 「晴香、俺のことはいいから、早く!」 健夫が言った。 「でも……」 晴香はためらっていた。 「ジャック、時間がない。こいつらも連れていこう」 外車にいた男が言った。 「わかった。おまえたちも死にたくなかったら、一緒に来てもらお うか」 男はそう言うと、銃で脅して、晴香と健夫を車の後部座席に乗せ た。 外車の後部座席には真ん中を健夫、晴香、エリナが座り、両脇を 大男で固められた。 車が発進する。 「ごめんなさい、あなたたちを巻き込んでしまって」 エリナが謝った。 「何を言ってるんですか。それより、こいつら何者なんですか?」 「わたくしにもわかりませんわ。家を出たとたんに襲われたんです もの。健夫さんこそどうしてこんなところに?」 「え、ああ、ちょっと椎野さんに会いに」 「そうですか。美佳さんは今、北海道なんです」 「そうなんですか」 健夫は内心、ほっとした。 「それにしても、これからどこへ連れて行かれるのかしら」 エリナは隣のサングラスをかけた大男をちらりと見やって、呟い た。 4 飛び込み 北海道室蘭のT岬では3時間テレビドラマ「黒い女豹」の撮影が 行われていた。 この映画は恋人と共に組織を抜け出した女殺し屋荘野由美が次々 と迫る組織の刺客を倒すアクションドラマであった。 主役の女殺し屋役は新人としては大抜擢の椎野美佳である。 「シーン135。刺客に追いつめられた由美が一か八か岬から海へ 飛び込むシーンだ。行くぞ」 監督が大声で言った。 「待ってください、監督」 黒いジャケットを着た美佳が言った。 「どうした?」 「本気で私がやるんですか?」 「当たり前だ、君は主役だろう」 「こんな風が強く、波の荒い岬に飛び込んだら海に落ちる前に岩に ぶつかって死んじゃいますよ」 「任せておけ。下にはスタッフを待機させてる」 「スタントマン、使ってくださいよ」 「甘えるんじゃない。君を主役にしたのは、アクションを吹き替え なしでやると約束したからなんだぞ」 「物には限度があります。すでに車のクラッシュとスカイダイビン グをスタントなしでやらされてるんですよ。今度ぐらいお願いしま すよ」 「出来なきゃ、やめてもらう」 「やめてもいいんですか。監督がスタントなしにこだわるから、こ のドラマ、3ヶ月も主役が決まらなかったそうじゃないですか」 「おまえ、いつからそんな口が利けるようになった。俺は監督だぞ 。俺の言うことが聞けないなら、帰れ」 「わかりました。帰ります」 美佳がムカッとして、その場から離れた。 しかし、すぐに美佳を追いかけてプロデューサーがやってくる。 「美佳ちゃん、頼むよ。ここで君にやめられたら、このドラマ、撮 影中止になっちゃうんだ。もう予算もだいぶ使ってるし」 プロデューサーは困った顔をして、言った。 「そんなこと知りませんよ。私だって命が大切ですから」 「それはわかる。本当にわかるよ。今回のアクションはスタントマ ンもやりたがらなかったんだ」 「でしょうね」 「あの芦田監督は確かに無茶苦茶だが、彼の手がけたドラマはみん なヒットしてるんだ。もし君がこのドラマで無事主役を勤め上げれ ば、君も女優としての仲間入りが出来るんだぞ」 「無事ならでしょう」 「頼むよ、美佳ちゃん、頑張ってよ。もしこのドラマが完成したら 、僕は何でもやるよ」「そんなこと言われたって」 「お願いだ、このドラマには私とスタッフの生活もかかってるんだ 。もし撮影中止になったら、私の妻と三人の子供は明日から野宿し なければならないん。くうぅぅぅ」 プロデューサーは泣きを入れた。 「わかりました。もう上原さんにはかなわないなぁ」 美佳は渋々監督のところへまた戻った。 「何だ?」 監督が美佳を睨んだ。 「すみませんでした。私にやらせてください」 「どうした、帰りたいんなら帰っていいんだぞ。代わりならいくら でもいるんだ」 美佳はその言葉にムカッときて、遠くにいるプロデューサーの方 を見た。プロデューサーは両手を合わせて、謝るジェスチャーをし ている。 「私、何でもやりますから、もう一度チャンスをください。お願い します」 美佳は頭を下げた。内心ではこんなことをする自分が嫌で仕方が なかった。 「ほ、本当にやるのか、危険だぞ」 美佳の態度を見て、監督が急に怖じ気づいたことを言い出した。 「やりますよ、絶対に」 「そ、そうか、そうまで言うなら、チャンスをやる。すぐに準備し ろ」 「はい。ありがとうございました」 美佳は監督に一礼して撮影現場に戻った。 撮影現場ではスタントの監督から話があった。 「僕は、このアクションは君に勧められないね。絶対に死ぬよ」 「私もそう思う」 「やめた方がいいよ」 「やめたいけど、みなさんが困るんでしょう」 「それはそうだけど、もし君に何かあったら、僕は一生後悔するよ 。悪いことは言わない。世の中には出来ることと出来ないことがあ るんだから」 「もうやることに決めたんですから、やりますよ。それより、指導 をお願いします」 「そうだな。飛び込む時は思いっきり遠くへ飛ぶこと。落下の時に は姿勢を崩さず、まっすぐ足から落ちること。後は落下地点が岩で ないことを祈ること」 「何か投げやりな指導ですね」 「そりゃそうだよ、君のやることは自殺行為だからね。おそらく岬 から飛び込む時は相当な風が吹いてるから、うまく飛び込めないだ ろうね。だから、姿勢を崩さずに落下するのも難しいかもしれない 。そうなると、岩へ激突かな」 「どうもアドバイス、ありがとうございました」 美佳は苦笑して、言った。 「撮影始めるぞ!」 芦田監督が大声を上げた。 「はい」 「シーン135、スタート」 由美がマシンガンを持った刺客に岬の端まで追いつめられるシー ンから始まった。 「もうこれまでだな、黒豹」 「さあ、どうかしら。私は不死身なんだから」 「ふっ、だったら、死ね」 刺客がマシンガンを発射した。 それと同時に美佳は岬へ飛び込む体制を固めた。押し返されるよ うなものすごい突風が美佳に吹き抜ける。 −−神様、帰ったら温泉に浸かれますように 美佳は思いきって助走をつけ、岬から飛び降りた。 −−バランスがとれない! 美佳は飛び降りた瞬間にすぐそれを察した。 「やっぱ変身しよ」 美佳は落下しながら、素早くジーンズの後ろポケットにさしたヘ アバンドを取り出し、頭に装着した。 美佳はキティセイバーに変身すると、岩に激突寸前でテレポート した。 「おい、大丈夫か」 スタッフ全員が一斉に岬の端に駆けつけ、下をのぞき込む。 「大丈夫!」 美佳が岩につかまって、手を振った。 「どううまく撮れまし−−」 そこまで言いかけたところで美佳は波に飲まれ、消えてしまった 。 スタッフはしばらく呆然としていた。 続く