ファレイヌ2 第27話「ブラックライダー」後編 24 病室の中では…… ピルルルル、ピルルルル−− 早見の携帯電話が鳴った。 早見は背広の内ポケットにあった携帯電話を取りだし、応答した 。 「早見だ」 『美佳よ、ブラックライダーが現れたわ』 「本当か」 『こんな時に嘘なんか言ってもしょうがないでしょ。すぐに病室を −−』 「わかったよ。確認したら電話する」 早見は電話を切った。 −−とうとう現れやがったか。 早見は景子の病室のドアを見た。 中からは特に物音も聞こえない。いつものままであった。 「さて、こんなこと、やっても無駄だと思うが、確認するか」 早見はドアに歩み寄り、そっとドアに手をかけた。 「!!!」 その瞬間、早見の背中に何か得体の知れない寒気が走った。 −−何だこれは 早見はドアの向こう側にある威圧感を感じとった。 早見はドアのノブを回し、静かにドアを開ける。 とその時、病室の奥から見えない力が早見に襲いかかり、早見を すぐ後ろの壁に叩きつけた。そして、ドアが閉まってしまう。 早見は再びドアを開けようとしたが、全くドアのノブが動かない 。 「くっ、どうなってんだ」 早見はドアを引っ張ってみたり、体当たりも敢行してみたが、び くともしなかった。 「まさか美佳の勘が当たってるっていうんじゃないだろうな」 早見は懐のホルスターから拳銃を抜いた。そして、サイレンサー を装着し、ドアの鍵の部分に向けて、拳銃を構える。 「こんなところで拳銃使って、何もなかったらクビだな」 早見は拳銃の引き金を引いた。鍵の部分に穴が開いた。 早見は拳銃を手にしたまま、ドアに体当たりするようにして、室 内に突入した。 「これは−−」 早見は驚きのあまり声を漏らした。 病室には電気が点いていないと言うのに青白い光に包まれ、早見 がこれまで感じたことのないような重く冷たい妖気で満ちていた。 「まるで墓場だぜ」 夏だと言うのに室内は異様に寒かった。 早見は景子のベッドを覆うカーテンを引いた。 「け、景子……」 早見は一瞬、自分の目を疑った。 ベッドの景子がうつぶせの状態で目を開けていたのである。 「景子、おまえ−−」 早見が景子に歩み寄ろうとした瞬間、景子の目がカッと見開き、 赤く光った。 早見はまたも見えない力で吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた。 「景子、一体どうしちまったんだ」 早見は目の前の光景がまだ信じられなかった。 景子はじっと天井を凝視していた。 早見が景子の見ている天井を見ると、そこにはビデオスクリーン のような映像が映し出されていた。 その映像には高速道路を逃げまどう暴走族の姿が映っている。 早見はその映像がどこから映し出されているのか捜したが、映写 機やビデオプロジェクターのようなものはなかった。その映像は全 く機械を使わずに天井に映し出されているのである。 映像の中で少年の乗ったオートバイが大破した。 −−まさかあの映像はブラックライダーの視点か。だとすると、 景子はやはりブラックライダーだったのか。 早見はブラックライダーの正体を知って、怒りと悲しみがこみ上 げていた。 「やめてくれ!」 早見が立ち上がって、景子につかみかかった。 しかし、見えない力が再び早見を押し返す。 「ぐあっ」 壁に強く叩きつけられ早見は声を上げた。 「景子、おまえは……」 早見は持っていた拳銃をベッドの景子に向けて構えた。その手は かたかたと震えている。 「死んでくれ、景子」 早見は目をつぶって拳銃の引き金を引いた。弾丸が発射される。 −−これで終わりだ。 早見はゆっくり目を開けた。 −−!!! その瞬間、早見は愕然とした。 弾丸が空中で止まっていた。景子のベッドの数十センチ手前であ る。 弾丸は空中で数秒静止した後、突然早見の方に向かって飛んでき た。 早見が避ける間もなく弾丸が早見の右腕を貫く。 「うっ」 早見は右腕を押さえた。 その時、携帯電話が鳴った。 早見が携帯電話の受信スイッチを押す。 『早見、景子さんはどうだった』 と美佳の声。 「君の言う通りだったよ。景子は化け物だった」 『早見……』 「美佳、すまない……」 『謝ってる場合じゃないでしょ。あなたはそこで妹さんを監視して て。絶対に殺そうなんてしちゃ駄目よ』 「やりたくても出来ないさ」 『何かあったの?』 「何でもねえ。それより、美佳、後は君に託したぜ」 早見は電話を切った。 「くそっ、右腕がしびれるぜ」 早見が携帯電話を投げ出すと、腕を押さえた。 25 間に合うか 「間にあってくれよ」 その頃、高橋たちオートバイグループはブラックライダーから必 死に逃げていた。もう彼らの気持ちの中には美佳のところへおびき 寄せるというより逃げるという気持ちの方が強かった。 既に長崎たち暴走グループの姿は、高橋のオートバイのバックミ ラーから完全に姿を消していた。 しかし、遥か後方から聞こえる爆発音を聞く度に、高橋たちは暴 走グループのメンバーたちがブラックライダーの餌食になっている のを感じとった。 高橋たちのオートバイは100キロ以上のスピードで高速を走っ ていた。高橋たちは普段の時でもこれほど真剣に走ったことがなか った。 「これが本当の命がけって奴だな」 高橋は呟いた。ブラックライダーが現れるまで大きなことを言っ ていた少年たちも今では無言で余裕すら感じられない。 その時、パシュッという何かの炸裂する音がした。 高橋がちらっと後ろを向くと、浩のオートバイが大きくスピンし て路上に横転していた。しかし、その姿もすぐに見えなくなってし まう。 「とうとう来やがったか」 高橋は後方の仲間にさらにスピードを上げるように合図した。 もうこのスピードでは相手としゃべることはほとんど無理である 。 「うあっ」 伸也が後頭部に弾丸を撃ち込まれ、オートバイから落ちた。 「伸也……」 高橋は悔しさに歯を食いしばった。 しかし、高橋のオートバイのバックミラーには依然ブラックライ ダーの姿は見えない。 美佳のいる*号線まで後5キロあまりだっ た。 高橋はもう後ろを向く余裕もなかった。 もう美佳のところへ行く以外に生き延びる道はない。そういう状 況に追い込まれていた。 「美佳、間にあわねえかもしれねえ」 高橋はヘルメットに付いたマイクで美佳と交信した。 『後どのくらいなの』 「4キロちょっとだ。だが、ブラックライダーに二人やられた。も う駄目だ」 『わかった。私が助けに行くわ』 「バカ野郎、おめえが来たら、誰がブラックライダーを倒すんだ」 『でも……』 「例え死んでも*号線まで何とか奴を引っ張っていく。その後は絶 対しとめろよ」 高橋は交信を切った。 高橋はふっとバックミラーを見た。 −−!!! バックミラーには何も映っていなかった。 「まさか」 高橋は後ろを見た。 安弘、哲夫、竜二の姿は完全に消えていた。 「畜生め、よくも俺の仲間を」 高橋は前を向き、オートバイのスピードをさらに上げた。もう彼 のオートバイは限界速度だった。 高橋のオートバイのバックミラーについに青白いヘッドライトが 現れた。 「やっと姿を現したか」 高橋とブラックライダーとの距離はどんどん縮まっていく。 −−なぜすぐに殺さない。どういうつもりだ。 高橋はブラックライダーの真意がわからなかった。 その後もブラックライダーのオートバイはぐんぐんスピードを上 げ、高橋のオートバイのすぐ真後ろでチャージをかけた。 −−こいつ、楽しんでるのか *号線まで2キロあまりに迫った。 「もうすぐだ」 高橋がそう思った時、ブラックライダーのオートバイが前に出て 高橋と併走した。 高橋が驚いて隣のブラックライダーを見る。 ブラックライダーは突然、左手に持っていたライフル銃を高橋の こめかみに押しつけ、引き金を引いた。 ボンッと言う音がして、高橋の頭が吹き飛んだ。 高橋のオートバイがバランスを失ってコースを外れ、ガードレー ルに激突する。 ブラックライダーは背中にライフル銃を戻すと、何事もなかった ようにその場を通り過ぎた。 26 最後の対決 「高橋さん!高橋さん!」 美佳はトランシーバーで何度も声をかけたが、もう応答はなかっ た。 「やられたわ」 美佳はトランシーバーを地面に叩きつけた。 美佳は*号線の入口から約500メートルの位置に立っていた。 「高橋さん、死んだんですか」 エリナが美佳に歩み寄る。 「多分ね」 「それじゃあ、計画は失敗?」 「さあ、どうかしらね」 美佳は遠くの*号線の入口を見つめた。 「来たわ」 美佳はその時、青いヘッドライトを見つけた。 「エリナ、下がってて」 美佳はすぐさま黄金銃ファレイヌを青いヘッドライトに向けて構 える。 −−奴が来るまで十数秒ね 美佳は精神を集中する。 青いヘッドライトがだんだん近づいてくる。しかし、美佳は引き 金を引かなかった。 「正体を見せてもらうわよ」 美佳との距離300メートルに迫った。 美佳は拳銃を構えたまま、ぴくりとも動かない。 美佳の視点はブラックライダーではなく別の方向に向けられてい た。 エリナは遠くでぎゅっと手を握りしめて、様子を見守る。 美佳との距離200メートルに迫った。 −−例え景子さんでも、愛する人を奪ったあなたを絶対許さない 。命に替えても、止めてやるわ 美佳との距離が100メートルに迫った。 ブラックライダーはライフル銃を撃つ様子はない。 美佳も銃を構えたままだ。 ブラックライダーは減速することもなく、完全に突撃の構えを見 せていた。 −−同じ手は食わないわ 美佳との距離が50メートルに迫った。 その時、道路の横に等間隔で設置された赤外線センサーが次々と 反応し、赤いランプが点灯した。 「これが最後よ。くらえっ!」 美佳はこれまでの精神を一気に解放するようにファレイヌの引き 金を引いた。 グォーン! 光弾がブラックライダーめがけて飛んでゆく。 次の瞬間、光弾はブラックライダーに命中した。 ぐおおぉぉぉぉぉぉ!!!! 悪魔の断末魔のような雄叫びが上がり、ブラックライダーは美佳 の目前で空気の中に解けるように消滅した。 「やったぁ!」 美佳が飛び上がって、喜んだ。 しかし、着地の瞬間、負傷した足を着いてしまい、痛みのあまり 転げ回った。 「美佳さん!」 エリナが美佳に駆け寄る。 「エリナ、やったよ」 美佳が座り込んだまま、言った。 「本当に倒したんですね」 「うん」 美佳は感激のあまり、涙ぐんだ。美佳の心の中は喜びも悲しみも 憎しみもごっちゃになっていた。 「5メートル間隔で100台の赤外線センサーを道路脇に設置した かいがありましたね」「これもエリナのおかげだよ」 「でも、危険な賭けでしたわ。もし赤外線センサーが反応しなかっ たらと思うと」 「その時はその時よ」 「美佳さんらしいですね」 エリナは肩を貸して、美佳を立たせた。 「けど、奴がここへ来たのも高橋さんたちがおびき寄せてくれたか らなんだよね……」 美佳は急に沈み込んだ。 「美佳さん……」 「もっと他にもいい方法があったんじゃないかって考えちゃうかも しれないね」 美佳はエリナと誰もいない道路を歩きながら、いつまでも悔やん でいた。 エピローグ それから半月が過ぎた。 美佳の活躍により高橋たちおとりグループ6人の他にも多数の死 傷者を出したものの、以後ブラックライダーが世間にその姿を現す ことはなくなった。 新聞ではブラックライダーを倒したのは牧田奈緒美ということに なっていた。無論、美佳が拳銃を使ったとなれば大問題だからであ る。奈緒美はブラックライダーとの戦いを美佳になったつもりで説 明し、ブラックライダーは実体と幽体に自由に変化できることを得 意げに話した。しかし、根本的にブラックライダーとは何者かと言 うことになると、口を濁し、捜査中と言うことでそれ以上の発言を 控えた。マスコミでは現在でもブラックライダーの謎を追って、騒 いでいる。 さて、一方、美佳の方はと言うと、現在もJ大付属病院に入院し ている。病院を無理矢理抜け出したことで、散々医師に叱られ、病 室からも出させてもらえなくなった。 しかし、エリナや友人たちが入れ替わりで毎日見舞いに来るので それほど退屈はしていなかった。 そんなある時、早見が美佳の病室を訪ねた。 「あらっ、早見じゃない。久しぶり」 ベッドから体を起こしていた美佳は早見に挨拶した。 「元気か」 早見はいつもに比べると緊張した面もちで言った。 「元気は元気なんだけど、体の方がまだ言うこと聞かないんだ」 「そうか……」 「それより、どうして今まで来てくれなかったの?私、聞きたいこ といっぱいあるんだから」 「詳しいことは牧田警部補に話したから、聞いてるだろ」 「まあね。そういえば、景子さん、意識が戻ったんだってね。よか ったじゃない」 「ああ。君がブラックライダーを倒した後、景子の体から憑き物の ようなものが取れて、何事もなかったかのように景子が目を覚まし たんだ」 「ブラックライダーのことは何も知らないの?」 「ああ。それどころか景子は暴走族にレイプされたことも覚えてな かった」 「それじゃあ、ブラックライダーのこと知ったらショックだろうね 」 「実は……妹にはまだ交通事故にあってずっと記憶喪失だったとし か言ってないんだ」 「迷ってるのね」 「すまない。何度も話そうとしたが、元気そうな景子の顔を見てる と、どうしても−−」 早見がいつになく辛そうな顔をしていた。 「だったら、話さなくてもいいじゃない」 美佳が笑顔で言った。 「え?」 早見が美佳を見る。 「風間さんのことはともかく、ブラックライダーのことは景子さん のせいじゃないんだから、話す必要はないよ」 「だが、景子は君の恋人を殺したんだぞ」 「それは違うよ。タキチを殺したのはブラックライダーで景子さん じゃないよ。そりゃあ、ブラックライダーは景子さんの暴走族への 憎しみが生み出した怪物かもしれないけど、普通の景子さんならど んなに憎んでてもあんなことはしないでしょ。景子さんがこの先、 一生ブラックライダーの犯した罪を背負うなんて辛すぎるよ」 「君はそれで許せるのか」 「そうね」 美佳は少し考えて「景子さんが幸せな事であなたのすさんだ心が 癒されるんなら、許してもいいかも」 「……」 「早見、暴走族は確かにひどい連中も多いけど、だからって全てを 排除するような考えにならないで欲しいの。悪い奴だから、死んで いいってことはないでしょ」 「……そうだな」 「景子さんを守ってあげてね、お兄さん」 美佳がくすっと笑って、言った。 「実は妹を外に待たしてるんだ。入れていいか?」 「え、ええ」 「景子」 早見は病室のドアを開け、景子を呼んだ。 病室に車椅子に座った一人の若い女性が入ってくる。 「……」 景子の顔を見た時、美佳は一瞬険しい顔をした。 だが、美佳は頭を振ってすぐに笑顔を作った。 「早見の妹の景子と言います。兄がお世話になったそうで」 景子は笑顔で挨拶した。 景子は思ったより気さくな女性であった。 「こんにちは。私は椎野美佳。体の方はどう?」 「今までずっと体を動かさなかったから、まだうまく体が動かない の。おかげで毎日、リハビリで大変」 「そう、頑張ってね」 「椎野さんの方こそ、交通事故に遭われたそうで」 「私は大したことじゃないのよ」 「そうですか。ところで椎野さん、バイクは乗るんですか?」 「え、まあ、免許は持ってるけど」 「だったら、いつか、一緒にツーリングに行きません?」 「コラッ、景子!」 早見が注意した。 「いいじゃない、別に」 景子が不満な顔をした。「椎野さん、どうですか?」 「そうね、出来たら、自転車がいいな。しばらくバイクは好きにな れそうにないから」 美佳は苦笑して、言った。これには早見も美佳の気持ちが痛いほ ど良くわかった。 「ブラックライダー」終わり