ファレイヌ2 第18話「新たなる敵」 登場人物 椎野美佳 声優。魔法のヘアバンドでキティセイバーに変身する 黄金銃ファレイヌの所有者 エリナ 美佳のマネージャー。元金のファレイヌ。 アーデル ラシフェール誕生のために天界から遣わされた男 天界四天王の一人 ラーラ アーデルの三人の娘の一人。風の魔力を持つ アーカ アーデルの三人の娘の一人。 カイル 謎の男。ファレイヌを狙う。 ペトラルカ 新聞記者。元青銅のファレイヌ。 1 青空の戦い 「ここは……」 椎野美佳はうっすらと目を開け、目前の光景を見た。 それは水色の広大な空間。遠近感がほとんどわからない。全てが 水色一色なのだ。 じっと目を開けていると、目がちかちかしそうな感じだった。 美佳はその空間の中に真っ直ぐ立っていた。いや、踏みしめる大 地がないのだから、立っているという表現は不正確かもしれない。 しかし、浮遊感はまるでなく、じっとしていれば、その空間のオブ ジェと化したように全く動かない。 体には全く力が入らず、まるで自分の体が自分の体でないような 感じであった。 −−ここはどこなのかしら 美佳はしばらく目の前の光景をぼんやりと見つめながら、考え込 んでいた。 −−確か私、エリナと教会から逃げようとしてたのよね。教会の 地下室から上へ行くための細長い通路の中で爆発が起こって、それ から激しく地面が揺れて天井が崩れたんだわ。それから、どうなっ たんだったけ………あれっ、もしかして私って死んだの?体に感覚 がないのは、私が幽霊になったから? −−う、嘘だよね、死ぬなんて 美佳は戸惑った。何をしようにも体に全く意思が伝わらない。こ れでは脳だけが生きているようなものだ。 −−やだよ、こんな形で死ぬなんて。このまま一生、水色の景色 だけ見て暮らすなんて耐えられないよ 美佳は泣きたくなったが、泣くこともできない。 「美佳−−美佳−−」 その時、どこからか声がした。 「だ、誰?」 美佳は問いかけた。しかし、その声も声になっているという実感 がなく、心の中でしゃべっているのと変わりがなかった。 「私よ」 突然、美佳の目の前に一人の少女が現れた。 「あなたは−−」 美佳は驚きで言葉が続かなかった。 目の前には、ヘアバンドをしたエメラルドグリーンの長い髪と瞳 を持つ白い肌の少女が立っていた。体には白いコンバットスーツを 着用している。 「−−キティ・セイバー?」 目の前の少女はまぎれもなくキティ・セイバーそのものであった 。 「うふふ」 少女は美佳を見て、微笑んだ。 「あなたは誰?」 「私はキティ・セイバーよ」 少女は言った。 「嘘よ、キティは私が変身した姿よ」 「そうよ、だから私はもう一人のあなたなのよ」 「え?」 「わからない?椎野美佳であるあなたも、キティであるあなたも同 じあなたなのよ」 「どうして、私が二人いるのよ」 「ここはあなたの意識の中よ。だから、美佳であるあなたと、キテ ィである私が同居しているのは当たり前じゃない」 「意識の中……?」 「そうよ。だから、体に実体感がないでしょ」 「あ、そうなんだ……でも、何か不思議……私と私が話してるなん て」 「普通は一つよ。でも、彼女は二つの人生を歩んでいるわ。椎野美 佳としての人生とキティ・セイバーとしての人生をね。だから、私 とあなたが存在するの」 「私たち、死んじゃったのかな」 美佳は心細げに言った。 「安心して。気を失っているだけよ」 「そう、でも、どうしてあなたと私が話せるようになったの。今ま でこんな事なかったのに」 「一度だけあったわ」 「いつ?」 「あなたと話したわけじゃないけど、四年前に総統親衛隊三人と魔 法石をめぐって戦ったことがあったじゃない。その時、私は彩香に 魔法石を美佳に預けるようにシグナルを送ったのよ」 「そうだったんだ。けど、どうして私には話しかけてくれなかった の?」 「一人の人間の中に二つの意思が存在したら、決断に支障を来すじ ゃない」 「それはそうだけど、あなたはそれでいいの?」 「あなたの心は人間として生きてきた心よ。それに比べ私はガイア ールからの使命を果たすためだけに存在する心。その私があなたと 入れ替わったら、大変でしょ」 「なるほど、それもそうね」 「私もあなたがキティになれるようになってからは、自分の心を表 に出せるようになったし、それで充分よ」 「へえ、謙虚なんだね、キティって」 美佳はクスッと笑った。 「何言ってんの。私もあなたも同じなのよ」 「あっ、そっか」 「何か自分が自分に話すのは変な感じだけど、さっきの質問に答え るわ。私が今になって、あなたに話しかけたのはね、事態が悪い方 向に進行したからよ」 「というと?」 「エスティーナによってカライスが殺されたことで、魔界からバフ ォメット誕生のために派遣された者たちは全滅したわ。つまり、自 然界から魔界への扉を開ける方法は事実上絶たれたという事よ」 「絶たれたって言うけど、カライスたちはどうやって自然界に来た の?」 「彼らは二千年に一度、数秒間だけ開くというアストラルゲートか ら入ってきたの。前に入ってきたのが、450年ぐらい前だと思う から、次は1550年後よ」 「それなら、安心じゃない。魔界からの干渉を受けることは阻止さ れたわけだし」 「それは違うわ。魔界の者が事実上、自然界から消えたことで、今 度は天界のラシフェール誕生を企む者たちが行動を起こすわ。正確 には既に行動を起こしているけどね」 「私はラシフェールのことはよくわからないけど、ラシフェールも バフォメットみたいに自分に合う人間の体を必要とするの?」 「ラシフェールは人間の心が作るのよ」 「え?どういうこと?」 「人間が神と崇める者がラシフェールよ」 「よくわからないわ」 「天界から派遣された者たちは魔界の者たちより数千年早くフェル アンゲートを通って自然界にやってきたわ。彼らは神という偶像、 つまりラシフェールを作り出して世界征服を企んだわ。例えば、キ リスト教を使って、ローマ帝国を操り、世界を統一しようしたのも 彼らよ」 「そういえば、あの当時のキリスト教って、迫害されてたのに、ロ ーマ帝国内では急速に普及したのよね」 「また、ローマ帝国が衰退すると、今度はイスラム教を起こして、 世界制覇を始めたわ」 「それって8世紀頃でしょ」 「さすがに歴史アニメを今、やってるからよく憶えてるわね」 「自分に誉められても嬉しくないよ。でも、天界の使徒たちはそん なことをして、何の意味があるわけ?魔界みたいにバフォメットを 誕生させて、魔界への扉を開けるっていう目的ならわかるけど」 「彼らの目的は共通の神による統一よ。ある一定数の人間が同じ神 を信仰した時、ラシフェールが誕生するわ。ラシフェールは自然界 と同化する。その時、自然界は天界の一部となり、自然界は崩壊す る」 「ふーん、何か恐そうだけど、天界の者たちは数千年も前に現れて るのに、未だにラシフェールを誕生させることが出来ないんでしょ 。心配することはないんじゃない」 「それは、彼らが派閥争いをしているからよ。天界から自然界に派 遣されたのはディグレーの直属の配下4人とその子供たち。彼らは 最初にラシフェールを誕生させた者が、ディグレーに次ぐナンバー 2になれることから、協調せず独自にラシフェール誕生を試みたの よ。それで彼らは魔界の者を悪魔と人々に植え付けることは成功し たけど、神の統一には失敗した。けど、ここへ来てあなたが私の力 を使いだしたことにより、つまりキティ・セイバーになってから、 彼らは危機感を感じて急速に団結するようになったの」 「どうして団結したとわかるの?」 「彼らの気を随所に感じるの。魔界の使徒を全滅に追い込んだのも その行動の前兆だと思うわ」 「私はこれからどうすればいいの?」 「それはあなたの考える事よ」 「冷たいなぁ」 「突き放すようで悪いけど、一人の人間に二つの意思はいらないわ 。だから、私はガイアールの使命についても語らない。使命は時代 と共に変わってゆくから、あなたが私の使命を知って、この先、そ れに拘束されることになれば、あなたの将来が見えてしまうでしょ 」 「そうだね……」 「私はいつもあなたの心で見守ってるから、頑張ってね」 キティはニコッと笑った。 「ねえ、一つ聞かせて」 「何?」 「カライスが椎野美佳の姿はキティが変身した姿だって言ってたん だけど−−」 「それは違うわ。キティも美佳もあなたよ。魔法のヘアバンドは自 然界のエネルギーを多量に秘めているから、それが装着されると、 美佳の心より私の心が強くなって、キティになるの。要するに体内 のエネルギー量の相違よ。だから、気にすることはないわ」 「わかったわ。ありがとう」 「それじゃあ、もうすぐあなたの意識が回復するから、消えるわ」 「また、会える?」 「……多分、会えるよ。じゃあね」 キティは寂しげにそう言うと、美佳の目の前から姿を消した。 「さよなら……」 「美佳さん、美佳さん」 美佳は無意識の中で誰かに呼びかけられていた。 「うんん……」 美佳は目を開けた。 視界にはもやのようなものがかかって、よく見えない。 「美佳さん!美佳さん!」 声が先程よりはっきり聞こえる。 −−エリナ? 朦朧とした意識が戻るに連れ、次第に視界がはっきりしてきた。 −−エリナ…… 目の前には心配そうな顔で美佳の顔を覗き込むエリナの顔が見え る。 「エリナ……」 美佳はようやく声を出した。 「よかった、美佳さん、気がついたんですね」 エリナが嬉しそうな顔をする。 「ここは−−」 美佳はぱっと目を開けて、起き上がった。 周囲を見回すと、そこは崩壊した教会の瓦礫の中だった。空には すっかり青空が広がっている。もう朝を迎えたのだろう。 「助かったんだ−−」 美佳はぽつりと呟く。 「そうみたいです。気がついたら、教会の瓦礫の下にいて」 「もう一人の私が助けてくれたのかもしれないね」 「もう一人の私?」 エリナはきょとんとした顔で尋ねる。 「ううん、何でもない。それより、エリナの方は大丈夫?」 「わたくしは大丈夫ですわ。ただカライスは……」 エリナは教会の瓦礫に目を向けた。 「最後になって、私たちを助けてくれるなんてね」 美佳はエリナの横に立った。 「わたくし、何が善で何が悪か、わからなくなってしまいましたわ 」 「善悪の基準なんて元々、はっきりしたものがあるわけじゃないよ 。ただ人間の権利をどこまで尊重できるか、これによって善悪の基 準が変わってくるんじゃない。自分に対してだけ権利を認めるか、 全ての人に自分と同じ権利を認めるか、あるいは自分を認めてくれ る相手にだけ自分と同じ権利を認めるかってね」 「美佳さん、珍しくまともなこと言うんですね」 エリナはクスッと笑った。 「たまにはいいでしょ、そういうこと言ったって」 「悪いとは言ってませんわ。ただ何となくおかしくて−−」 「いいわよ、どうせ私はバカですよ」 美佳はすねてしまった。 「もう喧嘩はやめましょう。わたくし、美佳さんに無視されるのは 嫌です」 「エリナがそうさせてるんでしょう」 「そんなこと言われても、わたくしは美佳さんの前では正直であり たいと思ってるんですよ。だから−−」 「……わかったわよ。さあ、帰りましょう」 美佳はさっさと森の方へ歩き始める。 「テレポートで帰りましょうよ」 「え?」 美佳は振り向いた。 「はい」 エリナは魔法のヘアバンドを美佳に預けた。 「私に変身しろって言うの?」 「こんな森を歩いていったら、何時間もかかりますわ」 「まあ、そうだけどね」 美佳はヘアバンドを装着しようとした。 その時だった。 パラパラッ…… 教会の瓦礫の一部が盛り上がったかと思うと、突然瓦礫の中から 一筋のオレンジ色のいかづちが二人に向かって飛んできた。 「どいて!!」 雷光に気づいた美佳はいかづちに背を向けていたエリナを突き飛 ばし、自分が前に出た。 「うああっ」 いかづちが美佳に命中し、彼女の体がオレンジ色の光に包まれた 。 「美佳さん!!」 エリナは叫んだ。 体を包んだ電気が数秒後に消えると、美佳はがくっと膝を折った 。 「ほほほ、油断しましたわね」 瓦礫の中から一人の女が立ち上がった。 「あっ……」 エリナは愕然とした。 その女は自爆したと思われていたオレンジ色の髪を持つ女、エス ティーナだった。 「どうして……」 美佳はボロボロになった体をかろうじて支えながら、呟いた。 エリナはすぐに美佳のもとに駆け寄って、肩を貸した。 「わたくしは仮にも天界四天王アーデルの娘、簡単には死にません わ。特にあなたたちを生かしておいてはね」 エスティーナの服はボロボロだが、体には傷一つついていなかっ た。 「エリナ、離れてて」 美佳はエリナの肩から手を離した。 「美佳さん……」 心配そうな目で、エリナは美佳を見つめる。 「あいつとは決着つけなきゃならないわ。私たちが生きるためにね 」 美佳は力強く言った。 その言葉でエリナは決心がついたように美佳から離れる。 「不意打ちなんて、強い者のする事じゃないわ」 美佳はエスティーナを睨み付けて、言った。 「ほほほ、勝つ者だけが強いのよ。手段は関係ありませんわ」 エスティーナは笑った。 「それなら、あなたは永久に強い者には勝てないわね。弱い者しか 相手にしないのだから」 「何ですって」 エスティーナはムッとした。 「あなたが負けを知らないのは、負ける相手とは戦わなかったから でしょ」 「ほぉ、言ってくれますわね。何を根拠にそうおっしゃるのかしら 」 エスティーナは顔をひきつらせて、言った。 「あなたはディグレーを倒せる?」 「それは−−」 「あなたはディグレーが恐いから、ディグレーに従っているんでし ょ。既に負け犬じゃない」 「ふん、冗談じゃありませんわ。わたくしはその気になれば、ディ グレー様をも、上回る力がありますのよ」 エスティーナが勝ち誇ったようにそう言った瞬間、突然彼女の頭 に激痛が走った。 「ああああああぁぁ」 エスティーナは頭を両手で押さえて、悲鳴を上げた。 「?」 美佳もエリナも驚いてエスティーナを見つめる。 「お許し下さい、ディグレー様、お許しを」 エスティーナは天に向かって、叫んだ。 彼女は激痛に苛まれながらも、美佳たちを無視して地面に膝をつ き、ひたすら許しを請うた。 しばらくして、エスティーナの頭への激痛が収まった。 「はぁ、はぁ……」 エスティーナは呼吸を弾ませた。 「エスティーナ……」 美佳がエスティーナのそばに2、3歩、歩きかけた。 「寄るな!!」 エスティーナは顔を上げ、鋭い声を発した。 美佳はその声に足を止める。 「おまえを殺しますわ。ディグレー様のために」 エスティーナは立ち上がった。 エスティーナは右手を空に向かって伸ばし、人差し指を突き出し た。彼女の人差し指からオレンジ色の電流が発生する。 「今度は一撃でおまえの体を黒こげにしてやりますわ」 エスティーナは笑った。 美佳は金のクロスペンダントをぎゅっと握りしめた。 「死ねい!」 エスティーナは右手を振り下ろし、人差し指を美佳に向けた。い かづちがゴォーンという音を立てて、指から発射された。 美佳はそれと同時にペンダントをいかづちの方へ投げた。 バシッ!!! 次の瞬間、空中でいかづちとペンダントが衝突した。 「何っ!!」 エスティーナが目を見張った。 ペンダントが全てのいかづちを吸収してしまうと、ペンダントは 地面に落ちた。 「バカな!」 エスティーナが愕然とした声を上げた時、背後に気配を感じた。 振り返ると、そこには白いコンバットスーツを身を包んだエメラ ルドグリーンの髪を持つ戦士、キティ・セイバーが立っていた。 「い、いつのまに−−」 エスティーナの顔が強張った。 「あなたには天界へ帰ってもらうわ」 キティは手にしたサイコブレードをエスティーナの胸に突き刺し た。 「うがあっ……」 エスティーナは悲鳴を上げた。 キティがブレードを引き抜くと、エスティーナは胸を押さえなが ら、2、3歩、後ずさった。 「キティ、今度はとどめを刺したのね、いい心がけですわ」 エスティーナは苦しそうに笑った。 「あなたはかわいそうな人ね」 キティは寂しげに言った。 「……天界に生まれし者は全てディグレー様の持ち物なのよ。永久 に逆らうことは出来ない……」 「あなたは強いわ。一度はディグレーに逆らったんだもの」 「ふふ……負けた者は弱いんですのよ……わたくしも所詮、その程 度……」 エスティーナはそう言うと、前のめりに倒れた。キティは駆け寄 って、エスティーナを抱きとめる。 「エスティーナ……」 「温かい胸をしているのね、懐かしいですわ……」 エスティーナはキティの胸の中で目を閉じた。その表情は安らか であった。 「美佳さん!!」 エリナが美佳のもとにやってくる。 その時、エスティーナの体がすうっと空気に溶け込むように消え た。 「エリナ……」 キティはエリナを見た。 「倒さなければ、美佳さんが殺されていましたわ」 「……この世の中に本当の悪人なんていないのかもね」 キティは呟いた。「みんな、つまらないことで戦ってんだ」 2 アーデル 教会跡地のはるか上空には、巨大な白い雲が浮かんでいた。その 雲の内部に全長500メートルはあろうかという大型航空艇が存在 していた。 その航空艇の名をドルファーガと言った。天界四天王アーデルが 作った巨大戦艦である。 ドルファーガの司令室には、両側に腹心の部下を従えたアーデル が座っていた。 アーデルは身長230センチ。白い法衣に身を包み、頭には天界 の紋章を型どった冠を被っていた。髪は青色、肌は白い。青い目の 眼光は鋭く、顔だちは皺一本ないため、20代のように引き締まっ ている。 「父上、ただいま戻りました」 一人の女がアーデルの前に拝礼した。その女は白く透き通った長 い髪、瞳の青い、美しい女であった。その女はアーデルの娘、ラー ラである。 「エスティーナは任務を失敗したようだな」 アーデルは肘掛けに頬杖をついたまま、言った。 「いえ、魔界の使徒たちは全て片づけました」 「ラーラよ、我は魔界の者などどうでもよいのだ。我の望むのは、 ガイアールの戦士の首」 「申し訳ありません。エスティーナは死をかけて、キティの首を取 ろうとしましたが、力及ばず敗れました」 「エスティーナは死んだのか」 「はい」 「そうか、あやつは我の作った娘の中では欠陥品だった。仕方ある まい。また新しいのを作ろう」 アーデルはグラスの酒を飲んだ。 「次はこの私自らが、キティの首を取ってご覧に入れます」 「いや、おまえには別の任務がある」 「はっ?」 ラーラがアーデルを見る。 「その昔、バフォメットが13人のファレイヌにわけたというバフ ォメットの魔力を集めよ。また、いつ魔界の者がこの世界へやって くるかもしれんからな、集めておいて損はあるまい」 「では、キティの方は?」 「ガイアールの戦士の始末には、アーカを使う。あやつなら失敗は あるまいて、そうは思わぬか、ラーラ」 アーデルはニヤリと笑った。 「はっ、仰せの通りです」 ラーラは感情を殺して、静かにそう言った。 3 ファレイヌ狩り ハンメルフェスト−−ノルウェー北端に近いクバレイ島の西岸に ある世界最北の町である。 漁業を生業とする人口1万にも満たないこの町は、第2次大戦中 にはドイツ軍に占領され、撤退の際には破壊されてしまうという暗 い過去があった。 町の一軒家に子供2人を持つ夫婦が住んでいた。 夫の名はクライド・アレイニコフ。妻の名をブリジッタと言った 。 夫は漁師で、1年の大半は漁に出て、いなかった。 ブリジッタの家庭は裕福と言うわけではなかったが、食事に事欠 くということはなく、2歳と1歳になる二人の子供たちもすくすく と育っていた。 その夜は真夜中の太陽を見ることが出来る日だった。 ブリジッタはいつものように子供をベッドに寝かしつけ、台所で 食器洗いをしていた。 コンコン! 入口のドアを叩く音がした。 「あら−−」 ブリジッタは食器洗いの手を休めた。 タオルで手をふき、エプロンを外していると、またドアをノック する音がした。 −−誰かしら、こんな時間に ブリジッタはドアの方へ歩いていった。 日頃から、お隣との貸し借りが多いので、今度も近所の人が来た のだとブリジッタは思った。 「どちらさま?」 ブリジッタはドア越しに声をかけた。 「警察の者です」 「警察?」 ブリジッタは不思議に思ったが、掛け金を外してドアを開けた。 「!!!」 ブリジッタは外の人間を見た途端、言葉に詰まった。 目の前にはサングラスをかけ、白い背広を着た3人の男が立って いた。全く見慣れない人間だ。 「だ、誰ですか、あなたたちは?」 ブリジッタの問いかけに男たちは答えず、いきなり彼女を押しの けて、中へ入ってきた。 「勝手に入ってこないで!警察を呼ぶわよ」 ブリジッタは恐怖心を必死に抑えながら、叫んだ。 「ベルフィーズを出せ」 真ん中の長身の男が低い声で言った。 「ベルフィーズ……」 男の言葉にブリジッタは表情を一変させた。「あんたたち、何者 ?」 「おとなしく出せば、命は助けてやる」 男はブリジッタの質問に答えなかった。 「ベルフィーズなんて知らないわ」 「知らない?そんなはずはなかろう。おまえは昔、黒金のファレイ ヌだったんだからな」 「ど、どうしてそのことを……」 「おまえはベルフィーズを渡せばいい。それで全てが済む」 男はあくまで自分の要求だけを突きつけた。 「ベルフィーズはもうないわ。捨てたのよ」 「嘘をつくな。仮にも昔はおまえの体だったんだ。捨てるはずがな い」 「本当よ、ここにはないわ」 「では、どこにある?」 「海に捨てたわ。今ごろ、海底深くよ。ダイバーでも潜らせるのね 」 「そうか、残念だな」 男は仲間の二人に合図した。二人の男は突然、部屋の奥へ入って いった。 「ちょっとどこへ行くのよ」 ブリジッタは血相を変えて、二人の男につかみかかった。だが、 男たちはブリジッタを強い力で突き飛ばした。 「ま、待って!!」 床に尻餅をついたブリジッタは起き上がって、男たちを追いかけ ようとしたが、ブリジッタの目の前にはリーダーの男の拳銃があっ た。 「おとなしくしてろ。俺に引き金を引かせたくなかったらな」 男はドスのきいた声で言った。 ブリジッタは男を睨み付けながら、後ろへ下がった。 しばらくして、奥の部屋へ行った男たちが戻ってきた。 「タリサ、アレク!!」 ブリジッタは叫んだ。 男たちはそれぞれ子供たちを抱いていたのだ。子供たちはすやす やと眠っている。 「い、一体、何をするつもりなんですか」 ブリジッタの声は震えていた。 「さあ、どうするかな」 リーダーの男が言った。 「お願い、子供たちを返して。お願い」 ブリジッタはひざまずき、頭を下げた。 「我々も手荒い真似は好きじゃない。あんたが素直になれば、子供 たちは返してやる」 「わかったわ……」 ブリジッタは小声で言った。 「ベルフィーズはどこだ」 「私のベッドの下よ」 「ルース、赤子を返してやれ」 男の言葉で、ルースが1歳の子供をブリジッタに手渡した。 ブリジッタはすぐに男たちから隠すように子供を抱き締めた。 「もし見つからなければ、もう一人の命はないぞ。ルース、探して こい」 ルースは部屋の奥へ入っていった。 「ファレイヌなんか手に入れて、どうする気なの?あれは普通の人 間が使っても、役には立たないわ」 「普通の人間なら−−な」 男は口元にかすかな笑みを浮かべた。 「カイル様、銃を見つけました」 ルースが黒い銃を持ってきた。 「見せてみろ」 カイルは銃を確認した。「確かに本物だ」 「これで用は済んだでしょ。アレクを返して」 「そうだな。約束は守ろう。返してやれ」 カイルの命令で男が2歳の子供を返した。 ブリジッタは二人の子供を抱き締め、いとおしそうに頬を擦りよ せた。 「帰るぞ」 カイルはポケットから黒い小箱をさりげなく棚に置くと、部下の 二人を従えて、家を出て行った。 「カイル様、あの女を生かしておくんですか」 ブリジッタの家を出て、50メートルほど歩いたところで、ルー スが聞いた。 「生かしておく?とんでもない」 カイルはポケットからリモコンのスイッチを取り出して、ボタン を押した。 次の瞬間、爆音と共にブリジッタの家が爆発し、もうもうと煙が 上がった。 「人間の命はもろいねえ」 カイルはブリジッタの家から空に上る煙を見て、にやっと笑った 。 4 惨劇の後 一隻の漁船がハンメルフェストの港に帰港した。 「どうもありがとう」 一人の若い女が船員に礼を言って、船を降りた。 女はカスケットをかぶり、マウンテン・パーカを着ていた。髪は ブラウン、瞳は深い青。白人で、すらっとした体つきをしている。 女が町に入ると、すぐ人だかりに出くわした。 「何かあったの?」 女は気安く野次馬の一人に話しかけた。 「爆発だってさ。かわいそうにな」 「誰か死んだの?」 「クライドのとこの奥さんと子供だよ」 「クライドの奥さんって、もしかしてブリジッタって……」 「そうだよ」 女の表情が険しくなった。 女は野次馬をかき分け、爆発の起きた現場の方へ歩いていった。 現場では救出作業が行われていた。 現場のそばには遺体を乗せた三つの担架があった。遺体にはそれ ぞれ毛布がかかっている。 女はそっと担架に歩み寄った。 「君、駄目だよ、さわっちゃ」 警官が注意した。 「うるさいなぁ。私の知り合いなんだよ」 女は毛布をはじの方からめくった。 血だらけのブリジッタの顔があった。 「ブリジッタ……せっかく、会えると思ってたのに、こんな形で… …」 女は涙を流した。 女はブリジッタの頬に触れた。 −−!!! その時、ブリジッタの意識が女の心に流れ込んできた。 −−ペティーね…… −−ブリジッタ、生きてるの? −−私はもう駄目よ。誰かに伝えたくて、最後の意識を残してお いたの −−誰にやられたの? −−カイルという男に気をつけて。ファレイヌを狙ってるわ −−カイル…… −−ペティー、結局、私たちファレイヌは人間になっても幸せは 得られないのね…… その言葉と共にブリジッタの意識は消えた。 「ブリジッタ、ブリジッタ!」 ペトラルカははっとして、ブリジッタの体を揺すった。 「君、もうその人は死んでるんだよ」 警官がペトラルカを止めた。 「黙れ!!」 ペトラルカは警官の手を振り払った。 「これでローゼに続いて二人目だわ、畜生!」 ペトラルカは地面を一度強く叩くと、そのまま悲しみをこらえる ように地面に頭をすりつけた。 「新たなる敵」終わり