ファレイヌ2 第10話 怪盗パンプキンヘッド 後編 21 盗聴 午前4時、ベッドで寝ていた美佳は健夫に起こされた。 「荒木さん、起きて下さいよ」 健夫が小声で言った。 「どうしたの、こんな時間に?」 美佳は目をこすりながら、寝ぼけた声で言った。 「犯人の電話の盗聴に成功したんですよ」 「本当に?」 美佳は健夫の言葉を聞いて、飛び起きた。 「電話の声をテープにとりました。まあ、聞いてみて下さい」 健夫はラジカセに繋いだヘッドホンを美佳に渡すと、ボタンを押 してラジカセのテープを巻き戻した。 「用意はいいですか」 「いいわ」 美佳はヘッドホンを耳に装着した。 健夫は再生ボタンを押す。 美佳はしばらくテープの声を黙って聞いていた。時折、何かに納 得したように頷いている。 5分ほどでテープの声が終わると、美佳はヘッドホンを外した。 「どうでした?」 「ばっちりよ。二番徹夜したかいがあったわね」 美佳は健夫にVサインを送った。 「でも、荒木さん、あの電話の声は……」 「しっ!声が少し大きいわよ」 「すみません」 「健夫君、君の思っている通りよ。でもね、それを本当に確かめる のはもう少し後よ。今夜はもう寝ちゃいなさい。明日はもっと忙し くなるんだから」 美佳はそう言うと、健夫に優しく微笑んで、また布団に入ってし まった。 22 予告当日 予告当日の朝が来た。美佳は客間で浅野や刑事たちに計画を発表 した。 それは出口の一つしかない部屋を一つ選び、その部屋の奥にテー ブルを置き、その上に裸のままダイヤを置いて、警備するという単 純なものだった。 刑事たちはその案に顔をしかめたが、浅野が乗り気だったので、 計画は実行に移された。 まず、部屋の選定では、浅野邸には窓のない部屋が前に盗難にあ った書斎の一つしかないので、とりあえず窓が一つだけの、二階の 美佳が使用していた部屋を使うことにした。窓は鉄板で塞ぎ、家具 類は一切別の部屋へ運び出し、テーブル一つと簡素な作りの椅子を 3脚残した。 ある程度の準備が整い、部屋には美佳と浅野、西島刑事、川辺刑 事だけが残っていた 「本当にこんなもので大丈夫かね」 浅野はがらんとした部屋を見て、少し不安げに美佳に言った。 「これで充分です。出入口が一つしかなければ、犯人の進入ルート ははっきりしてるわけだし、安全じゃないですか。しかも、ここま で来るには、犯人は警察の幾重もの警備網を突破しなければならな いわけですし、問題ないですよ」 美佳は自信たっぷりに言った。 「だが、奴は昨日も一昨日も、厳重な警備のはずの邸内に現れ、番 号を残しているんだぞ」 「奴が直接現れたのは、一昨日だけです。後のは奴の仕業ではない ですよ」 「奴の仕業じゃないって、じゃあ誰のやったことなんだ」 「それは今夜になってみればわかります。それより、ここの警備は 浅野さんと西島さん、それから川辺さんだけにしましょう。それ以 外の人は例え家の人であっても、入れては駄目です。それから、食 料は全て昨日のうちに私が用意しておきました」 美佳は手に持っていた紙袋を見せた。 「トイレはどうするんだ?」 「予告が午後10時ですから、その4、5時間前までなら、交代で 行って下さい。ただし、それ以降は、一度でも部屋を出たら、中へ 入れないで下さい。もちろん、トイレに行かないようになるべく水 分は採らないで下さいよ」 「部屋の鍵は?」 西島が質問した。 「もちろん、内側からかけて下さい。外との連絡はトランシーバー でも結構ですが、念のためドア越しに行って下さい。それから、服 装ですが、薄着で、拳銃とか手錠、警棒とかいったものは一切持た ないようにして下さい」 「何だって、それじゃあ、奴が現れた時、どうするんだ?」 西島が驚いたように尋ねた。 「奴には拳銃は効かないんです。武器なんか持ってても仕方ないで しょう。それよりも私は偽者が紛れ込むことの方が心配なんです」 「君の計画はわかった。それでいつから始めるんだ?」 「今からにしましょう。浅野さん、ダイヤは持ってますよね」 「ああ」 浅野はガウンのポケットから宝石ケースを取り出した。 「それを開いて、テーブルに置いて下さい」 「うむ」 浅野はケースの蓋を開けて、ケースをテーブルの上に置いた。 「ダイヤは必ず目を離さないようにして下さい」 「予告時間までにはまだ半日あるのに、今からそこまでする必要は あるのかね?」 西島が尋ねた。 「犯人が予告を守る奴ならいいんですけどね。泥棒なんて、ことわ ざにもあるように嘘つきなものでしょ」 「わかった。多少の不安はあるが、君の指示には従おう」 西島が言った。 「私も従う」 浅野が続いて言った。 「川辺さんは?」 美佳が川辺を見る。 「やるからには、自分はきちんとやります」 川辺が力強く言った。 「お願いしますね。もう一度言いますけど、絶対にダイヤから目を 離しては駄目ですよ。それから、何があってもこの部屋から出ない こと。そして、あなたたち3人以外は私を含めて誰であっても入れ ないこと。この三つは死んでも守って下さいね」 「その点は大丈夫だ。しかし、君はどうするんだ?」 「私はこれから仕事があるんで、夕方にならないとこっちに来れな いんです。ですから、こうして3人にお願いしてるんです」 「仕事って君は浅野さんのボディガードじゃないのか」 西島が冷ややかな口調で言った。 「それは副業です。浅野さんもその点は納得してもらえると思いま す」 「何を言ってるんだ、私は納得してないぞ」 浅野が向きになる。 「まあ、落ちついて。こういう警備は私より刑事さんの方が上です 。私よりもきっと役に立ってくれると思いますよ」 美佳が苦笑して、言った。 「必ず家に戻るんだろうね」 「必ず戻ります。それじゃあ、頼みましたね」 美佳はそういって、食料を入れた紙袋を置いて、さっさと部屋を 出ていってしまった。 西島はその後、内側からドアの鍵をかけた。 「彼女、大丈夫なんですか、浅野さん?」 西島は浅野の方を見て、言った。 「わからん、だが、今は彼女を信じるしかない」 浅野はテーブルの上の、美しい輝きを見せるダイヤモンドリング を見つめながら、呟いた。 23 白いヘアバンド 美佳は浅野邸を出た後、アニメのアフレコのスタジオへ向かった 。そこで3時間ばかりの収録を行い、その後、エリナと近くのファ ミリーレストランで食事をとった。 「今日がパンプキンヘッドの予告の日なんでしょう」 エリナはパスタを食べながら、言った。 「そうよ。今夜はきっと大変なことになるわね」 美佳はわくわくした様子で言った。 「わたくしは面白くありませんわ。このところ、うちではいつもず っと一人でしたし」 エリナが寂しげに言う。 「今日までの辛抱よ」 「でも、がっかりですわ、美佳さんは彩香さんの頼みは絶対に引き 受けないと思ってましたのに」 「私だって、浅野邸の前に来るまでは半分迷ってたのよ。盗みの手 伝いは嫌だったしね」 「じゃあ、どうして引き受けたんですの?」 「これよ」 美佳はジーンズの後ろのポケットにさした白いヘアバンドをエリ ナに見せた。 「これがどうかしたんですの?」 「エリナ、この魔法のヘアバンドの効果ってなんだったけ?」 「キティセイバーに変身すること−−」 「それから」 「魔界の者や天界の者に近づくと、色が変わること−−ですか」 「そう、それよ」 美佳はメロンソーダを口にしてから、言った。 「それって?」 「彩香に強引に説得されて、浅野邸の前に来た時、この白いヘアバ ンドが黒に変わったわ」 「黒に!?」 エリナの表情が真剣になった。 「そう。その時、思ったの。浅野邸には何かあるってね」 「パンプキンヘッドと関係があるんでしょうか」 「大ありだと思うわ。もう目星はついてるの」 「本当ですか。もしバフォメットに関係のあることなら、わたくし にも協力させて下さい」 「駄ぁ目。前のこともあるし、エリナを危険な目に遭わせたくない の」 「でも、わたくしは美佳さんのパートナーですわ」 エリナは真剣な眼差しで美佳を見る。 「わかってる。でも、昔のように不死身ではないわ。私はもう大事 な人を失いたくないの」 「もし美佳さんが先に死んだら、わたくしはどうなるんですか」 「……」 美佳は一瞬、黙り込んだ。だが、すぐに笑顔になって、「さて、 そろそろ行きますか。エリナ、テレビのビデオ予約しておいてね。 後でまとめて見るんだから」 美佳は席を立った。 「美佳さん!」 エリナも席を立つ。 「エリナ」 美佳はエリナに背を向けて、言った。 「……」 エリナはじっと美佳の背中を見つめる。 「ごめんね−−」 美佳はそのままレジカウンターの方へ歩いていった。エリナはそ れを黙って見送っていた。 24 パンプキンヘッド、現る 午後9時40分。パンプキンヘッドの予告時間まで後20分と迫 っていた。浅野邸は内外で100名近い警察官を動員して警備が固 められていた。マスコミがあおったせいもあるのか、警察はパンプ キンヘッドの行動を警察に対する挑戦とみなし、パンプキンヘッド の逮捕に威信を懸けているかのようだった。 美佳の計画通り、ダイヤのある部屋は浅野、西島、川辺の3人で 警備を行い、美佳との約束を守って、中には部外者を入れず、部屋 を出る時も慎重だった。 邸内の警備はダイヤのある部屋のドアの前に警官が二人、各部屋 に二人、階段付近に三人、玄関先に二人いた。家政婦や戸村、舞子 は安全のためホテルに泊まるように指示された。 「もうすぐですね」 西島が腕時計を見て、呟いた。 「果たしてこの厳重な警備を乗り越えて、奴は来るのかねぇ。私な ら、絶対に諦めるが」 浅野は大きく溜息をついて、言った。長時間の密室の警備で浅野 も疲れはてていた。 「自分はこんな警備は初めてなので、ドキドキしてますよ」 川辺もかなり疲労の色があった。それはこの緊張感の中では致し 方ないことだった。 「後15分か……」 西島の方はダイヤを見ることよりも時計を見ることの方に気が行 っていた。 「静かですね」 「ああ」 西島が頷いた時だった。 「大変だ!パンプキンヘッドが現れたぞ!」 その時、ドアの向こう側から警官の声がした。 「来たか!」 西島や川辺が一斉に立ち上がる。 「おい、奴が現れたのか!」 西島はドア越しに大声で外の警官に話しかけた。 「はい、犯人は上空から直接、家の屋根に降り立って、現在、警官 隊が一斉に家を取り囲んでいます」 と外の警官が言った。 「やはり奴が現れたんですか?」 川辺が西島を見る。 「ああ、だが、それにしては静かな気が−−」 西島は手で顎を撫でた。 「西島君、どうするつもりだ?」 浅野も椅子から立ち上がり、西島に尋ねる。 「動くわけには行かないでしょう。とりあえず、トランシーバーで 外の者と連絡を取ってみよう」 西島はトランシーバーで家の外で警備している警官に呼びかけた 。 「こちら、西島、こちら、西島−−」 だが、どういうわけかトランシーバーが繋がらない。西嶺は何度 も呼びかけたが、全く反応がなかった。 「おかしいな、何があったんだ」 「西島君、どうしたのかね?」 浅野が心配そうに聞いた。 「無線が繋がらないんですよ」 西島が困った様子で答える。 「おい、橋沢、外の様子はどうなってる?」 西島は仕方なくドアの方へ行って、再度、ドア越しに呼びかけた 。 「自分も詳しいことはわかりません。行って調べてきます」 外の警官からそんな返事がしたかと思うと、すぐに廊下を駆ける 音がした。 「おい、ちょっと待て。持ち場を離れるな!」 西島は大声で言ったが、もう外からは何の反応もなかった。 「西島さん、どうしましょう」 川辺は落ちつかない様子で言った。 「今は待つしかあるまい。しかし、部屋の外には警官が二人いるは ずなのに、何で一人しか返事しなかったんだ」 西島は考え込んだ。 「西島さん、自分が外の様子を見てきましょう。これでは状況が全 くつかめません」 「駄目だ、荒木さんが言っただろう。絶対に部屋を出るなって。と にかく時間はまだ10時になっていない。もう少し待つんだ」 西島は腕時計を見て、言った。まだ10時まで5分ある。 「西島君の言うとおりだ。もう少し待とう」 浅野は西島に同意して、言った。 ところが、その数秒後、再び廊下を駆ける音がして、部屋のドア の前で止まった。そして、 「西島さん、パンプキンヘッドを捕まえました!」 と先程の警官の弾むような声が聞こえた。 「何だって、本当か」 三人は顔を見合わせた。 「本当です、奴は屋敷の屋根からガレージの屋根へ飛び移ろうした 時に、足を滑らせて転落し、そこを警官隊が取り押さえました。犯 人との格闘の際、無線が壊されてしまったので、西島さんにすぐに こちらへ来て欲しいと本木さんから言付けを頼まれました」 「西島さん、ついに奴を捕まえたじゃないですか」 川辺は嬉しそうに言った。「すぐに行きましょう」 「ああ、だがな−−」 西島にはまだ気にかかるものがあった。 「ここは自分がいますから、大丈夫です。西島さんは早く現場に行 ってあげて下さい」 川辺は威勢よく言った。 「西島君、犯人が捕まったのなら、もう大丈夫だろう」 浅野が西島の肩を叩いて、言った。 「わかりました。ただし、私が出たら、すぐに内側から鍵をかけて くださいよ」 西島はドアの鍵を開け、外へ出た。そして、すぐに外の警官と一 緒に階段の方へ走っていった。 −−妙だな 邸内はパンプキンヘッドが現れたというのにやはり静かだった。 しかも、警備の警官が見あたらない。 西島は階段を降りたところで足を止めた。 「西島さん、どうしました?」 警官が尋ねた。 「おい、ちょっとおかしいぞ。何で警備の警官が全くいないんだ? 」 「みんな、パンプキンヘッドを追って、外に出たんですよ」 「馬鹿を言うな、俺に無断で持ち場を離れる連中がどこにいる」 「仕方ありませんね」 警官は薄笑いを浮かべた。 「それはこういうことですよ」 警官が突然、西島に拳銃を向けた。 「何の真似だ」 「邸内の警官の半分は偽者で、残りは部屋でお寝んねしてますよ」 「なにぃ−−うあっ」 その時、西島は背後から殴られ、前に倒れた。 西島の背後には警官の制服を着た男が立っていた。 「貴様ら……」 西島は立ち上がろうとしたが、再度警官に鉄棒で殴られ、気を失 った。 一方、川辺は西島が出ると、内側からドアの鍵をかけた。 「ちょうど10時か、どうやらさしもの犯人も警察の警備の前には なすすべがなかったと言うわけだな」 浅野は安心して椅子に座ると、笑顔で言った。 「それはどうですかね」 川辺は静かな口調で言った。 「何を言っとるんだね、犯人は捕まったんだよ。今更、どうやって ダイヤを盗むと言うんだ」 「本当に犯人は捕まったんでしょうかね」 「川辺君、君だってさっき、犯人が捕まったと聞いたじゃないか」 「しかし、泥棒は嘘つきですよ。ダイヤを盗むためなら、人間にだ って化ける」 川辺はニヤリと笑って、言った。 「何を言ってるんだ、君は−−」 浅野は不安な顔をして、椅子から立ち上がる。 「こういうことですよ」 突然、川辺の耳や鼻の穴、目から銀色の液体が流れ出た。 「なっ……」 浅野は呆然となった。 銀色の液体はどろどろと川辺の体を伝って、下に落ちていくと、 今度はそれが床でどんどん積もって、何かの形に変わっていく。 浅野は後ずさった。 数分後、銀色の液体は2メートル近い粘土の人間のような形にな り、やがて巨大なカボチャの頭を持つ怪物に変わった。 「パンプキンヘッド……」 浅野は思わず口走った。 その時、川辺が生気を失ったようにその場に倒れた。 「ギギギ 約束通リ 『姉妹の誓い』ハ イタダク」 パンプキンヘッドがゆっくりと近づいてくる。 「や、やめろ!」 浅野はテーブルのダイヤを掴んだ。 「渡セ!」 「誰か、誰か来てくれ!」 浅野は懸命に叫んだ。 「無駄ダ、中ノ警官ハ ミンナ 眠ッテイル」 「た、助けてくれ!」 浅野が叫んだ時、パンプキンヘッドは浅野を殴りつけた。 「うぐっ」 浅野は殴られた勢いで壁にぶつかって、そのまま床に伏した。 「ギギギ ウマクイッタ」 パンプキンヘッドは浅野の手からダイヤモンドリングを奪いさる と、機械のような笑い声をあげた。 25 最後のチャンス 浅野邸で浅野や西島、そのほかの警官が各部屋の中で縛られ、放 り出されているのを、不審に思って家に入った邸外警備の警官が発 見し、大騒ぎとなっている頃、浅野邸から10キロメートルほど離 れたところにある20階建てのビルの13階にある一室では8名の 男たちが集まり、祝勝会のように騒いでいた。 男たちはほとんどが警官の制服姿であったが、一人だけ全身銀色 のボディのパンプキンヘッドがいた。 男たちがカクテルグラスの赤い液体を飲んでいる時、部屋の入口 のドアが開き、一人の少女が入ってきた。それは浅野舞子だった。 「どう手はずは?」 舞子は外見こそ同じだが、雰囲気は全く変わっていた。 「ギギギ ダイヤ ノ カタワレ ハ 手ニ 入レマシタ」 パンプキンヘッドはダイヤモンドリングを舞子に差しだした。 「おお、すばらしいわ、パンプキンヘッド、よくやったわ」 舞子はダイヤモンドリングを手にすると、その美しい輝きに見と れながら、満足げに入った。 「コレデ 例ノ 計画ハ ウマクイキマスネ」 「ええ。『姉妹の誓い』の二つが組み合わさる時、ダイヤに秘めら れし、魔力が復活する。この魔力があれば、バフォメット様の再生 も遠くはありませんわ−−むっ、誰、そこにいるのは!」 舞子が突然、入口のドアに向かって叫んだ。 「どういうつもりだか知らないけど、君が犯人だったなんて」 入口には健夫が現れた。 「あなたは−−」 舞子が眉をひそめる。 「君をホテルからずっとつけてきたんだ。ダイヤを盗んだのが自分 の娘だなんて、浅野さんが聞いたら、さぞ驚くだろうよ」 「どうして私のことが犯人だと分かったの?」 「盗聴したのさ、浅野邸の電話をね。おかげで君とパンプキンヘッ ドが話している内容をばっちりテープに録音できたぜ」 健夫はテープをちらつかせた。 「捕まえるのよ!」 舞子は健夫をキッと睨み付け、部下たちに命令した。 健夫はすぐに逃げた。 「あの男を生かしておくわけには行きませんわ」 舞子も部下たちが部屋を出たのに続いて、部屋を出ていった。 健夫は階段を全速力で上って、屋上までたどり着いた。昇降口を 出ると、健夫は何歩か歩いて、その場に両手、両膝をついてしまっ た。 健夫は汗びっしょりになり、呼吸が激しく乱れていた。 健夫に続いてパンプキンヘッドたちが屋上に現れたのはそれから 数秒後だった。 「逃ガシハシナイゾ」 パンプキンヘッドが健夫の前に立ちふさがった。 「この間の仕返しだ!」 健夫は立ち上がって、パンプキンヘッドを殴った。だが、パンプ キンヘッドはびくともしない。 「畜生」 健夫は拳が痛くなるのも構わず、パンプキンヘッドを殴り続けた 。 「愚カ者 メ」 パンプキンヘッドは健夫をはり倒した。健夫は一発で3メートル も飛ばされ、地面に背中を打ちつけた。 「最初ニ 始末シテオクベキダッタナ。今度ハ 地獄ニ 送ッテヤ ル」 パンプキンヘッドは健夫を両手で頭上に持ち上げた。そして、フ ェンスの方まで歩いていく。フェンスは2メートルもない便宜的な ものであった。 「放せ!放せっていってんだよ」 健夫はパンプキンヘッドの頭上で暴れた。 「スグニ 放シテヤル」 パンプキンヘッドはフェンスの前までやってきた。 「畜生、死んだら化けて出てやるからな」 健夫はわめき散らした。 「さっさとやるのよ」 舞子は命令した。 「了解」 パンプキンヘッドはそのまま機械のように健夫をビルの下へ投げ 下ろそうとした。 その時、一陣の風がパンプキンヘッドの上を通り過ぎた。 「消エタ」 パンプキンヘッドが上を見ると、健夫の姿がなくなっていた。 「この気はまさかキティセイバー−−」 舞子の顔が険しくなった。 「ピンポーン!大正解よ」 昇降口の上で声がした。 「なにっ」 舞子は振り返って、見上げる。パンプキンヘッドたちも一斉に声 の方に目をやった。 昇降口の上には一人の少女が健夫を両手で抱きかかえて、立って いた。その少女は白いヘアバンドをしたエメラルドグリーンの長い 髪、キュートな顔立ちにすらりとしたスタイル、そして白いコンバ ットスーツをまとっていた。 「善と悪のバランサー、キティセイバー。暴力を使って人の物を盗 むなんて許さない。この私が地獄の底へたたき落としてやるわ」 キティは気を失っている健夫をその場に下ろすと、昇降口から飛 び降りた。 「舞子さんの体を早く解放したら、アエロー」 キティは黄金銃を舞子に向けて、言った。 「ふふふ、そこまでわかっているのね」 舞子の体から白い幽体が抜け出ると、それが舞子の隣で実体化し 、長い茶髪に青い目の女となった。 立っていた舞子は力を失って、その場に崩れる。 「どうして私が舞子に乗り移っていることがわかりましたの?」 アエローが尋ねた。 「最初に疑問に思ったのは、パンプキンヘッドが最初に現れた日の 翌朝よ。舞子、いえあんたは私より手前の彩香の部屋ではなく、私 の部屋を先に訪ねた。普通なら昨日会ったばかりの私より親戚の貴 子を起こすはずでしょ。そうしなかったのは、貴子に変装した彩香 を気絶させたのがあんただったからよ。既にヘアバンドでこの家の 誰かに魔界の者が乗り移っているのはわかっていたから、真っ先に 舞子さんをマークしたわ。そして、わざと水風呂に入らせたり、熱 い缶コーヒーを持たせたりして試したの。人間に乗り移った幽体は 刺激を感じることがないものね」 「ちっ、じゃあ、あれは−−」 「あんたのミスよ。最初の宝石店襲撃の時にはパンプキンヘッドが 暴れている隙に、女店員に乗り移ってまんまとダイヤを盗み出した のにね。あんたのことだから、パンプキンヘッドの舞子さん誘拐も 計画のうちだったんでしょ。ただ浅野邸に予告状を出すだけでは警 察は動かないから、生徒たちの前で誘拐騒ぎをでっち上げたり、西 島刑事の息子の健夫君を拉致して、浅野邸のベランダに現れた。そ して、警察が浅野邸の警備をするようになると、今度は浴室に数字 を書いたり、浅野さんの寝室にテープを流したりして浅野さんの不 安心理をあおり、宝石の場所を見つけだそうとした」 「その通りですわ。でも、今頃気づいても遅いですわよ。『姉妹の 誓い』は二つとも手に入れたんですもの」 アエローは勝ち誇ったように笑った。 「さぁて、どうかしら、ひょっとしたら偽物かもしれないわよ」 キティは悪戯っぽく笑って、言った。 「何ですって」 アエローは驚いて、手にした二つのダイヤの指輪を見た。 −−今だ キティはその瞬間、待ってましたとばかりに黄金銃の引き金を引 いた。 グォーン!! 「うあっ」 光の弾丸がアエローの手にしたダイヤに命中し、ダイヤがアエロ ーの手から弾かれ、真上に上がった。 「しまった!」 アエローが声を上げた時には遅かった。キティは素早くジャンプ して、宙に上がった二つのダイヤを掴むと、さっと着地した。 「お、おのれぇ!」 アエローは歯ぎしりした。 「あんたと同じ心理作戦よ」 キティはウインクした。 「おまえたち、やるのよ」 アエローが部下たちに命令した。 警官の制服を着た男たちは突然人間の皮と制服を破って、黒い蜥 蜴顔の怪物に変わった。 怪物たちがキティに襲いかかる。 「雑魚にかまってる暇はないわ」 キティが黄金銃を乱射すると、蜥蜴の怪物は一瞬にして全滅した 。 「ドウヤラ 俺ノ 出番ノ ヨウダナ」 今まで黙っていたパンプキンヘッドがキティの前に進み出る。 「あんたはファレイヌね」 キティはパンプキンヘッドを見て、言った。 「その通りよ、この私が作り出したファレイヌ。バフォメット様が 作るもののように魔法力はないけど、本物ですわ」 アエローは自慢げに言った。 「なるほどね、軽量で、かつ硬質で収納の出来るボディーか。道理 で警察の非常線を突破したり、弾丸を跳ね返したり、この体なのに ロケットパックで遠距離まで飛べるわけだ」 キティは感心したように言った。「でも、あんたがファレイヌと 言うことは、元の人間の魂があったわけよね」 「そうよ、キティ」 その時、昇降口に新たに一人の女が現れた。それは彩香だった。 「彩香、どうしたのよ」 キティが彩香の方を見る。 「このパンプキンヘッドの正体は怪盗のクロノスよ」 彩香は低い声で言った。 「えっ!?」 キティが驚きの声をあげる。 「私が『姉妹の誓い』を狙っていたことを知っているのはクロノス だけよ。『姉妹の誓い』は5年前、クロノスと一度オーストリアで 盗みを計画したことがあったの」 「で、でも、クロノスはバフォメットを倒そうとして、その前に逆 にゼーテースに殺されたんでしょ」 キティは信じられないと言った顔つきで言った。 「本当だ、キティセイバー」 パンプキンヘッドが突然、普通の言葉をしゃべった。パンプキン ヘッドはパアッと輝いて、姿を変えた。光が消えると、そこには生 前のクロノスの顔をした銀色の男が立っていた。 「クロノス……」 彩香が思わず呟いた。 一度だけクロノスの顔を見たことがあるキティも、目の前の男を 見て、クロノスだとすぐに納得した。 「どうして、あなたが−−」 「人間というものは生に執着するものなのだ。俺は死にたくなかっ た。生き返ることが出来るなら、悪魔に魂を売ってもいいと思った 。だから、アエローにあの世で呼びかけられた時、俺は永遠の命と 引き換えに彼女の取引に応じた」 「それが『姉妹の誓い』を盗むことだったわけね」 「ああ、そうだ。『姉妹の誓い』の片割れが盗まれれば、彩香は必 ずもう片方を狙ってくることはわかっていた。だから、最初のうち に排除してしまおうと計画したんだ」 「ファレイヌなんかになったって、いいことなんてないわ。永遠の 命って言うけど、あなたは永久に自分として社会で生きていくこと はできないのよ。他人に乗り移って、他人の人生を歩んでゆくだけ 。あなたは延々、その繰り返しを行うのよ。そんな人生が楽しい? 」 「生きている人間に俺の気持ちなぞわからん」 「そうね、彩香の愛する気持ちさえも理解できないあなたには何を 言っても無駄なようね」 キティは黄金銃をクロノスに向けた。 「クロノス、キティを殺すのよ」 アエローが命令する。 「キティ、おまえには恨みはないが、死んでもらう」 クロノスの右手が巨大なサーベルに変わった。 「クロノス、やめて!」 彩香がキティの前に両手を広げて飛び出した。 「彩香……」 クロノスが足を止める。 「お願い、こんなこと、もうやめて。美佳は私の大事な友達なの。 ミレーユから魔法石を奪われそうになった私を、体を張って助けて くれたのよ」 「そうか……」 クロノスの表情が柔らかくなった。 「私、あなたが死んだ時、自分も死のうと思った。だから、美佳を 殺すんなら、私を殺して。あなたに殺されるなら、私は本望よ」 彩香はクロノスに抱きついた。 「彩香……」 クロノスは彩香の肩に手を置く。 「愛してるの、あなたのことを」 彩香は目に涙をいっぱいに浮かべて、クロノスを見た。 「−−馬鹿だよ、おまえは。こんな体になった俺のことを……」 クロノスは空を見上げ、何かを決心すると、彩香を思いっきり突 き飛ばした。 「クロノス−−」 飛ばされた彩香をキティが受けとめる。 「俺は俺の生き方を全うする!」 クロノスは突然、アエローの方を向くと、右手のサーベルを構え 、アエローに襲いかかった。 「裏切ったわね、この愚か者めが!」 アエローの目が真っ赤に光った。 「ぐあああ」 アエローの目の光線を受け、クロノスの体は一瞬にして崩壊し、 銀色の砂となった。 「クロノス!!」 彩香が絶叫した。 「やったわね!サイコブレード!」 キティは黄金銃を捨て、右手に光る剣を発生させて、アエローに 飛びかかった。 「やあぁぁぁ!!!」 キティは光の剣を思いっきり振り下ろした。 「ちいぃぃっ!!」 アエローは瞬間的にかわそうとするが、キティの一振りがアエロ ーの右腕を肩から切断した。 「ぎゃあ!」 アエローは右腕を押さえて、空へ逃げた。 「キティセイバー、この恨み、ただじゃおかないですわよ」 アエローはそう言い残すと、暗黒の空の中に消えた。 「恨みを買うのは慣れてるわ」 キティは空を睨み付けながら、そう呟いた。 エピローグ 事件から1週間が過ぎた。『姉妹の誓い』はそれぞれの持ち主の ところへ美佳が匿名で郵送し、事件から手を引いた。 事件の捜査は警察の手によって依然行われていたが、ファレイヌ やアエローの存在を理解できない警察にとっては到底この事件の全 容を解明することは困難だった。美佳は浅野からボディガードをク ビになり、また元の声優に戻った。 「美佳、おっはよ」 美佳とエリナが朝食をとっているところへまた彩香がベランダか ら入ってきた。 「彩香、いいかげん玄関から入りなさいよ」 美佳は飯を食べながら、文句を言った。 「へえ、朝からハンバーグなんてリッチじゃない、今日は」 彩香が美佳の皿のハンバーグを見て、言った。 「あげないわよ、このハンバーグは私のなんだから」 美佳が皿を手で隠す。 「いいわよ、エリナの食べるから」 そう言うと、いきなり彩香は手でエリナの皿のハンバーグをとる と、一口でぺろりと平らげてしまった。 「もぐもぐ、ああ、おいしかった」 彩香は満足げに言った。 「そんなぁ、ひどいですわ、わたくしのハンバーグでしたのに−− 」 エリナは泣きそうな顔をする。 「ちょっと、彩香!」 美佳が怒る。 「へぇんだ!」 彩香はさっとベランダへ逃げる。「美佳、私ね、怪盗やめるよ」 「え?」 「一生懸命働いて、生きてみたくなったんだ。じゃあね、美佳」 彩香はそう言うと、ロープを伝って下へ降りていった。 「彩香……」 「美佳さん、わたくしのハンバーグ−−」 エリナはまだ未練がましく言っていた。 「エリナ、あげるよ」 美佳は自分のハンバーグの乗った皿をエリナに渡した。 「美佳さん……?」 エリナは不思議そうに美佳を見る。 「何かさ、胸がいっぱいになっちゃったよ、わたし」 美佳は胸を手で押さえ、満面の笑みを浮かべて言った。その表情 はいつになく晴れやかで輝いていた。 終わり