ファレイヌ2 第9話「怪盗パンプキンヘッド」中編 14 協力 美佳は喫茶店を出た後、エリナとも別れ、健夫の入院した病院を 訪ねた。健夫の病室は個室で5階にあった。 美佳が病室を訪ねると、健夫はベッドから体を起こしていて、新 聞を読んでいた。 「こんにちは、西島健夫君ね」 美佳は果物の入ったかごをベッドの横のサイドテーブルの上に置 いて、言った。 「あなたは?」 健夫は不思議そうな顔をして、聞いた。 「私は浅野さんのボディガード−−じゃなかった、秘書よ。浅野さ んの代わってお見舞いに来たの」 「お見舞いならさっき、舞子さんが来たけど−−」 「私は舞子さんのお父さんの代理よ」 美佳は平然と言った。 「そうですか、昨日は迷惑かけて済みませんでした」 健夫は小さく頭を下げる。 「気にすることないわ。君は被害者なんだから、堂々と胸を張って いいのよ。あっ、こういう言い方って変ね」 美佳はペロッと舌を出した。 「それで、体の方はもう大丈夫なの?」 美佳は丸椅子に座って、言った。 「まだあちこち痛いけど、大したことないですよ」 健夫は腕を軽く回した。 「さすが男の子ね。あっ、そういえば、自己紹介してなかったわね 。私は荒木美佳。20歳よ」 「へえ、二十歳で秘書なんてすごいですね」 健夫が感心して言う。 「そう?やっぱり才能かな」 エリナが聞いたら、きっと冷ややかな目で見られるだろう。 「昨日の夜、浅野さんのところで宝石が盗まれたって聞いたんです けど、犯人は捕まったんですか」 「まだみたいよ」 「犯人はパンプキンヘッドですか?」 健夫の顔が真剣になった。 「気になる?」 美佳は探るように健夫の顔を見る。 「もちろんですよ、あいつには二度も借りがあるんだ。今度会った ら必ず殴り倒して−−」 健夫は思わず興奮して口に出してしまったが、美佳の存在に気づ いて慌てて口をつぐんだ。 「す、すみません、秘書の方の前で変なこと言って」 「いいのよ。ねえ、健夫君、もし私がパンプキンヘッドを捕まえる のに協力して欲しいって頼んだら、協力する?」 「え?」 健夫は驚いた顔で美佳を見た。 「君さえ良ければ、パンプキンヘッドの逮捕に協力させてあげるっ て言ってるの」 「いいんですか?」 健夫の声の調子が元気になった。 「君の返事次第よ。ただし、今日からよ」 「協力します。俺、奴を捕まえられるんなら、何でもやりますよ」 健夫は身を乗り出した。 「確かに聞いたわよ。じゃあ、すぐに服を着替えて」 「え?すぐに」 「そうよ」 健夫はベッドを降り、ロッカーを開けて中の私服に着替えた。 「健夫!雑誌、持ってきたよ」 その時、晴香が病室に入ってきた。 「な、何、やってるの?」 晴香は私服の健夫を見て、呆然とした様子で言った。 「晴香、俺、パンプキンヘッドの逮捕に協力することにしたんだ」 「何言ってるの?昨日、あんな目にあったのよ。すぐに退院なんて 無茶よ」 晴香は手にした雑誌を投げ出し、健夫に歩み寄った。 「この際、俺の体なんてどうでもいい。俺は絶対、あいつを許せな いんだ」 「そんなこと言ったって、今度、会ったら、こんなものじゃ済まな いかもしれないのよ」 晴香は心配顔で言った。 「大丈夫、彼を危険な目には遭わせないから」 美佳が言った。 「誰ですか、あなたは」 「私は荒木美佳。浅野さんの秘書よ」 美佳は微笑んで、言った。 「あなたなんですね、健夫に変なことを吹き込んだのは」 「晴香、違うよ、これは俺が決めたことなんだ」 健夫は強い口調で言った。 「おじさんはこのこと、知ってるの?」 晴香の言葉に健夫は美佳の方を見た。 「お父さんは知らないわ。これは私たちだけの極秘作戦だから」 「冗談じゃないわ、そんなのますます危険じゃない。私は絶対反対 よ。絶対反対なんだから!」 晴香は頑として聞かなかった。 「うるせえな、おまえの反対なんか関係ねえよ。荒木さん、行こう 」 健夫は晴香を押しのけ、美佳の手を引っ張って病室を出ようとす る。 「健夫!」 晴香は健夫を追いかけようとしたが、ドアを閉められてしまった 。 「健夫の馬鹿、どうなったって知らないからね」 晴香は泣きながら一度ドアを叩くと、そのまま崩れるようにドア にもたれた。 15 カウントダウン 美佳が健夫を連れて、浅野邸に戻った時には、午後5時を回って いた。浅野邸の回りは昨夜に比べると、随分、警官が増えていた。 「随分、警戒が厳重になりましたね」 美佳は客間にいた浅野に声をかけた。 「遅かったな、契約違反だぞ」 ソファにもたれていた浅野は美佳を見ると、特に怒った様子もな く言った。 「昼間に怪盗は現れませんよ。それより、長浜さんは帰ってますか ?」 「あいつなら自分のうちに戻ったよ。こんなうちはもうこりごりだ とさ。自分で勝手に来たくせに」 「そうですか−−」 −−彩香もうまく手を引いたわね。 美佳は心の中で少し安心した。 「浅野さん、彼も今日から警備の仲間に加えてもらっていいですか 」 「何?」 浅野は後ろ向いて、健夫の方を見た。「君は、確か−−」 「そうです。西島さんのご子息です」 「彼は入院してたんじゃないのか」 「私が頼んで退院してもらったんです」 「そんなことしなくても、人が必要なら私が手配してやるのに」 「いいえ、彼でなければ駄目なんです」 「それはどういうことかね」 「信用の問題です。それより、いいですね?」 「ああ」 浅野はそっけない返事をした。 「それじゃあ、健夫君のことは、警察には秘書の見習いだとでも言 ってごまかしておいて下さい。さあ、私の部屋に行きましょう」 美佳は健夫を連れて客間を出ると、階段を上がった。そして、二 階の美佳の部屋に案内した。 「さあ、どうぞ」 美佳は健夫を中に入れると、電気をつけ、内側から鍵をかけた。 そして、バッグから機械を取り出し、機械の先をあちこちに向けた 。 「何をしてるんですか」 健夫は尋ねた。 「盗聴器探し。何事も用心よ。−−どうやら、盗聴器はないわね」 美佳は機械をバッグにしまった。 「彼女と仲違いさせちゃって、悪いことしたわね」 美佳はカーテンを少し開け、外の様子を見ながら、言った。 「晴香はただの幼なじみで、彼女なんかじゃないですよ」 「でも、向こうはそうは思ってないかもよ」 「そんなこと、荒木さんには関係ないでしょ」 「そうね。この話はやめますか」 美佳はカーテンを閉めた。そして、健夫の方を向く。 「健夫君、これから私の話すことをよく聞いてね。正直言って、根 気がいるわよ、覚悟は出来てるわね」 「何でもやりますよ」 「じゃあ、話すわ。実はね、この家にパンプキンヘッドの共犯がい るの」 「共犯が?」 「ええ、その共犯の名前は−−」 「きゃあああっ!」 その時、女性の悲鳴が下の階から小さく聞こえた。 「悲鳴みたいですよ」 健夫が美佳を見る。 「健夫君はここにいて。私が見てくるから」 美佳はロックを外してドアを開け、急いで階段を駆け下りた。 ちょうどそこには戸村がいた。 「戸村さん、悲鳴が聞こえたみたいだけど」 「浴室からのようです。確か今、入浴していらっしゃるのはお嬢様 かと」 「行ってみましょう」 美佳と戸村は浴室に向かって、走った。 浴室に通じる脱衣室に入ると、バスタオル姿の舞子が浴室のドア の前で座り込んでいた。 「舞子さん、どうしたの?」 美佳が舞子に歩み寄る。 「浴室に数字が−−」 舞子は怯えた様子で言った。 「戸村さん、すぐに刑事を呼んで」 「わかりました」 戸村はすぐに部屋を出る。 美佳は舞子を浴室のドアから離し、浴室のドアを開けて、中に入 った。 浴室を全体的に見回すと、天井の照明に赤いペンキで『2』とい う数字が書かれていた。 「カウントダウンってわけね。演出が凝ってるわ」 美佳は数字を見つめながら、ぽつりと呟いた。 16 朝 翌朝、晴香が学校に登校すると、教室では健夫が自分の机で眠っ ていた。 「た、健夫」 晴香は少し驚いて、健夫の机に歩み寄った。そして、健夫の体を 揺り動かす。 「健夫、健夫ったら、起きてよ」 しかし、熟睡してるのかなかなか起きず、晴香はムッとして健夫 の頭を思いっきり殴った。 「ん……いてっ…誰だよ」 健夫は半分目を閉じたまま、顔を上げた。 「何だ、晴香か」 健夫は目の前にいるのが晴香とわかると、また机に顔を埋めた。 「どういうつもりよ、昨日はさんざん大見え切って、病院を出たく せに」 晴香は健夫の前の席に座って、言った。 「荒木さんにさ、両親が心配するから学校だけは行けって言われた んだよ」 健夫は眠たそうな声で言った。 「何よ、荒木さんの言うことなら聞くわけ?」 「そんなんじゃねえよ、とにかく俺は昨日、徹夜して眠いんだよ」 「徹夜って、何してたのよ」 「それは内緒」 「何が内緒よ、もうっ」 晴香は席を立つと、鞄で健夫の顔を殴って、自分の席の方へ肩を 怒らせて歩いていった。 17 朝食 同じ頃、浅野邸では、浅野と舞子、美佳の3人で食堂で朝食をと っていた。いつもより遅い食事であった。 普段なら舞子は学校に行っている時間だが、浅野の意向でパンプ キンヘッドの事件が片づくまでは登校させないようにしているのだ った。 いつものことなのか、たまたまなのか、浅野と舞子は食事中、ほ とんどしゃべらなかった。美佳のアパートとは大違いである。 「ここの食事は本当、おいしいですね」 美佳はシーンとした雰囲気が嫌いなので、話題を出すことにした 。 「君のところはそんなに貧しい食事をしているのか」 浅野が冷ややかに言った。 「ま、まあ、朝はしらすとか、めざしとか、塩ご飯なんてのもある し……」 美佳は自分で言ってて、情けなくなった。 「気の毒にな」 浅野はスープを飲んでから、言った。 「舞子さんは学校へ行かせなくていいんですか」 美佳は浅野に尋ねた。 「また誘拐でもされそうになったら、どうするんだ」 「でも、高校時代の欠席は内申書に響いたりするんじゃないですか 。舞子さん、いい大学受けるんでしょ」 「舞子の成績ならどこでも受かる。欠席など関係ないよ」 「それならいいですけど」 美佳は舞子の方を見た。舞子は黙って食事を食べている。 「舞子さん」 美佳は舞子に呼びかけた。 「は、はい」 舞子は顔を上げ、美佳を見る。 「夕べの浴室の数字のことなんだけど−−」 「荒木君!」 浅野が大きな声で口を挟んだ。 「はい」 「舞子はその件では昨日、警察に何度も聞かれてるんだ。やめてく れないか」 「すみません。でも、犯人がいつあの数字を書いたのか、不思議な んですよね。家政婦の人がお風呂を沸かした時にはまだあの数字は なくて、それから15分後に舞子さんが入った時にはあの数字があ った。つまり、わずか15分の間ですよ」 「何が言いたいのかね」 「いえ、犯人は随分無茶をしたものだなと思って」 「?」 浅野は美佳を見た。 「さてと、ごちそうさまでした。浅野さん、今日はお出かけになり ますか」 「10時に会社の役員会に出席する」 「わかりました。それにはお供します」 美佳はそう言うと、食器を持って、席を立った。 18 共犯逮捕!? その日の午後2時、浅野が会社から自宅に戻ると、西島刑事が朗 報を運んできた。 「浅野さん、先日の宝石店襲撃でパンプキンヘッドの共犯を逮捕し ましたよ」 西島は客間で浅野に機嫌良さそうに言った。客間には美佳も同席 していた。 「共犯って誰なんですか」 美佳が聞いた。 「宝石店の女性店員で、中上絹子、46歳。パンプキンヘッドが店 で暴れている間に、裏の金庫を開けて、『姉妹の誓い』というダイ ヤを盗んだんですよ」 「どうして、容疑者だとわかったんですか」 「金庫の扉の内側と中の宝石のケースに付いていた指紋と彼女の指 紋が一致したんです」 「中上さんは年齢からすると、ベテランの店員のようですけど−− 」 「ええ、あの店に22年勤めてますよ」 「ということはかなり信頼のもたれている方ですよね。そんな人が ダイヤを盗むんでしょうか」 「人間、金が絡めば、何だってやりますよ。大方、パンプキンヘッ ドに金でも掴まされたんでしょう。現に彼女は7年前に夫に先立た れて、一人で家のローンを払ってきたから、子供の教育費とかでか なり金には困っていたんですよ」 「中上さんは何て言ってるんですか」 「まだ、事情聴取を始めたばかりの段階ですが、事件の時の記憶が 全くないと妙なことを言ってるんですよ。まあ、苦し紛れの嘘とは 思いますが」 「……」 美佳は西島の言葉を聞いて、考え込んだ。 「浅野さん、私、ちょっと出かけてきていいでしょうか。夕方には 戻ってきます」 美佳は席を立って、浅野に尋ねた。 「それは構わんが」 「それじゃあ、失礼します」 美佳が浅野に一礼して客間を出ると、西島をそれに続いて客間を 出た。そして、廊下で美佳を呼び止めた。 「君」 「はい?」 美佳は振り向いた。 「君に頼みたいことがあるんだが」 「何でしょうか」 「君は浅野さんが『姉妹の誓い』をどこに隠しているのか知ってい るかい?」 「いいえ、私も浅野さんの秘書になったのは数日前ですから」 「数日前?それは随分急な抜擢だね」 「長浜さんの秘書をしていたんですけど、先日おじゃました時に浅 野さんに気に入られて、スカウトされたんです」 「なるほど。その話はともかく、『姉妹の誓い』のことだが、警察 としても浅野さんがダイヤの場所を言ってくれないので困っている んだ。浅野さんは私だけが知っているから安心なんだとおっしゃっ ているが、パンプキンヘッドは油断のならない奴だ、もしダイヤに 何かあったら、警察の責任問題にもなる。悪いんだが、君から浅野 さんに聞いてもらえないか?」 「聞いてもいいですけど、浅野さんがそうおっしゃったのなら、私 にも教えてはくれないと思いますよ。最も、例え教えていただいた としても、私には浅野さんの意向を無視してまで、刑事さんにダイ ヤの場所を教えることは出来ません」 「厳しいこと言いますね。ダイヤの警備は浅野さんのためにやって いるんですよ」 「警察の面子のためじゃないんですか」 美佳がクスッと笑って言った。これには西島も少し不機嫌になる 。 「それじゃあ、急ぎますので」 美佳はそう言うと、玄関の方へ歩いていった。 19 美佳の不思議な行動 美佳が健夫と一緒に浅野邸に戻ったのは、午後7時だった。既に 浅野や舞子の食事は終わり、台所では家政婦が食器を洗っていた。 美佳は健夫に自分の部屋へ先に行くように指示して、自分は台所 を覗き込んだ。 「今晩は」 美佳が声をかけると、 「あら、荒木さん。お帰りが遅いので、夕食はもう片づけてしまい ましたけど−−」 と家政婦が食器洗いをやめ、美佳の方を向いて、言った。 「ああ、それならもういいの。私は食べてきたから。それより、お 風呂は沸かしてあるの?」 「ええ、舞子様は食後にいつもお入りになられるので沸かしてあり ます」 「もう入ってるのかしら?」 「まだ、お呼びしていないので、まだかと思いますが」 「じゃあ、私が呼んできましょうか」 「いいえ、それは私がやりますから−−」 「気にしないで、私も一応使用人だから、それぐらいやるわ」 美佳はそう言うと、台所を出た。そして、舞子の部屋ではなく、 浴室の方へ歩いていった。 美佳は脱衣室を通って、浴室に入ると、早速大理石の浴槽の湯加 減をみた。 「さすが、家政婦さん、ばっちり。最近は自動温度調整器なんても のもあるけど、やっぱり温度は人が調節するのが1番ね」 しかし、美佳は湯加減を確認すると、今度は水道の蛇口をいっぱ いにひねり、水を出した。しかも、それはお湯ではなく冷水だった 。 美佳は数分ぐらいその様子をじっと見ていたが、再度浴槽に手を 入れ、湯の具合を確認すると、水を止めた。浴槽の湯はすっかりぬ るくなっていた。 「ちょっと冷たいかもね」 美佳は浴室を出ると、そのまま舞子の部屋へ行った。 「舞子さん」 美佳がドアをノックして、呼びかける。 「はい」 舞子が部屋のドアを開けて、出てくる。 「お風呂、沸いたわよ」 美佳が笑顔で言う。 「あっ、すみません。わざわざ荒木さんにそこまでしていただいて 」 「いいのよ、ついでだから」 「もしよかったら、先に入って下さい」 「え……ああ、いいの、いいの、私は。ここは舞子さんの家なんだ から」 美佳は笑いながらそう言うと、さっさとその場を退散した。 −−ふう、危ない、危ない 美佳は一旦、二階の自分の部屋に戻った。中には健夫がいた。 「遅かったですね、何をしてたんですか」 「ちょっとね。それより、今夜も頼んだわよ」 「それはいいですけど、浅野邸の電話の盗聴なんかやって、どうす るつもりなんですか」 「今は秘密。君は黙って一晩中、ヘッドホンをして深夜の電話を全 て盗聴してくれればいいの。そのうち、興味深い会話が聞けるから 」 美佳はそう言うと、さっさと着替えをして、部屋を出ていった。 それから、30分ほどして、パスローブを着た舞子が脱衣室から 出てきた。彼女はまっすぐ自分の部屋に向かって、廊下を歩いてい た。 「舞子さん」 「え?」 舞子はふいに後ろから声をかけられて振り向いた。そこには、美 佳が立っていた。美佳はマーケットでもらうような手提げのビニー ルの袋を持っている。 「荒木さん……」 「お風呂、上がったんだ」 「ええ」 「どうだった?」 「ちょうどいい湯加減でした」 「そう、じゃあ、私も次に入っちゃおうかな」 「そうしてください」 「ねえねえ、ところでさ、コーヒー買ってきたんだけど、飲む?」 美佳は袋の缶コーヒーを見せた。 「いえ、私は……」 舞子は暗に断った。 「そっか、舞子さんは缶コーヒーなんて飲まないよね。いつも本物 のコーヒー飲んでるわけだし。よけいなこといって、ごめんなさい ね」 美佳は少しすねた顔をした。 「いえ、そんなことないですわ、じゃあ、頂きます」 舞子は少し困った顔をしながらも、微笑んで言った。 「本当?じゃあ、好きなのとって」 美佳は袋を舞子の前に差し出した。 「ええ……」 舞子は袋の中から缶コーヒーを一缶、手に取った。美佳はその様 子をじっと見ていた。「これでいいです」 「さすが舞子さん、お目が高い。それ、一番、高いコーヒーよ」 「そ、そうですか」 舞子は会釈して、美佳と別れ、自分の部屋の方へ歩いていった。 その場に残った美佳はしばらく舞子の後ろ姿を見つめていたが、 彼女の姿が部屋の中に消えると、手にした袋の中から缶コーヒーを 一つ取ろうとした。 「あちゃっ!」 美佳は缶コーヒーの熱さに思わず手を引っ込めた。 「相当熱いのよね、この缶コーヒー……」 美佳は自分の手を見ながら、呟いた。 20 闇の声 午後11時、浅野は寝室に入った。 「全く警察の能なしが!共犯を捕まえたというのにまだ主犯を逮捕 できないとは……」 浅野はベッドに入ってからも、事件のことが気になって眠れなか った。 会社に行けばマスコミに事件のことをつっつかれたあげく、どこ へ行くにも尾行され、自宅に戻っても警察の厳重な警備のせいで客 一人呼べない。これでは全く仕事にならなかった。 浅野は目をつむり、とにかく何も考えないことに集中した。 ギヒヒヒ−− その時、どこからか妙な声が聞こえた。 −−? 何だ、今の声は 浅野は何かの幻聴と思い、それを無視した。 ギヒヒヒ−− −−!! だが、2度目に声が聞こえた時、浅野はぱっと目を開けた。部屋 は真っ暗である。 「誰かいるのか」 浅野は闇に向かって呼びかけた。 //ギヒヒヒ、浅野、呑気ニ 寝テテイイノカ 「な、なにぃ」 浅野はベッドから起き上がり、天井を見上げる。 //今頃、オマエ ノ 大事ナダイヤ ガ ドウナッテイルカ 「何だと、どういうことだ」 //ワカラナイノカ オマエ ノ ダイヤ ハ 俺ガ モラッタ ト イッテルンダヨ 「馬鹿な、おまえにダイヤの隠し場所がわかるわけがない」 //ソレハ ドウカナ ナクナッテイテモ シラナイゼ ギヒヒ ヒヒ 浅野の表情はさっと青ざめた。 浅野はベッドを降りて、外の廊下に飛び出すと、大声で叫んだ。 「誰か、来てくれ!奴が現れた!」 その声に邸内で警備していた西島刑事たちが駆けつける。 「奴が現れたというのは本当ですか」 「寝室で声がしたんだ!早く捕まえろ!」 浅野はいつにない慌てぶりで言った。 西島たちが一斉に寝室に踏み込み、照明を点けた。 「声がしたのはどこからですか」 「わからん、上の方だったと思うが−−」 「わかりました。川辺、上に行け!」 「はい」 川辺は寝室を出ていく。 西島は寝室を見回した。隠れられそうな場所はベッドかタンスぐ らいしかない。 西島はベッドの下を見たり、ベッドの布団をはがしたりしたが、 何もなかった。さらにタンスの中も見たが、同様の結果であった。 「西島さん、上の方には何もいませんでした」 川辺が寝室に戻ってきて、言った。 「浅野さん、本当に出たんですか、我々はずっと警備していました が、物音は何も聞きませんでしたよ」 「馬鹿な、私が嘘を言ったとでも言うのか!奴は気味の悪い声でダ イヤを盗んだと−−」 浅野はそう言った途端、表情を険しくして、寝室を飛び出した。 そして、食堂に駆け込むと、壁に飾った鹿の首の剥製の口の中に手 を入れた。 「あってくれよ……」 浅野は祈る思いで鹿の口の奥から手を抜くと、その手を開いた。 浅野の手の上には大きなダイヤモンドの指輪が乗っていた。 「よかった……」 浅野は、ダイヤの安全なのがわかって、安堵の息をもらした。 「浅野さん、ダイヤは無事ですか」 後から食堂に入ってきた西島が言った。 「ああ、全く心臓が止まるかと思ったわい」 浅野はダイヤが無事だったこともあり、先ほどの怒りの表情が消 えていた。 「外の警官には厳重な警備を言い渡しました」 「厳重な警備と言っても、奴は空を飛ぶんだろう」 「空を飛べば、こちらにもわかりますよ。とにかく、奴がこの家に いるとすれば、もう逃げることは出来ません」 西島は力強く言った。 「それはどうかしらね」 「むっ」 女の声に振り向くと、食堂の入口に美佳が立っていた。 「荒木、何をしてたんだ、奴が現れたんだぞ」 浅野が興奮気味に言った。 「話は刑事さんに聞きました。声がしただけでしょう。恐らくパン プキンヘッドはもうこの家にはいません」 「どうしてわかる?」 「それは今夜の奴の狙いが宝石ではなかったからです」 「宝石ではないだと−−」 浅野がそう言った時、「西島さん」と声を上げて、刑事が食堂に 入ってきた。 「どうした?」 西島が尋ねる。 「浅野さんの寝室の天井裏にカセットレコーダーとこのカードがあ りました」 刑事はウォークマンサイズのカセットレコーダーと『1』の数字 の入った白いカードを見せた。 「そいつを再生してみろ」 「はい」 刑事がテープを巻き戻して、カセットレコーダーの再生ボタンを 押した。 //…… ギヒヒヒ …… ギヒヒヒ …… 「この声だ!」 浅野が鋭い口調で言った。 「犯人が天井裏に隠れて、カセットを再生したと言うことか」 西島が言った。 「違いますよ」 美佳がすぐに否定した。「恐らくこのカセットレコーダーはリモ コン操作でしょう」 「犯人は何のためにこんなことをしたんだ」 「それは犯人も西島さんと同じことを考えていたからですよ」 「同じこと?」 「つまり、ダイヤの隠し場所です」 美佳が浅野の方を見て、言った。 「隠し場所……そうか」 浅野は愕然とした。 「ダイヤの隠し場所は今まで浅野さん以外は誰も知りませんでした 。でも、浅野さんがこうして自らダイヤの隠し場所を暴露してしま った以上、今後、どこへ隠しても、パンプキンヘッドの目をごまか すことはできないでしょう」 「そうか、奴はダイヤを盗んだと言って、浅野さんを心理的に動揺 させ、ダイヤの場所を見つけようとしたのか」 西島が頷いて、言う。 「くそぉ、あのカボチャ男め!」 浅野は拳を固めた。 「こうなった以上、奴とは一騎打ちをするしかありませんね」 「どういうことかね」 「ダイヤを餌にして、奴を逆におびき寄せるんです」 「そんなことして、盗まれたらどうする?」 「奴が来るのがはっきりしてるのは明日しかありません。もし明日 を逃したら、今度は予告をしないで盗みに来ますよ」 「何ぃ」 「まあ、ダイヤの持ち主は浅野さんですから、その判断は浅野さん に任せます」 美佳の言葉に浅野は考え込んだ。 「浅野さん、私は反対ですよ。こんな子の言葉を真に受けては駄目 だ」 西島が強い口調で言った。 「いいや、彼女に賭けてみよう」 「え?賭けてみるって、彼女はただの秘書でしょう」 「いいや、彼女は私のボディガードだ」 「何ですって、あんな若い子がですか」 西島は信じられないと言った顔で美佳を見た。 「荒木君、君の提案に賭けてみよう」 「わかりました。明日の晩には必ず捕まえてみせますわ」 美佳はニッコリ笑って、言った。 続く