ファレイヌ2 第7話 怪盗パンプキンヘッド 中編 6 事件後 C警察署捜査3課の西島が、浅野舞子襲撃のあった駐車場に着い たのは、事件から30分後であった。 西島はパトカーを降りると、駐車場の入口のそばに立っている健 夫、晴香、舞子の3人のところへ歩いていった。 「親父、今頃来るなんて遅いぜ」 健夫は父親の西島を見て、呆れた顔をして、言った。 「いや、悪かった。外に出てたもんでな。おや、晴香ちゃんもいる のか」 「こんにちは」 晴香はかしこまったように言う。 「お父さんは元気でいるかね」 「ええ」 「今度一緒に釣りに行きましょうとお父さんに伝えておいて下さい 」 「はい」 晴香は笑顔で返事をした。 「親父、今はそんなこと話してる場合じゃねえだろ」 健夫は二人の会話に口を挟んだ。 「おお、そうだった。パンプキンヘッドが現れたんだって?」 「ああ。彼女が襲われたんだ」 健夫は舞子の方を見た。 「君は?」 「浅野舞子と言います」 「所轄の事情聴取はもう受けたのか」 西島は健夫に聞いた。 「受けたよ。でも、また後で聞くことになるかもしれないってさ」 「そうか。悪いんだが、浅野さん、もう一度、事件のこと、話して くれないかな」 「はい」 舞子は事件の経緯を簡単に話した。 「なるほど。健夫や晴香ちゃんが助けてくれたのか、いやぁ、感心 、感心」 「感心してる場合じゃねえだろ。親父が昨日逮捕してれば、こんな ことにはならなかったんだぜ。おかげで俺は奴にぼこぼこに殴られ たんだ」 「健夫!」 晴香が健夫の腕を引っ張る。「そんなこと言っちゃ駄目よ。おじ さんだって、一生懸命やってるんだから」 「いや、いいんだよ、晴香ちゃん。健夫、悪かったと思ってるよ。 パンプキンヘッドが必ず我々が捕まえてみせる」 「そんなことはいいからさ、学校に遅れたこと、警察の方からいっ といてくれよ」 「わかった」 その時、一台の黒いリムジンがやってきた。リムジンは駐車場の フェンスのそばで止まると、後ろのドアが開き、中から初老のスー ツを着た男が現れた。 男は舞子を見つけると、突然大きな声を上げた。 「舞子!!!」 男は舞子に向かって、駆け出した。 舞子たちは声の方を振り向く。 「お父さま」 「舞子!」 男は舞子のところまでやってくると、舞子を抱きしめた。「良か った、無事で。心配したぞ」 「失礼ですが、舞子さんのお父さんですか」 西島が尋ねた。 「君は誰かね?」 男は西島の方を向いて、言った。 「私はC警察署の西島といいます」 西島は警察手帳を開いて見せた。 「私はこの子の父親の浅野幸司だ」 浅野は西島に名刺を渡した。 「栄光製紙社長……ああ、あの浅野さんでしたか」 「娘が襲われたそうだが、犯人はもう捕まったのか」 「いえ、まだ捜査中です」 「何、呑気なことやってるんだ。早く捕まえろ!!」 浅野は大声を上げた。 その声に晴香や舞子はびっくりする。 「全く、最近の警察はたるんどる」 「お父さま」 「舞子は黙っていなさい。刑事さん、犯人は何でも昨日、宝石店を 襲ったカボチャ男というじゃないか。あんたらが昨日、捕まえてお ればこんなことにはならなかったんじゃないのか」 「それはよくわかっています」 「わかっているなら、さっさと捕まえろ。そのために高い税金、払 ってるんだ。さあ、舞子、帰るぞ」 浅野は舞子の手を引っ張って、帰ろうとした。 「お父さま、私、まだ学校が……」 「今日は学校などもういい。それより、舞子、明日から車で通学だ ぞ。こんな危ない道をおまえ一人で歩かせられん」 「そんな……」 舞子は困惑する。 「あ、あの……」 晴香が浅野に声をかけた。 「誰だね、君は?」 浅野は晴香に冷たく聞いた。 「お父さま、私を助けてくれた人たちですわ」 舞子が言った。 「舞子を?そうか」 浅野の恐い顔が柔和になった。「人たちと言うことはそこの少年 もそうなのか」 「はい」 舞子が答える。 「いや、礼が遅れて済まなかった。娘を助けてくれて、感謝してい る」 「いいえ、当然のことです」 晴香が笑顔で答えた。 「君は舞子のクラスメイトかね?」 「いえ、クラスは違いますけど同級生です」 「そうか。よし、明後日の晩に君たちを夕食に招待しよう」 「そんな、夕食なんて−−」 「遠慮せんでもいい。舞子、それでいいな」 「ええ、私は」 「じゃあ、帰るぞ」 浅野はそういって、舞子を連れて、リムジンに乗り込み、去って いった。 「ありゃ、典型的なワンマン社長だな、きっと」 健夫は呟いた。 「ねえ、どうしよう」 晴香は困ったような顔をして、言った。 「何が?」 「明後日の夕食よ。私、どんな格好で行ったらいいのかしら」 「おまえなら、何着たって一緒だよ。元が元だからな」 「ムカッ!」 晴香は健夫の足を踏んづけた。 「いてぇ、何すんだよ」 「もう知らない!」 晴香はぷんと膨れて、学校の方へ歩いていった。 7 電話 その夜、健夫はいつものように母親とDKでテーブルを囲んで食 事をとっていた。 説明が遅れたが、西島家は3人家族で、健夫は一人息子である。 健夫は今夜は一言もしゃべらずにご飯を食べていた。しかも、極 力顔を上げず、視線も前へ向けなかった。 「どうしたの、健夫。今日は黙っちゃって」 母親の宣子が聞いた。 「別に」 健夫はむっつりした顔で答えた。 「健夫、今朝、蹴られたところまだ痛いの?」 隣に座っていた晴香が心配そうに聞いた。 「違う。俺が気にいらないのは、何でおまえがうちで食事してるの かってことだよ」 健夫は晴香の方を見ることなく、言った。 「あら、いいじゃない。晴香ちゃんなら家族も一緒なんだし」 と宣子。 「何がいいんだよ。ただの幼なじみって言うだけで、図々しく他人 のうちの夕食にまで来やがって」 健夫は不満たらたらに言った。 「しょうがないでしょ。今日は晴香ちゃんのお母さん、仕事で遅く なるって言うんだから」 宣子が注意するように言う。 「もうガキじゃねえんだから、飯ぐらい一人で作れるだろ」 「健夫!いいかげんにしなさい」 「おばさん、いいんです」 晴香が口を挟む。「健夫、照れてるだけですから」 「照れてなんかねえよ」 健夫は顔を真っ赤にして、言った。 「何だ、そうだったの。健夫ったら、素直じゃないんだから」 宣子も晴香に同調して言う。 「違うよ」 健夫は強く否定する。 「健夫、将来、晴香ちゃんと結婚するなら、母さん、何も文句は言 わないよ」 「やだぁ、おばさんたら」 晴香は頬を赤く染めて、言った。 「あのなぁ……」 健夫の箸を握る手に力が入った。 「結婚式は和式がいいかしら、洋式がいいかしら」 「私、出来れば洋式がいいです。ウエディングドレス、着てみたい し」 「そうね、でも、そっちの方がお金かからない?」 と勝手に二人で話を進めている。 「ごちそうさま!」 健夫はムッとしたまま、席を立った。 「あら、もういいの?」 宣子が聞く。 「ああ」 健夫は食器を流し場に入れて、DKを出ようとした。その時だっ た。廊下の電話がけたたましく鳴った。 健夫は廊下に出て、電話をとった。 「はい、西島ですけど」 「おおっ、健夫か」 と西島の声。 「何だ、親父か。何の用だよ」 「悪いが、ちょっと来てくれないか」 「来てくれないかって、どこに?」 「浅野さんの家だ」 「どうして俺が?」 「頼みたいことがあるんだ、とにかく来てくれ。場所はわかるだろ 」 「まぁ、何とか」 「じゃあ、頼んだぞ。待ってるから」 そう言うと、西島は電話を切った。 「仕方ねえな、何だかわからないけど、行くか」 「健夫、誰から電話?」 DKから出てきた宣子が尋ねる。 「親父だよ。俺、ちょっと出かけてくる」 健夫は玄関の方へ歩いて行った。 「出かけるってどこへ?」 「浅野さんのところ。何の用かわからないけど、行ってみるよ」 健夫はそういうと、ポケットに財布があるのを確認して、外へ出 た。 「あれ、健夫、出かけたの?」 晴香も廊下に出てくる。 「ええ、お父さんから電話があったみたいで」 「おじさんから?」 ビルルルルル、ピルルルルル…… 晴香が聞き返そうとした時、電話が鳴った。 宣子が電話をとる。 「はい、もしもし」 「宣子、俺だ」 と西島の声。 「あら、あなた、どうしたの?」 浮かない顔で宣子は聞いた。 「悪いが、今夜も帰れそうにないんだ。それで電話を入れておこう と思って」 「それはいいですけど、あなた、健夫に何か用でもあったの?」 「健夫に?どうしてだ」 「だって、たった今、健夫、あなたからの電話で、浅野さんの家に 行くように言われたって言って、出ていきましたよ」 「何だって?俺は今、初めて電話をかけたんだぞ。第一、どうして 浅野さんの家に?」 「わからないわ。あなた、本当に電話をかけてないの?」 「ああ。大体、こんな時間にどうして健夫を呼び出す理由なんかあ るんだ」 「それじゃあ、健夫は一体、誰から電話を?」 宣子は急に不安に駆られた。そばで電話の会話を聞いていた晴香 もぐっと息を飲む。 「いいか、宣子、よく聞け。浅野さんの家には俺から電話をかけて みる。おまえは駅の方へ歩いていってみてくれ。すぐ出たんなら、 追いつくかもしれない」 「おばさん、私、行って来ます」 西島の言葉を聞いて、晴香はすぐに家を出た。 「晴香ちゃん、頼むわね」 宣子は受話器を持ちながら、晴香を目で見送った。 「晴香ちゃんもいるのか」 「ええ、今、追いかけていってくれました」 「そうか、じゃあ、おまえ、うちにいてくれ。ひょっとしたら、健 夫から連絡があるかもしれないし」 「あなたは?」 「俺は浅野さんのところに電話をかけてから、一度、浅野さんの家 に行ってみる」 「わかりました。あなた、本当に健夫、大丈夫でしょうか。朝も人 を助けようとして逆に殴られたというし−−」 「心配するな。すぐに見つかる。じゃあ、電話を切るぞ」 西島は電話を切った。 「健夫……」 しかし、電話が切れた後も宣子の心配は依然消えなかった。 8 怪盗、再び現る その頃、事情を知らない健夫は駅への夜道を歩いていた。 健夫の家から駅までは歩いて15分ぐらいの道のりだった。駅ま でルートはいくつもあるが、途中住宅街の一角にある児童公園を斜 めに通ってゆくのが、一番の近道だった。 健夫は当然、今夜もその児童公園を通っていくことを考えていた 。 児童公園は、それなりの広さだが、いかんせん遊び道具は何も置 いていなかった。公園の周囲に樹木が植えられている以外は、ベン チ一つない更地である。 健夫は公園に入ると、反対側の入口に向かって、歩いて行った。 街灯は公園の入り口付近にあるだけなので、夜ともなれば、公園 の中央は暗いが、影になるような建物がないぶん、月が出ていれば 、充分視界はきく。 今夜は満月なので、公園は明るかった。 公園には健夫を除いては誰一人いなかった。ときどき酔っぱらい や浮浪者が寝ていることもあるが、今夜はその姿も見あたらない。 「静かな夜だな」 健夫は空を見上げた。空には星が瞬いている。 シュルルル 「ん?」 その時、健夫はふと何か奇妙な音を聞いて、周囲を見回した。 「あっ!」 空から何かかが落ちてくる。いや、正確には健夫の方に何かが向 かってくるといった方が正しかった。 健夫が驚いて、その場から走って逃げようとした数秒後、その何 かが健夫に衝突した。 どさっ 健夫はその衝撃で、前のめりに倒れた。 そして、その何かも健夫にぶつかった後、数メートル飛んで地面 に落ちた。 「いてて、何だぁ?」 健夫は頭を振って、起き上がった。 その時、何かが健夫の目の前に近づいてきた。黒い影が健夫の体 を覆う。 健夫はその影に気づいて、顔を上げた。 「おまえは!」 健夫は目を見開いた。 健夫の目の前には月の光を背に浴びたパンプキンヘッドが立って いた。 「貴様、昼間はよくも」 健夫はすぐに立ち上がった。 「ソイツハ オ互イサマトイウモノダ タケオクン」 パンプキンヘッドは機械のような声で言った。 −−こいつ、俺の名前を……どうして…… 「お、俺に何の用だ?」 健夫は昼間のパンプキンヘッドの力を見ているだけに、心中不安 であった。 「キミニハ 俺ノ計画ヲ 邪魔サレタ ソノ責任ヲ トッテモラウ 」 パンプキンヘッドが一歩足を踏み出す。 「責任だと。ふざけるな」 健夫はその場から逃げようとした。だが、振り返った健夫の後ろ には3人のサングラスをかけ作業服を着た男たちがいた。 健夫は驚いて立ち止まった。 「キミハ ワカッテイナイヨウダナ スデニ キミハ 袋ノネズミ ナノダヨ」 「何!?」 「キミヲ 電話デ呼ビダシタノハ コノ俺ダ」 「そんな、じゃあ、あの親父からの電話は偽者だったのか」 「ソノトオリ オトナシク観念スルンダナ」 パンプキンヘッドがそう言うと、男たちが健夫の両腕を掴んだ。 「は、はなぜ!」 健夫は暴れたが、すぐに男たちの一人にクロロホルムを染み込ま せた布をかがされ、気を失ってしまった。 9 予告 少し時間を前に戻して浅野邸では−− 一台の車が浅野邸の門の前に止まった。 一人の女が車を降り、門に備え付けられたインターホンで訪問の 旨を伝えると、しばらくして門が自動的に開いた。 女が車に乗り込むと、車は再び発進し、浅野邸の門を通って敷地 内へ入っていった。 車は両側の樹木に挟まれたドライブウエイを通って、奥の屋敷の 横に設けられたガレージの前に止められた。 ガレージのそばには、浅野家の執事、戸村が立っていた。戸村は 六十代前半の男で、長身で細身である。 車の運転席から若い女が降りた。女はまだ二十歳前後で子供っぽ さを残した顔立ちだが、服装は戦闘服のような黒いジャケットにび っちりとしたジーンズを履いていた。 女は後部座席のドアを開け、中の四十代半ばの中年の女を下ろし た。その女は、若い女とは違い、プライドが高く、気の強そうな印 象を与えた。服装は紺のワンピースだが、やや小太りでスタイルは よくない。 「兄さんはいるの?」 中年の女は戸村に尋ねた。 「はい、舞子様とお食事中でございます」 「それはちょうどよかったわ。私もお食事に預かろうかしら。戸村 、車をガレージに入れといて」 中年の女、いや正確には浅野幸司の妹、長浜貴子は、車のキーを 戸村に預けると、自分は共の女を従えて、まるで自分の家のように 浅野邸へ歩いて行った。 しばらく玄関先で待たされた後、貴子と共の女は家政婦に食堂ま で案内された。食堂では浅野と舞子がテーブルで食事をとっていた 。浅野の妻は五年前に亡くなり、両親は別邸に隠居しているので、 浅野邸には浅野と一人娘の舞子、そして執事の戸村、住み込みの家 政婦二人だけである。 「今時分、何の用だ」 浅野はナプキンで口を拭きながら、貴子に言った。 「あら、随分冷たい言い方ね」 貴子はテーブルのそばの椅子に座った。「私は舞子を心配して来 たのよ。昼間、変質者に襲われたって聞いたから」 「相変わらず地獄耳だな、おまえは」 浅野は皮肉っぽく言った。 「けど、そうやって食事をしているところを見ると、元気のようね 。安心したわ」 貴子は舞子を見た。 舞子は伏せ目がちに会釈をする。舞子は貴子が苦手な様子だった 。 「舞子は今朝のことで疲れているんだ。用が済んだのなら、帰って くれないか」 「あら、せっかく来たのにもう追い返すの?」 「大方、おまえは舞子の様態が重いことを期待して来たのだろう。 残念ながら、舞子は怪我一つなしだ。これでもう確認が取れただろ 」 「失礼ね。私は舞子のことを本当に心配しているのよ」 「私の娘よりおまえのバカ息子の心配をしたらどうだ。あの調子じ ゃ、会社など任せられんぞ」 「そんなこと、よけいなお世話よ」 貴子はムスッとした顔をした。 「そこに立っている女は誰だ?おまえの隠し子か」 浅野は入口のドアの横に立っている若い女を見て、言った。 「馬鹿言わないで。私のボディーガードよ」 「ボディーガード?おまえが誰に狙われるっていうんだ。男を襲う のはおまえの方だろ」 「ふん、何とでも言いなさいよ」 「しかし、おもしろいな、女のボディーガードとは」 浅野は少し興味を覚えた様子だった。 「君の名は?」 若い女に尋ねた。 「荒木美佳と言います」 と女は言った。彼女は化粧や髪型は変えているものの、紛れもな く椎野美佳であった。 「華奢な体をしているが、武術でも使えるのかな」 「いいえ」 「いいえ?しかし、その体つきじゃ、武術でもやっていなければ、 貴子は守れないんじゃないか」 浅野はからかうように言った。 「シューティングが出来ます」 「シューティング?射撃か?」 「ええ」 「ほお、君は銃が扱えるというのか」 「ええ、見せてもいいですよ」 「本当かね、では、その銃を見せてもらおうか」 「ちょっと兄さん、この子は私のボディーガードなのよ」 貴子が口を挟む。 「いいじゃないか、もし彼女が銃を見せてくれたら、今夜おまえを 泊めてやろう」 「むっ……」 貴子は口を結んだ。 「いいですわ」 美佳は右手を後ろに回すと、浅野たちに見えないように金色のペ ンダントを黄金銃ファレイヌに変化させた。そして、手を前に戻し て、銃を浅野たちに見せた。 「黄金銃?!」 浅野は大型のリヴォルバーを見て、一瞬目を見張った。だが、す ぐに大きな声で笑い出した。 「はっはははは」 「何がおかしいんですか」 美佳は別に気を悪くした様子もなく言った。 「いや、失礼、君が銃を見せるというものだから、てっきり本物の 銃を出すのかと思ってしまってね」 「本物ですよ」 美佳は静かに言った。 「馬鹿も休み休み言いたまえ。私はこれでも外国で射撃の経験があ る。そんな大型銃を君のような細腕で撃てるものか」 浅野がそう言うと、美佳は笑みを浮かべ、黄金銃の銃口を浅野に 向けた。 「試してみましょうか」 「ちょっと、荒木、やめなさい!」 貴子が注意した。 「やってみろ。やれるもんならな」 「いいですよ」 美佳は銃の引き金を引いた。 グォーン! 一発の光の弾丸が発射された。弾丸はまっすぐ浅野に向かって飛 び、浅野のこめかみから数センチ離れたところを横切って、後ろの 壁に命中した。 浅野は呆然としたまま、しばらく動くことが出来なかった。貴子 や舞子も同様である。「私は武器を持たない者には当てませんから 、安心して下さい」 美佳はニッコリ笑って、言った。 「荒木、兄さんに何てことするの!あんたはくびよ」 貴子はすごい剣幕で怒る。 「気に入った」 浅野はぽつりと呟いた。 「え?」 貴子が浅野を見る。 「貴子、この女、私にくれ」 「何言ってんのよ、兄さん。この子は兄さんを−−」 「そんなことはどうでもいい。あの自信に満ちた目、あの腕前、あ の冷静さ、すばらしい。君、私のボディガードにならないか。金な らはずむぞ」 浅野はすっかり美佳の魅力に引き込まれてしまった。 「いくらくれます」 美佳は尋ねた。 「月五十万でどうだ」 「ご、五十万……」 美佳はつばを飲み込んだ。先ほどの冷静さがすっかり消えている 。 「や、やります」 「荒木!ちょっと来なさい」 ついに我慢の限界が来たのか、貴子は突然席を立つと、美佳を食 堂の外へ連れ出した。そして、周囲に誰もいないのを確認してから 、美佳の方を見た。 「ちょっとどういうつもりよ」 貴子は美佳に詰め寄った。貴子の声は今までの声とは違い、若い 女性の声になっていた。もう読者にはわかっていると思うが、貴子 の正体は神崎彩香である。 「どうって?」 美佳はとぼけたように言った。 「私たちは奴(パンプキンヘッド)より早く『姉妹の誓い』を盗む ために、こうして変装して浅野邸に乗り込んだんでしょ。それなの に、あんたが浅野とボディーガード契約なんか結んでどうするのよ 」 「私は別に『姉妹の誓い』を盗むために、ここへ来たわけじゃない わ」 「え?じゃあ、何が目的よ」 「パンプキンヘッドの逮捕よ」 「あんた、正気なの?昨日、自分は正義の味方じゃないって公言し てたじゃない」 「そうよ。でも、目先の悪はほっておけないの。特に自分の欲求を 暴力に訴えるような奴はね」 「それじゃあ、あんたはパンプキンヘッドがここに現れるまで待つ って言うの?」 「もちろん」 「その前に私が『姉妹の誓い』を盗んだら、どうする?」 「止めはしないわ。どうぞご勝手に」 「ご勝手にって、私が盗んだら、奴はここへは来ないわよ」 「それならそれでいいわ。私もこの家から出るから」 「あんたって、ものすごく楽観的というか、あっさりした性格して るのね」 「そう?でも、彩香が盗んだ場合、宝石の報酬は折半よ」 「どうしてよ」 「だって、一応協力してるんだもん、当然でしょ」 「断ったら?」 「彩香は断らないわ、そうでしょ」 美佳がニッと笑う。 「わかったわよ。全く調子がいいんだから」 彩香はため息をついた。 その時、食堂で電話のベルが鳴った。 美佳たちが食堂に入ると、戸村が携帯電話を手に取り、話をして いた。 「旦那様、警察の西島様からです」 戸村は事務的な口調で言った。 その言葉に舞子は顔を上げ、浅野を見た。 「またあの男か。何の用だ」 浅野は顔をしかめて、言った。 「はい、何でもうちに西島様のご子息がいらしていないかとお聞き になられまして」 「来てるわけないだろう。こんな時間に。いないと言ってやれ」 浅野が面倒くさそうに言うと、舞子が立ち上がった。 「私が出ます」 舞子はそう言って、携帯電話を戸村から受け取った。 「もしもし、替わりました。私、舞子です」 舞子はしばらく電話で話をしていた。 「兄さん、今朝の事件と何か関係あるの?」 彩香−−いや、貴子が尋ねた。 「さあな、おまえには関係のないことだ」 浅野はそっけなく言った。 舞子は携帯電話のスイッチを切ると、携帯電話を戸村に預け、浅 野の方を向いた。 「お父さま、健夫さんが誘拐されたみたいなんです」 舞子は緊張した面もちで言った。 「誘拐?それがうちとどんな関係があるんだ」 「何でも健夫さんのお父さまの声を偽った男に電話でうちへ来るよ うに呼び出されたきり、行方がつかめないそうなんです」 「しかし、現実にはうちへは来てないんだ。わざわざ、警察に協力 する必要はあるまい」 「でも、健夫さんは今朝、私を助けてくれたんですよ」 「それとこれとは話は別だ。もとをたどれば、昨日、西島がパンプ キンヘッドを捕まえていれば、おまえがあんな目に遭うこともなか ったんだ。親父の不始末を息子が責任をとるのは当然だろう」 「そんな、ひどいですわ、お父さま」 「うるさい、おまえはさっさと寝なさい」 ガシャーン!! その時、二階の方でガラスの割れる音がした。 「何かしら」 食堂にいた一同は一斉に上を向く。 「私、行ってみてきます」 美佳はすぐに食堂を出ていった。続いて戸村、貴子が後に続き、 舞子と浅野も遅れて部屋を出る。 そして、美佳を先頭に急折れ階段を上り、二階へ駆け上がった一 同は、いくつかの部屋のドアを開けた後、ベランダのある洋間のド アを開けた。 「あっ」 美佳は小さな声を上げ、立ち止まった。 室内にガラスの散乱した洋間には、月明かりを背に浴びた怪盗パ ンプキンヘッドの黒い影があった。 「あ、あいつは」 後から来た浅野もパンプキンヘッドの姿を見て、声を上げた。 「何しに来たの?」 美佳は声を落ちつけて、尋ねた。 「土産ヲ 持ッテキタ」 怪盗はそう言うと、右手に持っていた麻の袋を美佳たちの前に放 り投げた。 貴子が麻袋を開けると、中には両手両足を縛られ、口に猿ぐつわ をはめられた健夫が入っていた。彼の顔には所々、殴られたような 青あざがある。 「健夫さん……」 舞子は驚いて、口を覆う。 「これは何の真似かしら」 美佳は倒れている健夫をちらりと見やって、言った。 「コイツハ 俺ノ計画ヲ 邪魔シタ。ソノ報イダ」 「そういうことは彼の家に行って、やったら」 「ギギギ、コイツノ姿ハ 明日ノオマエタチノ姿ダ。俺ノ計画ヲ邪 魔スル奴ハ 皆コウナル。イイカ、ヨク聞ケ、三日後の午後10時 ニ、俺ハコノ家ノ『姉妹の誓い』ノ片割レヲ頂ク。コイツノ ヨウ ニ ナリタクナカッタラ、オトナシク ダイヤ ヲ 用意シテオク コトダ。ワカッタナ」 パンプキンヘッドはそういうと、後ずさりにベランダに出た。 「ここまで来て、逃がしはしないわ」 美佳は黄金銃の銃口を向けた。 「俺ニハ 銃ハ キカン」 パンプキンヘッドは背中のロケットパックのエンジンを作動させ た。エンジンから豪快な排気ガスを放出される。 「サラバ ダ」 グォーン! 美佳はためらわず黄金銃を数発、発砲した。 だが、パンプキンヘッドのボディはファレイヌの精神弾をことご とく跳ね返した。 と同時にパンプキンヘッドは不気味な笑いを残して一気に空へ上 昇し、夜の闇に消えた。 「そんな、ファレイヌが効かないなんて……」 パンプキンヘッドを追うようにベランダに飛び出した美佳は、し ばらく呆然と空を見つめていた。 続く