ファレイヌ2 第4話「何かが違う」前編 登場人物 椎野美佳 20歳。声優。黄金銃ファレイヌの所有者。 魔法のヘアバンドでキティセイバーに変身する。 エリナ 美佳のマネージャー。 浦和仁美 中学2年生。 三沢祥子 中学2年生。 川瀬恵美 中学2年生。 1 ぬいぐるみ 午後7時、二人の女子高生がおしゃべりをしながら、歩いていた 。6月半ばと言うこともあり、空にはまだ夕方のような明るさがあ った。 二人は私立T女子学園に通う生徒で、学校から10分ほど歩いた ところにあるJR線の駅へ向かって、歩いていた。 二人の内、一人は川瀬恵美という名前で、中学2年生。もう一人 は浦和仁美という名前で、恵美のクラスメイトである。 恵美と仁美を比べると、仁美は話好きで、活発な感じ。恵美は聞 き上手で、おとなしい感じだが、人に好かれそうな愛嬌のある顔立 ちをしている。 「わたし、もうへとへとだわ。朝練やって、放課後も練習でしょ、 全く前途ある若者のする事じゃないわよ」 仁美はため息をつきながら、言った。恵美と仁美はバレーボール 部で、下校が遅いのもそのためであった。 「それはしょうがないよ、仁美ちゃんは選手なんだもん。あたしな んか、補欠にもなれないんだから」 「恵美だってもうちょっと頑張ればレギュラーになれるわよ。練習 だって、毎日出てるし」 仁美は恵美を励ますように言った。 「あたしは、別にいいのよ。仁美ちゃんが活躍してくれれば、あた しはそれで充分」 「バカ!そんなことでどうするのよ。次の大会で恵美がレギュラー に選ばれなかったら、わたし、レギュラー降りるからね」 「そんな、駄目だよ、仁美ちゃん」 恵美は困ったような顔をする。 「だったら、頑張るのよ。期待してるからね」 仁美は恵美の肩を叩いた。 「うん……」 恵美はすげなく答えた。 恵美たちは商店街通りを歩いていた。 「ねえ、あれ見て」 仁美が指差した。見ると、一件のゲームセンターがある。 「どうしたの?」 恵美は仁美の方を見る。 「あんなところにゲームセンターなんかあったけ?」 「さあ、あたし、そういうところへ行かないから」 「ねえ、よってかない?」 「駄目だよ、校則違反だもん」 恵美は渋い顔をする。 「堅いこと言わないでよ、さあ、行きましょ」 「ああっ、仁美ちゃん」 仁美は強引に恵美の手を引っ張って、ゲームセンターへ行った。 「クレーンゲーム、やろ」 「クレーンゲーム?」 「そうよ」 仁美は恵美をクレーンゲーム機の前に案内した。「この水槽みた いなショーケースの中にぬいぐるみがたくさんあるでしょ。このぬ いぐるみを、ケースの中にあるクレーンをそこのボタンで操作して 、取るのよ」 「なるほど」 「じゃあ、わたしがやってみるわよ」 仁美は200円を入れ、早速ゲームを始めた。「何か欲しいもの ある?」 「そこのラッコのぬいぐるみ」 「いいわよ」 仁美は手慣れたようにボタンを操作して、クレーンを左から右へ 移動させ、目当てのぬいぐるみのあるところでクレーンを下ろし、 簡単にぬいぐるみを引き上げた。 「すごぉい、仁美ちゃん」 恵美は感激の声を上げた。 「はい、どうぞ」 取り出し口に落ちたぬいぐるみを恵美に渡した。 「ありがとう、仁美ちゃん」 「今度は恵美がやってみな」 「うん」 午後8時、仁美は自宅に帰った。 「パパもママも帰ってないのか」 仁美はドアの鍵を回しながら、呟いた。 家の玄関に入ると、中は真っ暗だった。しかし、仁美は慣れてい るので、暗闇を気にもせず、玄関を上がった。そして、そのまま階 段を上り、2階の自分の部屋に入った。 仁美は部屋の電気のスイッチを入れると、カバンとスポーツバッ グをそこらに放って、ベッドに体を投げ出した。 「恵美は今頃、家族とご飯食べてるんだろうなぁ」 仁美は天井を見つめながら、呟いた。 仁美は両親との3人家族で、両親は共働きで夜遅くにならないと 帰ってこなかった。 「さて、飯でも食べるか」 仁美は体を起こした。 その時だった。床に投げ出されたスポーツバッグが突然もぞもぞ と動き始めた。 「な、なに?」 仁美はバッグを見た。 バッグの中で何かが暴れているかのように、バックが動いた。 仁美は急に不安になり、恐くてその場から動けなかった。 ビシッ!! その時、バッグがチャックの線に沿って、裂けた。 「なっ……」 仁美は目を疑った。 何とバッグの中からクレーンゲームで取ったぬいぐるみがまるで 生き物のように次々と這い出てきたのだ。 ぬいぐるみは5体いた。5体のぬいぐるみはベットの仁美の方へ 向かって歩いていく。 「や、やめて」 仁美はベッドの隅に後ずさった。ぬいぐるみは布を掴みながら、 上ってくる。 「助けを呼ばなきゃ」 仁美は電話を手にすると、恵美に電話をかけた。しばらくの呼び 出し音の後、恵美が応対に出る。 「もしもし、川瀬ですけど」 と恵美の声。 「恵美!どうしよう。わたし、ぬいぐるみに殺される!」 仁美は怯えた声で言った。 「仁美ちゃん?どうかしたの」 「恵美……」 仁美が何が言いかけた時、ベッドに上った5体のぬいぐるみが一 斉に仁美に襲いかかった。 2 収録 同じ頃、赤坂Tスタジオの8階では、アニメ番組の声の収録が行 われていた。 録音室では、5人の声優が台本を片手に、モニター画面を見なが ら、交互にマイクに向かって自分の持ち役のせりふをしゃべってい る。その中には椎野美佳の姿もあった。しかし、この日の美佳は風 邪気味で、体がだるそうだった。 「ぶあっくしょん!!」 他の声優がせりふをしゃべっている時、美佳は突然、大きなくし ゃみをした。 その途端、『NG』の表示板が赤く点灯する。 一瞬、録音室に重いムードが漂った。 「美佳ちゃん、今日で5回目だよ。しっかりしてもらわなきゃ困る よ」 隣の副調整室からディレクターの声がスピーカーを通じて聞こえ てきた。 「ど、ども、すみません」 美佳は鼻をこすりながら、申し訳なさそうに謝った。 「他の声優さんの迷惑にもなるし、今回は休んだ方がいいんじゃな いか」 ディレクターはやや怒った声でそう言った。 「そ、そんな、この役は私の役ですし、お願いです、やらせて下さ い。今度は大丈夫ですから」 美佳は必死にガラス窓の向こう側のディレクターに訴えた。 「無理だね、今日は帰りたまえ」 ディレクターは厳しい口調でそう言った。 「はい……」 美佳は他の声優の迷惑も考え、食い下がるのをやめた。そして、 他の声優たちに一礼してから、静かに録音室を出ていった。 録音室を出た廊下にはマネージャーのエリナが心配そうにして待 っていた。 「美佳さん……」 「ごめん、今日は駄目だった…」 美佳は肩を落としたまま、力なくそう言った。 「仕方ないですわ、風邪ひいてるんですもの」 エリナは優しく美佳の肩に手を乗せた。 「そんなこと言ったってどうするのよ、お金もらえないんだよ。今 月中に家賃払わなきゃ、部屋追い出されちゃうのに」 美佳は鼻をぐじゅぐじゅ言わせながら、掠れた声で言った。 「美佳さんらしくない。何とかなりますわ、きっと」 エリナは笑顔を振りまいて言う。 「何とかってどうするのよ」 「わたくしが働きますわ」 「働くって、何をするのよ。エリナには戸籍がないんだよ、普通の 店はどこも雇ってくれないわ」 「水商売なら大丈夫ですわ」 「何バカなこと言って……」 美佳が怒って、エリナにつかみかかった時、ふっと意識が朦朧と して、廊下に倒れ込んでしまった。 「み、美佳さん!!」 エリナは驚いて、美佳を抱き起こしたが、美佳はすっかり意識を 失っていた。 3 ぬいぐるみが襲う ツー、ツー、ツー 恵美は電話の通話が切れた後もまだ受話器を握りしめたまま、立 ち尽くしていた。 何だったのかしら、今の。確か仁美ちゃん、殺されるって言って たわよね。そうだわ、確かにそう言ってた。 恵美は気を取り直して、仁美の家に電話をかけた。しかし、電話 はつながらない。その後、恵美は2、3度、かけなおしたが不通だ った。 「恵美、まだ電話してるの?」 DKで食事をしていた母親が恵美のことが気になって廊下の方へ 出てきた。 「うん、友達がちょっと……」 「お話なら、食事の後でも出来るでしょ」 「違うの、仁美ちゃんが殺されるって…」 「殺される?」 母親は真剣な顔になった。 「うん、ぬいぐるみに殺されるって−−」 恵美は真顔で言った。 「ぬ、ぬいぐるみですって」 恵美の言葉を聞いた途端、母親は急に笑い出した。 「ははは、何言ってんのよ、ぬいぐるみが人を殺すわけないでしょ 。仁美ちゃんにからかわれたのよ」 「そんなぁ、仁美ちゃん、真剣な声でそう言ってたんだもん」 恵美は向きになった。 「つまらないこと言ってないで、早く食事しなさい。仁美ちゃんな ら、明日になればちゃんと学校に出てくるわよ」 母親はそう言うと、DKの方へ歩いていく。 「そうかなぁ」 恵美は納得のいかない顔をしながらも、母親の後をついていった 。 午後11時、恵美は自分の部屋のベッドに入った。 恵美は部屋の電気を消して、目をつぶっても、仁美の電話のこと が気になって眠れなかった。 お母さんはあんな風に言ったけど、仁美ちゃんはあたしをからか ったりなんてしないもの。きっと何かわけがあるのよ 恵美はベッドで寝て1時間を過ぎても、まだ眠れなかった。早く 仁美と話したい。そのことばかりが頭に浮かんだ。 パタッ そんな時、何かの倒れる音がした。 何かしら。 普段ならそんなことを気にする恵美ではなかったが、今夜は眠れ なくていらだっていたので、ちょっとの物音でも気になって仕方が なかった。 しかし、そんなくだらないことでわざわざ起きたくないと言う気 持ちもあり、何が倒れたのか確かめるべきかほっとくべきか、心の 中で葛藤していた。 どうしようかな。別に確かめたからってどうなるものでもないし 。でも、ひょっとして大事なものが倒れてるのかもしれない。大事 なものって何だろう。大事なもの、大事なものねぇ……ああっ、も ういらいらするぅ。こうなったら、確かめよう。 恵美は目を開けた。 !!! その瞬間、恵美ははっとした。恵美の腹の上に何かが乗っている のである。重さはほとんど感じないが、小さな影が見える。 恵美がその影をじっと見つめると、その影の目が突然赤く光った 。 「きゃあ」 恵美は驚いて、布団をひっぺ返すと、すぐにベッドから起きあが った。 床に落ちた掛け布団から、何かがもぞもぞと出てくる。それは赤 い二つの目を持つ影だった。 「な、なに……」 恵美は唾をごくりと飲んだ。 そ、そうだわ 恵美は手をパンと強く叩いた。その音を天井の集音機がキャッチ して、ぱっと電灯がつく。部屋が一瞬にして明るくなった。 「ぬ、ぬいぐるみ!!」 恵美を驚かせた影の正体は身長20センチあまりのラッコのぬい ぐるみであった。夕方、ゲームセンターのクレーンゲームで仁美に 取ってもらった布製のぬいぐるみである。 「これって、仁美ちゃんが言ってた……」 恵美が愕然としている間にもラッコのぬいぐるみがジャンプして 、ベッドの恵美に飛びかかった。 「いやあ」 恵美は手で、向かってくるラッコのぬいぐるみをたたき落とした 。だが、ラッコのぬいぐるみはきれいに着地すると、すぐにまたジ ャンプして恵美に襲いかかる。 恵美は転がるようにベッドから落ち、ラッコのぬいぐるみの第2 撃をかわした。 何とかしなきゃ、殺されちゃう 恵美は何か武器になるものを探した。 ラッコのぬいぐるみはベッドに着地すると、体制を整え、ベッド の下の恵美に向かって第3攻撃に転じた。 あ、あった 恵美は床に落ちていたハサミを手にした。そして、飛びかかるラ ッコのぬいぐるみに合わせて、恵美もハサミを振り上げた。 グサッ!!! 次の瞬間、恵美の振り下ろしたハサミがラッコのぬいぐるみごと 床に突き刺さった。 「はあ、はあ、はあ」 恵美は荒い呼吸をしていた。恵美はハサミを手から放し、後ずさ った。 ラッコのぬいぐるみの傷口からは緑色の液体が流れている。ラッ コのぬいぐるみはしばらくその場でぴくぴくと動いていたが、やが て目の光の消失と共に息絶えた。 「恵美、どうしたんだ」 物音を聞いて下の階から両親が恵美の部屋に駆けつけてきた。 「お父さん、ぬ、ぬいぐるみが−−」 恵美は泣きそうな顔で父親に抱きついた。 「ぬいぐるみがどうしたんだ?」 「あたしを殺そうとしたの」 「何を言ってるんだ、悪い夢でも見たんだろう」 「夢じゃない。ほら、そこに−−」 恵美はラッコのぬいぐるみの倒れていた場所を指差した。しかし 、そこにはぬいぐるみの姿も流れ出た体液も消えていた。 「な、ない」 恵美は動揺した。 「恵美、あなた、仁美ちゃんの電話を気にして悪い夢でも見たのね 。仁美ちゃんて、本当にひどい子だわ」 母親が言う。 「違う、確かにぬいぐるみがあたしを襲ったの、本当なのよ」 恵美は何度も主張したが、その夜は結局両親には受け入れられな かった。 4 ヘアバンドが光る 「う、ううん」 美佳は目を覚ました。 「美佳さん、気づいたんですのね」 エリナが心配そうに布団で寝ている美佳の顔を覗き込んだ。 「ここは?」 「家ですわ」 「そう……」 「垣内さんに手伝ってもらって、ここまで運んできたんですよ」 垣内とは美佳と同じ声優で、28歳の男である。 「彼はまだいるの?」 「もう帰りましたわ」 「そう。迷惑かけちゃったなぁ」 美佳は苦しそうに笑った。 「美佳さんが倒れた時はどうなることかと思いましたけど、意識が 戻って良かったですわ」 エリナは塗れタオルを美佳の額に乗せた。 「ごめんね、エリナ」 「別に謝ることないですわ。困った時はお互い様ですもの」 「エリナ、水商売なんかしちゃ駄目だよ。私が何とかして稼ぐから ……」 美佳は体を起こした。 「美佳さん……」 「約束して」 美佳はエリナをじっと見つめる。 「わかりましたわ」 エリナが頷く。 「よかった」 美佳は笑顔になる。「はあっくしょん」 その途端、またくしゃみが出た。 その時、化粧台の上に乗っていた魔法のヘアバンドが光りだした 。 「何かしら」 二人がヘアバンドを見ると、ヘアバンドがいつのまにか真っ黒に なっていた。 「何で真っ黒になってるんだろう」 「ガイアール様は邪悪な気、正確にはダイモーンの魔気を感じると このヘアバンドは白から黒に変わるって言ってましたよね」 「ということはこの近くに敵がいるって言うこと?」 「そうかもしれません、多分」 「頼りないわね、何かもっと具体的な場所とか、敵の種類とかわか らないのかしら。ただ白から黒に変わるってだけじゃ、対処できな いわ」 美佳はヘアバンドを手に取って、言った。 その時、ヘアバンドが美佳の手から宙へ浮いた。さらに押入の戸 ががたがたと揺れながら開き、押入の中から何かが出てきた。 「ロードマップですわ」 「そうね」 押入から宙に浮いて出てきたロードマップは美佳の目の前まで来 ると、ゆっくり下降し、美佳の手に収まった。そして、自動的にペ ージを開いた。 「場所を教えてくれるのかしら」 美佳とエリナがロードマップの開かれたページを見ていると、浮 いていたヘアバンドから細い光がロードマップに向けて発せられた 。 「あっ」 二人は声を上げた。 ロードマップにヘアバンドの光の当たった部分が真っ黒になった のである。 「ここって家から1時間ぐらいのところじゃない。行かなきゃ」 美佳が立ち上がろうとする。 「駄目ですわ、美佳さんは風邪をひいてるんですよ」 エリナは美佳を止めた。 「でも−−」 「まだ何が起こっているのかもわかりませんし、下調べならわたく しがやりますわ」 「くーっ、エリナ、いつもすまないねぇ。あたしゃ、こんないい娘 をもって幸せだよ」 美佳はもらい泣きした。 「美佳さん、ギャグはいいですから、ちゃんと寝てて下さいよ」 エリナは苦笑して、言った。 「うん、寝てる。ふぁっくしょん、ふあっくしょん」 美佳はまだ大きなくしゃみを連発した。 「何か急に寒気がしてきた」 美佳はまた布団にもぐり込んだ。「エリナ、頼んだね」 「ええ」 そうはいったもののエリナは美佳を一人で残していくのは、いさ さか不安になった。 5 罠 一時間後、エリナは地図を頼りにJR線F駅の駅前商店街の入口 の前に来た。もう午前0時を過ぎたこともあり、開いている店は皆 無で、石畳の通りにはエリナを除いて誰一人としていない。ただ白 色の街灯だけがぼんやりと灯っている。 エリナは通りに足を踏み入れた。足音がトンネルの中を通るよう によく響く。 「あのヘアバンドが示した場所はこの辺りですね」 エリナは地図と住所を確認した。「でも、何も今夜行くこともな かったですね」 しかし、エリナはせっかく来たので、この辺を歩いて回ることに した。 「夜の商店街なんて来たことなかったけど、本当に静かなんですね ……」 エリナはキョロキョロと店を見回しながら、呟いた。 エリナは右手にはロードマップを、左手には魔法のヘアバンドを 手にしていた。ヘアバンドの色は依然真っ黒なままである。 「よく考えたら、こんなところで敵が現れたらどうなるのかしら。 わたくしは何も武器を持ってないし−−」 歩いているうちにエリナは急に不安に襲われた。ネオン街であれ ば、そうした不安も起こらなかったであろうが、この静けさではそ れも致し方なかった。 「場所は確認しましたし、帰った方がいいみたいですね」 エリナは自分にそう言い聞かせて、もと来た道を戻ろうとした。 その時だった。ヘアバンドが突然エリナの手を放れ、移動を始めた 。 「あっ、待って下さい」 エリナは慌てて追いかける。 ヘアバンドはすうっと浮きながら比較的速いスピードで前進した 。エリナは不安も忘れて、追いかけていた。 七、八〇メートル近く走ったところで、ヘアバンドは突然、エネ ルギーが切れたかのように地面に落ちた。 エリナはヘアバンドの落ちたところへたどり着くと、ヘアバンド を拾い上げた。 「はあ、はあ、一体、どうなってますの」 エリナが呟いた時、ヘアバンドが光った。それは黒いセロハン紙 で覆って電灯を灯すような弱い光だった。 「もしかして、ここだって教えているんですか?」 エリナはヘアバンドに尋ねたが、答えるわけもなく、仕方がない ので、エリナは周囲を見た。エリナのいる場所のそばには一件のゲ ームセンターがあった。 「ただのゲームセンターにしか見えませんけど」 エリナはゲームセンターを見た。店はもう閉まっていて、入口に はシャッターが降りている。 「店は閉まっていますし、明日来た方がいいみたいですね」 エリナは美佳と違い好奇心が強い方ではないので、こういう時は 店に入ろうと言うより、早く帰りたいという気持ちの方が強いので あった。 「さあ、帰りましょう」 エリナは今度こそもと来た道を歩いて帰ろうとした。 「何かご用かしら」 その時、エリナの背後で女性の声がした。エリナはビクッとして 立ち止まる。振り向くと、ブラウン色の長い髪を持ち、青い目の白 人の女が立っていた。 「い、いいえ、わたくしは別に」 「そうかしら。その手に持っているヘアバンド、魔法石じゃなくて 」 「え……」 「先程からすごい気を発していますわ。その気はガイアールのエナ ジーね。ということは−−」 女はじろっとエリナを見た。 エリナは二、三歩後ずさる。 「あなたはガイアールの戦士−−ね。さしずめ、ここへ来たのは私 を倒しに来たってことかしら」 「あなたは誰なんですの?」 「私はハーピー五兄妹の長女アエロー。お初にお目にかかりますわ 」 イブニングドレスの女、アエローは社交的なお辞儀をした。 「わ、わたくしは戦いに来たわけではありませんわ」 「では、何をなさりに?」 「散歩ですわ」 「ほほほ、そんな言い訳が通じると思いますの。まあ、いいですわ 。私の任務はあなたを始末すること。ここで片づけてさしあげます わ」 アエローが一歩進み出る。 ど、どうしたらいいんですの。このまま逃げても、逃げ切れると は思えないし、かといって戦おうにもこちらには何も武器がありま せんわ エリナは困惑した。 「どうしました。かかってきませんの?あなたが来なければ、この 私から行きますわよ。デュゲル ゾル ソリュト!」 アエローが呪文を唱えると、彼女の手が球状の赤いガスに包まれ た。 「ええい!」 アエローが球状のガスをエリナに向かって投げた。エリナは逃げ ようとしたが、球状のガスがエリナの顔に命中する。すると赤いガ スがエリナの顔にだけ覆われた。 「ごほっ、ごほっ」 エリナは激しくせき込み、その場にうずくまった。 「これは毒ガスの魔法。あなたが死ぬまで毒ガスは消えませんわ」 アエローは笑った。 「ごほっ、ごほっ」 美佳さん、助けて、美佳さん エリナは心の中で懸命に助けを呼びながら、その場に力つきた。 6 それはぬいぐるみじゃない 翌朝、恵美は気分の晴れないまま登校した。 「あれは夢じゃない、あのぬいぐるみは本当にあたしを殺そうとし たんだもん」 恵美は通学路を歩きながら、呟いた。 朝食の時、恵美は昨夜のことを再度、両親に主張したが却下され 、おまけに弟にまでバカにされてしまったのであった。 仁美ちゃん、大丈夫かな。学校、来てるといいな。ぬいぐるみの こと、信じてくれるの、仁美ちゃんだけだもん。 恵美は学校へ行く足を早めた。 ちょうど校門から50メートルほどのところにさしかかった時、 恵美は仁美の後ろ姿を見つけた。 「仁美ちゃん!!」 恵美は走りながら、仁美を呼んだ。 仁美は歩調をゆるめ、後ろを向いた。それはいつもと変わらぬ仁 美であった。 「おはよう、仁美ちゃん」 恵美は仁美のそばまで来て、挨拶した。 「おはよう」 仁美も挨拶した。 何だ、いつもの仁美ちゃんと変わらないや。よかった。 「仁美ちゃん、昨日の夜、大丈夫だった?」 「大丈夫って何が?」 仁美が聞き返す。 「昨日電話してきたでしょ、ぬいぐるみに殺されるって。あたし、 心配したんだよ。あの後、あたしの方からいくら電話しても、電話 つながらないし」 「何言ってるの。わたしは電話なんかしないわよ」 仁美はその時、一瞬恐い顔になった。 「しないって……」 「夢でも見てるんじゃないの?」 仁美はくすっと笑って、言った。 「そんな……」 恵美は立ち止まった。そして、先を歩く仁美の背中をじっと見つ めた。 教室に入ると、恵美は自分の席に座り、ぼんやりと考え事を始め た。 「何言ってるの。わたし、電話何かしないわよ」 あの時の仁美ちゃん、すごい恐い顔してた。何かこれ以上、聞い たら、ただじゃおかないわよって感じで。 あんな恐い顔した仁美ちゃん、初めて見た。きっと何かわけがあ るのよ。昨日のぬいぐるみと関係あるのかしら。 恵美が自分の世界に入って、ぶつぶつ呟いている時、仁美の声が した。 「みんな、ちょっと来て」 その言葉に恵美ははっとして、仁美の方を見た。 仁美は鞄からぬいぐるみをいくつも取り出し、机の上に置いた。 「昨日、クレーンゲームでたくさん、取ったの。みんなに一つずつ あげるわ」 「へえ、すごい」 「わぁ、見せて、見せて」 女子生徒たちが仁美のまわりに一斉に集まってくる。 「わあ、かわいい、本当にもらっていいの?」 「いいわよ。まだ家にたくさんあるんだから」 「じゃあ、これもらい」 「ああ、これ、わたしが目、つけてたのよ」 たちまち仁美のまわりは女子生徒たちの黄色い声で賑やかになっ た。 そんな光景を見て、恵美は立ち上がり、仁美の方を歩み寄った。 「ねえ、仁美ちゃん」 「なに?」 仁美が恵美の方を見る。 「そのぬいぐるみ、昨日、ゲームセンターで取ったぬいぐるみ?」 「そうよ。それがどうかしたの?」 「そのぬいぐるみ、危険だよ、昨日の夜、あたしを殺そうとしたん だから」 恵美の言葉にぬいぐるみを手に取っていた女子生徒たちが怪訝な 顔をする。 「恵美、何を根拠にそういうこというわけ?」 仁美の顔が少し険しくなった。 「根拠って言われても……何もないよ。でも仁美ちゃんだってぬい ぐるみに殺されるってあたしの家に電話してきたじゃない」 「知らないわよ、そんなの。恵美がそんなひどいこというなんて、 わたし、がっかりだわ」 仁美の言葉で、他の女子生徒も仁美に加勢するように、恵美を冷 たい目で見ながらひそひそ話をする。 「あたし、嘘なんかついてない。証拠ならあるわ」 恵美は仁美の机のぬいぐるみを一つ、手に取った。「このぬいぐ るみの中には緑色の血が流れてるのよ」 「何、バカ言ってるの、ぬいぐるみに血が流れてるわけないでしょ 」 仁美たちが笑った。 「本当だもん」 恵美は一度自分の机に戻ってカッターを持ってきた。「切ってい い?」 「いいわよ、でも、もし切って緑色の血が出なかったら、絶交だか らね」 仁美は強い口調で言った。 「う、うん」 女子生徒たちの注目の集まる中、恵美はぬいぐるみの腹をカッタ ーで切ることになった。 大丈夫よね、きっと 恵美は心で祈りながら、カッターの刃先をぬいぐるみの腹に当て 、力を入れた。 カッターの刃がぬいぐるみの中に入っていく。恵美はカッターを 手前にひいた。ぬいぐるみが5センチに渡り、切れる。 恵美はカッターを抜いて、ぬいぐるみの腹を静かに開いた。 「あっ」 その時、恵美は絶望感に襲われた。ぬいぐるみの腹の中は綿だっ たのである。 「さあ、これでわかったでしょ」 仁美は恵美から奪うようにぬいぐるみを取った。「あんたとは絶 交よ」 「ひどいわね、川瀬さん」 「本当、最低だわ」 見ていた女子生徒たちの非難の眼差しが恵美に注がれる。 「あ、あたし……」 恵美は泣きそうになった。 「あなたたち、何やってんの」 その時、教室に女性教師が入ってきた。 「そのぬいぐるみは何?」 女性教師がぬいぐるみを見て、注意した。 「わたしが持ってきたんです」 仁美が言った。 「そう、浦和さん、学校にこういうものを持ってきては行けないこ とはわかっているわね、ちょっといらっしゃい」 教師は仁美の手を引っ張って、教室を出ていった。 教室内は重たいムードに包まれてしまった。 7 異議 それから10分後、女性教師と仁美が教室に戻ってきた。既に生 徒たちは全員席についていて、静かにしていた。皆、教師の小言が あるではないかと緊張している。 「みなさんにお知らせがあります。浦和さんのご厚意で、みなさん に一つずつ、ぬいぐるみをあげることにしました。みなさんにこれ から配ります」 女性教師がそう言った時、生徒たちの間からは、ざわめきが起こ った。 「さあ、浦和さん、配ってあげて」 「はい」 仁美は各机に一つずつ、紙袋に入れたぬいぐるみを取り出して、 置いていく。 「一体、どうなってるのかしら」 「不思議よね」 「まあ、いいんじゃない、ただより安いものはないし」 生徒たちの間でひそひそ話が続いた。 どうして先生が…… 恵美は担任の教師の対応が信じられなかった。恵美は教師の方を 見た。特に変わった様子はない。続いて仁美の方に目を移した。仁 美はぬいぐるみを配っている。 どうして先生は認めたのかしら。ああいうことにはうるさい先生 なのに。 ふと恵美と仁美の目があった。その時、仁美は気味の悪い笑みを 浮かべた。 仁美ちゃん…… 恵美は急に恐くなった。 「先生、どういうことなんですか」 その時、生徒の一人が立ち上がった。学級委員の三沢祥子である 。 「何がですか」 「学校にこういうぬいぐるみを持ってきて、いいんですか。それに こういうものを配ることを先生が認めるなんて絶対おかしいと思い ます」 「たまにはいいじゃない。何でも規則で押しつけるばかりがいいわ けじゃないでしょ。たまには認めてあげることも大事よ」 「でも、これは校則違反です。先生が認めるんなら、私、生徒会で このことを問題にします」 祥子の言葉に教師と仁美の顔が曇った。 「三沢さん、このことに関しては放課後、話し合いましょう。それ でいいわね」 「いいです」 祥子は着席した。 何か大変なことになっちゃった。あたし、どうすればいいんだろ う。 結局、この時、ぬいぐるみを受け取らなかったのは、三沢祥子と 恵美の二人だけだった。 つづく