第48話「ミレーユの最期」中編 9 次なる挑戦状 午後9時、仙台へ向かうタクシーの中で美佳は窓の流れ行く景色 を眺めながら、東京の病院で見た北条隆司の哀れな姿を思い出して いた。 「こちらです」 刑事は美佳を案内して霊安室の前まで来ると、立ち止まった。 「ここにお父さんが……」 美佳はドアの前でぽつりと呟いた。 「え?この部屋には北条隆司さんのご遺体があるんですよ」 刑事は不審な顔つきで言った。 「あ、そ、そうだった。ごめんなさい、勘違いして」 美佳は一瞬、タイムスリップして仙台の病院に両親の遺体を見に 来た時の感覚になっていた。 「開けますよ」 「はい」 刑事はドアを開けた。 室内はまるで昨夜と同じ風景。美佳はまだ夢でも見ているかのよ うだった。 「刑事さん、本当に隆司は死んだんですか」 美佳は部屋の奥にあるベッドを見ずに、刑事に尋ねた。 「ええ、私も長いこと刑事をやっていますが、こんな死体を見るの は初めてですよ」 そう言って、刑事はベッドの方を見た。スチールパイプのベッド の上にはもこっと膨れあがった白い布がある。恐らくあの布の中に は隆司の遺体があるのだろう。しかし、その白い布の形は人間を包 んだ形ではなかった。まるで山のようになっている。美佳はそれだ けでも恐ろしい想像に取りつかれた。 隆司が死んだなんて……。3年前、両足のアキレス腱を切った私 を励ますために、テニス部を辞めてまで私のリハビリにつきあって くれた隆司。隆司がいなかったら今の私はなかったし、これからだ ってずっと一緒にいたかったのに。東京へ来て、1年。声優の仕事 なんかやんないで、もっとデートすればよかったね。いつでも会え るなんて思ってるから、いけなかったんだわ。ねえ、隆司、死んだ なんて、嘘だよね。こんな部屋になんかいないよね。だって、昨日 電話で話したばかりだもん。隆司は運動神経抜群なんだから、ケイ トから逃げることぐらい簡単だよね。どこかに隠れているんでしょ 。ね、隆司…… 「椎野さん」 刑事が美佳に声をかけた。その声に美佳はびっくりして刑事の方 を見た。 「遺体の確認、お願いします」 刑事の言葉で美佳の頭の中にあった北条のイメージが大きく歪ん だ。 美佳はふらふらとした足取りでベッドに歩み寄った。そして、何 かに操られるように無造作に布を取った。 「な、なに、これ……」 美佳は放心状態で刑事に聞いた。 「北条さんは自宅のアパートの前でバラバラ死体で発見されたので す」 刑事はベッドの上の死体の残骸を見て、言った。 「これ、隆司じゃないわ。違うわ」 美佳の声は震えていた。「だって、隆司はバラバラなんかじゃな いもの。これは人形でしょ。これは−−」 お父さん、お母さん、隆司、そして河野さん−−大事な人の死に 顔を一度も見られずに、失ってしまった。 どんなドラマだって、人の死に際には最期の会話が交わせるもの なのに。私にはそんなチャンスさえ与えてくれなかった。 ケイト、あの女は私への復讐だと言っていた。今までに「復讐」 という言葉を何度耳にしたことだろう。最初は白銀のファレイヌ、 マリーナだった。彼女は自分をファレイヌにした復讐として姉貴を 狙った。そして、2番目は総統親衛隊のレイラ。彼女は秋乃を殺さ れた復讐として私を狙った。3番目は河野さん。河野さんは廃人に された妹のためにレニーに復讐をした。4番目はジェシカ。彼女は 幼き日に殺された父の復讐のために私を狙った。 誰も彼も皆、復讐のために自分の人生を投げ出している。 この私も今、殺された4人のためにケイトに復讐をしようとして いるのかしら。もしそうなら、私もケイトと同じなのかもしれない 。 キイィィィ!!! その時、突然、タクシーが急ブレーキをかけて止まった。後部座 席の美佳は思わず前に突っ込みそうになる。 「どうしたの?」 「すみません。フロントガラスに紙が張り付いたもので。ちょっと 待っててください」 運転手は車を降りると、外のフロントガラスに張り付いたB4版 の紙をはがし、車に戻った。 「お客さん、どうもすみませんね」 運転手は持っていた紙をくしゃくしゃにしようとした。 「待って!」 美佳はふと気になって、声をあげた。 「どうかしましたか」 「その紙を見せてくれる」 美佳は運転手の持っていた紙に何かわからないインスピレーショ ンを受けた。 「いいですよ」 運転手は美佳に紙を渡し、再び車を発進させた。 美佳は紙を見てみた。それは何も書いていない真っ白い紙だった 。ところが、しばらく見ていると字が浮かんでくる。 今夜8時、凌雲高校のグラウンドで待つ。 ケイト・ランデリック 「あの女からだ」 美佳の紙を持つ手が震えた。紙に書かれた字は数秒で消えてしま った。 「運転手さん、東京へ戻ってくれる」 「え?仙台まで後30分くらいですよ」 「いいから、戻ってよ。ちゃんとお金は払うから」 運転手は仕方なく車をしばらく進めてから、Uターン可能区域で Uターンをし、東京へ向かった。 //美佳さん、どうするつもりですか クロス・ペンダントに変形しているエリナが美佳の心に話しかけ た。 −−奴と決着をつけるわ 美佳も心の中で返答する。 //罠に決まっていますわ −−もし行かなかったら、今度は別の誰かが殺されるわ。もうこ れ以上、人が死ぬのを見たくないの。 //相手は相当な魔法の使い手ですわ −−わかってるわ //今までのようには行かないかもしれませんよ −−死ぬ覚悟だったら、何度もしてきたわ。私ね、何となく今度 が最後の戦いになるような気がするの //美佳さん…… −−エリナ、私に力を貸して。私の命なんかどうでもいい。私は ただお父さんたちの死を無駄にしたくないの。 //わかりましたわ。ここまで来たら、戦う運命からは逃れられ ませんものね −−ありがとう、エリナ //美佳さん、その言葉は生き残ってからですわ −−そうね 美佳は胸のペンダントに優しく微笑みかけた。 10 誘拐 同じ頃、律子は仙台駅前のビジネスホテルに宿泊していた。昨夜 の律子は両親の遺体を見たショックが大きく、ヒステリックになっ ていたため、最初は入院も考えられたが、その後、律子の精神状態 が落ち着いたので、警察がホテルを手配して、事情聴取を行うこと なく、律子をホテルへ送っていったのだった。 律子は朝の柔らかい日差しを浴びて、目を覚ました。 何となく体が重く、しばらく起き上がれなかった。最初、目覚め た時、両親の死よりも自分がなぜここにいるのかを考えてしまった 。 時計を見ると、9時を回っていた。 「父さんと母さん、もういないんだ」 律子はようやく意識がはっきりしてきた。考えたくなかったが、 両親の死のショックに関して自分の心の中で決着をつけなければな らなかった。 父さんと母さんは死んだ。もう帰ってこないんだ。落ち着くのよ 、律子。ここで動揺したら、美佳が心配するわ。私はお姉さんなん だもの、元気を出さなきゃ。 律子は心に強く言い聞かせ、ベッドから起きた。そして、洗面所 の方へ行った。鏡で自分の顔を見ると、散々泣きはらしたせいか、 目の辺りが真っ赤になっている。髪はぼさぼさで、服も洋服のまま だった。 「こんな顔、美佳が見たら笑うだろうな」 律子は蛇口から水をいっぱいに出して、顔を洗った。かなり冷た い水だったが、目を覚ますのには十分だった。 律子は水を止め、タオルで顔を拭いた。 「また会社休みね。ここのところ、会社休みっぱなしだから、もう くびね」 律子は洗面所を出て、ベッドに座り込んだ。このホテルはビジネ スホテルで、ユニットバスに、ベッドとキャビネットで占められた 狭い部屋しかない。 「美佳、どうしたんだろ。昨日はあんなになっちゃったから、全然 覚えてないわ」 律子はミニテーブルの上の電話で東京のマンションにかけてみた 。しかし、留守番電話のメッセージしか流れてこない。続いて仙台 の自宅にかけてみると、昨夜病院で会った刑事が応対に出た。 「あの、椎野律子ですけど」 『ああ、椎野さんですか、心配しましたよ、昨日は。もう気分は落 ち着きましたか』 「はい。お世話かけました」 『昼から事情聴取をしたいのですが、受けられますか』 「はい、大丈夫です」 『それでは、後で迎えをよこします』 「あの、刑事さん」 『何ですか』 「妹はどこにいるかご存じないでしょうか」 『妹さんですか。実は連絡が取れないんですよ。病院から突然、い なくなってしまって』 「そうですか」 『こちらで探してみましょうか』 「いいえ、結構ですわ。私の方で当たってみます」 律子はそう言って、電話を切った。「どこに行ったんだろう。ま さかショックを受けて、自殺なんてことはないと思うけど」 その時、電話が突然、鳴った。律子は不意をつかれて、慌てたが 、すぐに受話器を取った。 「もしもし」 『おはようございます。椎野律子様ですね』 とフロントの係員の愛想のいい声。 「はい」 『フロントに男性の方からお電話が入っておりますが、お繋ぎしま すか』 −−誰かしら 「お願いします」 『では、お繋ぎします』 配線の変わる音がして、相手からの電話が繋がった。 「もしもし、椎野ですけど」 『椎野律子さんですね』 「ええ、そうですけど」 『ふふ、ゼーテースですよ』 「ゼーテース……」 『思い出していただけましたかな』 「どうしてここがわかったの?あなた、まさか」 『ご両親はお気の毒でしたね』 「あなたが私の父と母を殺したのね」 律子の声に力が入る。 『やったのは私ではありませんよ。フォルス・ノワールが勝手にや ったことです』 「一体、何の用?」 『ええ、それなんですがね、実はあなたの妹さんを誘拐したんです よ』 「美佳を?」 『ええ。助けたかったら、ホテルの外へ来てください。早くしない と手遅れになるかもしれませんよ』 ゼーテースは含み笑いをしながらそう言うと、電話を切った。 「まさか、美佳が……」 律子は急に心配になった。 服も髪型も直すことなく、律子は着のみ着のままで部屋を飛び出 した。 美佳、今、行くからね 律子は廊下を走り、すぐにエレベーターで8階から1階へ行くと 、そのままロビーを抜けて、ホテルの外へ出た。 ホテルの外は駅前ということもあり、観光客や会社員でそれなり に人がいた。律子は周囲を見回し、美佳を捜した。 その時、何者かが律子の背後に立った。 律子がその気配を感じて、振り返ろうとした瞬間、後ろから黒い 手で口を塞がれた。その賊の手には白いガーゼがあり、律子の鼻に ツーンと薬剤の香が漂ってきた。律子は急に意識が朦朧として、気 を失った。 背後にいた賊は律子を肩で抱くと、ちょうど待機していた車が賊 のところへやってきた。賊は律子を素早く車の後部座席へ押し込み 、自分もすぐに助手席に乗った。 車は急発進して、ホテルの前を走り去った。それは、まさに一瞬 の出来事であった。 11 心写鏡の恐怖 午後8時、美佳は凌雲高校のグラウンドへやってきた。春休みと いうこともあり、人は誰もいない。昼間はクラブの練習で使われて いるが、それも5時までという制限がついていた。 「こんなところで何をやろうというのかしら」 美佳は周囲を見回して、呟いた。高校のグラウンドはもともと照 明がないので夜になると真っ暗であった。 美佳は土で靴が汚れるのを少し気にしながら、グラウンドの中央 まで歩いて行った。 「約束通り来たわよ。ケイト、どこにいるの!」 美佳は大声で言った。 その時、美佳の十数メートル先に何かが現れた。それは巨大な箱 であった。縦5メートル、横10メートル、高さ2メートルの直方 体の箱で、その表面が緑白色にぼんやりと光っていた。 「何なの、これは」 美佳は唖然として、その箱を見ていた。 //美佳さん、気をつけてください。何かありますわ 「わかってるわよ」 美佳は注意深く箱に近づいた。すると、箱の1側面にノブのつい たドアが現れた。 「ドアが現れたわ。入れってことかしら」 //わたくしは絶対に反対です 「私だって罠とわかってて入りたくないわよ。でも、もし入らなけ れば−−」 //新たな犠牲者が出る−− 「そうよ」 美佳は思い切ってドアのノブに手をかけた。ドアは簡単に開く。 美佳はまだ中に足を踏み入れず、中を覗き込んだ。しかし、真っ暗 で何も見えない。 「入らなきゃ見せないなんて、ケチ臭いわね」 美佳は中へ足を踏み入れた。そして、二、三歩歩きかけた途端、 ドアが音もたてずにしまり、ドアはそのまま壁の中へ消えてしまっ た。 「やれやれね」 美佳はため息をついた。 〈ホホホ、とうとう自分から罠に入ったわね、お馬鹿さん〉 闇の中からケイトの声が聞こえた。 「罪もない人間を虫けらのように殺す大馬鹿野郎よりはましだわ」 美佳は大声で言った。 〈いつまでそんな減らず口を叩けるかしらね。あなたはもう死刑台 の上にいるのよ〉 闇の中のケイトの声がそう言うと、部屋がパッと明るくなった。 「これは−−!!」 美佳は絶句した。 部屋は無数の鏡で埋め尽くされていた。四方の壁や天井、床が鏡 貼りなのはもちろんのこと、美佳と等身大の鏡がいくつも石柱のよ うに立ち並んでいたのである。 「化粧するにしては多すぎるわね」 鏡は全て美佳の姿を映し出していた。これだけ鏡に囲まれるのは ティシアとの戦いの時にミラーハウスに入って以来のことだった。 「こんな部屋に閉じ込めてどうしようって言うの」 美佳は言った。 〈これからわかるわよ、これからね。ラル・デス・ダブリード〉 室内に呪文が響き渡った。 //気をつけて、美佳さん 「うん」 美佳は身構えた。 その時、美佳を映していた鏡が別の像を映し出した。 「あ、あれは」 無数の鏡に映し出されたのは、かつて美佳が倒した人間たちであ った。レニー、レイラ、アリッサといった総統親衛隊やフォルス・ ノワールのメンバーたち、さらには水銀のファレイヌ、ブレンダ。 彼らが一斉に美佳を指さし、呪いの言葉を浴びせる。 『呪ってやる、呪ってやる』 『殺せ!殺せ!殺せ!』 『私の体を返せ!返せ!』 『地獄へ落ちろ!!』 美佳の周りを、死者を映した鏡が囲み、大合唱となった。 「冗談じゃないわ」 美佳は耳を押さえた。しかし、耳を押さえても呪いの言葉が美佳 の耳へどんどん入ってくる。 「チェーンジ リヴォルバー!」 美佳の胸のペンダントが黄金銃に変形した。 美佳は銃を鏡に向けて、次々と発砲した。 グォーン、グォーン、グォーン……!! 鏡が次々と破壊される。 『おまえはまた俺を殺すのか』 『人殺し!人殺し!』 鏡に映った像は割れてもなお言葉を吐き続け、美佳に迫ってくる 。 「何なの、この鏡は」 美佳はやけになって銃を発砲し続けた。鏡はどんどん破壊される が、全く減る様子はない。それどころか、新たな鏡が次から次へと 現れ、鏡の中の像が恨みの言葉を吐き続ける。 「はあ、はあ……もうどうなってんのよ」 美佳は連続して精神弾を撃ったために、呼吸が乱れていた。 その時、鏡の動きが止まり、鏡の像から恨みの言葉が消えた。部 屋が静まり返る。 無数の鏡の中から、一枚の鏡が美佳の前に出てきた。美佳はとっ さに銃口を向けるが、その鏡に映っていたのは早坂秋乃であった。 「秋乃……」 『美佳、撃たないで、お願い』 秋乃は悲しそうな目で言った。 「撃つなんて、わたしは……」 美佳は銃を下ろした。 『わたし、今、暗いところにいるの。とっても寂しいところ。美佳 に撃たれた胸が痛くて、苦しいの』 鏡の秋乃は胸を押さえた。 「秋乃……」 『美佳、わたしのところへ来て。一人じゃ寂しいの』 「できないわ、そんなこと」 美佳は首を横に振った。 『あなたが殺したのよ、私はあの時、狙いを外したのに』 「それは−−」 『いたい……美佳、助けて。いたいよ、あなたに撃たれたところが −−』 「秋乃、やめて」 美佳は耳を押さえた。 『卑怯よ、美佳は私だけ殺して、自分は生きるつもりなの!』 鏡の秋乃は美佳に鋭い言葉を浴びせた。 //美佳さん、ケイトは心の動揺を誘っているんですわ、惑わさ れないで エリナは美佳を励ました。 −−そ、そうね 美佳は小さく頷いた。 「あんたは秋乃じゃないわ!」 美佳は鏡に向けて、黄金銃を発砲した。 ガシャン!! 秋乃を映した鏡が砕け散る。 『撃ったわね、わたしを。わたしたちは親友じゃなかったの?』 鏡の秋乃はそう言い残して消えた。 「秋乃−−」 美佳は目を背けた。鏡とはいえ、秋乃を撃つのは美佳には苦痛だ った。 『美佳−−美佳−−』 誰かが美佳を呼んだ。今度は二つの鏡が近づいてくる。 「お父さん、お母さん」 美佳は両親を映したそれぞれの鏡を見て、呟いた。 『美佳、助けてくれ、苦しいんだ』 と鏡の椎野は苦悶の表情をして言った。 「お父さん……」 『美佳、私たちのところへ来て』 と鏡の久子が言った。 「お母さん−−」 『体が燃えるように熱いんだ、助けてくれ』 『苦しい、美佳ぁ!!』 鏡の中の両親の体が突然、青白い炎に包まれる。二人は炎の中で 叫び、苦しみもがいていた。 「いや、やめて!」 美佳は思わず叫んだ。 〈どうしたの、美佳、両親を助けないの?早くしないと、また溶け ちゃうわよ〉 部屋のどこかからまたケイトの声がした。 「お母さん!」 美佳は鏡に駆け寄り、母親を助けようとした。 //ダメ、美佳さん!! エリナは注意した。 バババババッ!! 鏡に触れた途端、美佳の体に激しい電流のようなものが流れた。 「きゃあああ」 美佳は激しく弾きとばされる。 〈一つ注意するのを忘れてたわ。その鏡に人間が触れると、魔電流 が流れるのよ〉 『熱い、助けてくれ』 『息が出来ないわ……』 その間にも両親は鏡の中で苦しみを訴え続けている。 「お父さん……」 美佳はよろよろと立ち上がった。 〈美佳、また両親を見殺しにするの?早くしないと、手遅れよ〉 ケイトの声は笑いながら、言った。 「今、助けるわ」 美佳はまた鏡の方へ歩いて行く。 //美佳さん、あれはまやかしです。行ってはダメ 「わかってる、でも私には……」 その時、鏡の中の両親が炎の中に消えた。 「あっ……」 美佳はそれを見て、愕然とした。 〈ほほほ、とうとうおまえは両親を見殺しにしたのよ〉 「違うわ、あれは偽者よ」 美佳は必死に否定した。しかし、心の動揺は隠せなかった。 『美佳……』 ふと気がつくと、一枚の鏡が美佳の前に来ていた。それは北条隆 司を映した鏡だった。 「隆司……」 『美佳、会いたかったよ。もう会えないかと思ってた』 「……」 美佳は言葉に詰まって声が出なかった。 『早くおまえを抱き締めたいよ、美佳』 鏡がゆっくり近づいてくる。 「ち、違う。隆司なんかじゃない」 『何を言ってるんだ、俺のことを忘れたのか』 「いや、来ないで」 美佳は後ずさる。 『嫌いになったのか、だから、俺のことを見殺しにしたんだな』 「そ、そんな……違うよ」 美佳は震えた声で言った。 『だったら、俺を鏡の中から救い出してくれ。お願いだよ』 鏡の北条が両手を前へ広げる。 「た、隆司」 美佳は怯えながらも北条の手を取ろうと、自分の手を鏡に差し出 した。 「きゃあああ」 その瞬間、またしても魔電流にやられ、美佳は後ろへ倒れた。 //美佳さん!! 「美佳、何してるんだ、助けてくれ」 鏡の隆司が再び近づいてくる。 「もう、いやぁ!!」 美佳は黄金銃を撃った。 グォーン!! 弾丸は隆司を映した鏡を破壊した。 〈ほほほ、とうとう恋人を殺したわね、この次は誰を殺すのかしら 〉 ケイトの声は高らかに笑った。 「わ、わたし……」 美佳は鏡とはいえ北条を撃ったことで、大きなショックを受け、 放心状態となっていた。 『人殺し、人殺し、人殺し!!』 突然、無数の鏡が美佳の周りを囲んだ。その鏡は全て美佳を映し 出していた。 『人殺し、人殺し、人殺し!!』 鏡の美佳は美佳を指さして、同じ言葉を連呼した。 美佳はその場に座り込んだまま、耳を押さえ、絶叫した。 〈ほほほ、美佳、このままおまえは狂い死にするのよ〉 ケイトの声は勝ち誇ったように言った。 //このままでは美佳さんがやられてしまう、何とかしなければ 黄金銃のエリナは精神を集中した。 //どこからか魔気を感じる。一体、どこから そうしてる間にも美佳はどんどん鏡の声に攻められ続ける。 //あそこですわ エリナはその瞬間、美佳の心に入り込み、自分の心と同化させた 。 「ケイト、覚悟!!」 美佳に乗り移ったエリナはスッと立ち上がると、壁に向かって黄 金銃の引き金を引いた。 グォーン! 光弾が真っ直ぐ壁を打ち抜く。 パリーン!! その時、ガラスの砕け散る音がしたかと思うと、部屋全体が激し く振動し、一気に消滅した。 「な、なぜだ、なぜ私の魔法が−−」 ケイトは信じられないといった顔つきで言った。彼女の持ってい た杖の水晶玉は完全に砕けていた。 「ケイト、あなたの負けですわ」 エリナはケイトに黄金銃の銃口を向けた。 「ちっ」 ケイトは歯ぎしりをする。 「あっ」 だが、その時、エリナの乗り移っていた美佳の体が突然、力を失 って、膝をついた。 「今の美佳さんでは操れない」 エリナは美佳の意識を解放した。 「ううっ」 美佳は意識を取り戻して頭を振った。 「ふふ、どうやら、精神の限界みたいね。狂い死にさせられなかっ たのは残念だけど、鉛の弾で殺してあげるわ」 ケイトはホルスターから拳銃を抜き、銃口を美佳に向けた。 「死ね!」 ケイトは引き金を引いた。 パンッ 拳銃が火を噴く。しかし、その瞬間、美佳の姿が消えた。弾丸は そのまま土にめり込む。 「き、消えた」 ケイトは目を疑った。 「ここよ」 「なにっ」 ケイトが振り向いた。数メートル前にエメラルドグリーンの長い 髪に白いヘアバンドをした少女が立っていた。 「何者だ!」 「善と悪のバランサー、キティ・セイバー」 「キティ・セイバーだとふざけるな!」 ケイトがすかさず拳銃の引き金を引こうとする。だが、それより も早くキティの黄金銃が火を噴いた。 グォーン! 光弾がケイトの胸を貫いた。 「この私がやられるなんて……」 ケイトは胸を押さえた。 「急所は外したわ。あんたには刑務所で罪を償ってもらう、両親や 隆司を殺した分ね」 「そうか、貴様、美佳か……最後におまえにいいことを教えてやろ う。私が死んだら、私の服のポケットを見るがいい。そこに律子を 監禁した場所が書いてある」 ケイトは苦しい息づかいで言った。 「あ、姉貴を誘拐したの?」 「そうさ。午前零時にそこへ行け。きっと総統がおまえを迎えてく ださる、ふふふ」 ケイトはそう言うと、歯に仕込んだ毒を噛んだ。 「うぐっ」 すると、ケイトは突然血を吐いて、前のめりに倒れ、動かなくな った。キティはどうすることも出来ず、黙って見ているしかなかっ た。キティはヘアバンドを外すと、元の椎野美佳の姿に戻った。 「エリナ、ありがとう」 美佳は黄金銃を抱き締めて、言った。 //私たちはいつでも一緒ですわ 「そうね」 美佳は笑顔になる。しかし、すぐに真顔になり、 「エリナ、姉貴が誘拐されたこと、何で黙ってたの?エリナは姉貴 が危険になるとすぐにわかる探知能力があったはずでしょう」 //すみません。どういうわけか、それが働かなかったんです。 信じてもらえないかもしれませんけど 「エリナ」 美佳は恐い顔をして言った。 //は、はい 「私がどうして信じないと思うわけ。私はエリナのこと、一度だっ て疑ったことないよ」 //美佳さん…… 「今度そんなこと言ったら、許さないよ」 //はい。ごめんなさい 「ようし、それじゃあ、エリナ、行きましょう。今度こそ奴と決着 よ」 美佳はそう言うと、決意を新たに固めるのだった。 続く