第5話「幻の女」後編 6 金色の侵入者 午後九時、病院内の各病室は消灯時間となり、強制的に電気が消 える。 律子は一日中、ベッドにいるせいか、あまり消灯時間になっても 眠くならなかった。 「退屈だなぁ」 律子は天井を見ながら、呟いた。 横になりたくとも、足が固定されているので、横にもなれない。 寝るか、体を起こすことしか出来ないのである。 部屋は真っ暗だった。いつもなら月の明かりで、少しは明るいが 、今夜は月も雲に隠れてしまっている。 スタンドライトをつけることもできるが、看護婦の見回りの時に 見つかると、厳しく注意される。 もっとも見たいテレビなどは、美佳から借りた液晶テレビがある ので、深夜でも困ることはなかった。 律子は手を伸ばして、キャビネットの上の写真立てを取った。写 真立ての中の写真には律子と戸田恵津子の二人が写っていた。去年 、会社の旅行の時に撮ったものだ。 律子は写真を胸の上に置いた。 目をつむると、恵津子の姿が浮かんでくる。 あんたのことだから、きっと天国でも調子良く振る舞ってるんだ ろうね。そうでなきゃ、困るよ。もし独りぼっちで、天国にも行け なかったら、わたし……ごめんね、恵津子。私はあなたに何もして あげられないけど、いつもあなたのことを見守っているからね 律子の目から涙がすうっと頬を伝って落ちた。 //律子さん ふと声がしたような気がして、律子は目を開けた。 気のせいかしら。 //気のせいではありません 「え?」 律子ははっきりと声が聞こえたのを感じて、体を起こした。 //窓の外をご覧になって 闇からの声に律子は窓のカーテンを引いた。 「!!!」 律子は一瞬、言葉にならなかった。 窓の外には金色に光るフランス人形が浮かんでいた。 その人形は顔から服まで全てが金色だった。人形は口を動かして 、喋りだした。 //あなたを呼んだのは私です。 「いったい誰なの?」 律子は呆然としたまま、尋ねた。 //わたくしは黄金のファレイヌ、エリナ・レイです 人形は不自然な笑みを浮かべて、言った。 律子はこの人形に何を尋ねてよいのか、わからなかった。 //お分かりになりませんか 人形はそういうと、突然体を変化させた。そして、球状になった かと思うと、黄金銃になった。 「あっ」 //わかっていただけたようですね 黄金銃は再び人形に姿を変えた。 「私に何の用なの?」 //わたくしはあなたを助けに来たのです 「助けに?」 //あなたは狙われています 「誰に?」 //十二人のファレイヌからです 「ファレイヌって?」 //ファレイヌは儀式により人間の魂を粉末に転移させる術です。 粉化転生術とも言われます。ファレイヌを受けた人間は、粉となっ ても意思を持ち、あらゆるものに変化できます。しかも、特有の魔 力を持ちます 「それがどうして私を狙うの?」 //あなたがわたくしの真の所有者だからです 「真の所有者?」 //ファレイヌは人形にも銃にも変化できますし、人を操ることも できます。でも、人間になることは出来ません。いいえ、生命を持 つものにはなれないのです 「それで」 //ファレイヌは人間になることを求めています。でも、人間にな るためには真の所有者と同化しなければなりません 「普通の人では駄目なの?」 //ええ。年に一度、六月六日午前六時六分に同化の儀式を行う必 要があります 「六月六日って、後三日じゃない」 //はい 「はいって。あなた、私と同化しようっていうの?」 //いいえ。わたくしは他のファレイヌとは違います。人間に戻る ことには憧れていますが、人の体を乗っ取るような真似はできませ ん 「本当に?」 //はい エリナははっきりと返事をしたが、律子はちょっと不安だった。 「フェリカさんって何者なの?」 //彼はわたくしの婚約者でした。わたくしを人間にしたいと思っ ています 「それじゃあ、やっぱり」 //うふふ、心配性なのですね。フェリカはそう思っていても、わ たくしにその意思がなければ、同化の儀式はできません 「でも……」 //わたくしがあなたの前に現れたことを不安に思っているのです ね。その気がなければ、自分のところには来ないはずだと。けど、 それはさっきも申しましたようにあなたは狙われているのです。他 のファレイヌはわたくしが先に人間になることを恐れています 「どうして?」 //ファレイヌが人間と同化すると、これまで持っていた魔力の何 万倍という力を手にします。その力は世界を崩壊させるとも言われ ています。彼女たちはその力で、自分たちが滅ぼされるのではない かと心配しているのです 「まさか、そんな。私を殺したところで、他にもその真の所有者っ ていうのはいるんでしょ」 //真の所有者はこの世に一人しか現れません。真の所有者が死ぬ と、次に現れるまで十年かかります 「それじゃあ、私の前の所有者は?」 //殺されました。わたくしの所有者はあなたで三十三人目です 「私、嫌よ、死ぬなんて」 さすがの律子も思わず声高になる。 //既にあなたは一度、狙われています 「え?」 律子の顔が強張った。 //あなたが車にはねられたのは偶然ではありません 「嘘よ、そんなの」 //恐らくあれはマリーナの仕業です 「……」 律子の体が震えだした。「ひどいよ。恵津子は私のとばっちりを 受けて死んだわけ?」 //律子さん、わたくしたちファレイヌはこの四百年近く相互に所 有者を殺しあってきました。その数ははかり知れません。わたくし としては、この争いに終止符を打ちたいのです 「何か、方法があるの」 //確実な方法はありません。でも、あなたは生きたいのでしょう 「もちろんよ」 //わたくし一人の力では、彼女たちには勝てません。勝つために は、あなたにも戦うという覚悟をしていただきたいのです 「私なんかで役に立つの」 //わかりません。ただ戦うか、死ぬか、それともわたくしと同化 するか、道は三つです 「戦うしかないでしょう」 律子は言った。 //それを聞いて安心しました。 人形は微笑んだ。 //窓を開けていただけますか エリナに言われ、律子は窓を開けた。 //わたくしは精神波動の魔力を持っています。あなたが以前、恋 人を撃ったような気持ちでわたくしを使えば、精神弾を撃つことが 出来ます エリナは人形から黄金銃に体を変化させた。そして、ふわふわと 部屋に入ってきて、律子の手に納まる。 //あなたの強い意志がわたくしの能力を倍加させます。律子さん 、どんな時でもわたくしがついていることを忘れないでください エリナはそれきり沈黙した。 黄金銃の輝きがすうっと消えた。 律子はしばらく黄金銃を握ったまま、じっと考え込んでいた。時 間がたてばたつほど、恐怖が体を支配する。 「エリナ、私に戦えるかしら……」 律子は言葉を震わせながら、呟いた。 7 朝 翌朝、美佳は珍しく自分で起きた。 キッチンに行くと、もう母親が朝食の支度をしている。 「おはよう」 美佳は久子の後ろで挨拶した。 「あら、自分で起きたのね」 久子は振り向いて、言った。 久子はエプロン姿である。 「私、子供じゃないもん」 美佳は冷蔵庫から牛乳を取って、コップに注ぐと、ぐいと飲み干 した。 「お母さん、今日、病院へ行った後、お父さんのとこへ帰るからね 」 「ええぇ、もう帰るの」 美佳はがっかりした。 「いつまでも家をあけとくわけにいかないでしょ。お父さん、掃除 も洗濯も一人じゃ出来ないんだから」 「たまには一人で暮らして、お母さんの大切さを分かったほうがい いのよ」 「コラぁ、美佳。こうやって高校へ行けるのは、お父さんのおかげ でしょ。そんなこといっちゃ、駄目」 「それはそうだけどさ」 「それに美佳だって、炊事が面倒だから、お母さんにいてほしいだ けでしょ」 「そ、そんなことないわ」 美佳はズバリ言われて、動揺した。 「律子の様態もいいようだし、とにかく一度、うちへ帰るわ」 「じゃあ、駅まで送るわ」 「美佳は学校でしょ」 「いいのよ、学校なんて」 「またそういうこと言う。駄目よ、ちゃんと学校へ行きなさい」 「それだったらさ、私が帰るまで待っててよ」 「そうしたら、帰りが遅くなっちゃうわ」 久子は困った顔をした。 「お願い」 美佳は久子に抱きついた。「またいつ会えるかわかんないし、ち ゃんと見送りしたいの」 「美佳……」 久子は優しく美佳の頭を撫でた。「来週、また来るから。その時 にね」 「……うん」 美佳は母の顔を見て、いった。母に優しく言われると、さすがに 弱い。 「夕食の支度はしておくわ」 「サンキュー」 それから、美佳と久子は和やかに朝食を取った。珍しく早起きし た美佳だったが、のんびりした食事のおかげで、学校へ行く時には 、時間ぎりぎりだった。 「わあ、遅刻、遅刻」 などと普通の高校生ならば慌てるところだが、美佳などはひょう ひょうとしたもので、朝のシャンプーも時間割の用意も服の着替え ものんびりだった。 「相変わらず、遅いわね」 既に病院へ行く準備も整った久子が言った。 「慌てるのが嫌いなの」 「学校、間に合うの?」 「全然」 美佳は首を横に振った。この呑気さには久子も呆れてしまった。 午後八時を過ぎた。 「先に行くわよ」 玄関で久子が呼びかけた。 「うん」 美佳は返事をした。その時、美佳は歯を磨いていた。 「さて、終わった」 美佳はうがいをして、タオルで口を拭いた。 鞄を持ち、美佳は靴を履いて、玄関を出た。 家の鍵をかけた後、まだ母親がいるかなと思い、渡り廊下から下 を覗いた。 「あっ、いたいた」 マンションの前の路上には母の姿があった。 母は誰かと話していた。見知らぬ女性だ。 誰かしら。 美佳が疑問に思う暇もなく、女性は母のもとを去った。 「お母さん」 美佳はそれを見届けてから、階下の母に呼びかけた。 しかし、久子は気づくこともなく、歩いていってしまう。 「聞こえなかったのかな」 美佳はちょっと気になったが、学校の時間もあり、エレベーター の方へ歩いていった。 8 マリーナの策略 「十二時五分か。頃合いとしてはちょうどいいわね」 マリーナは腕時計を見て、呟いた。 マリーナはK大学病院の正面入口の前に立っていた。その病院は 椎野律子の入院する病院であった。 「ティシア、これから起こることをあなたに見せられないのは残念 だわ」 病院の外来ホールは、いつもよりすいていた。昼間のせいだろう 。 マリーナはこの時間帯が一番人の少ないことを知っていた。 マリーナは前に一度、律子を狙ってこの病院へ来たので、ほとん ど迷うことはなかった。 掲示板を見るまでもなく、エレベーターに乗って、三階まで行っ た。 「さあて、いつフェリカが現れるかしら」 マリーナは律子の病室へ向けて、歩きだした。右手にはいつの間 にか白銀のリヴォルバーが握られている。 通路には偶然にも人の姿はなかった。 マリーナは一歩、一歩と早い足取りで、律子の病室へ近づいてい く。 「三〇四だな」 マリーナは律子の病室の前で足を止めた。 さあ、来い、フェリカ。早く来ないと律子が死ぬことになるわよ 。 マリーナは白銀銃の引き金に指を掛け、左手でドアのノブを握っ た。そして、ノブをゆっくり回す。 「どういうつもりだ」 その時、背後で声がした。 マリーナは振り向く。 「ふふふ、来ると思ってたわ」 「こんな白昼から、堂々と襲いに来るとはな」 マリーナの前には、壁によりかかり腕を組んだフェリカがいた。 「私に手を出せる者など誰もいないわ。だから、夜来ようと、昼間 来ようと同じことよ」 「大した自信だな」 フェリカは冷やかに言った。 「そうよ」 マリーナはドアのノブから手を放した。「でも、今日は律子を狙 いにきたわけじゃないのよ」 「どういうことだ?」 「わからない?あなたよ」 マリーナは突然、白銀銃をフェリカに向け、発砲した。 ギュルーン−− フェリカに弾丸が命中する。 「ぐわぁ」 フェリカの体が青く光る網のようなものに包まれていく。 「貴様は四次元に行くのよ」 マリーナは高らかに笑った。 「ふざけるな……」 フェリカはぐっと力を振り絞った。 「消えろ、消えろ」 マリーナは叫んだ。 青い網はフェリカの全身を包み込もうとしていた。 「我が守護星よ、我に力を与えよ。我に力を」 フェリカは腕をクロスした。 「どんなに足掻いても無駄だ」 「ぐうう、うわあぁぁ」 ピシッ、ピシシ−− フェリカを包む青い網が切れようとしていた。 「馬鹿な……」 マリーナは後ずさった。その際、律子の病室のドアを軽く三度ノ ックした。 「うわあぁぁ」 フェリカは両手を大きく広げ、青い網を断ち切った。 「四次元弾が敗れた……」 マリーナは愕然とした。 「さあ、今度はこっちの番だ」 フェリカはやや息を弾ませながら、壺を取り出した。 「ちっ」 マリーナは身を翻して、逃げだした。 「待て!」 フェリカも後を追う。 マリーナは通路の端まで行くと、今度は左へ曲がって階段を駆け 上がった。 「屋上から飛び下りる気だな」 フェリカはピーンときた。 フェリカの予想どおりマリーナは途中の階には目もくれず、ひた すら階段を登った。 そして、昇降口まで来ると、一気に飛び込んだ。 マリーナは転がるように屋上へ出た。 「はあ、はあ、はあ」 マリーナは膝と手を地面についたまま、激しく息をした。 一発、使っただけで、もうこのざまだ。だが、この人間の体から 出たら、フェリカに封じ込められる 「どうやら、息切れのようだな」 フェリカが屋上に現れた。「不意打ちには驚いたが、所詮、おま う一人の力では俺に勝てん」 「どうかしらね」 マリーナはよろよろとしながら立ち上がった。 「どういうことだ」 「貴様に私の力が効かないのは、多少は覚悟していたわ。だが、こ こまで来れば、危険を冒した価値があるというもの」 マリーナはにやっとした。 「何を企んでる」 「さぁね」 「だったら、吐かせてやるさ」 フェリカは背広の懐から拳銃を抜いた。「その人間を始末して、 君をそこから引きずり出してやる」 「わかったわ、教えるわ。私がさっき、律子の病室のドアをノック したのを覚えてる。あれは合図なのよ」 「合図?」 「あの病室には律子の母親が見舞いにきているわ。私が合図をする と、彼女がどうすると思う?」 マリーナが愉快そうに言った。 「マリーナ、君は」 「彼女はね、コーヒーを律子に勧めるわ。毒入り特製コーヒーをね 」 「謀られた!」 フェリカは舌打ちした。 「もう間に合わないと思うけど、急いだほうがいいわ。あっははは ははは」 マリーナは勝ち誇ったように笑った。 「くそぉ」 フェリカはすぐさま、昇降口へ駆けだした。 「間に合うものか。貴様が見るのは律子の死にざまだよ」 9 豹変 時間は少し前に戻る。 律子は病室で見舞いにきた母の久子とおしゃべりをしていた。 「へえ、美佳が自分から起きたの?珍しい」 「そんな珍しいことなの?」 「そう。あの子、遅刻することに何の罪悪感もないから、いつも平 気で八時頃まで寝てるのよ。お母さんからきつく言ってやってよ」 「言って聞く子なら、とっくに直ってるでしょ」 「そうね。全くあの図太い性格は誰に似たんだろ?」 律子はちらりと母の方を見る。 「お父さんよ」 久子はすぐに答える。 コンコンコン−− その時、ドアをノックする音がした。 「誰か来たみたいよ」 律子が久子に言った。 「誰も来てないわ。気のせいじゃない」 久子は急に無表情になった。 「だって、ノックの音が−−」 「隣の部屋よ」 久子は律子の言葉を制するように言った。 「そ、そうかもしれないわね」 律子は疑問に思いながらも、何となくそれ以上、問いかける気に ならなかった。 「それより、律子、アイスコーヒー、飲む?」 「アイスコーヒー?」 「律子のためにマンションで作ってきたのよ」 そういうと、久子は紙袋から円柱形の水筒を取り出した。 「わあ、嬉しいな」 「今、飲むでしょ?」 「うん」 久子は水筒の蓋を取り、その蓋をコップにして、水筒のアイスコ ーヒーを注いだ。 「はい、どうぞ」 久子はアイスコーヒーの入ったコップを差し出す。 「ありがと」 律子はコップを両手で受け取った。 //律子さん、先程からマリーナの存在を感じます 律子がコーヒーを口にしようとした時、エリナの念波が聞こえた 。 「どうしたの?」 久子がきいた。 「ううん、何でもないわ」 律子は心の中でエリナに声をかけた。 −−マリーナが病院にいるというの? //そうです。気をつけて 律子は心配になった。 こんな真っ昼間から私を襲うというの。もし今、現れたら、お母 さんまで巻き込んでしまうかもしれない。 律子はコーヒーをテーブルに置いた。 「お母さん、この部屋を出て」 「何を言ってるの?」 「いいから」 「いいからって、言われてもね」 「危険なのよ」 「危険って?」 「それは……」 律子もどう説明していいか、わからなかった。追い出そうにも足 が固定されているので、動けない。 「変な子ね。それより、コーヒーを飲みなさい」 「ああ、悪いけど、そんな気分じゃなくなっちゃった」 「律子、お母さんが作ってきたコーヒーが飲めないっていうの?」 普段、温厚な久子の表情が険しくなった。 「お母さん、何こわい顔してんのよ。ちゃんと後で飲むわ」 「お母さんは律子のためを思って、作ってきたのよ」 「それはわかってるわ」 「だったら、何で飲めないの」 「飲まないなんて、言ってないわ。お母さん、どうしたの」 「私の作ったコーヒーはまずくて飲めないって言うのね」 「そんなことないわ」 「だったら、なぜ飲めないの。早く飲みなさい!!」 久子の声が高圧的になってきた。 「わかったわよ、飲めばいいんでしょ」 律子はテーブルに置いたコップを手にした。 そして、コップを口許まで持っていく。 とその時、病室のドアを開いた。 「姉貴!」 美佳が元気良く入ってくる。 律子はコップを置いた。 「美佳、学校は?」 律子が訊いた。 「お母さん、今日、お父さんのとこ、帰るって言うからさ、どうし ても見送りたくて、学校抜けてきちゃった」 美佳は頭を掻いて、言った。 「あのねぇ」 律子は呆れたように言った。「でも、母さん、本当なの?」 「え、ええ」 久子の視線はコップの方へ行っていた。 「美佳、コーヒー、飲む?」 律子が訊いた。 「え、あるの。飲む、飲む」 「母さんが作ってきてくれたのよ」 「お母さんが?」 美佳は不思議そうな顔をした。 「どうしたの」 「今朝、お母さん、コーヒーなんか作ってなかったよ」 「美佳が学校へ行った後、作ったんでしょ」 「お母さんの方が先にうちを出たのよ」 「え?母さん、どういうこと?確かうちで作ってきたって−−」 律子が久子の方を見た。久子の表情が鬼の形相に変わっている。 「か、母さん……」 「律子、コーヒーを飲むのよ」 久子は突然、テーブルのコップを手にすると、左手で律子の首根 っこを掴み、無理矢理、コーヒーを飲ませようとした。 「母さん、やめて」 律子は抵抗するが、母親は物凄い力でコップを律子の口に押しつ ける。 「お母さん!!」 美佳もびっくりして、久子の後ろから押さえにかかる。だが、激 しい力で美佳は壁まで吹っ飛ばされた。その時、コップのコーヒー が全て外へ出てしまった。床に落ちたコーヒーがしゅうっという音 をたてる。それには律子もぞっとした。 久子はコップを捨てると、今度は水筒を手にした。 「律子、飲むのよ」 久子は水筒を律子の前に突き出す。 「母さん、お願い、やめて」 律子は泣きそうな顔で言う。 //律子さん、わたくしを使って 心の中でエリナの声がした。 「私にはできないわ」 //お母さんはマリーナに操られているのよ。 「それだったら、なおさら」 久子は律子の首を左手で抱え込んだ。 //仕方ない エリナは粉に変化して、律子のベッドの下から抜け出ると、床を 伝って反対側の壁にもたれて気絶している美佳に乗り移った。 「待ちなさい」 美佳は立ち上がった。 その手には黄金銃が握られている。 「エリナ、撃たないで!!」 律子が叫ぶ。 久子は振り向いて、美佳に獣のように飛び掛かった。 美佳は引きがねをひいた。 黄金銃の銃口が光る。 グオーン−− 光弾が久子の腹に命中した。 「母さぁーん」 律子は倒れた久子を見つめた。目には涙でいっぱいになっている 。 黄金銃は粉化し美佳の手から離れる。 //大丈夫、気絶させただけですわ 「本当に」 //ええ エリナの言葉に律子はほっと息をついた。 その時、病室に男が入ってくる。 //フェリカよ と律子に囁く 「無事だったか」 男は律子を見て、こちらもほっと息をつく。 「フェリカさんね」 律子は男を見た。 「どうして僕のことを……そうかエリナに聞いたんだね」 「ええ」 「済まなかった、君を守れなくて」 「私は……」 律子が何か言いかけた時、窓がガシャーンと割れた。 律子とフェリカがいっせいに窓に視線を移した。 窓の外には、カラスがいた。それは白銀のカラスだった。 //ふふふ、よく防げたものだな。だが、次は必ず命をもらう。そ れまで、死の恐怖に怯えるがいい。はっははははははは カラスは勢いよく青空に向かって、飛び去った。 「あれがマリーナ」 律子は呟いた。フェリカは静かに頷く。 空にはもう白銀のカラスの姿はなかった。だが、律子の心にはあ のマリーナの笑い声が深く心に刻まれた。 終わり