第4話「幻の女」前編 登場人物 椎野美佳 高校生 椎野久子 美佳の母 椎野律子 美佳の姉 上田由加 美佳の友人 フェリカ 謎の男 クレール フェリカの妹。 エリナ 黄金のファレイヌ ティシア 赤銅のファレイヌ マリーナ 白銀のファレイヌ プロローグ 深夜の廃車処理場。 積み上げられた廃車はまるで死を前にした狼のようにじっと沈黙 を守っている。 どの廃車にもドライバーとの思い出があるだろうが、今では誰一 人としてそれを語るものもなく、もう思い出されることもない。 カッ、カッ、カッーー ハイヒールの音が遠くのほうから聞こえてくる。 一人の女がどこから入ったのか、処理場に現れた。 白いワンピースを着た、髪の長い美しい女だった。だが、彼女の 黒い瞳は野性的な冷たい印象を与えた。 女は別段、廃車の墓場に用はなかった。別の目的があったのだ。 女は廃車と廃車との間の道をどんどんと進み、ほとんど迷うこと なく、ある場所ですっと足を止めた。 「ティシア、ティシア!!」 女は呼びかけた。しかし、対称となるような人間はそこにはいな い。 「ティシア!!」 女は少しばかり語気を強くして、呼びかけた。 だが、闇は答えず沈黙を守りつづける。 女はしばらく何もせず、その沈黙のなかに身を寄せていた。 「ふふふ」 女はふっと口許を緩ませた。「何を怯えているの。さっきからあ なたの恐怖心を感じるわ」 女はゆっくりと積み上げられた廃車の壁に歩み寄った。 「心配することはないわ、私はマリーナよ」 女は手を上に翳すと、サーという音がして、彼女の手に白銀の拳 銃が現れた。 //マリーナなの? どこからか女の不安げな声が聞こえてきた。 「そうよ」 //助けて。私を助けて 「どこにいるの?」 //一番下の車のグローブボックスを見て マリーナは積まれた廃車の一番下の車の窓から上半身を突っ込み 、うんと手を伸ばして、グローブボックスを開けた。 「ティシア……」 マリーナは少し顔色を変えた。 そこには銅製の壺があった。 「それは封印の壺ね。まさかおまえまで閉じ込められていたとはね 」 マリーナは壺を手に取って、車から出た。 //お願い、助けて ティシアは弱々しい声でいった。 「フェリカにやられたの?」 //クレールよ 「クレールだって」 マリーナの目の色が変わった。「まさかクレールまで日本に来て るなんて」 //ねえ、今はいったいいつなの? 「一九八六年の六月二日よ」 //それじゃあ、もう一年になるのね 「一年ってどういうこと?」 //私が日本に来たのは一九八五年の五月二十五日だったと思うわ 。黄金のエリナの所有者をクレールが見つけたのを察知して、日本 まで追いかけてきたのよ。 「馬鹿な、私は全く気づかなかったぞ。ファレイヌ(粉化転生術を 受けた人間のこと)は所有者を見つけると、一斉に他のファレイヌ にそのことが伝わるはずだ」 //恐らく念波の届く範囲を、何かの方法で弱めたのだと思うわ。 だから、私にしか伝わらなかった。 「封印の壺まで造りだすくらいだ。多分、ティシアの言うとおりだ ろう」 //それより、マリーナ、早く私をここから出して 「出すのは、たやすいわ。その前にもう一つ、聞きたいことがある わ」 //何よ 壺の中のティシアは不満そうに言った。 「おまえが日本に来た時のことを知りたい」 //そんなこと聞いて、どうするのよ 「クレールは一年も前に日本に来ていながら、エリナは未だに転生 を果たしていない。これはどういうこと?」 //さあ、わからないわ。私は日本に来た早々、クレールにまんま とやられたから ティシアは思い起こすように言った。 一年前ーー 夜の繁華街。一人の女が人込みの中をすり抜けながら、走ってい る。誰かに追われているようだった。 「どいて、どいて」 女はうわ言のように言った、何度も何度も後ろを振り向きながら 。 //このままじゃ追いつかれる 女の表情がいっそう引きつった。 既に女は最初履いていたハイヒールを脱ぎ捨て、裸足だった。 女は思い切ってゲームセンターに飛び込んだ。 店内は電子音と有線の音楽が交錯して、響きわたっている。客は ほとんど十代の若者で占められていた。 女は周囲を見回した。 //どこか隠れる場所はーーあ、あそこは 女はトイレを見つけると、後ろも省みず駆け込んだ。 「きゃあ」 ドアを開けようとした途端、中から出てきた誰かとぶつかった。 女は思わず尻餅をついた。 「ごめんなさい」 目の前に立っていた少女は女に手を差し出した。 その少女は椎野美佳だった。 「た、たすけて」 女は美佳に抱きついた。 「どうしたんですか」 「あの女が来る、あの女が……」 女は必死の形相で訴えた。 「あの女って」 美佳がそう口にした時、ゲームセンターの入口の自動ドアが開い た。 店内が一瞬、静まった。 そこにはショットガンを手にした一人の少女がいた。 「来たわ、来たわ」 女は声を震わせながら、美佳の後ろに回り込む。 「あれは?」 「ク、クレールよ」 「クレール?」 美佳は少女の方を見た。 少女はゆっくりと美佳と女の方へ向かって、歩いてくる。 「そこをどいて」 クレールと呼ばれた少女が言った。 「お願い、助けて」 女は美佳の服の裾をぎゅっと握っている。 「あなた、いったい誰なの?」 美佳はクレールに尋ねた。 「あなたには関係ないことよ。そこをどいて」 「そうはいかないわ」 美佳は両手を大きく広げた。「助けを求めてる人をほっとけない わ」 「そいつは人間じゃないのよ」 「人間じゃない?」 「そうよ、だから、あなたが命をかける必要はないのよ」 クレールはショットガンを美佳へ向けた。「どきなさい。あなた を傷つけたくない」 「やめろ!」 一人の若者が後ろからクレールに飛び掛かった。 「愚かな」 クレールは振り向いて、若者を睨み付けた。 クレールの瞳が赤く光った。 「うわぁぁ」 次の瞬間、若者は入口の自動ドアを突き破って、十メートルも 吹っ飛ばされた。 これには回りの若者たちも怖じ気づき、クレールからぞろぞろと 離れていった。 「これでわかったでしょ」 クレールは美佳を見て、言った。 「あなたこそ人間じゃないわ」 美佳はクレールを睨み付けた。 「仕方のない子ね」 クレールは微笑んだ。「あなたの勇気には感心したわ。でも、や めるわけにはいかないの」 クレールは美佳の目をじっと見つめた。 「私の目を見て」 その言葉に美佳はクレールの目を見た。クレールの目が青く光る 。 「あっ……」 美佳は突然、意識が朦朧としてきた。 「あなたを傷つけたくないわ。おとなしく、そこからどいて」 クレールの言葉に美佳は逆らえなかった。美佳は操り人形のよう にふらふらと女の前から離れた。 「これでもう味方はないわ」 クレールはショットガンの銃口を女に向けた。「ティシア、その 体から離れなさい。その人に罪はないでしょ」 「私がこの体から離れたら、おまえは封印の壺を使うだろう」 「ええ。それがあなたのためなのよ」 「私のため?ふざけないで」 「ふざけてないわ」 「私を閉じ込めても、今に仲間がぞくぞくと日本に来るわ」 「残念だけど、日本に来たのはあなただけよ」 「なにぃ」 「だから、あなたを助ける者はいないわ」 「おまえは最初から私だけが来ることをーー」 「知ってたわ。だから、勝つ自信があったのよ。あなたたち、ファ レイヌは人間を操っている時は能力の十分の一もだせないものね」 クレールは笑った。 「畜生」 「さあ、人間から離れなさい」 「覚えておけ、必ず復讐してやる」 女はクレールを睨んだ。 「それは永久にないわ」 クレールは壺を手にした。 女の耳から赤い粉がすうっと流れるように体から出ていく。 クレールは壺の蓋を開けた。 //きゃあああ 赤い粉は掃除機で吸い上げられるように、壺の中へ入っていく。 そして、全ての粉が壺に入ると、クレールは蓋を閉じた。 「これで終わりね」 「なるほど、それで閉じ込められたのね」 //そうよ。そして、こんな廃車処理場に一年もいたのよ。あの時 、仲間が来ていないことが判っていれば 「クレールは頭のいい女よ。敵を侮ったあなたのミスね」 //あなたの批評なんか聞きたくもないわ。早く助けてよ 「残念だけど、無理よ」 //え? 「その壺を開けられるのは、フェリカとクレールだけ。私にはでき ないわ」 //そんな、じゃあ、私はどうなるのよ 「ずっとそうしてるのね。フェリカとクレールを倒せるのは、無気 体破壊魔法を使えるペトラルカだけよ」 マリーナは壺を車のシートに置いた。 //ちょっと待って、私を置いていく気? 「あなたがいても役には立たないわ。そこでじっとしてなさい」 //そんな 「じゃあね」 マリーナは軽く手を振って、その場を離れた。 //あ〜あ、情けないなぁ 壺の中のティシアはただただ、ぼやくばかりだった。 1 朝 「美佳、美佳」 誰かがベッドで寝ている美佳の体を揺り動かした。 「何よ、うるさいわね」 美佳はぶつぶつと言って、寝返りを打った。 「美佳、起きなさい」 なおもしつこく美佳の体を揺する。 「誰よ、全くぅ」 美佳は大声を上げて、布団から飛び起きた。 「お母さん!!」 美佳は驚いた顔で言った。「どうしてここに?」 「何言ってるのよ。五日前からいるでしょ」 美佳の母、久子は呆れた様子で言った。 「ああ、そうだっけ」 美佳は重たそうに頭を抱えた。 すでに美佳の姉、律子が入院してから七日が過ぎている。 仕事の都合で美佳の父は律子の見舞いの後、すぐに仙台へ帰って しまったが、母の久子だけは律子の世話をするため、律子のマンシ ョンに残っていた。 律子の様態は既に意識を回復し、美佳たちとおしゃべりができる くらい元気になっていた。ただ、怪我の方は重く、依然ベッドから 一人で出ることが出来ない。 「また長電話でしょ」 久子はベッドに座った。 「ご明察」 この数日、美佳は深夜にかかってくる親友の上田由加の電話に付 き合わされているのである。 「途中で切り上げられないの。学校では会ってるんでしょ」 「そうなんだけどね」 美佳は冴えない顔をしていった。 実際、由加は自分が相川を殺し、しかもその責任をとってクラス メイトの吉野亜由美が自殺したことにひどくショックを受けていた 。その上、そのことを話せるのが美佳だけとなれば、美佳としても かかってきた電話を無理に切るわけにも行かなかった。 「朝食の用意が出来てるから、早くいらっしゃい。遅刻しちゃうわ よ」 「ふわぁい」 美佳は欠伸まじりの返事をした。 久子は部屋を出ていった。 美佳はゆっくりとベッドから降りると、鏡台の前に座った。 美佳は鏡に向かって、髪を梳かしながら、ふっと物思いに耽った 。 −−また髪の毛、茶色くなってる。昔はあんなに黒かったのに。 美佳の髪の色は限りなく茶色に近かった。そのためか、凌雲高校 では、男子生徒から「チャッケ」とあだ名されるほどである。 −−確か去年の六月だった。中学の友達に髪の毛のことを言われ て。 「美佳、何やってるの。早くしなさい」 とキッチンから母の声がした。 「すぐ行くわ」 美佳は紐で簡単に髪を後ろで束ねて、部屋を出た。 キッチンでは、もう久子がテーブルについて、食事をしていた。 「まだ着替えてないの?」 「食べてから、着替えるわよ」 美佳はそういって、テーブルについた。 「今日は学校、遅いの?」 「何で?」 「律子が会いたがってたわ。この数日、病院に見舞いに行ってない でしょ」 「そういえば、そうね。でも、姉貴が私に会いたがってるなんて」 美佳はくすっと笑った。 「心細いのよ」 「だって、お母さんがいるじゃない」 「姉妹じゃなきゃわからないこともあるでしょ」 「そんなものかな」 「とにかく、今日は病院にいらっしゃい」 「はあい」 美佳はそう返事をして、ご飯を口にした。 「美佳−−」 ふと久子は美佳の髪を見て、ちょっと驚いた顔をした。「随分、 髪が−−」 「茶色になったって言うんでしょ」 「そう。去年くらいからじゃない?」 「さあ、わからないわ。別にいいでしょ、そんなこと」 美佳は不機嫌な顔をして味噌汁をぐいと飲んだ。 2 マリーナとフェリカ レストラン「ハイウェイ」。 マリーナはサンドイッチとコーヒーという軽い朝食を取りながら 、考え事をしていた。 妙だわ。 ティシアは一年前にクレールが日本に来たと言った。けど、クレ ールが日本に来ていたのなら、今頃、エリナは律子と同化し、魔女 へと復活したはず。しかし、現実にはまだそれは達成されていない 。 どういうことだ?クレールは律子の存在を知らず、偶然日本に来 たというのか?いやそんなはずはない。何かがあったんだわ、何か が。 「ご相席してよろしいですか」 マリーナの席の前に誰かが立った。 マリーナはふと気づいて、顔を上げた。 その瞬間、彼女の表情が驚きに変わった。 「フェリカ……」 「病院で会って以来だな」 フェリカは右目でウインクして、マリーナの向かいの席に座った 。 「どういうつもりかしら」 マリーナはフェリカに冷たい視線を投げかけた。 「なぁに、ちょっと君と話がしたくてね」 「私に話はないわ」 「そうか、残念だね。最後と話し合いのチャンスなのに。では、帰 るとするよ」 フェリカはあっさり、そう返事をして、席を立とうとした。 「待ちなさいよ。聞くだけなら構わないわ。話があるなら、さっさ としなさいよ」 「ふふ、素直じゃないね」 「お互いさまよ」 「話は簡単だ。おとなしく封印の壺に入れ」 「正気?」 マリーナは笑った。だが、すぐ真顔になって「冗談じゃないわ。 殺されたって、出来ない相談ね」 「なぜ?」 「なぜですって?よくそんなことが言えるわね。四百年前、私たち 十三人をこんな姿に変えたのはあなたなのよ」 「ファレイヌ(粉化転生)の術を使わなかったら、君たちは全員魔 女刈りにあって、殺されていた」 「そんな言い訳は聞きたくはない。貴様はファレイヌが真の所有者 と同化し復活した時、強大な魔力を司る魔女になることを知ってい た。だから、幽体離脱をしてまで、現世に執着したんだ。我々に強 力な魔力を持たせ、支配下におけば、世界は思うままだからな。と ころが、現実には我々は貴様の思うようにはならなかった。そこで 、貴様は意のままになるエリナだけを復活させ、他の者を封印しに かかった」 「大胆な推理だが、違うな。ファレイヌが復活した時、魔女ではな く悪魔になる」 「嘘だ!」 マリーナはテーブルを叩いて、身を乗り出した。 「以前にもそういったはずだ。君たちをファレイヌにした後、俺は 大司教からファレイヌの術が悪魔を生み出すことを聞かされた。だ から、俺は幽体離脱して現世に残った。君たちには悪いが、君たち を復活させるわけにはいかん」 「馬鹿な。貴様だってエリナと律子を同化させようとしているでは ないか」 「いいや」 「何!?」 「あれは餌だ、君たちを呼び寄せるためのね。その気になれば、い つだって出来たんだ」 「何だと」 「数年前までは、君たちの所有者を始末することで防いできたが、 それでは埒があかないことがわかった」 「まさか、毎年、一人ずつ我々を日本に呼び寄せてきたと?」 マリーナの顔色が青ざめた。 「その通り」 フェリカはマリーナを見た。 「何人の者を封じ込めた?」 「言えんな。マリーナ、君は頭のいい女だ。おとなしく壺に入って くれ。必ず昇天させてやる」 「ふふふ」 マリーナは含み笑いをした。 「何が可笑しい」 「貴様は実におめでたい奴だ。私にこんなことを話したりして」 「……」 「そうと聞いた以上、ますます律子を始末しないわけにはいかなく なったわ。これから来る仲間たちのためにもね」 「マリーナ……どうあっても、やるつもりか」 「もちろんよ」 マリーナは席を立った。「この次、会う時が楽しみね」 「君に勝ち目はない」 「どうかしら」 マリーナはそういうと、レシートを取って、レジカウンターへと 歩いていった。 3 美佳の不安 凌雲高校。 美佳は珍しく定刻通りに登校した。 「美佳!」 校門のところで、美佳を呼ぶ声がした。 見ると、上田由加が急いで走ってくる。 「おはよう」 美佳は軽く手を挙げる。 「おはよう」 由加は息をはあはあ言わせながら、挨拶した。 「このところ、早いね」 「まあね、その気になれば、こんなものよ」 本当は母に毎日、起こされている。 「お姉さんの具合はどう?」 歩きながら、由加は訊いた。 「回復してるみたいよ」 「してるみたい?」 「最近、病院に行ってないからね」 「何で行かないの?」 「いろいろ忙しいのよ、あんたの相手したり、アルバイトしたり」 「ごめん、私が毎日、電話かけるからだね」 由加はしゅんとなった。 「すぐそうやって落ち込む。過ぎちゃったことは早く忘れなきゃ」 二人は校舎に入った。 「美佳はそういうけど、私は−−」 下駄箱で由加が口にしようとした時、美佳は慌てて由加の口を押 さえた。 「亜由美のことを思うなら、それ以上は言わないこと」 「でも−−」 「それ以上、言うと、絶交だよ」 美佳は由加を見て、言った。 「ごめん」 由加は目を伏せた。 「美佳、おはよう」 クラスメイトの島村智美が挨拶した。 「おはよ」 「姉さんは元気?」 「元気よ、元気」 と美佳は無責任にいって、上履きを下駄箱に入れた。 教室に入ってから、美佳は由加や智美とおしゃべりをしていた。 「ねえねえ、聞いて聞いて」 と智美が言った。「ねえねえ、聞いて聞いて」は智美の癖である 。 「聞いてるわよ」 「私さ、昨日、デパートの本屋でさ、凄い物、見つけたの?」 「何」 「参考書を買いにいったんだけどさ、その時、偶然見つけたの。何 だと思う」 「さあ」 「少しは考えなさいよ」 「わかるわけないよね」 美佳と由加は顔を見合わせて、頷いた。 「全く、もう。じゃあ、見せるわ」 智美は鞄からアニメ雑誌を取り出し、ページをばっと開いた。 「ああっ!!」 美佳と由加は同時に声を上げた。 ページには声優紹介として美佳の写真が出ていたのである。 「駄目、駄目」 美佳は顔を真っ赤にして、慌てて雑誌のページを閉じた。 「ねえ、何で隠したのよ。すごいじゃん」 「アルバイト、アルバイト」 「いつからやってんの?名前が違うから、最初は気づかなかったけ ど、まさかねえ」 「去年の春休み、東京の姉のとこに遊びにいったついでに興味半分 でアニメ映画の声優のオーディションに出たら、選ばれちゃって」 「すごぉい」 智美はすっかり感激している。 「それから、アフレコでちょくちょく東京に顔出してたんだけど、 さすがに仙台からじゃ大変だから、高校受験を利用して、東京に出 てきたってわけ」 「親は納得した?」 「説得するのは苦労したけどね」 「すごいなぁ」 由加まで感心している。 「他のみんなには内緒よ」 「わかってる。わたし、口が堅いんだから」 「どうだか」 美佳はちょっと不安だった。 明日にはみんなに知れ渡ってるな、きっと。 4 病院 夕方、美佳は学校からの帰りに直接、律子の入院する病院に立ち 寄った。 美佳は律子の病室の前に来ると、一瞬、中へ入るのを躊躇した。 三日ばかり顔を会わせていないので、どういう顔をして会ったらい いのか迷ったのだった。 律子の部屋は個室で、美佳が前に来た時はまだ集中治療室だった ため、この部屋へ来るのは美佳自身、初めてだった。 美佳はドアをノックした。 「どうぞ」 中から律子の声がすると、美佳は少し安心した。 美佳はドアを開けた。 「オッス」 美佳は照れくさそうに律子に挨拶した。 律子はベッドで、本を読んでいた。 「オッス」 律子の方もちょっと照れくさそうだ。 「どう、体は?」 「見ればわかるでしょ。一人でトイレにも行けないのよ」 律子は苦笑して言った。 「でも、元気そうだね、よかった」 美佳はベッドの側の椅子に座った。 「美佳の方は?母さんに迷惑、かけてないでしょうね」 「大丈夫よ」 「ちゃんと遅刻しないで、学校、行ってる?」 「大丈夫。あんまり、しつこいと見舞いにきてやらないからな」 「いいわよ、別に」 「無理しちゃって。お母さんから聞いたわよ。私に会いたがってる んだって」 美佳がからかうように言うと、 「冗談でしょ。美佳が来ると、うるさくて、本も読めないわ」 「ああ、そうですか、そうですか」 美佳も律子の言葉をまともには受け取ってはいない。 「それより、姉貴に話しておくことがあるんだけど」 美佳は神妙な顔をして、言った。 「どうかしたの?」 「実は、黄金銃のことなんだけど−−」 美佳は由加が黄金銃を使用したことを律子に話した。 「そ、そんなことがあったの」 律子は驚いたように言った。「それで銃は?」 「あの銃は私の部屋にしまってあるわ」 「前にフェリカさんがあの銃は感情が高ぶった時にだけ撃てるって 言ってたけど」 「私のせいだわ。私が気をつければ、由加を人殺しにせずに済んだ んだもん」 「気にしてるの?」 「もちろんよ」 美佳は小さく頷いた。「私、不思議に思うんだけど、フェリカは どうして姉貴にこの銃を預けたのかしら」 「さあ」 「本で調べたんだけどね、あの銃は十七世紀のフランスの国王ルイ 十三世に贈られた銃に似ているの」 「まさか」 「本当よ。その銃の名はファレイヌ。人間を魔法の力で−−」 「ちょっと待って。美佳、本気でそんなこと、信じてるの?」 「でも、現実にあの銃は普通じゃないわ」 「そうだけど」 「何か胸騒ぎがするわ。あの銃がうちにきてから、姉貴が事故にあ ったり、由加が先生を殺したり」 「私の事故はともかく考えた方がよさそうね。もし今度、フェリカ さんに会ったら、きちんと返すわ」 「それしかないわね。警察に言ったって、信じてくれないだろうし 」 「あら、美佳、来てたの」 母の久子が病室に戻ってきた。 手には缶ジュースを持っている。 「買ってきたわよ」 久子は律子に缶ジュースを手渡す。 「サンキュー」 「ああ、ずるい」 美佳が不平を言う。 「律子は歩けないんだから、仕方ないでしょ」 「姉貴なんか、はっていけばいいのよ」 「できるわけないでしょ」 律子はそういいつつ、美佳を自分のもとに引き寄せた。「美佳、 母さんには内緒よ」 「わかってる」 二人は顔を見合わせて、目で頷きあった。 5 マリーナとティシア その夜、マリーナは再び廃車処理場に訪れ、壺に封印されたティ シアにフェリカの話をした。 「どう思う」 //あなたが私の意見を聞くなんて、珍しいわね ティシアは多少不機嫌であった。 「そうむくれるな」 //別にむくれてなんかいないわ。私の意見を言わせてもらうなら 、フェリカの言ってることは怪しいわね 「というと?」 //もし私たちを仕留めるのが狙いなら、あなたにそんな話をする かしら。向こうにエリナを復活させる気がないのなら、私たちはわ ざわざ日本に来る必要はないわけでしょう。それにこの場を離れて 、仲間に罠だと知らせることも可能だわ 「それもそうね」 マリーナは頷いた。 //儀式の日まで後三日よ。フェリカは恐らくあなたを律子のとこ ろへ近づけさせないために嘘を言ったんだわ 「なるほど。しかし、それなら、去年にも儀式は出来たはずだわ」 //それは私にはわからないわ。でも、一つだけ言えることがある 「それは?」 //私をここへ置いたまま、クレールが戻ってこないってことよ。 つまり、何かがあったんだわ 「ふうん、これはおもしろいわね」 //どうするの、これから 「儀式は阻止するわ」 //フェリカに勝てる?もう仲間を呼ぼうにも時間がないわ 「仲間など当てにできるか。私、一人で阻止するわ」 //私はもうこの争いに終止符を打ってほしいわ。四百年、ただ復 活のためだけに生きてきて、何も楽しいことはなかった。毎日が殺 戮。私はもう死にたいわ 「私が復活した時には、真先に始末してやるさ」 マリーナはそういうと、野望に満ちた目で、星一つない空を見つ めた。 つづく