殺し屋K・Dシリーズ3 レーザーガン 登場人物 D / 殺し屋 風沼ゆり / 黄龍会の組長の一人娘 川浪幸弘 / Dの相棒 秋杉 梢 / 秋杉博士の一人娘 1 空は十二日連続で、雲一つなく太陽が燦々と輝くいい天気だった 。しかも、東京には珍しくからっとして、適当に涼しい風が吹いて いる。 季節は夏。月日は七月の十八日。 銀行や証券会社のビルが仲良く並んでいるN街大通りの歩道を一 人の少女が歩いている。 その少女は高校生ぐらいで小柄。茶色混じりの髪を赤いリボンで 後ろにポニーテールのように束ねている。服装はライトブルーのブ ルゾンに黄緑色の無地のTシャツ、そして、ブルゾンと同じ色のジ ーンズ。肩にはポシェットを掛けているが、なぜか異様に大きい。 少女は大変きげんがよかった。顔からも喜びが満ち溢れ、自然と 鼻歌まで口ずさんでいる。さらに歩き方も手を大振りにして、足取 りもスキップに近い。傍目から見ると、ちょっと危ないかもしれな いが、彼女にとってはそんなことおかまいなしである。 少女は軽快な足取りで、丸坂銀行の自動ドアの前にぴょんと飛び 乗った。自動ドアは素直に両横に開く。とたんに室内の冷房の風が ひゅうっと少女の体に吹き抜ける。 「わぁ、すっずしぃ!」 少女は思わず歓喜の声を上げた。 −−CDはどこかな 少女はきょろきょろと銀行内を見回した。 −−あった!! 少女は隅の方に数台の現金自動支払機(CD)を見つけると、珍 しいものを見て、それに群がる子供のように少女も勢いよく、駆け 出した。 −−えっと、えっと、まずカード入れるのか 少女はポシェットから財布を取り出し、さらにその財布のカード ケースからキャッシュカードを取り出した。 そして、現金自動支払機のCRT内の指示に従い、「引き出し」 のボタンを指で押してから、カードをカードリーダーの中に入れた 。後は暗証番号入力、引き出す現金の入力を簡単に終え、現金が出 てくるのを待つだけとなった。 −−わくわく、わくわく。早く出てこないかな 少女は両手を合わせ、わくわくした様子で機械の現金出し入れ口 を見ていた。 時間は午後二時四五分。銀行の閉店間際であった。 「静かにしろ!!」 その時、窓口の方で何やら大きな声が聞こえた。どすのきいた怖 い男の声。 とたんにパンッという運動会のピストルのような銃声。 少女は窓口を見た。二人の男がライフルを構えて、女性従業員を 脅している。二人の男は一様に黒いマスクをしている。 「いいか、この袋に金を詰めろ」 強盗二人組の内の大柄でたくましい体つきの男が従業員に銃口を 突きつける。もう一人の男、すなわち細身だがひょっとしたらマス クの中の顔はこっちの方がいいのではないかと思われる男の方はカ ウンターに大きなバックを置く。 −−すごいなぁ。強盗なんて見るの初めて!! 少女はまたもわくわくしながら好奇心旺盛に、その様子を見てい た。 従業員は現金をもくもくとバックに詰める。 ジリリリリリリ−− 突然、警報ベルが銀行内にけたたましく鳴った。 「誰だ、鳴らしたのは!!」 体だけはたくましい男の方が従業員のそれぞれの方向へライフル の銃口を向けると、彼らは首を横に振って手を上げる。 「逃げようぜ」 細身の男が従業員が現金を入れている途中のバックをひったくる と、出入口に向け、逃走した。 もう一人もライフルの銃口を相手に向けながらも、後ずさりで出 口に向かう。 −−わあ、どこへ行くのかしら 少女も出てくるお金のことをそっちのけで、強盗を追うように表 へ出た。 二人の強盗は車道脇に止めてあった車に乗り込んだ。ちなみにそ の車は白いワゴン車で、決して新車には見えなかった。 −−もう行っちゃうなんて、早すぎるんじゃない。もう少し楽し ませてもらおっと 少女は肩にかけたポシェットを開け、中に右手を入れた。 少女はポシェットに手を入れたまま、車を見つめた。いつのまに か少女の明るい表情は消えていた。 彼女は車道へ出た。車は排気ガスを吹き出し、発進する。 少女は目をやや細めながら、車をなおも見つめる。次の瞬間、少 女のポシェットが中から仄かに光った。車は猛スピードを上げ、路 上を突っ走る。少女との距離は離れてゆく。 −−どんなに飛ばしたって無駄よ。すぐに止まることになるんだ から。 少女の口許に笑みがこぼれた。 ビューン−− 妙な電音と共にポシェットから細い光線が飛び出した。光線は光 の弾道を残して、真っ直ぐに逃げ去る車へ飛んでいく。 「おい!」 車の助手席に乗っていた大柄の強盗がバックミラーを見て叫んだ 。 「何だ?」 運転席の細身の強盗が言った時、弾丸が二人の席の間を貫通した 。 「うわあああ」 二人は悲鳴を上げた。 パアァァーン−−車はその瞬間、炎上し、そのまま信号待ちで止 まっていた前の車に激突して大破した。 遠くでそれを見届けると、少女はもとの明るい顔に戻った。 −−助かるといいなぁ、おじさんたち 少女はくすっと笑って、銀行に入った。 2 私立慶明女子高校−− 校門前の朝の風景。広い門の両脇に教師が立ち、入ってくる生徒 たち一人一人に挨拶をしている。 時が八時を回ると校門沿いの道は学生たちの通行でいっそう賑わ ってくる。 校門から少し離れた道路脇に一台の外車が止まっている。その外 車はマセラッティーメラクだった。 外車には二人の男が乗っている。 運転席の男はサングラスをかけ、髪の色は褐色。色白で細面の顔 だった。色白といっても貧弱というわけではなく、ヨーロッパ系の 純粋な白肌で、顔立ちそのものもヨーロッパ系だった。 助手席の男はサングラスをかけ、色は浅黒く、口から顎、頬にか けてびっしりと髭が生えた四角顔だった。こちらはごく普通の日本 人の顔立ちである。 「最近の女子高生はええなぁ」 助手席の男はにやついた顔をしながら 車の横を通り過ぎていく 学生たちの姿を見ていた。 「おい、川浪、遊びじゃないぞ」 運転席の男がシートから体を起こして、言った。 「そう、堅いこと言うなよ、D。あーあ、俺も一度でいいから女子 高生と寝てみてぇよ」 「この、ロリコン野郎が−−」 「ばぁか、俺はオールラウンドだぜ。婆さん以外なら全てOKさ」 「おまえなんかと寝る女なんてこの世にいるのかね」 「おっ、言ったな。よし、俺は今度の仕事で必ず女子高生をものに してみせるぞ」 川浪は意気込んだ。 「くだらんね」 Dは倒したシートにまた体を任せた。 「どうやら、来たぜ、梢ちゃんが」 川浪は嬉しそうに言った。 校門の方へ向かって一人の女子高生が歩いてくる。 川浪が目を付けた学生はショートヘアで目のぱっちりとしたかわ いらしい少女だった。首にはロケットをかけている。 Dはシートから体を起こし、手にした写真と川浪が示した学生の 顔とを見比べた。 「秋杉梢、一七才。慶明女子校二年。先日、亡くなった電子工学の 第一人者で、T大教授の秋杉健二の孫娘。両親は早くに交通事故で 亡くし、現在は独り暮らし−−か」 「普通、科学者の孫娘とかいったら、もう少しお固い雰囲気がある んだけどよ、あの娘の場合、結構かわいいなぁ。ファンになっちゃ いそ」 「つまらんこと言ってないで、彼女を呼んできてくれ」 「なに?俺が行くのか?」 川浪は意外という顔をした。 「女性はおたくの専門だろ。早く行ってきてくれ」 「いやあ、女子高生と話すのはな……」 川浪は頭をかいた。 「なに、照れてんだよ。早く行けよ」 「まいったなあ、どうやって声かけたら」 「おまえは子供か。ほら、そんなこと言ってるから、校門に入っち ゃったじゃないか」 「すまん」 「もういいよ。後は俺がやるよ」 Dはちょっと不機嫌に言った。 3 夕刻。慶明女子高校の校門前。 秋杉梢が一人で、門を出てくる。 「秋杉梢さんだね」 梢が門を出て、門沿いの舗道を少し歩いたところで、後ろから誰 かが声を書けた。 梢は立ち止まり、振り向く。そこにはDがいた。 「僕は秋杉教授の−−」 Dが梢に話し掛けようとした途端、梢は急に何かに脅えたような 顔をした。 「どうかしたのか」 「あっ、あ−−」 梢は唇を震わせ、二、三歩後ずさると、Dに背を向け、逃げるよ うに走り出した。 「どうなってんだ」 Dが不思議に思っていると、Dの傍に遠くに止めてあったメラク が近づいた。 「やぁい、ふられてやんの」 メラクの窓から顔を出して、川浪が冷やかすように言った。 「馬鹿言え、彼女の顔、何かに脅えていたぞ」 「Dの顔が恐いんじゃないのか」 「おまえなぁ、一度死ぬか」 Dが背広の懐に手を入れる。 「冗談だよ、冗談。それより、どうするね」 「駅の方へ先回りだ」 Dはそういって、メラクの助手席に乗り込んだ。 4 JR線御茶の水駅−− 梢は学校から駅まで走ってきて、呼吸がまだ乱れていた。 普段なら座ることのないプラットホームのベンチに座り、次の電 車の来るのを待っていた。 −−あのサングラスをかけた男の人…… 梢はDの顔を思い出すと、また体が震え出した。 鞄を膝に置き、うつむいていた梢の前に誰かが立った。 梢はふとその気配に気付いて、顔を上げた。 −−はっ!! 梢の顔が強張った。 「君は足が速いね」 Dが穏やかに話し掛けた。 「わ、わたし、何も知りません。知らないんです」 梢は激しく首を振り、興奮気味に言った。 「いったい何があったんだ」 「助けて。お願い……」 よほど動揺したのか、梢にはDの言葉は耳に入らなかった。周囲 の人間がその状況をじろじろと見えている。 「落ち着け。僕は君を狙ったりしない」 Dは梢の肩をぎゅっと掴み、梢を見つめた。 「や、やめて、わたしは……」 梢は脅えた目でDを見て、そのまま気を失った。 「こいつは相当重症だな」 Dは呟いた。 5 メラクの中。後部座席には気を失った梢を寝かせている。 「彼女は相当恐い目にあってるな」 助手席のDが言った。 「Dが何かしたんじゃねえのか」 運転席の川浪が言った。 「おまえ、冗談もいい加減にしろよ」 「そう、怒るな。真相は梢ちゃんが起きれば、わかることだ」 川浪はシートに横になっている梢を見た。「しっかし、梢ちゃん って寝顔もいいなぁ。写真、撮っちゃお」 川浪はグローブボックスからカメラを出して、さっそく梢を写す 。 「変態が……」 Dは冷やかな目で川浪を見た。 「ん……」 梢が重たそうに目を開いた。 「起きたぞ」 「よし、例の作戦だ」 梢は視線を上げ、虚ろな目で二人の顔を見る。一瞬、梢の顔から 表情が消えたが、また脅えた顔になった。 「きゃあああ」 梢は顔を覆い、二人に背を向け、泣き出した。 「やっぱりパーマンのお面でも駄目か」 Dは顔からお面を取った。 「パー子がまずかったかな」 川浪も面を取る。 「ねえ、梢さん、よく聞いてくれ。君がどんな酷い目にあったかは 知らないが、僕たちは秋杉教授の依頼を受けて、こうして君に会い に来たんだ。ほら、ここに依頼書だってある」 Dの言葉に梢の泣き声が止まった。 梢はゆっくりとシートから体を起こし、涙で赤くなっている目で Dを見つめ、「本当ですか……」と弱々しい声で尋ねた。 「ああ」 Dは依頼書を梢に渡した。 梢はしばらく依頼書をじっと見ていた。「これは確かに祖父の字 です」 「信じてくれたかい」 「ごめんなさい。逃げ出したりなんかして……。実はわたし……」 「その話は後で聞くとしよう。それより、どこかで食事でもとろう 」 「それがいい、俺も腹へっちまってよ」 川浪も賛成する。 「おまえはいいんだよ」 「なんだとぉ、俺が餓死してもいいのか」 「一日、5回も食事して、餓死するか」 二人の会話に梢はクスッと笑った。 6 秋杉梢の自宅。 梢はキッチンで紅茶を入れて、Dたちのいる居間に戻ってきた。 Dと川浪はテーブルの前に並んで座っている。 「どうぞ」 梢はDたちの前にそれぞれカップを置いた。 「いや、どうもすみません」 川浪はいつになく恐縮する。 梢はテーブルを挟んでDの向かい側のソファに座った。 「祖父の依頼ということでしたけど、あなたたちはどういう方なん ですか」 梢は尋ねた。 「殺し屋です」 Dはきっぱり言った。 「こ、殺し屋?」 梢はやや険しい顔をする。 「秋杉さん、そんなに怖がる必要はありませんよ。殺し屋っていっ たってむやみにやたらに人を殺すわけじゃありませんから」 川浪が慌てて口を挟む。 「でも、お金をもらえば人を殺すんでしょう?」 梢はDに不信感を抱いたようだった。 「ええ。それが仕事ですから」 Dは答えた。 「コラッ、よけいなこと言うな」 川浪はDを叱る。「秋杉さん、あなたからすれば、殺し屋という と人殺しというイメージがあるかもしれませんが、しかし、世の中 にはそういう人間も必要だという事をご理解頂きたいのです」 「そんなこと、理解できません」 梢は二人から目を背けて言った。 「例えば、こういうのはどうですか。悪徳不動産屋に土地を騙し取 られ、両親が自殺した場合、残された家族は復讐したいと思うんで しょう。そんな時、法では裁けない悪に立ち向かうため、殺し屋が 必要なんです」 川浪は苦し紛れの説明をした。 「そういう家族にはお金がないから、殺し屋になんか依頼できない んじゃないですか」 「ははは、その通りだ」 梢の言葉にDも賛同した。 「馬鹿やろ、おまえが賛成してどうすんだよ」 「この際、彼女に殺し屋のことを理解してもらっても仕方がないだ ろ。それより、仕事を進めるのが先だ」 「しかしだな……」 「僕が話すから、黙っててくれ」 川浪を制して、Dは梢の方を見た。 「まず自己紹介をしよう。僕はD。こいつは川浪だ。では、話に入 るが、僕たちは生前、そう、ちょうど二年前、秋杉教授から一つの 依頼を受けた。それは自分が死んだら、現在進めている研究の全て を処分してほしいというものだ」 「祖父がそんな依頼をしたんですか」 梢は顔を上げて、言った。 「秋杉教授は自分が癌でもう何年も生きられないことはわかってい た。それゆえ、自分の死後、自分の研究が悪用されるのを恐れたん だ」 「どうしてそれをあなたたちに依頼したんでしょうか」 「君が信用できなかったんじゃないのかね」 「そんなこと……」 梢は言葉に詰まった。 「おい、D、言い過ぎだぞ」 川浪が思わずDに言う。 「秋杉さん、もし気にさわったのなら申し訳ない。だが、教授が僕 らに依頼したという事は、つまり君には研究を処分することはでき ないと思ったからじゃないのかね」 「Dさんの言うとおりです」 梢は小声で言った。「私のせいで、祖父の研究を全て奪われてし まったんです」 「やはりね」 Dは深く頷いた。 「どういうことなんだ?」 川浪にはさっぱり事情が掴めない。 「要するに僕らが来るのが遅かったってことさ」 「遅かったって言っても仕方ねえだろ。俺たちは教授が亡くなった 時、ペルーの仕事で塞がってたんだから」 「その遅れのために彼女は恐怖を味わうことになったんだ。さあ、 秋杉さん、話してくれたまえ」 「はい」 梢は紅茶を口にしてから話を始めた。「祖父が亡くなる一週間前 のことでした。癌が悪化して入院していた祖父は私を病室へ呼んで 、真剣な表情でこう言ったんです。『自分の死後、私の依頼書を持 った男が来る。その男は信頼の置ける男だから、その男に地下の研 究室の鍵を渡してやってくれ。それ以外の者には決して鍵を渡して はならぬぞ』と。そうして、祖父は私に研究室の鍵を預けてくれま した」 「それで」 「それから、祖父が亡くなり葬式も終わって一段落した頃、祖父の 親戚や友人の方がしきりに祖父の研究室を見せてほしいと私に訴え るようになりました。もちろん、私は祖父の言うとおり、拒否しま した。しかし、祖父の研究に金銭的な価値があると思っている親戚 の人達は何かにつけて家を訪れて、家の中を物色するようになりま した。でも、研究一筋で全く趣味がなかった祖父には価値ある物な ど何もなく、結局、興味の対象は研究室ということになりました。 それからというものは、親戚の態度もがらりと変わり、私を脅迫す るようになりました」 「いるんだよな、そういう連中って。普段、全く音信もねえくせに 、突然、現れて権利を主張したりしてさ」 「私もだんだん恐くなって、しばらく友達の家にかくまってもらお うかと思ってた時に、突然、やくざみたいな人達が家に上がり込ん で来て……」 梢はもう思い出したくないと言わんばかりに頭を振った。 「拉致されたんだね」 Dが静かに言った。 「はい。無理矢理、家を連れだされ、目隠しをされて車に押し込め られました」 「その連中は何人ぐらいいた?」 「わかりません。五人以上はいたと思いますけど」 「何か特徴みたいなものは?」 「全然……そういえば、女の子の声がしてました。姿は分かりませ んけど、でも、その人の声は命令口調でした」 「ふうん。それは確かだね」 「不思議とは思いましたけど、確かです」 「わかった。それで」 「目隠しを外された時は、薄暗い部屋にいました。何かビルの地下 室のような感じで−−」 梢は急に口を噤んだ。何かを思い悩んでいる様子だった。 「その後、そのやくざ連中に脅迫され、鍵を奪われたという訳だね 。わかった、もうその話はやめにしよう」 Dは手早く話を打ち切った。 「ちょっと待てよ、まだ秋杉さんは……」 川浪が何か言おうとすると、Dは川浪の口を抑え、耳打ちした。 「暗室に閉じ込められ、何をされたかなんてことを彼女の口から言 わせる気か」 「そっか」 川浪も納得する。 「それで、秋杉さん、研究室の物は全て持っていかれてしまったの ですか」 「ええ。ほとんど……」 梢は俯いて、言った。 「そうですか……」 「ごめんなさい。私が、私が鍵を渡してしまったばかりに」 梢は顔を覆った。 「そんなことはありませんよ。あなたは一つだけ大事な物を守った じゃないですか」 「え?」 「そのロケットを見せてもらえますか」 「はい」 梢は首から鎖を外して、Dに渡した。 Dはロケットを開いた。中には男女の写真が入っている。 「両親の写真ですね」 「ええ」 「外してもよろしいですか」 「……はい」 梢は少し迷ったが、応じることにした。 Dは写真に傷がつかないよう、きれいに取った。そして、その写 真をテーブルに置く。 「ありました」 Dは機嫌良さそうに言った。 「何があったんです?」 梢は怪訝な顔をした。 「マイクロフィルムです、レーザーガンの」 Dはにっこり笑って、ロケットのマイクロフィルムを梢に見せた 。 7 Dは一人、銀座の高級マンションに訪れた。 Dは入口のガラスドアの前に来ても、特に臆する様子もなく、ド アの横についているカードリーダーにカードを通し、暗唱番号を入 力した。ドアは開き、Dはそのまま中へ入った。 Dはこのマンションに慣れているらしく、管理人も気に止めず、 そのままエレベーターに乗り込んで、8階のボタンを押した。 心なしか普通のマンションのエレベーターよりも早く、8階へ着 いた。 「あまり来たくなかったけどね」 Dはエレベーターを降り、左から三番目のドアの方へ向かった。 ドアの上の表札には風沼ゆりとある。さらにおせっかいにもその 表札の上に「黄龍会次期二代目組長」と書いてある。 Dはベルのボタンを押した。 少しして、「だぁーれぇ?」という若い女のだらしない声がした 。 「僕だ」 Dがベルのマイク部分に言った。 「あ、Dかぁ。どうぞ、入って」 という声がしたと思うと、ドアのロックが自動的に外れた。 Dはドアを開け、中へ入った。 「奥だよーん」 部屋の奥から声がした。 Dは靴を脱いで、部屋に上がった。 ゆりの部屋は5LDKの広さだが、Dはよく知ってるらしく、ゆ りの寝室へ迷わず入っていった。 「ちゃお」 ダブルベッドで熊のぬいぐるみを抱いて、寝ていたゆりはDを見 て、挨拶した。 「相変わらず、Tシャツにパンティー一枚か」 Dは溜め息をついた。 「いいじゃん。それより、どうしたの。Dが自分から訪ねてくるな んて。あたしと寝る気になった?」 「今日は特別さ」 Dはカードをゆりのベッドへ投げた。 「あら、持ってていいのよ」 「もう二度と送ってくるなよ。それより、ゆりに聞きたいことがあ る」 「なぁに」 「五日前、秋杉邸から奪った秋杉教授の研究資料を返してもらおう か」 「さあ、何のことかなぁ」 ゆりは惚けた。 パン−− 突然、Dが懐からワルサーPPKを抜いて、発砲した。ゆりの数 センチ手前に弾丸がめり込んでいる。 「ちょっと、危ないじゃないよぉ」 ゆりが文句を言った。 「僕は真面目に聞いてるんだ」 「知っていたとしても言えないわ。こっちも仕事だもん」 「言わなければ、死ぬことになる」 Dは冷やかに言った。 「そんなのずるぅい。あたしにだって、黙秘権があるんだから−− 」 パン−− 再びワルサーが火を吹き、ベッドに黒い穴が空いた。 ゆりの顔からやや血の気がひいた。 「ほ、ほんきなんだね」 「ああ」 「そう……」 ゆりはベッドからぬいぐるみを持って、降りた。 「話してもらおうか」 「そうね」 ゆりはぬいぐるみの背中にそれとなく手を入れ、「あたしに勝て たらね」と言うと同時に、ぬいぐるみの腹を食い破るように赤い光 線が発射された。 ピルルルル!!!−− 光線は真っ直ぐDの胸に飛び、命中した。 だが、Dの背広の胸ポケットには焦げ跡一つなかった。 「あ……」 ゆりは口が開いたまま、声にならなかった。 Dの目が鋭くなった。 「こ、こうさーん!!」 ゆりはガンをその場に捨て、両手を頭上に上げた。 「何のつもりだ」 Dは低い声で言った。 「じょ、冗談。Dを愛してるあたしがそんなことするわけないでし ょ。ほら、現にレーザーガンの当たったところだって、何ともなっ てないじゃん」 ゆりは慌てて説明した。 「話すからさ、怒んないで、ね」 ゆりは謝った。 「いいだろう」 Dはワルサーをホルスターに収めた。 「はい、レーザーガン」 ゆりはガンを拾って、Dに預けた。 「よくできてるな」 Dはレーザーガンを手にして、あらゆる角度から見た。 「研究室にあったものの一つよ」 「なるほどな。さあ、話してもらおうか」 「はぁい。でも、あたしがしゃべったことは内緒だよ、パパに怒ら れるから」 「わかったよ。早く話せ」 Dは急かした。 「半月くらい前かな、うちの組が経営してるサラ金会社で金が払え ない奴がいてさ、そいつをちょっと痛めつけたのよ。別にあたしが やったわけじゃないよ」 「そんなことはわかってるよ」 「そしたらさ、そいつが秋杉教授の昔助手だった奴で、借金のかた にレーザーガンの情報を教えてくれたってわけ。そいつの話がかな り信憑性があったから、強力な武器を欲しがっていたパパとしては さ、その話にすぐ乗ったのよ」 「それで秋杉教授の娘を襲ったのか」 「最初はきちんとお金を出して、レーザーガンの設計図を買い取る つもりだったのよ。そしたら、あの娘、強情でさ、頑なに拒否する ものだから、ついつい強硬手段に出ちゃったってわけなのよ」 「馬鹿野郎!!」 Dは怒鳴った。 「あーん、怒らないで。あたしはパパがどうしても指揮をとれって いうから、あの娘の拉致には協力したけど、ほかには何もやってな いんだから。あの娘に関してだって、暴力はくわえないようにって 言ったのよ」 「あの子の心に付けた傷は一生かかっても拭いきれないぞ」 「反省してます」 ゆりはしゅんとなった。「でもさ、あの娘、とうとうレーザーガ ンの設計図の場所、言わなかったわ。奪った資料の中にもレーザー ガンに関するものはなかったし」 「それで」 「仕方ないから、試作品として置いてあった四丁のレーザーガンだ け、持ってかえったわ。その時、あたしも一つだけもらったの。あ たしさ、一度、レーザーガンを使いたいと思って、いつも持ち歩い てたらさ、ちょうどお金を銀行に下ろしにいく機会があって、その 時に強盗が現れたの。悪い奴ならいいかな、と思って、逃げる強盗 の車に一発射ってみたら大当たり。凄い破壊力だったの」 「ほお」 「ところがさ、それ一回きりで後は普通のレーザー光線しか出ない の。どうしてだと思う?」 「バッテリーがいかれたからだろ」 「当たり。よくわかるね。でも、それだけじゃないわ。銃口に埋め 込んだルビーも変形しちゃったの。あれは欠陥品だったのね」 「いや、そいつは本物だぜ」 「そうなの?」 「物が破壊できたこと自体、画期的だってことさ。もともと小型の レーザーガンて物はSF作家が作り上げた架空の物で、それこそ現 在の科学技術では実現不可能なものなんだ」 「どうして?」 「おまえに説明してもわからんと思うがーー」 Dは少し躊躇ったが、「よく聞いてろよ。世界で最も強力とされ るレーザーで一リットルあたり五十ジュールのエネルギーを出す。 もし仮にレーザーガンが一リットルのガスを積んで、パルス一回あ たり五十ジュールのエネルギーを放射して、そのビームを敵の皮膚 一平方センチメートルに集中したとしても、せいぜい皮膚を焼くこ としかできないんだ」 「?」 ゆりには全くピンときていない。 「わからないか。人間の皮膚に一平方センチメートルの穴を開ける ために最低でも五万ジュールのエネルギーが必要なんだ」 「???」 ゆりはまだわからない。「ジュールって何?」 「そんなこともわからんのか」 「うん。でも、ようするにすんごいエネルギーがいるってことなん でしょ」 「そういうこと。だから、現段階では、一発撃つのがやっとだね。 下手すると爆発する可能性もある」 「まさか」 「ほんとさ。ゆりは、爆発しなかっただけ運がよかったのさ」 「そうだったの、やっぱり日頃の行いがいいのね」 「どうだか」 「それより、Dさんは何でうちの組が秋杉教授の自宅を襲ったこと を知ってるの?まさかあの娘がDさんのことを知ってるとも思えな いし」 「そいつは企業秘密だ。だが、一つだけ教えてやろう。レーザーガ ンの設計図はこっちで持ってる。そして、すぐにも焼却するつもり だ」 「そんな、もったいないよ。ねぇ、そのレーザーの設計図、あたし に売ってよ。いくらでも出すからさ」 「馬鹿言うな」 Dはゆりの言葉を一蹴した。 「ちぇっ、つまんないの」 「それより、おまえの組はどうするつもりなんだ」 「ああ、そのことね。パパさ、あのレーザーガンの威力の強さにほ れこんじゃって、諦めつかないみたいよ。近々、またあの娘から聞 き出すようなこと言ってたし」 「何だと!全くあの狸じじいめ」 「パパの悪口、言っちゃいや」 ゆりは子供みたいなことを言った。いや、実際、十五で、子供で はあるが。 「ゆり、このレーザーガンはもらってくぞ」 「うん……」 ゆりは渋々頷いた。 「それから、研究室から持ってたレーザーガンで未使用のものは何 丁ある?」 「二丁じゃないかしら。私の実験成果を聞いて、パパの方も一度試 したみたいだから」 「そうか」 Dは顎を撫でながら、考えを巡らした。 「その二丁のレーザーはどこにある?」 「事務所の金庫にあると思うけど」 「今夜中に手に入れられるか」 「ええ、そんなことしたらパパに怒られちゃう」 「俺とおまえのおやじとどっちが大事だ」 「そりゃあ、Dさんよ」 ゆりはあっさりと言った。 「じゃあ、頼む」 「協力したらデートしてくれる?」 「ああ」 「じゃあ、やるぅ」 ゆりはそういって、満面の笑顔でDの胸に飛び込んだ。 8 翌朝。 黄龍会目黒支部。ビル街の比較的外れたところにあり表向きは西 浦商事などと名を変えた二十階建てのビルである。 ゆりは背広姿でサラリーマンとほとんど変わらない組員に挨拶し て、ビルに入った。 組長室は二十階にあり、ゆりは直通エレベーターでそのまま20 階へ行った。 「パパ、元気!!」 ゆりは堂々と組長室に入って、挨拶した。組長室ではちょうど風 沼組長と若頭の松川が何やら話しているところだった。 「ゆりか、今、大事な話の最中だ。すぐ行くから外で待ってなさい 」 風沼は優しく言った。 「レーザーガンの話?」 「ん、ああ」 風沼は言いにくそうに言った。 「あれは諦めた方がいいよ。拳銃に比べたら、金食い虫だし」 「ゆり、おまえもあの破壊力はみただろ。あのレーザーガンがあれ ば、黒狼会との島争いに一気にけりがつけられんだぞ」 風沼は柄にもなく向きになって言った。 「強い武器を作れば、自分もその強い武器に報いを受ける。そうじ ゃない?」 「何を言い出すんだ」 風沼の言葉に答えず、ゆりは窓に歩み寄り、ブラインドを上げた 。 「こういうことよ」 ゆりがそういった途端、向かいのビルの屋上が光ったと思うと、 赤い光線が組長室の窓に向かって飛んできた。 「ひいっ」 風沼や松川は思わず頭を引っ込める。 光線は組長室のドアに命中すると、爆発した。 「な、何なんだ?」 風沼は目を白黒させる。 組長室は煙でいっぱいになった。 騒ぎを聞きつけ、組員たちが一斉に駆けつける。そして、急いで 煙を外にだし、組長を助け起こす。 「ゆ、ゆり、どういうことなんだ」 風沼は興奮気味にゆりに尋ねた。 「今の射撃はDさんだよ」 「なに、Dだとぉ」 「Dさんの伝言伝えるね。レーザーガンの設計図は俺が持っている 。今後、秋杉梢さんを襲った場合、おまえの命はない。それから、 梢さんへの暴力に対する慰謝料も払うこと。以上」 「うぬぬ、Dの奴め」 風沼は怒りの余り歯ぎしりをした。 「それじゃあ、帰るね。バハハーイ」 ゆりはそういうと、組長室を出ていった。 9 成田空港発着ロビー。 秋杉梢が旅をすることになり、Dと川浪が見送りにきていた。 「今回はいろいろありがとうございました」 梢は深々と頭を下げた。 「気にしないでくれよ」 川浪が照れたように頭をかく。 「アメリカへはしばらくいるつもりなのかい?」 Dが尋ねた。 「ええ。幼い頃に私を可愛がってくれた祖父の友人が私に来るよう に勧めてくれたので」 「そうか」 「友達と別れるのは辛いけど、今、あの家にいるとどうかなってし まいそうで」 「そうだな。空気のきれいなところで、のんびりと生活をすること が今の君には何よりの特効薬だ」 「はい」 「気がむいたら、また日本に戻って来いよ。教授の研究資料は全て 処分したし、悪い連中ももう二度と君を襲ったりはしないよ」 「でも、お金なんかもらって、本当によかったのでしょうか」 「君への慰謝料。気にするな」 Dは梢の肩を軽く叩いた。 「はい」 梢はDを見て、笑顔で返事をした。 「お、もう時間だぞ」 川浪が時計を見て、言った。 「それじゃあ、またいつかな」 Dが言った。 「あ、あの、向こうへ着いたら手紙、書いてもいいですか」 梢が照れ臭そうに言った。 「いいよ」 「じゃあ、Dさん、川浪さん、さよなら」 梢は旅行バックを手にして、ゆっくり数歩、二人を見つめながら 下がり、背を向けた。そして、急いでエスカレーターの方へ走って いった。 「いい娘だったな」 川浪が言った。 「あんな子と寝たいのか」 「いや、あの娘なら瓶に入れて、男が寄りつかないよう大事に持っ ていたいね」 「よくいうよ」 Dは苦笑して、出口の方へ歩いていった。 終わり