第45話「キティセイバー」後編 7 二人だけの会話 フォルス・ノワール日本支部秘密本部−− 現在総統室となっている作戦会議室には水銀のファレイヌことミ レーユ・ドナー総統と親衛隊二人がいた。 「総統、フェッツより椎野美佳を捕らえたと連絡がありました」 「フェッツが?どういうことだ」 デスクに背を向け、足を組んで座っていたミレーユは椅子を180 度回転させて、報告に来た親衛隊員の方を見た。 「懲罰委員会の司令で河野を捕らえるため、河野の妹共々人質に取 ったようです」 「ほお。あの美佳を捕らえるとは大したものだ」 「どういたしますか」 「アリッサ、おまえはどう思うのだ」 「椎野美佳は3人の仲間を殺しました。どうあってもあの女を抹殺 しなければ、自分の気が納まりません」 「なるほどな。おまえの気持ち、よくわかった。それなら、アリッ サ、これよりフェッツのところへ行け。奴も河野さえ捕まえれば、 美佳には用はないはずだ。河野逮捕後の美佳の処分はお前に任す」 「総統−−」 「すぐに行け」 「はっ」 アリッサは敬礼すると、意気揚々と総統室を出ていった。 「椎野美佳、これでおまえともお別れだな。死に顔が見れなくて残 念よ」 ミレーユは含み笑いをしながら、呟いた。 8 脱出 「ねえ、理奈」 美佳は隣の理奈の体を揺すった。いくら話しかけても返事がない ので、美佳は気になっていたのだ。 既に二人は二日間もこの冷凍室に閉じ込められている。その間、 外の扉が開けられたのは一日二回の食事とトイレの時だけだった。 既に麗子の遺体は冷凍庫からは運び出されている。 トラックはいつのまにか山あいの森の中にあった。 「理奈、起きてる?」 美佳は声をかけたが、全く返事がない。美佳はこの二日の間、眠 らないように我慢していたにも係わらず2度眠ってしまったが、奇 跡的に二度とも目覚めた。冷凍庫内の温度はどうやら実際には5度 くらいで、凍りつくほどではないようだ。 「しっかりして」 美佳は理奈の頬を叩いた。 「パパ……ママ……」 理奈の声から微かにこんな言葉が漏れた。美佳は冷凍庫に入れら れて初めて聴く理奈の声だった。 美佳は理奈の手首の脈を取った。大分、弱っている。 美佳はすっくと立ち上がると、扉を何度も強く叩いた。 「ちょっと開けてよ!」 「駄目だ」 外から警備兵の声。 「理奈が死にそうなの。このままいたら、死んじゃうわ」 美佳は大声で言った。 「うるさいぞ、駄目なものは駄目だ」 「お願い、理奈を外に出してあげて。この子は逃げやしないわ。凄 い弱ってるんだから」 美佳は必死に訴える。 「上官の命令がなければ、外へ出すことは出来ない。諦めるんだな 」 警備兵は一かけらの同情もなく言った。 「わからず屋」 美佳は壁を一度、どんと蹴った。 「理奈、しっかりするのよ」 美佳は着ていた上着を一枚脱いで、理奈に着せた。 「死んじゃだめよ。お兄さんと二度と会えなくなるのよ」 美佳は懸命に理奈に呼びかけた。しかし、理奈はもうすっかり冷 たくなって動かなくなり、微かに呼吸しているだけだった。 そんな時、外で声がした。 「交代するわ」 と女の声。 「そうか。頼む」 少しして冷凍庫の扉が開けられた。そこには一人の黒髪の灰色の 目をした女が立っていた。 「ふふ、大分まいってるみたいね」 アリッサは美佳を見下ろして、言った。 「お願い、理奈を助けてあげて。死にそうなの」 「そう。残念ね。河野から連絡があったのに」 「河野さんから……」 「どう嬉しい?彼が助けにくるとわかって。でも、その様子じゃそ れまで持たないわね」 「あたしたちが死んだらどうする気?」 「そうね、そのまま冷凍保存しておいて、後で彫刻にでもしようか しら」 アリッサは笑った。美佳はそれに対して、口をきゅっと結んで黙 っていた。 「でも……」 アリッサは美佳の前に歩み寄った。「私は……」 アリッサは美佳の前にしゃがみ込むと、突然、美佳の両手にはめ られた手錠を鍵で外した。美佳は驚きの目でアリッサを見る。 「何のつもり……」 美佳は両手の手錠ばかりか、足の手錠まで外すアリッサを見て、 呟いた。 「あなたに死んでもらうわ。今すぐにね」 「え?」 「凍死まで待ってられないってこと。あなたは鍵を外して脱走した ところを私に射殺されて死ぬのよ」 「どうしてそんなことを」 「復讐よ、仲間を殺されたね。さあ、逃げなさい。5分あげるわ」 「いやよ、理奈をこのままにして逃げられないわ」 「ああ、そう。だったら、この場で殺してやる」 アリッサはホルスターから拳銃を抜き、美佳の前に銃口を向けた 。 −−もう駄目 美佳は覚悟を決めて、理奈に覆いかぶさった。 パンッ! その時、銃声が起こった。 美佳は、自分が死んだ、と思った。しかし、痛みを感じない。 美佳はゆっくりと目を開けると、いきなりアリッサが額から血を 流して、美佳の前に倒れてきた。 「きゃあ」 美佳はアリッサを突き飛ばした。 「大丈夫ですか、美佳さん」 その時、拳銃を持った一人の男が入ってきた。それは外見の服装 はフォルス・ノワールの戦闘員だった。 「エ、エリナね」 美佳の顔が輝いた。 「遅れてごめんなさい。奴らからはすぐに逃れたんですけど、この 場所を捜すのに手間取って」 「ううん。来てくれただけで充分だよ。それより、理奈が死にそう なの。運び出すの手伝って」 「はい」 美佳とエリナは理奈を肩で担いで、外へ運び出した。パーッと明 るい日の光が差し込み、美佳は目を細める。 「外の空気ってやっぱりいいわね」 美佳は冷凍庫から二日ぶりに出て、実感した。 そこで初めて理奈の表情をはっきりと見ることが出来た。理奈の 顔は既に生気がなく、真っ白だった。 「何だ、今の銃声は」 その時、警備兵がトラックへ駆けつけてくる。 「何で、おまえらが外に出てるんだ」 警備兵はエリナの乗り移った戦闘員の方を見た。 「こういうことですわ」 エリナは警備兵に向かって銃弾を浴びせた。 「き、貴様、なぜ……」 警備兵は何もわからずにその場に倒れた。 「エリナ、やばいよ。今の銃声は」 美佳の言葉通り、二台のトラックのそばに張られた大型テントか ら銃声を聞きつけた戦闘員が次々と出てくる。 「人質が逃げたぞ!」 戦闘員は警戒警報のサイレンを鳴らした。静かな森は一瞬にして 物々しい雰囲気になった。 「どうしよう、エリナ」 「やることは決まっていますわ」 エリナは美佳に白いヘアバンドを預けた。 「エリナ……」 「戦いましょう」 エリナは戦闘員の体から出ると、黄金銃に変形し、美佳の手に納 まった。 「また戦うのか」 美佳は衰弱しきっている理奈を横目にぐっとヘアバンドを握りし めた。 9 相談 同じ頃、河野の車は高速道路を走っていた。助手席には律子を乗 せている。 「奴らは天空山の樹海を指定してきた」 「どうしてそんなところを?」 律子が目をパチクリさせる。 「人目につかないからだろうな」 河野はすっかり普通のしゃべりに戻っていた。 「どうやって二人を取り返すの?敵の狙いはあなたでしょ」 「いや俺だけじゃない。俺の持っている機密資料もさ」 「機密資料?」 「そう、こいつがCIAにでも流れれば、組織は大打撃を被るとい う代物だ。これがあれば、奴らもすぐに俺を殺しはしないはずだ」 「でも、もう二日も立ってるわ。果して二人が生きてるかどうか」 「不安か?」 「信じたくないけど……」 「信じるしかないな」 「ええ」 律子はそういいながら、結構心の中は不安でいっぱいになってい た。 10 午後7時、天空山の樹海へ入る山道の脇に二台のジープが止まっ ていた。 河野はそのジープの傍に車を止めた。 「待っていたわ、河野」 ジープから一人の女が降りた。 「おまえは、クイーン・アル・フェッツか」 「ふふ、よく知ってるじゃない」 「フォルス・ノワールでおまえの名を知らない奴はいないよ。死刑 執行人の肩書を利用して、仲間を処刑する蛆虫だ」 「ふふふ、何とでも言うがいいわ。おまえもお仲間と同じ運命をた どるのだから」 フォルス・ノワールの戦闘員が一斉に河野の車を取り囲む。 「むっ、そこの女は−−」 フェッツは助手席の律子を見た。「こいつは驚いた。椎野美佳の 姉か」 「あんたたち、美佳をどこへやったの?」 「もうすぐ会わせてやる。それより、河野、おまえが中原麗子に頼 んで持ち出させた機密書類は持ってきただろうな」 「ここにはない。二人を解放してからだ」 「よかろう」 「フェッツ」 「何?」 「麗子をどうした?」 「彼女は素晴らしい協力者。ちょっと苛めただけで、すぐに秘密を しゃべってくれたわ」 「殺したのか」 「勝手に死んだのよ。さあ、時間がないわ。行くわよ」 フェッツが命令すると、河野と律子は戦闘員に両手を後ろでに縛 られ、ジープの後部座席に乗せられた。 「では、行くぞ」 二台のジープは河野の車を残して、山道を出発した。 ジープは険しい山道をどんどんと奥に入り、ついには道とは言え ないような木々に囲まれたガタガタ道を突っ走っていた。 空はすっかり暗くなり、ジープのヘッドライトの当たる僅かな視 界以外は何も見えなくなっていた。 「美佳たち、大丈夫かしら」 律子は河野に小声で話しかけた。 「わからん」 河野にも二人の生存は自信がなかった。 やがて二台のジープは広い野原に出た。そこにはテントと二台の 大型トラックが並んでいた。そこにはいくつもの照明が設置されて いて、ステージのように明るかった。 二台のジープはテントの近くに停車した。 「出迎えがないわね。無線で連絡したはずなのに」 フェッツは不満げに言った。 「中島、我々の到着を部下に知らせろ」 「はっ」 戦闘員がジープを降り、テントの方へ走っていく。 フェッツはジープに残りの部下に河野たちを見張るように指示し て待機させ、一人でトラックの荷台の後ろの方へ歩いていった。 「何か変だわ。静かすぎる」 フェッツは歩きながら、ぽつりと呟いた。 「ん!警備兵が……」 美佳と理奈を閉じ込めた荷台の扉の前には誰もいなかった。 「さぼっているのか」 フェッツは不機嫌な顔をしながらも、荷台の扉の錠を外し、扉を 開けた。ゴォーッという冷風が外へ流れてくる。 フェッツは階段を下ろし、荷台に上がると、懐中電灯で中を照ら した。 「馬鹿な、誰もいない!」 フェッツは愕然とした。荷台の中には誰一人としていなかった。 その時、ジープのある方で激しい銃声が起こった。 「何事だ!」 フェッツは荷台を飛び下りると、すぐさまジープの方へかけつけ た。 「何てことだ」 フェッツはまたも驚かされた。ジープのいた戦闘員が全員倒れて いたのである。しかも、河野と律子の姿もない。 「誰だ!姿を現せ」 フェッツは怒りに震えて、叫んだ。しかし、誰からも返事は返っ てこない。フェッツは自分の足下に倒れていた部下を起こし、激し く揺すった。 「おい、誰にやられた?」 「わかりません……突然、光が……」 部下はそれだけ言って気を失った。 「チィ」 フェッツは怒りに歯ぎしりをさせ、今度はテントに行くと幕を思 いっきり開けた。 「やられてる……」 テントの中には6人の隊員がロープで縛られ、寝かされていた。 「どこのどいつだ!」 フェッツはテントを飛び出すと、大声で叫んだ。「出てこい!」 「ここよ」 「ムッ」 フェッツは声の方を振り返った。 照明に照らされたトラックの屋根の上に一人の少女が立っていた 。その少女はエメラルグリーンの髪と瞳。白い肌。スリムなスタイ ル。そして、頭につけた白いヘアバンドに、白いコンバットスーツ 。 「おまえは−−」 「誘拐、監禁、謀殺。人を人とも思わないその悪行。善と悪のバラ ンサー、キティセイバーが許さないわ」 「ははは、誰だか知らないけど随分ヒーロー気取りね。でも、現実 は甘くないわよ」 フェッツは素早くホルスターから拳銃を抜くと、少女に向けて発 砲した。だが、キティセイバーはそれよりも一瞬早く飛び上がった 。 「ど、どこだ?」 フェッツは空を見上げた。 「後ろよ」 「何!」 フェッツは振り向いた。 五メートル先に黄金銃を構えたセイバーが立っていた。 「くそっ!」 フェッツがセイバーに銃を向けた時、セイバーの黄金銃が火を吹 いた。 グォーン! 「うあっ」 光の弾丸がフェッツの右胸を貫いた。フェッツはその勢いで、ト レーラーの壁にぶつかる。 「このまま済ますかぁ!!!」 フェッツは断末魔のような声を上げると、左手を真っ直ぐに広げ セイバーに向けた。すると、グイーンと五本の爪が伸び、真っ直ぐ セイバーに襲いかかった。 「くっ」 セイバーは避けきれず、5本の鋭い爪が彼女の左腕に突き刺さる 。 「サイコブーメラン!」 セイバーが叫ぶと、黄金銃がブーメランに変わり、セイバーは右 手でそれを投げた。 シュンシュンシュン!!! ブーメランは高速回転してフェッツ目掛けて飛んでいくと、彼女 の首を吹っ飛ばした。そして、ブーメランがセイバーの手に戻った 時、フェッツの首が地面に転がった。 「はあ、はあ」 セイバーは爪を左腕から外し、同時に白いヘアバンドを取った。 エメラルドの髪と瞳が茶色くなり、元の美佳の姿に戻る。 「美佳、大丈夫?」 トラックの下から律子と理奈を抱きかかえた河野が姿を現した。 「ちょっと油断したね」 美佳はぺろっと舌を出した。 「今のは一体?」 河野はまだ信じられないような顔をしていた。 「河野さん、人には内緒ね」 美佳は左腕を押さえながら、河野を見つめた。 「わかった」 河野は静かに言った。 「さあ、河野さん、早く理奈さんを病院へ運んであげて」 「もう手遅れだ」 「え……」 「君がさっき戦っている間に妹は息を引き取ったよ」 「そんな……」 美佳は泣きそうな顔になった。河野の腕に抱かれた理奈は安らか な顔をしていた。 「これでよかったんだ。妹はきっと君に感謝しているよ。口には出 さなかったけれど」 「だって、死んじゃったのよ」 「美佳、これを君に」 河野は美佳にブローチを手渡した。 「これは?」 「妹がマスターから誕生日にもらったものらしい。これを君に渡し てくれって」 「これを私に……」 美佳はブローチを見つめた。 「あいつは薬のせいで廃人同様になってしまったけれど、心までは 失っていなかったんだね」 「私のせいだわ、私にもっと力があれば−−」 美佳はその場に膝まずいた。 「君のせいじゃない。美佳、俺は警察へ自首するよ」 「河野さん、そんなことしたら死刑になっちゃうよ」 「いいんだ。俺が逃げ続けるかぎりこの先、何人もの人間が不幸に なる。それに終止符を打ちたいんだ」 「そんな……だったら、私だって」 「美佳」 河野は美佳の肩に手を置いた。「君は善と悪のバランサーだろ。 世界の秩序が保たれるまで頑張らなくっちゃ」 河野はそういうと、理奈をジープの後ろに乗せ、運転席に乗り込 んだ。 「警察へは俺から連絡しておく。君達もすぐに逃げた方がいい」 「待って、河野さん」 美佳は立ち上がると、運転席に駆け寄り、河野にキスした。 「これがお別れのキス。でも、さよならは言わないよ」 「俺もだ」 河野は車を発進させ、山林の中へ入っていった。美佳はしばらく 河野の車が消えた山林の方を見つめていた。 「さあ、美佳、帰ろう」 「うん。でも、どうやって帰るの?二人とも車の免許、持ってない し」 「え?そういえば、そうね。どうしよう」 「冷凍庫に泊まらない。ひんやりしてて気持ちいいよ」 美佳はそういうと、トラックの荷台の壁をぽんと叩いた。さすが の律子もそれには返す言葉がなかった。 終わり