第44話「キティセイバー」前編 登場人物 椎野美佳 ファレイヌの使い手。 椎野律子 美佳の姉 河野 フォルスノワールK部隊の隊長 エリナ・レイ 金のファレイヌ 1 事件 二月のある朝、椎野律子はDKのテーブルに新聞を広げて、エリ ナと新聞を読んでいた。エリナはもちろんフランス人形の姿である 。 「やっぱりないわね。この間の自動車部品工場の事件。もう1週間 もたつのに。3人も死んでどうして新聞にでないのかしら」 //フォルスノワール側が隠蔽したのかもしれませんわ 「そうね、その可能性は高いわね」 その時、美佳が自分の部屋から出てきた。 「おはよう」 美佳は目を擦りながら、言った。 「おはよ。最近、早起きするようになったと思ったら、また逆戻り ね」 「大きなお世話よ」 美佳はムッとして言った。 「それより、何、新聞なんか読んでるの?」 「新聞読んじゃ悪い?」 「別に」 「それより、あんた、昨日も帰り、遅かったでしょ」 「昨日は電話したでしょ、スタッフの人と飲むから遅くなるって」 「あんた、高校生でしょ。少しは断りなさいよ」 「付き合いよ、付き合い」 「昨日、電話があったわよ」 「電話?」 「河野さんって言ってたけど−−」 「か、河野さん!」 美佳は思わず甲高い声を発した。 「どうかしたの?」 「ねえ、河野さん、何て言ってたの?」 美佳は律子の両肩を掴んで、激しく揺すった。 「ちょっと美佳、落ちつきなさいよ。電話の横のメモ帳に書いてお いたわ」 「あっそう」 美佳はすぐにDKを出ていった。 「全く何なの」 律子は無造作に新聞を畳むと、ぽんとその場に投げ捨てた。 2 暗殺命令 午後8時−− 「一人でこういう店に入るのは苦手だなぁ」 美佳は繁華街の裏手にある一件の酒場を目の前にして、呟いた。 その店は飾り気のない古びた店で、外から見ると営業しているのか どうかも怪しい店だった。 「本当にこの店よね」 美佳はメモに書いてある「峠」という名前と看板の名前とを見比 べた。確かに合っている。 −−仕方ない、入るか 美佳は大きくため息をついて、店のドアを開けた。 「いらっしゃい」 白髪のマスターがカウンター越しに美佳に声をかけた。 美佳は店内をきょろきょろと見回した。しかし、河野らしい男の 姿はない。 「椎野さん、こっちよ」 その時、カウンターで飲んでいた女性が美佳に声をかけた。 「え?」 美佳は声の方を向いた。その女性は美佳の見たことのない女性だ った。しかも女性は赤毛の青い目をした外国人だった。 「呼んだのは私よ。河野に代わってね」 女性はにっこり微笑んだ。 美佳は事態が良く飲み込めなかったが、取り合えず女の隣の席に 座った。 「ご注文は何にしますか」 マスターが尋ねた。 「メロンソーダを」 「メロンソーダですか、生憎うちには置いてないねぇ」 「じゃあ、いいわ」 美佳は手を振って、断った。 「うふふ」 女性は美佳の顔を見て、笑った。 「??」 美佳は戸惑った顔をした。 「ごめんなさい、笑ったりして。河野が愛した女性がこんな女の子 だったとは知らなかったから」 「あなた、誰なんですか」 美佳はややむっとした様子で言った。 「私はクイーン・アル・フェッツ。フォルスノワール懲罰委員会の 死刑執行人」 フェッツは真顔で言った。 「フォルスノワール……」 「河野の名前を偽って、あなたをここへ呼んだのは私よ」 「目的は何ですか」 「単刀直入ね。実は河野の行方を捜しているの。知っていたら、ぜ ひ教えてもらいたいわ」 「知りません」 「本当に?」 フェッツは美佳の顔を探るような目で見た。 「ええ。河野さんに何かあったんですか」 「あら、知らないの。河野は今、逃走中の身なのよ」 「逃走中!!」 美佳の表情が真剣になった。 「彼はある任務で組織を裏切ったことにより懲罰委員会で処刑され ることが決定したのよ」 「そ、そんな……」 「彼がそうなったのもあなたのせいよ。わかるでしょ」 「去年のCIA長官暗殺の……」 「そういうこと。彼は敵であるあなたの命を救うために自分の任務 を放棄したばかりか、計画まで失敗に追い込んだ。この責任は重大 よ。まあ、あなたは彼にそこまで愛されてさぞご満悦だろうけど」 「河野さんは今、どこにいるんですか」 美佳は興奮して席を立ち上がった。 「バカね、居場所がわかるくらいなら、あなたを呼んだりはしない わ」 フェッツはグラスのブラッディーマリーを口にした。「−−でも 、本当に河野の居所は知らないみたいね」 「知るわけないでしょう。例え知ってたってあなたには言わないわ 」 「でしょうね」 フェッツは意味ありげに笑った。 「あたし、帰ります」 美佳は店の出入口の方へ歩きかけた。 その時、店の入口のドアがバタンと開き、数名の男たちが中にど っと入ってきた。男たちは全員、戦闘服に身を包み、ゴーグルを付 け、両手にはサブマシンガンを抱えている。 店内はBGMが鳴っているにも関わらず、緊張感に包まれた。店 内にいた客たちの顔が一瞬にして凍りつく。 「このまま帰れると思ってるのかしら、椎野さん」 フェッツが美佳の背中を見ながら、言った。 「どういうことですか」 美佳はフェッツの方を見た。 「あなたには人質になってもらうわ、河野を呼び出すためのね」 「私を人質にしたって、河野さんは来ないわ」 「さあ、どうかしら。妹とセットならきっと来ると思うけど」 フェッツが言った時、店の奥から戦闘員に強引に引っ張られて、 一人の女が出てきた。見た目には16ぐらいで、淡いピンクのドレ スを着た細身の少女だった。 「り、りな!!あんたら、何てことを!!」 マスターが思わず大声を上げ、カウンターから出ていこうとした 。 ダダダダッ!!! その瞬間、戦闘員の一人がマスターに向かってマシンガンを乱射 した。 「お、おじさん!」 美佳はびっくりして、倒れたマスターに駆け寄った。マスターは もう虫の息で、彼の白い服は血で真っ赤に染まっていた。 「おじさん、しっかりして」 美佳は必死に呼びかけたが、既にマスターには言葉を言う力がな く、ただ苦しそうな目で美佳を見つめていたが、やがてガクンと首 をたれた。 「おじさん……」 美佳はそっとマスターの目を閉じてやった。そして、拳をギュッ と握りしめ、フェッツたちの方を睨みつけた。 「どうして、こんなひどいことするの。この人は何も武器を持って ないのよ」 「殺られる前に殺る。これが組織の流儀よ。先に手を出したその男 が悪いわ」 フェッツは冷めた口調で言った。 「うあ、うわああぁぁん」 その時、戦闘員に後ろ手を掴まれていた少女が突然、奇声を上げ 、激しく暴れ出した。 「何だ、こいつ」 戦闘員が手を放すと、少女はマスターに抱きつき、大声を上げて 泣き出した。その声は泣いているというより、動物のわめき声のよ うな感じであった。 「女、喧しいぞ」 戦闘員は少女にマシンガンの銃口を向けた。 「待て!そいつは人質だ。そのままにさせておけ」 フェッツは命令した。 「この子が河野さんの妹?」 「そう。彼女の名前は理奈というのよ。彼女はね−−」 「理奈さんの過去なら河野さんから聞いたわ」 「そう。じゃあ、話す必要もないわね」 フェッツはまたグラスの酒を飲んだ。 「これから、どうするつもり」 「ついてきてもらうわ、組織のアジトまでね」 「断ったら?」 「断る?そんな選択はあなたにないわよ。それともあなたのお得意 の銃を使ってみる?」 フェッツが言うと同時に、戦闘員が一斉に銃口を美佳に向ける。 「……」 美佳は黙って、両手を上げた。 「ふふふ、最初から素直にそうしていればいいのよ」 フェッツはそういうと、グラスに残った酒を全て飲み干した。 3 電話 ピルルルル、ピルルルル…… 午前2時、自宅のベッドで熟睡していた牧田奈緒美は一本の電話 で起こされた。 「−−はい、はい、今、出ますよぉ」 奈緒美はベッドの傍の電話を取った。 「はい、牧田ですけど」 『奈緒美!!!』 突然、律子の大きな声が奈緒美の耳に飛び込んできた。 「な、何よ、こんな夜中にでかい声だして−−」 奈緒美は耳の穴に指を入れながら、言った。 『大変なの、美佳が』 律子の切迫した声が聞こえてくる。 「美佳がどうしたの?」 『帰ってこないのよ、まだ』 「いつものことでしょ」 奈緒美はさして驚きもせずに言った。 『今日は何の予定もないのよ。電話だってかけてこないし』 「心配にすることないわよ、もう子供じゃないんだし」 奈緒美は目をつむったまま、話していた。 『何よ、その言い方。それでも警官なわけ?』 「言いたいことがあるんなら、近くの警察に捜索願い出しなさいよ 。私は疲れてるんだから、いちいち電話しないでくれる?もう切る わよ」 『わかった。もう頼まない!』 律子はそういうと、一方的に電話を切った。 「全くもう、すぐ感情的になるんだから」 奈緒美はぶつぶつ言いながら受話器を電話に戻すと、布団を掛け 直し、また眠りに入った。 4 監禁 「着いたぞ」 美佳と理奈は一台の大型トラックの前で目隠しと猿ぐつわを外さ れた。美佳たちは酒場で拘束されてから30分ばかり車に乗せられ 、郊外の空き地に止められたトラックの前に連れてこられたのだっ た。 美佳たちは目隠しを外されたとはいえ、両手を後ろで手錠に繋が れ、両足にも手錠がはめられている。美佳たちの後ろには自動小銃 を突きつける二人のフォルスノワールの隊員がいた。 戦闘員の一人がトレーラーの後ろの扉を開けた。その途端、ひん やりとした風が美佳の顔を吹き抜ける。そのトレーラーの内部は冷 凍室であった。 「さあ、乗るんだ」 戦闘員が美佳の背中を押す。 「ちょっと、こんなところにいたら凍え死んじゃうわよ」 美佳が文句を言った。 「別に死にたければ死んでも構わないわよ」 フェッツが美佳たちの前に現れた。 「死んだら人質にならないわよ」 「大丈夫よ。冷凍室なら腐らないし」 フェッツは人を見下したような口調で言った。 「わかったわよ、入ればいいんでしょ」 美佳と理奈は隊員に背中を押されて、冷凍庫の中へ入った。二人 が入ると、がたんと外の扉が閉められた。 外からは鍵をかける音がする。 冷凍庫内は本当に真っ暗であった。もともと季節が冬だけに外と 冷凍庫内の温度差はそれほど大きいものではなかったが、寒いこと には変わりなかった。 「理奈さん、大丈夫?」 美佳は暗闇の中で理奈に声をかけた。しかし、彼女はじっと黙っ ている。ただ微かに荒い呼吸音だけが聞こえる。 美佳は理奈の隣に座り、そっと理奈の肩に手を乗せた。彼女の震 えがぶるぶると伝わってくる。 −−そうか、理奈さん、薄着だったんだ 美佳は自分のブルゾンを脱いで、理奈の背中にかけてやった。 「寒いだろうけど、頑張るのよ。死んだマスターのためにも」 美佳の言葉に理奈は何も答えなかった。 しばらくして車が動き出す。 −−まいったなあ。ヘアバンドもエリナも取り上げられちゃうし 。どうやって逃げたらいいんだろう 美佳は体を丸くしながら、考え込んだ。しかし、エアコンの冷風 のことが気になって、ちっともいい考えが浮かばなかった。 「ううっ」 そんな時、冷凍庫の奥から声がした。 「だ、誰?」 美佳は奥に向かって声をかけた。 「ううっ」 しかし、美佳の問い掛けには答えず、ただうめき声だけがする。 美佳はどきどきしながらも、慎重に奥の方へ歩いていった。 暗闇なので低い姿勢で、一歩一歩地面を手で確認しながら、進ん だ。何歩か歩くと、やがて何かに突き当たった。手でそれを探って みると、床に横になった人間であった。 「あなた、大丈夫?」 美佳は心配そうに声をかけた。 「うっ……あなたは……」 か細い女性の声がした。 「私は椎野美佳よ」 「み…か……」 「ねえ、大丈夫?奴らに何かされたの?」 美佳は女性の体を起こしてやった。 「美佳……ごめん……なさい」 女性は苦しそうな声で謝った。 「え?」 「わたしのせいなの……わたしが河野さんを裏切って……あなたと 理奈を売ったの…」 「一体、何を言ってるの?」 「わたしは……フォルス・ノワール情報部の中原麗子……河野とは …同期なの……。わたし、彼が妹を酒場に隠してることも……ゴホ ッゴボッ…あなたと関係があることも、みんなしゃべってしまった の……ほんと…うに……ごめんなさい」 「そんなことないよ……あなただって好きでしゃべったんじゃない でしょ。奴らに拷問されて。だから、こんなところに……」 美佳は麗子に何を言ってよいのか分からなかった。 「河野と理奈を助けてあげて……み…か」 麗子はガクッと首を垂れた。心なしか麗子の体を支える美佳の手 にはずっしりと死の重さが伝わってきた。 「かわいそうに。暗闇で見えないけど、きっとひどい仕打ちを受け たのね」 美佳は麗子の亡骸を床に寝かせてやった。そして、目をつぶって 合掌した。 5 新聞記事 椎野美佳の失踪から二日後の朝が来た。 律子は妹の美佳をあちこち捜し回っていたために二晩眠れぬ夜を 過ごした。 「後は私が何とかするから、律子は少し寝なさい。このままじゃ、 倒れちゃうわよ」 奈緒美は律子のマンションの前で車を止めると、助手席の律子に 言った。 「寝てなんかいられないわ。二日も留守にするなんて。きっと美佳 に何かあったのよ」 律子はこの二日間で何年も年をとったようにやつれていた。 「大丈夫よ、美佳にはエリナがいるんだし。どこかでピンピンして るわよ」 「どうしてそんなことわかるのよ!」 律子は興奮気味に声を上げた。 「律子……」 「奈緒美に何がわかるの。命を狙われたことなんかないくせに。あ んたはいいわよね、警察権力の中にいるんだから」 「律子、そういう言い方ってないんじゃない。私だって、美佳のこ とは心配してるわ。だから、自分の仕事を後回しにして、捜索を手 伝っているんでしょ」 「一昨日は断ったじゃない」 「あの時はまだ失踪したかはっきりしてなかったじゃない」 「でも、あの時、私の話をちゃんと聞いてくれれば、美佳は見つか ったかもしれないわ」 「そんな過ぎた話しても仕方ないでしょ。とにかく、あんたは家で 寝てなさい。あんたまで倒れたら、こっちの仕事が増えるんだから 」 「……」 律子は黙ったまま、車を降りた。 「いい、ちゃんと寝るのよ」 奈緒美は律子にそういうと、車を発進させた。 一人残った律子は重い足取りでマンションの中へ入っていった。 一階ロビーの集合ポストを見ると、二日分の新聞がたまっている 。律子は今日の新聞を一部取って、その場で社会面を開いた。 「よかった。美佳のことは出てないわね」 律子は少しほっとした。しかし、それも束の間、社会面の下の記 事を見て、目を見張った。その記事は「峠」というバーでマスター と客を含む6人の射殺死体が発見されたという事件だった。 「このバーの名前と場所、確か3日前の晩に河野って人からの電話 で聞いた……そうだわ、美佳はあの夜、ここへ行ったんたわ。どう して気づかなかったのかしら」 律子はさらに記事を読んだ。殺された客の中に美佳の名はなく、 とりあえず律子は安心した。 「とにかく行ってみるしないわ、このバーに」 律子は新聞を手にしたまま、急いでマンションを出ていった。 6 出会い 「ここね」 律子は繁華街の裏手にある「峠」という酒場の前に来た。店の入 口には立入禁止の札とロープがはってあり、さらにロープの前に見 張りの警官が一人、立っている。 「美佳はきっとこの店に行ったんだわ。その時、何かの事件に巻き 込まれて−−」 律子は店から少し離れたところでしばらくじっと立っていた。 「律子」 その時、律子の背中を誰かが後ろからぽんと叩いた。律子が後ろ を振り向くと、牧田奈緒美がいた。 「遅い、30分も待ったわ」 律子は不満げに言った。 「こっちも忙しいのよ、あんたのおかげでね。それで、美佳の手掛 かりがわかったんだって?」 「そうなの。この新聞見て」 律子は新聞を奈緒美に渡した。 「どれ−−ああ、あの射殺事件ね。この事件のせいでうちの課はみ んな出払ってるわ」 「それがあの現場よ」 律子は酒場の方を見た。 「そうみたいね。それで美佳とどうつながるわけ?」 「一昨日の夜、美佳が行ったみたいなの、あの店へ」 律子がそういうと、奈緒美の顔が急に刑事らしい顔に変わった。 「どうしてわかるの?」 「三日前の晩に電話があったの。河野って男から美佳に、午後8時 にあの店で会いたいって。私が電話を取ったから確かよ」 「律子、本当に美佳はあの店に行ったの?」 「絶対とは言えないけど、美佳は私の伝言を聞いた時、かなり行く 気になってたわ」 「もし美佳が本当に行ったのなら、やばいわよ。あの店で射殺事件 があったのは一昨日の晩みたいだし」 「どういうことなのかしら」 「さあ。何とも言えないけど、美佳が事件に巻き込まれた可能性は 強いわね。これは大変なことになったわ」 「奈緒美、まさか美佳のこと、他の刑事に知らせるなんてことしな いわよね」 律子は不安げな表情で聞いた。 「それはやもえないでしょう。これは殺人事件だもの」 「待ってよ。私、まだお母さんにも美佳のこと知らせてないのよ」 「だったら、すぐに知らせるのね。警察から連絡が行く前に」 「奈緒美、待って。今、美佳のことが事件と結び付けられたら、な ぜ美佳があの店に行ったかということまで調べられるわ」 「まずいことなの?」 「そういうわけじゃないけど……」 「手掛かりがある以上、私も刑事としてこれを隠すことは出来ない わ。第一、このままほっといたら、美佳が危ないのよ」 「それはそうだけど」 「別にファレイヌのことをしゃべろうなんて気はないわ」 「うん……」 「じゃあ、律子は帰りなさい」 「え?」 「えじゃないでしょ。ここから先は私たちの仕事」 「そんな!」 「詳しいことが分かったら、教えるから。律子は体を休めなさい。 いつまでも仕事休んでるわけにも行かないでしょ」 「けど……」 律子は渋った。 「後は私に任せて。美佳は必ず見つけ出すから。じゃあね、ちゃん と帰るのよ」 奈緒美はそういうと、さっさと現場の方へ歩いていってしまった 。 「店の中に入れてもらおうと思って、奈緒美を呼んだのに。これじ ゃあ、馬鹿みたいじゃない」 律子は悔しまぎれに近くの電信柱を拳で叩いた。 「あのぉ」 その時、一人の男が律子に声をかけた。 「は、はい」 律子はびっくりして男の方を見た。律子は今の仕種を見られたか と思い、顔が真っ赤になっていた。「な、何でしょうか」 男は背の高く、体格のがっしりとしていて、背広が良く似合って いた。 「あなたは椎野美佳さんのお姉さんですか」 「え……」 「失礼ですが、さっきの話を立ち聞きしてしまいました。俺は…… いいえ、僕は河野といいます」 「か、河野……あ、あなたが−−」 律子の表情が険しくなった。 「あなた、美佳をどこへやったのよ!」 律子は河野の背広につかみかかると、激しく詰め寄った。 「どうやら美佳さんも誘拐されたみたいですね」 「誘拐?」 「僕も今朝の新聞を見て、ここへ来たんですよ。まさか彼女まで誘 拐するとは」 「一体、何を言ってるの?あなたが美佳をあの酒場へ呼んだんでし ょ」 「残念ですが、僕じゃありません。美佳さんは僕の名を偽った奴に 呼び出されたんです」 「ふざけないで。そんなこと、信じられると思う?」 「別に信じてもらおうとは思ってませんよ。ただ僕のことで美佳さ んを巻き込んでしまった以上、僕の手で必ず美佳さんを助け出しま す」 河野は強い口調で言った。 「あなた、美佳とはどういう関係なの?」 律子は河野の背広から手を放して言った。 「僕の話を信じて聞いてもらえますか」 「いいわ」 律子は小さく頷いた。 河野は美佳との出会いから、最近のことまでを手短に話した。 「あなたがフォルスノワールのメンバー……」 律子は驚きの表情で河野を見つめた。 「現在は逃走中の身です。フォルスノワールの追跡部隊は僕を捕ら えるためにあの酒場に匿っていた僕の妹と美佳さんを人質に取った んですよ」 「あなたの妹も誘拐されてるの?」 「恐らく」 「どうやって美佳を助けるつもりなの?」 「僕の方からフォルスノワールに連絡を入れます。そうすれば、奴 らも場所を指定してくるでしょう」 「本気なの?あなたが行ったって、二人が戻ってくるかわからない のよ」 「その時はその時です。ただ美佳さんだけは必ず助けます」 「待って。だったら、私にも手伝わせて」 「お気遣いは結構ですよ。あなたが行ったところで役には立たない 」 「言ってくれるわね……どいつもこいつもみんな、私じゃ何にも出 来ないと思って……」 「それは違う。僕はあなたのことを心配して−−」 「そんなの大きなお節介よ。私は今まで美佳に助けられてばかりい たわ。それなのに私の方は−−」 「……」 「お願い、手伝わせて。私も美佳を助けたいの!」 律子は真剣な口調で言った。 「わかりました。あなたにも手伝ってもらいましょう」 河野は静かに言った。「ただその前に一度、睡眠をじっくり取っ てください。仕事はその後、始めましょう」 「ええ」 律子は少し出かかった涙を手の甲でぬぐうと、にっこりと微笑ん だ。 続く