第43話「魔法石」後編 7 フォルスノワール日本支部秘密本部−− 作戦会議室にはミレーユと親衛隊3人がいた。 「結局、魔法石は偽物だったのですか」 総統親衛隊のエルザが聞いた。 「ああ。あの小娘にまんまと騙された」 ミレーユが珍しく感情的になっていた。 「本当にあの女が魔法石を持っているのでしょうか」 「間違いない。魔法石のことを知る人間は何人もいないからな。ま して我々が欲しがっていることを知る人間となれば、5人といまい 」 「どういたしますか」 「何としても魔法石は手に入れねばならぬ。シルフィーの調査を任 せたというR部隊はどうなっている」 「それが−−未だに発見できないようです」 「ちっ、役立たずが−−」 ミレーユはテーブルを叩いた。 「ご自分のミスを棚に上げて部下に当たるのはよくないですな」 その時、入口の方で声がした。 親衛隊の3人がはっとして、振り向くと、入口のドアに一人の男 が立っていた。 「いつの間に!」 親衛隊はすぐに銃を男に向ける。 「銃を下ろせ。この男はわたしの客だ」 肘かけ椅子に座ったミレーユは穏やかな口調で言った。 「はっ」 親衛隊はすぐに銃をホルスターに収め、直立不動の姿勢を取った 。 「何の用だ、ゼーテース」 ミレーユは両手を組み、男の方を向いて、言った。 「ふふ、なに、ついでがあったから寄ったまでですよ」 ゼーテースはポケットに両手を突っ込んだままの姿勢で言った。 「貴様、ボダンを始末したそうだな」 「ええ。バフォメット様をお守りするのが私の役目ですから」 「役目か。わたしがバフォメットの時は守ってもらった覚えはない わね」 「それはあなたに悪魔の王としての才能がないとわかったからです よ」 「何ィ」 「あなたは未熟だった。400年前、私は魔法石を手に入れ、あな たの力を引き出してあげたにも関わらず、あなたはそれを使いこな すどころか、悪魔払い師に肉体を滅ぼされてしまった」 「それは違うな。わたしは息子に夢を託したのだ。400年前に地 球を支配したところで、自然のサイクルが邪魔をして仲間たちを魔 界から呼び出すことは出来ない。それでは意味がなかろう。だから 、わたしは自分を犠牲にして、時を待ったのだ」 「愚かな。あなたのその消極性が天界の神、中立の神の介入を許し てしまったのですよ」 「どういうことだ」 「つまり、この世に魔界の王がバフォメット様の卵を送り込んだよ うに、天界の王もラシフェールの卵を送り込んだ。そして、中立の 神も−−」 「馬鹿な、ラシフェールの卵を持つ者もこの世にいるというのか」 「ええ。もしラシフェールの手に魔法石が渡れば、奴らの天下です 」 「ラシフェールの卵を持つ者が誰か知っているのか」 「残念ながら。しかし、中立の神がこの世に派遣した娘の名は知っ ていますよ」 「それは誰だ?」 「椎野美佳です」 「椎野美佳だと−−」 「まだ、自分の力には目覚めていませんがね、もし彼女が魔法石を 手にして自分の使命に目覚めれば、必ずや我々を滅ぼしにくるでし ょう」 「そこまでわかっていながら、なぜ椎野美佳を生かしておく?」 「ふふ、そうですね、彼女の潜在能力を引き出すのが怖いというの が理由ですな。以前、ケライノーがあの娘に乗り移った時、操るど ころか逆にケライノーの意識が飲み込まれてしまった。さらにこの 数カ月の戦いを見ての通り、彼女は戦うたびに強くなっていく。も ちろん、エリナの力によるところもあるが、あのエリナの力をあそ こまで引き出すのも彼女ならではでしょう。私としてはあまり戦い たくないですな」 「貴様はそれでも悪魔の使徒か!恥さらしめ」 ミレーユは睨み付けた。 「ふふ、何とでも言ってください。それより、シルフィーなら必ず 椎野美佳のところへ向かうと思いますよ」 「なぜわかる?」 「さあ。悪魔の勘というやつですかね。それでは失礼しますよ」 ゼーテースはそういうと、すっとドアの前から消えた。 「き、消えた……」 親衛隊員たちはやや驚いている。 「エルザ!」 「はっ」 エルザがさっとミレーユの方を向いて、敬礼する。 「部下を連れて、椎野美佳を見張れ。そして、シルフィーが現れた ら、抹殺し、魔法石を奪え」 「あの男の言うことを信用するんですか?」 「わざわざわたしの前まで現れて、嘘は言うまい」 「了解しました。すぐに向かいます」 エルザはそういうと、二人の親衛隊員を引き連れて、一礼してか ら、部屋を出ていった。 「ゼーテースか……あの男の言葉に腹をたててしまうなんて、わた しも人間らしくなったものだ」 ミレーユは椅子に深くもたれ、ふっと微笑んだ。 8 「着いたわ」 彩香は静かにブレーキを踏んで、警察署から30メートル離れた 通り沿いに車を止めた。「ここでお別れね」 彩香は助手席の老人を見て、にっこり微笑んだ。この老人はミレ ーユの手から助け出したボダンの執事である。 「助けていただいて本当にありがとうございました」 執事は丁重に礼を言う。 「気にすることないわ。当然のことをしたまでだもの」 「しかし、せめてお名前だけでも」 「私はボダンのただの友達で、名乗るほどの者ではないわ。それよ り、車を下りたらすぐに警察に行って昨日の事を全て話すの。きっ と警察はあなたを保護してくれるわ」 「は、はい。あの……お嬢様、旦那様は今、どうしていらっしゃる かお教え願えますか。私はそれだけが心配で」 「クロ……いえ、彼は元気よ。あなたの帰りをずっと待っているわ 。だから、心配しないで警察へ行って」 彩香は執事と目を合わせずに言った。 「わかりました。お嬢様、あなた様のことは一生忘れません。本当 にありがとうございました」 執事は車を下りてからも礼を言った。 「気をつけるのよ」 彩香は落ちついた声で言った。 「はい」 執事は車を離れ、警察署の方へ歩いていった。彩香は執事が警察 署に入るまでその後ろ姿を見つめていた。目には今までずっと我慢 していた涙が溢れ出ている。 「クロノス、あなたの仕事は私が引き継ぐわ」 彩香はフロントガラスに目を向け、車を発進させた。 9 翌日の午後6時。椎野律子は一日の仕事を終え、園本ビルを同僚 数人と出た。 「ねえ、椎野先輩、一緒に飲みに行きませんか」 とビルの前の路上で後輩のOLが誘った。 「うん、そうしたいのはやまやまだけど、今日はちょっと都合が悪 いの。ごめんね」 「そうですか……」 後輩のOLたちはがっかりした様子だった。「わかりました。じ ゃあ、次の時は付き合ってくださいよ」 「わかったわ」 律子は笑顔で言った。 「それじゃあ、先輩、また明日」 「失礼します」 後輩のOLたちが律子に手を振りながら、繁華街の方へ歩いてい く。 律子は少しの間、その場に立ち止まって彼女たちを見送っていた が、ふと 「飲みすぎないようにね」 と遠くの彼女たちに律子が呼びかけてみると、「はーい」とOL たちが笑いまじりの返事が返ってきた。 律子は何となく含み笑いをしながら、駅の方へ歩き出した。 ***** 「あーあ、今日は疲れたなぁ」 終着駅を下りて、自宅のマンションへの帰路を歩いていた律子は ぽつりと呟いた。律子は今、人通りのない公園沿いの道を歩いてい た。 −−命狙われてるのに、誰にも守ってもらえず一人で歩いてるな んて情けないなぁ。美佳に言わせれば、「私なんかいつも命狙われ てるのよ」なんてことになるんだけど、考えてみれば美佳にはエリ ナがいるのよね。いざとなれば、隆司君だっているし……どう考え たって、不公平よねぇ 律子は大きくため息をついた。 「姉貴!」 その時、向こうの方から美佳が走ってきた。 「美佳」 下を向いて歩いていた律子は顔を上げ、ちょっと驚いた様子で美 佳を見た。 「はあ、はあ、よかった、無事で」 美佳は律子の前で走るのを止めると、白い息を弾ませながら、胸 を押さえた。 「どうしたの?」 「どうしたのじゃないでしょ。遅いから心配になって捜しにきたの よ」 「遅いっていったって、いつものことじゃない」 律子はクスッと笑って、言った。 「いてもたってもいられなかったのよ。もし姉貴が襲われてたら、 なんて考えたら」 美佳は律子を見て、言った。 「美佳……」 「私しかいないでしょ。今の姉貴を守ってあげられるのは」 「よく言うわね。でも、ありがと」 律子は美佳の肩に手を乗せた。そして、二人で帰路を歩き始めた 。 「ねえ、姉貴」 「なぁに」 「姉貴を狙ったロベール・ボダンって男、何者だか知ってる?」 「新聞に書いてあったことぐらいしか知らないわ。でも、何でそん なこと聞くの?」 「私、知ってるの。ボダンの正体を」 「え?」 律子は美佳の顔を見た。 「ボダンの正体はクロノスよ」 美佳も律子の方を見た。 「クロノスですって」 「そう。新聞の写真で見たボダンの顔、あれはクロノスだわ」 「一体、どうしてクロノスが−−」 「私、その理由に心当たりがあるの。でも、ここでは誰が聞いてる か分からないわ」 「だったら、家で話しましょう」 「うん」 美佳が小さく頷いた時、大きなエンジン音と共に二つの光が暗闇 の中から現れた。その光は車のヘッドライトの光だった。 住宅街の静けさを切り裂き、一台の車が飢えた獣のように美佳た ちに向かって猛スピードで走ってくる。 「姉貴、あの車、様子が変だわ」 「美佳、逃げるのよ」 律子は美佳の手を引っ張って、駆け出した。 しかし、車のヘッドライトはすぐに美佳たちを捕らえた。だが、 黒いボディのその乗用車は、律子たちが道幅をいっぱいに利用して ジグザグに走っていたために、20メートル手前で減速し、律子た ちに合わせるようにジグザグに走った。 二人は何とか逃げ道を探したが、公園沿いの道は道路が区画され ていて、車の進行を阻むような狭い脇道がなく、また車の執拗なチ ージングが二人に逃げ込む余裕を与えなかった。 こうして夜道のチェイスは5分あまり続いた。 「姉貴、私、疲れた」 美佳は懸命に走りながら、息の切れかかった声で律子に言った。 「頑張るのよ、止まったら殺されるわ」 律子は背後の車を気にしながら、言った。しかし、律子の方も体 力の限界に来ていた。律子の足には既にハイヒールはなく、裸足で 走っていた。 「姉貴、あそこに飛び込もう」 美佳は数十メートル先にある3階建ての建物を指さした。そこは 自動車修理工場の看板があり、1階のシャッターが半分開いていた 。 「わかった」 律子と美佳は最後の力を振り絞って、海にダイビングを敢行する かのようにビルのシャッターの隙間へ飛び込んだ。 と同時に黒い車はビルの前の路上を勢いよく通り過ぎた。 「いたた、どうやら助かったみたいね」 律子はゆっくりとうつ伏せになった体を起こした。「美佳、大丈 夫?」 「うん、何とか」 美佳も起き上がる。 「真っ暗ね」 美佳はぽつりと呟いた。工場内は油の匂いが漂い、真っ暗で、シ ャッターの開いた部分から僅かにほの暗い光が入ってくるだけだっ た。 「すぐに警察に知らせましょ」 律子は立ち上がった。 「姉貴、足は大丈夫?」 美佳は心配そうに言った。 「ストッキングが破けただけよ」 そういいながら、律子は外に出ようと工場のシャッターを潜ろう とした。 「待ってよ、外はまだ危険だわ。奥に隠れてようよ」 「でも……」 「この工場の上の階に人がいるかも知れないじゃない。その人に連 絡した方が早いよ」 「そ、そうね」 美佳の言葉に律子は頷いた。 美佳と律子は工場の奥に入っていった。 「上に行く階段はどこにあるのかしら」 律子が暗闇の中から探していると、突然、入口の半分開いていた シャッターが動きだし、完全に下りてしまった。 「どうしたのかしら」 「姉貴を閉じ込めるために閉めたのよ」 「え?」 その時、工場の照明がパッとついた。それほどの明るさではない が、工場全体を照らすには十分な明るさだった。 照明が付いてみると、工場内は律子が想像していたよりは広くな かった。それは自動車修理の機械がところどころに設置されている せいもあるかもしれない。 「上の階の人は睡眠薬で眠ってるわ。だから、行っても無駄よ」 美佳は静かに言った。 「美佳……」 律子は急に美佳の様子や雰囲気が変わったことに違和感を覚えた 。 「あなた、美佳じゃないわね。だ、誰……」 律子は不安な表情を浮かべて、美佳から二、三歩、後ずさった。 「やっと気づいたみたいね。そうよ、私は美佳じゃないわ。でも、 あなたに会うのは始めてじゃないわ。以前、牧田奈緒美の顔でお会 いしたでしょう」 「まさか、怪盗シルフィー」 律子はすぐにピンと来た。 「そう。前回は私の変装を見破ったようだけど、今回はわからなか ったみたいね」 シルフィーこと神崎彩香は変装を取り、律子に小型の銃を向けた 。 「一体、どういうことなの?」 「何で狙うのかってこと?それはさっき、言ったじゃない。あなた を殺そうとしたのはクロノスよ。でも、彼は殺された。だから、私 があなたを殺すのを引き継いだのよ」 「それじゃあ、さっきの車は……」 「あなたをここへ誘い込むための囮よ。別にあの車でひき殺しても よかったんだけどね、失敗したら困るでしょ。だから、確実性の高 い方を選んだのよ」 「ちょっと待って。どうしてクロノスは私を殺そうとしたの?」 「知りたい?冥土の土産に教えてあげるわ。あなたは−−」 シュルシュルシュル!! その時、空気を切るような音が聞こえた。 「何だ」 彩香が周囲を見回すと、どこからか金色のブーメランがさっと飛 んできて彩香の右手の甲に命中した。 「うあっ」 彩香は思わず右手に握っていた銃を落とした。 「だ、誰だ!」 彩香は叫んだ。 「ここよ」 その声に目を向けると、クレーンの上に椎野美佳が立っていた。 「美佳−−」 彩香の目が鋭くなった。 「姉貴に指一本でも触れたら、この私が許さないわ」 美佳は戻ってきたブーメランを右手で受け取った。 「どうしてここが?」 「私は姉貴が会社を退社した時から尾行してたの。この数日中に何 かあると思ってね」 「くそぉ」 彩香は美佳を睨み付けた。 「シルフィー、教えて。クロノスはどうして私を殺そうとしたの? 」 律子は尋ねた。 「姉貴、駄目!そんなこと聞いちゃ」 美佳は思わずクレーンから飛び下りた。 「美佳、あなた、知ってるの?」 「それは−−」 美佳は口ごもる。 「教えてやったらどう、この女が悪魔だと−−」 「やめて!」 美佳は彩香に飛びかかった。二人は地面に転がり取っ組み合いに なる。 「あんたなんかに姉貴の幸せを邪魔させないわ」 「冗談じゃない。私はあの女のせいでクロノスを失ったのよ」 「それは姉貴のせいじゃないわ」 美佳と彩香の戦いは激しいものとなった。双方、殴り合い、掴み 合いの争いが続いた。 「二人ともやめて!」 律子は声を荒らげて叫んだ。しかし、二人の耳には入っていない 。 「私は姉貴の幸せのためなら、あんたを殺すわ」 「私だってクロノスの復讐をしてやるんだ!」 そうした二人の取っ組み合いが続いている時、彩香のベルトポケ ットから黒い石が飛び出し、地面に転がった。 「あっ」 彩香は思わず魔法石を見て、叫んだ。彩香はすぐに美佳から離れ 、石を拾おうとした。 「待ちなさいよ、逃げる気!」 美佳が彩香の服を掴んで、引き戻す。 「邪魔するな。あの石を早く拾わなきゃ」 彩香は懸命に手を伸ばして、石を取ろうとした。 それを見ていた律子は何となくその魔法石の魅力に吸い込まれる ように石に向かって歩き出し、石を拾おうと腰をかがめた。 「お願い!あの石を律子に拾わせないで!」 彩香はその時、無我夢中で叫んだ。 「エリナ!」 美佳は彩香の真剣な言葉に思わず金色のブーメランを投げた。 律子が魔法石を手にしようとした瞬間、ブーメランが魔法石をは じいて、遠くへやった。 と同時に彩香がふらふらになりながらも、慌てて地面から魔法石 を拾い上げる。 「よかった、本当に良かった……」 彩香はその場にしゃがみ込み、魔法石を抱きしめるようにして、 言った。 「シルフィー……」 美佳はちょっと意外な目で彩香を見た。 「ふふふ、ついに見つけたぞ。魔法石を」 その時、入口のシャッターの前で声がした。見ると、そこには3 人の軍服を着た女が立っていた。 「あなたたち、誰なの?」 美佳はきな臭い雰囲気を感じながらも三人に向かって尋ねた。 「私はフォルスノワール総統親衛隊NO.5、エルザ」 「同じく親衛隊NO.6、フレイア」 「同じく親衛隊NO.7、マチルダ」 三人はそれぞれに答えた。 「フォルスノワールが何の用?」 「おまえになぞ用はない。そこの女から魔法石をいただくまでだ」 栗色の髪に青い目をしたエルザは一歩、前に出た。 「お断りよ。その石が何だか知らないけど、それは彼女の物よ。無 理矢理、奪おうなんて私が許さないわ」 美佳は親衛隊員たちを睨み付けた。 「ほお、私たちを倒そうというのか、小娘。ならば相手になってや ろう」 「エルザ、我々の使命は魔法石を奪うことだ。戦闘ではない」 フレイアがエルザに耳元で口を挟んだ。 「ふふ、わかってるわ。だから、私があの小娘の相手をしている間 にあなたたちがシルフィーを殺して石を奪うのよ」 「しかし、美佳のあの黄金銃はただの銃ではない。過去に仲間がや られたのを忘れたか」 「ファレイヌの弱点は分かっている。速攻だ。奴は銃を撃つまでに ほんの僅かだが時間がかかる。だから、速攻でしかければいいんだ 」 「なるほど。わかったわ」 フレイアが小声で言った。 その間にも美佳はブーメランのエリナをリヴォルバーに変形させ 、彩香を三人から守るようにして立った。 「じゃあ、いくわよ、美佳」 エルザがまた一歩前に出る。他の二人はエルザから離れ、両サイ ドに回った。 −−まずい。このままだとエルザの最初の攻撃を受けている間に 他の二人にシルフィーを殺されてしまうわ。 美佳はちらっと後ろの彩香を見た。 「美佳、あんたどうして私を……」 彩香は美佳を見上げた。 「人を助けるのに理由なんかいらないわ」 美佳は彩香ににっこりと微笑み、そして、再び真顔になってエル ザの方を向いた。 −−姉を殺そうとした私のために……クロノス、わたし、どうし たらいいの。今の私は何をすればいいの。何をすれば、美佳に…… 彩香はふと自分の手にした魔法石を見た。魔法石が内側から光を 発している。 <ミカ ニ チカラ ヲ アタエテクレ> その時、彩香の心にそんな声が聞こえてきた。 −−この石が美佳の役に立つの。この石が…… 彩香はぐっと石を握りしめた。 −−ごめん、クロノス 彩香は突然、美佳の左手を掴むと、自分の手に持っていた魔法石 を握らせた。 「行くぞ!」 その時、エルザが突然、発光弾を地面に叩きつけて、めくらまし を行うと、その光の中に飛び込んで、素早くサバイバルナイフを突 きたてて、美佳に襲いかかった。 と同時フレイアが右に、マチルダが左に素早く散り、両サイドか ら拳銃を抜いて、美佳の後ろにいる彩香を狙う。 「死ね!」 エルザがナイフを美佳の心臓へ突き立てたと思った瞬間、美佳の 姿が消えた。 「な、何ぃ」 ナイフの攻撃が空を切ったエルザはそのまま前のめりに二、三歩 進む。そこには彩香の姿もなかった。 「あっ!」 この時、両サイドから彩香を狙っていたフレイアとマチルダは心 の中で声を上げた。二人のターゲットの中には彩香ではなく、エル ザがいたからである。 二人は考えとは裏腹に反射的に引き金を引いた。 パァーン!! 左右からの弾丸がエルザの頭に命中した。 「エルザァ!!」 二人は叫び声を上げた。 エルザは一言も口にすることなく、頭から血を流し、その場にば っさりと倒れた。 「くそぉ!美佳と彩香はどこに」 二人は辺りを見回した。 「あっ」 フレイアたちはクレーンの上に立っている人影を見て、思わず声 を上げた。そこには彩香を両手で抱き上げた一人の少女が立ってい た。その少女はエメラルグリーンの髪と瞳。白い肌。スリムなスタ イル。そして、頭につけた白いヘアバンドに、白い戦闘服。それは まるで鎧をまとった天使のようないでたちであった。 「おまえは……」 フレイアたちは呆然としながら、言った。 「立ち去らないと、あなたたちの腹に風穴が開くわ」 少女は二人を見下ろして、言った。 「何ぃ」 「ふざけるな」 フレイアとマチルダが同時に拳銃を発砲した。 少女は彩香を頭上高く放り投げると、その瞬間、金色の粉末が集 中して少女の右手に黄金銃が現れ、少女はその銃を二人に向けて発 砲した。 グォーン、グォーン 光に包まれた巨大な白いエネルギー弾が少女に向かってくる数発 の弾丸を消滅させ、真っ直ぐ二人に命中した。 「うああ」 フレイアとマチルダの胸に直径30センチの強大な穴が開いた。 二人はそのまま抱き合うようにして倒れた。 撃ち終わると黄金銃は十字架のペンダントに変わって少女の首に かかり、少女は上から落ちてくる彩香をしっかりと受け止めた。 「ど、どうなってるの?」 律子は信じられないといった顔つきでその様子を見ていた。 少女はクレーンから飛び下りると、彩香をその場に降ろし、律子 の方へ歩いてきた。 「ま、待って。私なんか殺したって何の得にもならないわよ」 律子は激しく横に首を振った。 「殺すわけないでしょ、姉貴」 少女はヘアバンドを外した。すると、少女は一瞬、パッと光に包 まれてもとの茶色の髪の椎野美佳の姿に戻った。 「ちょっと何なのよ。どうなってるわけ?」 「さあ、わからないわ。ただシルフィーから石を受け取った瞬間、 変身しちゃったのよ。何かこう凄い力がみなぎっちゃって。どうや ら、ヘアバンドを装着すると、変身するみたいね」 美佳は魔法石から変化したヘアバンドを見て、言った。 「ねえ、私にも貸して」 律子がせがむ。 「駄目」 「ケチッ!」 「姉貴のためなの」 美佳は強い口調で言った。 「美佳−−」 彩香が美佳の後ろから声をかけた。 「シルフィー、ありがとう。あなたのお蔭よ」 美佳は礼を言った。 「礼を言うのはこっちの方さ」 彩香は照れくさそうに言った。 「これ、形が変わっちゃったけど、シルフィーに返すわ」 美佳はヘアバンドを差し出した。 「いいよ」 「え、どうして?」 「あたし、聞いたんだよ。美佳が私の楯になってくれてた時。『美 佳に力を与えてくれ』って声を。この石はきっと美佳の物なんだよ 」 「シルフィー……」 「あたしが持ってたって仕方ないだろ。この先、命狙われるのも御 免だし」 「それでいいの?」 「ああ。それから、もう律子は狙わないよ。律子のことは美佳に任 せた。絶対に悪……いや、もう美佳には分かってるよね」 「うん。絶対に防いでみせるわ」 美佳は元気良く言った。 「ねえ、二人で何を話してるのよ」 律子が二人の間に割って入った。 「内緒の話。おばさんにはちょっと理解できないかもね」 「コラッ、美佳」 「冗談ですって、お姉様。それより、お友達を紹介するわ。えっと 怪盗シルフィーでぇっす」 「もうシルフィーはいいわ。これからは神崎彩香って呼んで」 「へえ、名前があるんだ」 「当たり前でしょ。律子、さっきまでのことは悪かった。もう狙っ たりしないよ」 彩香は素直に謝った。 「あのねぇ」 律子が彩香の態度の変わりように何か言いたげだった。 「まあまあ、姉貴、いいじゃない。人間、時には寛容の心も必要よ 」 美佳は律子の肩をポンポンと叩いて、言った。 「わかったわ。今までのことは許してあげる」 律子は仕方ないといった顔で言った。 「これで仲直りね。ねえ、彩香、今日は家へ泊まりなよ。こんな汚 れた服じゃ、大変でしょ。私の貸してあげる。サイズがあわなきゃ 姉貴のでかいのがあるし」 「美佳!」 「はは、まあ、服はともかく折角、友達になったんだし遊びにきな よ」 「いいのか」 彩香は体裁が悪そうに言う。 「もちろん」 美佳ははっきりと言った。 「それじゃあ−−」 「よし、決まり。じゃあ、早く家へ帰ろ。姉貴、裸足で歩いてるの 他の人に見られないように気をつけてよ、恥ずかしいから」 「うるさい」 ポカッ! 「いたぁい、何すんのよ」 「それより、美佳、死体はどうするのよ」 「家へ帰ってから、警察へ知らせれば、いいわ」 「呑気ねぇ」 「呑気とは何よ、呑気とは」 美佳と律子、彩香の三人はわいわい喋りながら、シャッターを開 けて、工場を出ていった。三人がいなくなった後、整備機械の影か らゼーテースが出てきた。 「やはり中立の神の子であったか、美佳は。奴が目覚めたとなると 、こいつは厄介だな。まあ、いいか。時間はまだある。美佳、せい ぜい今のうちに姉に甘えておくんだな、いすれ君は姉さんと戦うこ とになるのだから」 ゼーテースはそういうと、ふっと工場から姿を消した。 終わり