第38話「演劇部怪事件」後編 6 深夜の襲撃 美佳はその夜も仕事のため、帰宅は10時だった。 「ただいま」 「ああ、よかった」 玄関に出迎えるなり、律子は安心したようにため息をついた。 「どうしたの、姉貴」 美佳は玄関で靴を脱ぎながら、尋ねた。 「変な電話があったの」 「変な電話?」 「そう。演劇部を辞めなければ、殺すって。何か妙に気味の悪い声 で。一体、どういうことなの?」 「いつかかってきたの?」 「7時頃よ。その後も何回かかかってきたけど、それは私が出ると 、すぐに切れてしまったわ」 「そう」 美佳は考え込んだ。「多分、最初の電話は私と姉貴を間違えたの ね」 「ねえ、説明してよ、あの電話は何なのか」 「ただの悪戯よ」 「悪戯って、昨日から何度もよ」 「きっとしつこい電話魔なのよ。私、今日疲れたから、寝るわ。お やすみ」 美佳はそういうと、自分の部屋に入ろうとした。 とその時、電話が鳴った。 「美佳」 律子は不安げな顔で言った。美佳は姉のその表情を見ながら、受 話器を取った。 「はい、椎野ですけど。どちらさまですか」 しばらくの沈黙の後、 『椎野美佳、演劇を辞めろ。さもなくば、おまえを呪い殺してやる 、ひひひひひ』 と気味悪い笑いを残して、電話は切れた。 「美佳、誰から?」 「ただの無言電話。姉貴、気になるようなら電話機、外しておいた 方がいいよ」 美佳はそういうと、自分の部屋に入った。そして、ベッドに体を 投げ出した。 −−今日も悪戯電話か。こんな電話が毎日、かかってきたら部員 たちも辞めたくなるわけよね。波多野君や先輩たちのところにもか かってきてるのかしら。だとしたら、大変だなぁ。早く何とかしな いと 美佳はそう考えているうちにすぐに眠りについてしまった。 ……ん、何かしら……く、苦しい……これは…… 美佳は突然、呼吸困難に襲われて目覚めた。 −−はっ!! すると、真っ暗な部屋の中で白い少女の幽霊が美佳の首を両手で 絞めていたのだ。 −−ゆ、幽霊!! 美佳の目の前の幽霊は半透明で、ぼんやり青白い光を体から放っ ていた。そして、波多野の言ったようにセーラー服を着ていた。 −−く、苦しい 美佳は何とか手を振り解こうとしたが、体が金縛りにあったよう に動けなかった。 <演劇部を辞めなさい、いいわね> 幽霊が言った。 「やめないわ、絶対に」 美佳は幽霊を睨みつけて、言った。 <いいの?死ぬわよ> 幽霊は気味の悪い笑みを浮かべ、さらに美佳の首を絞め上げる。 <さあ、辞めるといいなさい> 「くっ……エ、エリナ」 美佳は喉から絞り出すように声を上げると、美佳の首にかかった 十字架のペンダントが光り、粉末となって移動して、美佳の右手に 集結し一丁のリヴォルバーとなった。 <かわいそうだけど、死んでもらうわ> 幽霊が最後の力を込めようとした時、美佳はリヴォルバーのトリ ガーを引いた。 グォーン!! 銃口から光弾が発射され、カーブして幽霊に命中した。 <きゃあああ> 幽霊は突然、悲鳴を上げて、美佳の首から手を放し、宙に飛び上 がった。そして、2、3回、天井辺りを飛び回ると、闇の中へ消え た。 「ゴホッ、ゴホッ!!」 幽霊が消えると、ようやく金縛りが解け、それと同時に美佳は激 しくむせた。 「ほ、本当にいたのね、幽霊の奴」 美佳は首をさすりながら、傍の目覚まし時計を見ると、時は午前 二時を指していた。 7 電話の依頼 翌朝6時、美佳は警視庁の刑事である牧田奈緒美のマンションに 電話をかけた。 美佳は、奈緒美が電話に出るまでには40回、送信音を聞いた。 『はい、牧田。何か用ですか』 奈緒美のかなり不機嫌で、眠気たっぷりの声が聞こえてきた。 「私、美佳。ごめんね、こんな朝早く」 『……用なら、とっとと言って』 「うん。凌雲高校で過去に起こった自殺事件を調べてほしいの。対 象は女子高生でね、多分演劇部に所属していたと思うの」 『自殺なら今年の5月頃なかったっけ?』 「あれ以外によ」 『わかった、調べておく』 「ありがとう。じゃあ、お昼に学校の裏門まで来てよ」 『わかった……』 奈緒美の電話はそこで切れた。 「ちゃんとわかってるのかな。まあ、いっか」 美佳は受話器を電話に戻すと、自分の部屋に戻った。 8 朝の部室 美佳は奈緒美に電話してからすぐ制服に着替えて、学校へ行った 。そして、学校に登校すると、教室に鞄だけ置いてそのまま演劇部 の部室へ行った。 「ふええ、こんな朝早くから来てるんだ」 美佳は部室に安達小百合と2年生の川名静江がいた。二人は裁縫 用具を床に広げて、ドレスを縫っていた。 「おはよう、椎野さん」 「椎野、おはよう」 二人は元気に美佳に挨拶した。 「おはようございます。何を縫ってるんですか」 「今度の劇の衣装よ」 「へえ、こんなものまで作るんですか」 「そりゃあ、そうよ。衣装借りるお金なんてないしね」 静江が言った。 「古いブラウスとか、カーテンとかを利用して作るのよ」 と小百合。 「何か面白そう、手伝いたいな」 美佳が珍しげに言った。 「やってみる?」 「喜んでと言いたいけど、私、全然裁縫できないの。中学校の時の 家庭科でもエプロン作りとかあったけど、わざと宿題にしてお母さ んにやってもらったりしたから」 美佳が苦笑して言った。 「あらあら。でも、椎野さん、裁縫ぐらい出来ないと、いいお嫁さ んになれないわよ」 「かもしれない」 「うふふ」 三人は互いに笑った。 「ところで先輩、二人に聞いてもらいたい話があるんです」 「なぁに」 「私、昨日、幽霊に襲われたんです」 美佳がそういった途端、裁縫をしていた二人の手が止まった。 「本当なの?」 「はい」 美佳は昨夜のことを話した。 「そう……首を絞めるなんて」 小百合は頭を横に振った。 「先輩たちはどうなんですか」 「どうって?」 「悪戯電話とか毎日かかってくるんでしょう」 「電話の方は出ないようにしてるから大丈夫だけど、幽霊には毎日 、悩まされてるわ」 静江が言った。 「毎日?」 「ええ。お風呂に入ってる時とか、夜寝てる時とかにね」 「恐くないんですか」 「そりゃ恐いけど、私は演劇が大好きだもん。幽霊如きにびくつい てられないわ、まあ、おかげで家では眠れなくなったけど」 「凄いですね」 美佳は自分が一時でも静江を疑ったことを反省した。 「でも、昨日はなぜか出なかったわね。おかげで久しぶりに7時間 眠れたけど」 と静江が笑顔で言った。 「でも、心配だわ。私のところにも確かに幽霊は出たけど、脅かす だけで、首を絞めるなんてことはなかったわ。どうして椎野さんに だけ」 と小百合は不安げな顔を浮かべて言った。 「今までは脅かすだけだったんですか」 「ええ。突然、電気が消えたり、物が動き出したりすることもあっ たけど、でも、危害を加えられたことは特になかったわ」 「そうね、私が階段から突き落とされたのもそれ一度きりだったし 、後は特に−−」 と静江が思い出しながら言った。 −−どういうことなのかしら。昨日の幽霊は私だから命を狙った のかしら。それとも、これからは他の部員たちも…… 「部長、波多野君はまだ来てないんですか」 「彼なら体育館の裏の倉庫で大道具を作ってるわ」 「一人でですか?」 「ええ」 「他の3年生の先輩は?」 美佳は昨日の部室での片瀬と小百合とのやり取りが気になってい た。 「それがね−−」 小百合は顔を曇らせた。「昨日、二人のご両親から電話があって 、辞めることになってしまったの」 「そうですか−−」 美佳も肩を落とした。 「そう気にするなって。何とかなるよ」 静江が明るく言う。 「でも、部員の数、足らなくて劇が出来るんですか」 「その時は私一人で5役でも6役でもやるよ」 「先輩、そんなに一人で役をやったら、部員いりませんよ」 「あら、そうだったわね」 静江はぺろっと舌を出して、言った。 9 自殺事件 その日の正午、美佳は裏門で待ち合わせていた牧田奈緒美から自 殺事件に関する書類を受け取った。 「ありがと、ナオちゃん」 美佳は書類の入った封筒を手にして、ご機嫌な様子で言った。 「今回だけよ。私だって忙しいんだから」 奈緒美は美佳とは対照的に不機嫌そうな顔で言った。 「恩に来てます。この埋め合わせは今度するから」 「その言葉、忘れないでよ。じゃあ、帰るわね」 奈緒美はそういうと、裏門を出ていった。 「さてと−−」 美佳は早速、封筒から資料を取り出して見た。「1件だけか。ま あ、考えみれば、自殺なんてそうしょっちゅう起こるもんじゃない もんね」 −−1983年2月26日未明、私立凌雲高校の演劇部部室で女 生徒が首をつって死んでいるのを登校してきた生徒が発見し、教師 を通じて警察に通報。I署の調べでは、自殺した生徒は会社員、倉 沢秀夫さんの長女で同校3年の倉沢聡子さん(当時18)で、死因 は頸部圧迫による窒息死の判明。傍には遺書があり、その遺書には 「演劇も勉強も大嫌いだ」と自筆で綴られていた。I署では自殺と 他殺の両面で捜査を進めたところ、聡子さんは演劇が好きで1年の 頃から演劇部に入り、活動していたが、3年になってからは受験勉 強と演劇部の活動の両立で深く悩んでいたという。そして、演劇部 の部長という立場上、11月の文化祭公演まで演劇部の活動を続け た聡子さんだったが、それが影響して2月の大学受験にすべて失敗 。そのことで両親からきつく咎められたという。警察では本事件を 受験失敗を苦にした自殺と断定し、本事件の捜査を打ち切った。 「この子だわ。間違いない」 美佳は資料に同封されていた写真を見て、昨夜見た幽霊と同じで あることを認識した。「でも、この事件って3年以上も前よね。な ぜ今頃になって化けて出てきたのかしら」 その時、資料に挟まっていたもう一枚の写真が落ちた。 「あっ、いけない」 美佳はそれを慌てて拾い上げた。「倉沢さんの家族の写真みたい だけど−−こ、これは」 美佳はその写真を見た途端、愕然とした。「まさか、今度の幽霊 事件は……」 「よっ、チャッケ、何つったってんだ」 突然、背後から声を掛けられ、美佳はびくっとした。振り向くと 、田沢がいた。 「な、何よ、びっくりするじゃない」 美佳は慌てて資料を封筒にしまい込んで、文句を言った。 「てめえが勝手に驚いたんだろ」 田沢は悪びれた様子もなく言った。 「うっさいわね、あんたとは絶交したんだから話しかけないでよね 」 「俺は絶交した覚えなんてないぜ」 「あっそ。勝手にすれば。私は本当に絶交なんだから」 美佳はそういって、その場を数歩歩きかけたが、すぐに立ち止ま って、振り向いた。 「そうだ、ねえ、タキチ、あんたに協力してほしいことがあるんだ けど」 「何だよ、いきなり。絶交したばっかりだろ」 「だから、その絶交を解いてあげようって言ってるんでしょ」 「演劇部なら絶対入らねえからな」 「そうじゃないわ。別のことなの」 美佳は真剣な顔で、言った。 「おまえって変わり身、はええなぁ」 田沢はとてもついていけないというような顔をして言った。 10 幽霊が出た!! 深夜午前霊時、川名静江は自分の部屋の机に向かい、明日の数学 の宿題をやっていた。こんなことは数週間前までは考えられないこ とだった。静江にとっては普段なら寝ている時間だが、深夜に少女 の幽霊が自分の部屋に現れるようになってからは、すっかり寝付け なくなってしまったのである。 静江は何となく不安なのか部屋中の照明を付けていた。そして、 耳にはヘッドホンをして、ステレオコンポのCDを聴いていた。 ながら勉強は静江の得意技なので、音楽をガンガンに鳴らしなが らでも普通に宿題をやっている。 「XにYの式を代入すると、こうなるから−−そうすると−−」 静江がぶつぶつ呟きながら、ノートに計算式を書いていると、突 然、天井の照明がちかちかと付いたり消えたりを繰り返した。 「何かしら」 照明の異変に気づいた静江が天井に備えつけられた照明を見た時 、照明がぱっと消えた。と同時に机の上のデスクライトも消え、部 屋が真っ暗になった。 「ま、まさか」 静江の顔に不安の色が走る。 <ふふふふふ> とその時、ヘッドホンを通して、気味の悪い女の声が聞こえてき た。 「きゃあ」 静江はびっくりして、ヘッドホンを外し、床に投げ出した。 「ま、また、あなたね。演劇部なら絶対に辞めないわよ」 静江は気をしっかりと持ち、観えない相手に向かって言った。 <ほほほほ、強気なのね> 闇の中からセーラー服を着た少女の幽霊が浮かび上がった。 「あんた、どういうつもり、毎晩、毎晩。一体、演劇部に何の恨み があるって言うの」 三週間あまり被害を受けている静江としては、幽霊に対し恐怖よ りも怒りが先行していた。 <演劇部は私の人生を奪ったの。だから、潰すのよ> 「そんなの身勝手だわ。私、知ってるのよ。あなた、4年前に自殺 した倉沢聡子さんでしょ。自分の受験の失敗を演劇部のせいにする なんて最低だわ」 <あなたに私の気持ちなんて分からない。演劇と大学進学の二つ の夢を奪い取られた私の気持ちなんか> 幽霊は怒りに震えた声で言った。 「そんなの逆恨みだわ。演劇部をつぶすなんて間違ってる」 <うるさい!俺は姉さんを殺した演劇部の存在そのものを潰すん だ> 「ね、姉さん?」 <おまえを殺してやる。今までは素直に部を辞めれば許してやっ たが、もう遅い。今でも部に残っている部員は全員殺してやる> 幽霊が突如、形相を鬼のように変え、静江に迫った。 静江はこれまでにない殺気を感じ、部屋のドアを開けようとした 。だが、全く開かない。 「くっ、どうなってるの。開かない!」 <殺してやる> 「誰か、助けて!お父さん!!!」 静江は大声を上げながら懸命にドアを叩いた。 <無駄よ。助けにくる前にあなたはばらばらになるんだから> 幽霊が目が真っ赤に光った。 その途端、静江の服がびりびりに引き裂かれた。 「あ、あわわ」 静江は顔面蒼白になり、声も出なくなった。 <次はその体を引き裂くわ> 「お願い、やめて」 <もう演劇部を辞めるなんて言っても遅いわよ。あなたには時間 なんて残されてないんだから> 幽霊の目が再び真っ赤に光った。静江の白い肌に赤い亀裂が入る 。 「いやあぁぁぁぁ」 静江が蚊の泣くような悲鳴を上げた。 グォーン!!! その時、ドアの横の壁から光の弾丸が飛びだし、幽霊に命中した 。 <ぎゃああああ> 幽霊が悲鳴を上げて、消滅した。 「先輩、開けて!」 ドアの向こう側から椎野美佳の声が聞こえてきた。 静江は天の声とばかりにドアのノブを回すと、ドアが開いた。部 屋の入口には黄金銃を手にした美佳が立っていた。 「うわああん」 静江は美佳の顔を見ると、突然泣きだし、美佳に抱きついた。 「落ちついて、先輩、もう大丈夫だから」 美佳は優しく静江の背中をさすってやった。 「一体、何があったんだ」 静江の両親が騒ぎを駆けつけ、2階に上がってきた。 「あなた、誰なの?いきなり家に上がり込んで」 「そんなこと、どうでもいいから、救急車を呼んで。娘さん、怪我 をしてますから」 美佳はそういうと、母親に静江を預け、急いで2階を下りていっ た。 11 幽霊の正体 「畜生、失敗したか」 黒い木偶(でく)を手にした少年は川名邸の傍の電柱の陰から一 目散に逃げ出した。 少年は静かな住宅街の夜道を脇目も振らずに走っていた。途中、 すれ違い人は誰一人いなかった。 そのためか、彼は走る自分に対して、電柱陰から突然出た一本の 足をよけることが出来なかった。 少年はその足に自分の足を引っかけ、前のめりに転んだ。 「そんなに急いでどこへ行くんだ、波多野」 電柱の陰から田沢が姿を現した。 「お、おまえは−−」 波多野は田沢を一瞬、睨み付けた。 「川名静江の家の次は、部長の家か、それとも美佳のマンションか 」 「な、何のことだ?」 「惚けたって無駄さ。てめえは4年前に自殺した倉沢聡子の弟だろ 」 「な、何を根拠に……」 波多野は動揺の色を浮かべた。 「この写真さ」 田沢は一枚の写真を見せた。そこには波多野と聡子、そして、彼 らの両親が一緒に写っていた。 「てめえの波多野の姓は離婚した両親の母方の姓だ。違うか?」 「くそぉ」 波多野は拳を固めた。「ああ、そうだよ。俺は倉沢聡子の弟だ」 「やっぱりね」 波多野の背後から声がした。振り向くと、美佳が立っていた。 「椎野……」 「残念だわ。波多野君だけは犯人じゃないと思ってたのに」 美佳は寂しげな表情で言った。 「ちょっと待ってくれ。俺が一体、何をしたって言うんだ」 「演劇部の部員たちに対する脅迫電話や嫌がらせ。それから、幽霊 を使っての殺人・脅迫行為よ」 「どこにそんな証拠がある」 「証拠ならこのカメラに収めたわ。波多野君がその人形を使って、 幽霊を呼び出すところをね」 「そんな写真、誰が信じるんだ。せいぜい、雑誌の心霊写真で取り 上げるぐらいなものさ」 「波多野、てめえ!」 田沢は波多野の服の襟首を掴んだ。 「待って、タキチ」 美佳が口で止めた。 「ちっ!」 田沢は波多野の服を放した。 「波多野君、どうあっても自分の罪を認めないのね」 「ああ」 「そう。チェーンジ リヴォルバー」 美佳がそう口にすると、首にかけた金色の十字架のペンダントが パアッと光り出して一丁のリヴォルバーに変化し、美佳の手に収ま った。 「な、何だ、それは」 波多野は目を丸くした。 「この銃の弾丸は精神のエネルギーで出来ているの。だから、撃っ ても弾丸は残らないわ」 美佳はリヴォルバーの銃口を波多野へ向けた。 「何の真似だ」 「あなたを撃つわ。あなたが死んだところで、証拠は何も残らない 。いい考えでしょ」 美佳は銃のトリガーに指を掛けた。 「やってみろよ。どうせはったりだろ」 と波多野が言うや、美佳はトリガーを引いた。 グォーン! 弾丸が波多野のこめかみを掠って、後ろの壁に命中した。 「あ、そんな……」 波多野の顔が真っ青になった。 「次は外さないわよ」 美佳が真顔で言った。 「ま、待て。俺が悪かった。やったのは全て俺だ」 波多野が観念したように言った。 「波多野君、なぜこんなことをしたの?」 「復讐さ。俺がこの学校に入ったのも、演劇部に入ったのも全ては 復讐のため」 「どうしてそこまで−−」 「おまえらにはわからないだろうな。姉さんは本当に演劇が好きだ ったんだ。将来は外国に行って演劇の勉強したいって夢をいつも目 を輝かしながら俺に話してくれた」 「それがどうしたつうんだよ。大学に落ちたのはお前の姉貴に実力 がなかったからだろ」 田沢が口を挟むように言った。 「何だと!」 波多野は睨み付けた。「姉さんは、頭だって抜群に良かったんだ 。学校のクラブ活動をしながら、毎日、夜遅くまで勉強して。校内 の実力テストでもいつも一番だった」 「波多野君、タキチの暴言は私から謝るわ。でも、それだったら、 どうして演劇部を恨むの?お姉さんの受験の失敗がクラブのせいじ ゃないことは波多野君だってわかるでしょう」 「椎野、4年前の文化祭の時、演劇部がどうなったか知ってるか」 「え?」 「文化祭直前になって演劇部の部員の一人が無免許のバイク運転で 死亡して、文化祭公演が中止になったんだ。さらにそいつが事故の 前に他の演劇部員と酒を飲んでいたことがわかって、大問題になり 今度は演劇部そのものが廃部になった。その間、部長だった姉さん は何度も教師どもから責任を追求され、勉強どころじゃなくなっち まったんだ。おかげで姉さんは受験に失敗し、自分の代で演劇部を 潰してしまったことに責任を感じて自殺してしまったんだ」 「そんなことがあったの……」 「それだけじゃない。翌年の新学期になったら、潰れたはずの演劇 部が元のように復活したんだ。何もなかったように。そんなことっ てあるか。もし演劇部を復活させるんなら、姉さんが生きていた時 にやってほしかった」 「波多野君……」 「俺は演劇部の存在なんか認めない。だから、4年前と同じように 文化祭の直前に潰そうと考えたんだ」 波多野は熱のこもった強い口調で言った。 「波多野君の気持ち、少しだけわかる……でも、人を傷つけるのは よくないよ。そんなのは死んだお姉さんも喜ばないと思う。それに その人形。一体、どこで手に入れたの。そういった霊的な道具は使 い方を間違えると、波多野君自身にも跳ね返るのよ」 「これは占い師がくれたんだ。これを使えば、姉さんの霊を呼び出 すことが出来るって。ヒドム ガデム ドーラ」 波多野が妙な呪文を唱えると、黒い木偶から青白い光に包まれた 白い少女の幽霊が現れ、宙に浮かび上がった。 「この人形に喋りかければ、姉さんの幽霊はその通りに喋るんだ。 さあ、姉さん、こいつらをやるんだ!」 「波多野君!!」 「俺の正体を知られたからには君達には死んでもらう」 「無駄よ」 「俺には最後の仕事があるんだ。演劇部のものを全て破壊するとい う作業が」 「どういうこと?」 「体育館倉庫の中には演劇部の全ての大道具小道具が入っているだ ろ。昨日のうちに倉庫の中に時限発火装置を付けておいたんだ。後 二時間で作動する。そうすれば、倉庫は全焼さ」 「何てことを……タキチ、早く学校へ行って」 「わかった」 田沢はすぐにその場を走り出す。 「逃がすか!姉さん、捕まえて!」 波多野が言うと、幽霊が田沢を追いかけていく。 グォーン!! <ぎゃあああ> 美佳の銃から発射された光弾が幽霊を消滅させた。 「畜生、よくも!こうなったら、もう一度」 波多野が再び木偶を握りしめ、幽霊を呼び出そうとした瞬間、美 佳が飛びかかった。 「波多野君、もうやめて!」 美佳は波多野の木偶を持つ手を掴む。 「放せ、おまえなんか殺してやる」 波多野と美佳は路上でとっく見合いになった。 「こんなの使ってたら、波多野君、駄目になっちゃう」 「うるさい、指図するな」 美佳が木偶の首を掴み、波多野が木偶の足を掴んだ。 「返せ!」 「駄目よ」 二人は木偶の引っ張り合いになった。そして、ついに木偶の首の 部分が引きちぎれた。 「あっ!」 二人は互いに目を見張った。その瞬間、波多野の首にびりびりっ と裂け目が入り、波多野の首がちぎれ飛んだ。 「は、波多野君……」 美佳は驚きの余り口を覆った。波多野の首は数十センチ地面を転 がり、首から下の体は崩れるようにその場に倒れた。 「使っているうちに人形と同化してしまったのね……」 美佳は木偶の首の部分をその場に捨てると、涙を抑えながら、田 沢を追って夜道を駆け出した。 エピローグ 十日後、凌雲高校の文化祭は何事もなかったかのように開催さ れた。今年の文化祭も各クラスの出店を始め、体育館でのライブコ ンサート、音楽室での弁論大会、運動場でのサッカー部、野球部そ れぞれの特別試合などで例年どおり賑やかなものとなった。もちろ ん、演劇部も例外ではなかった。 講堂の入口の横には演劇部公演「小公女」と大きな字で書かれた 看板が立ててある。 美佳はその看板をしばらく見つめていたが、やがて講堂に入るこ となく立ち去った。そして、今日ばかりは出店に客を取られ昼でも ガランとしている食堂に入り、一人テーブルに座って、狸そばを食 べた。 「なに一人、孤独に浸ってんだよ」 美佳の向かいの席に田沢が座った。 「タキチか、何か用?」 美佳はそばの丼から目線を上げて、言った。 「冷てえ言い方だな。これでも、火事を救った英雄だぜ」 「英雄にしちゃ態度がでかいけどね」 美佳がにっこり笑って、言った。 「結局、劇はやんなかったのか」 「うん。私は正規の部員じゃないからね。それにあの事件の後、辞 めていった部員がみんな戻ってきてくれたそうだから、もう私は必 要ないでしょ」 「本当はやりたかったんじゃねえのか」 「全然。まだ劇の練習もしてなかったからね。もう少し続けてたら 、違ったかもしれないけど」 「波多野も気の毒だよな、ああやって死んじまうと。そんなに憎か ったのかね、演劇部が」 「柄にもなく同情しちゃって。でも、波多野君は本当は演劇部が好 きだったと思うよ。まがりなりにも11月まで演劇部で活動したん だもん、例え復讐のためだとしてもね。それに部員だって極力脅し だけで辞めさせようとしたじゃない」 「しかし、最終的には殺そうとしたぜ」 「それはそうだけど、彼にも迷いがあったんだと思う。だって、彼 は私に土下座して部に入ってくれって頼んだんだもん。あの時の波 多野君の気持ち、私は信じてあげたい」 「女はすぐに話をロマンチックにしちまうな」 「悪かったわね」 「ところで、波多野の持ってた人形、一体、何だったんだ。警察は 俺たちが写真まで撮ったのに信じてくれねえし」 「肝心の人形が消えちゃったからね、どうしようもないでしょ」 美佳は考え込みながら、言った。−−あの人形はきっとゼーテー スが波多野君に渡したんだわ。きっとそうに違いない。 「それから、そのおまえのペンダント」 「何よ」 「何で銃に変わったんだ?」 「あら、何のこと?」 「惚けんなよ」 「証拠でもある?」 「何ぃ、こいつ」 「きゃあ、逃げろ」 美佳は席をたって、逃げ出した。 「待て、このやろ」 田沢も追いかける。 「あははは」 美佳は楽しげに笑った。 閑散とした食堂の中は一瞬にして、二人の追いかけっこで賑やか になった。 「演劇部怪事件」終わり