第36話「暗躍」後編 8 スケジュール 二日後、一日の授業を終えて、凌雲高校の門を出た美佳の前に一 台の車が止まった。 「美佳、彼のスケジュールが分かったわ」 運転席側のドアが開いて、牧田奈緒美が顔を出した。 「随分、遅かったのね」 美佳は呆れ顔で言った。 「知りたいの、知りたくないの?」 「知りたい」 美佳は奈緒美の車の助手席に乗った。 車はすぐに発進して、学校から少し離れた公園で止まった。 「この辺なら落ちついて話せるでしょ」 「まあね。じゃあ、早速、教えてもらいましょうか」 「その前にもう一度、確認しておきたいわ。本当にCIA長官、ロ バート・ポップマンが狙われるの?」 「多分ね」 「その情報のルートは?」 「ノーコメント。前にも言ったでしょ。それより、情報の方は大丈 夫なの?」 「彼の予定なら何とか掴んだわ。明日、午前7時22分に成田空港 着。そのまま、防衛庁へ行くわ。そこでお偉いさんなんかと会談し た後、米軍Y基地へ行って、午後6時33分の飛行機で韓国へ行く わ」 「それだけ?」 「それだけよ」 「来日時間と帰国時間しかはっきりしてないじゃない」 「そうよ。途中の細かいスケジュールなんて一警官にそんな簡単に 教えてくれるわけないでしょ」 「途中の走行ルートとかわからないの?」 「さあ。特に決まってないからわからないわ。運転手に聞くしかな いわね」 「そんなの無責任だよ。二日も待たせて」 美佳は不平を言った。 「悪かったわね、役に立たなくて」 奈緒美は特に反論はしなかった。 「困ったなぁ。やっぱり尾行するしかないかな」 美佳は親指の爪を噛んで、考え込んだ。 「美佳、あんた、何考えてるわけ?」 「何って?もちろんポップマンさんを助けるのよ」 「助ける?」 美佳の言葉を聞いて、突然奈緒美が吹き出すように笑った。 「何がおかしいのよ」 「あんたみたいな素人に何が出来るっていうの。美佳が心配しなく たってポップマンには優秀なボディーガードがちゃんとついてるわ 。もし危険となれば、予定を変えるとか、ボディーガードを増やせ ばいいわけだしね。一応、その辺のことは私が手を回しておいたか ら大丈夫よ」 「でも、相手はKGBとフォルス・ノワールよ」 「相手が何であろうと、美佳はよけいなことをしちゃ駄目よ。これ は美佳のためを思って言ってるんだからね」 奈緒美は念を押すように言った。 9 前夜 その夜、美佳は自分の部屋のベッドに寝そべって、考え事をして いた。その横の椅子にはフランス人形に変形していた金のファレイ ヌ、エリナが置かれている。エリナは美佳が話しかけないかぎりは ほとんどしゃべることもなく、じっとしている。 美佳はふとエリナの方へ目をやった。 「エリナ、どうしたらいいと思う?ナオちゃんの言うように何もし ないで黙ってみていた方がいいのかな」 美佳の問い掛けにエリナは全く答えなかった。 「エリナぁ、答えてよ。わたし、これでも悩んでるんだから」 しかし、エリナは答えない。 「ちぇっ」 美佳はすねて、エリナに背中を向けた。 −−何よ、エリナったら。いつもはいろいろとアドバイスしてく れるのに。でも、どうしたらいいんだろう。そりゃあ、私だってほ っとけるもんなら、ほっときたいけど、何か気になるのよね。どう してプルードンは私に暗殺を阻止を頼もうとしたのかしら。いくら 裏組織に評判がいいからって、普通は高校生の女の子に頼んだりは しないと思うけどなぁ。第一、暗殺の阻止なら、CIAか何かに裏 情報流して、暗殺を未然に防止した方がいいと思うのよね。 「美佳、ご飯よ」 その時、DKから姉の律子の声がした。 「はぁい」 美佳はベッドから起き上がった。その時、ちらっとエリナの方を 見た。エリナは黄金のリヴォルバーに変化していた。 −−エリナ……それがあなたの意見ってわけね 美佳はそれを見て、小さく頷くと、少し表情を緩やかにして部屋 を出ていった。 10 メモ 翌日、美佳は朝6時に起きると、制服と鞄を洋服ダンスに隠し、 私服に着替えて、姉が起きないうちにマンションを出た。 「エリナ、私、何とか暗殺を防いでみせるわ。今日一日、尾行して れば何とかなるでしょ」 美佳は通りの歩道を歩きながら、首にかけたペンダントの十字架 に話しかけた。 //別にずっと尾行していなくとも、暗殺の時間なら多分わかり ますわ 「え、どうして」 //プルードンが熱い缶コーヒーを飲んで、ひどく蒸せた時があ りましたでしょ 「ああ、あれね。許せないわ。私に抱きついたのよ、どさくさに紛 れて」 //あれは作戦ですわ 「え?」 //あの時、彼はわざと抱きついたんです 「何で?」 //美佳さんのポシェットにメモを入れるためですわ 「メモ?」 //ええ。彼はメモのような物を美佳さんのポシェットに入れて いました。 「本当に?」 美佳は一度立ち止まって左右を見回し、怪しい人影がないのを確 認すると、ポシェットの中を探ってみた。すると中から紙片が出て きた。 「本当だ。どれどれ」 美佳は紙片を開いて、見てみた。「10月**日、東京都港区T 町4丁目の交差点で計画遂行のこと、だって。どうしてエリナ、早 く教えてくれなかったの。早くナオちゃんに知らせなきゃ」 //待ってください 「何?」 //奈緒美さんにそのことを知らせるのは絶対反対です 「どうして?」 //考えてもみてください。この計画の場所を奈緒美さんが知っ たら、どうなると思いますか 「もちろん、この場所に警察を張り込ませ、KGBがポップマンの 車を襲って来たところを一網打尽にして逮捕よ」 //そうじゃありませんわ。この計画が成功するにしても、しな いにしても、奈緒美さんはこの情報の入手先をCIAから追求され るってことですわ 「大丈夫よ。ナオちゃんは私のことを喋ったりしないわ」 //そうでしょうか。 「あのね、ナオちゃんは仮にも姉貴の親友よ。私だって小さい頃か らの付き合いなんだから」 //でも、もしものことがありますわ 「疑り深いのね。それで、このメモのこと、今まで黙ってたのね」 //ええ。これは美佳さんの人生を左右する問題ですから 「わかった。今回はエリナの言葉に従うわ。いつも助けてもらって るし」 //美佳さん 「どうせメモのことがなくたって、暗殺は私の手で防ぐつもりだっ たんだから。まあ、失敗したところで、ねえ……」 美佳は苦笑した。「とにかく、死んだプルードンさんのために一 肌脱ぎましょう」 美佳はメモを握りしめ、歩道を思いっきり駆け出した。 11 連絡 同じ頃、牧田奈緒美は自宅のマンションのベッドで熟睡していた 。昨夜は美佳と別れた後、殺人事件の聞き込みなどで帰宅が午前3 時を過ぎていた。そのため疲れ切っていたのか奈緒美は化粧も落と さず、私服のままであった。 ピルルルル、ピルルルル−− 奈緒美の部屋の電話のベルは既に10回以上、鳴っていた。奈緒 美がようやく電話が鳴っているのに気づいたのが14回目、電話を 取ったのが25回目であった。 「はい、牧田ですけど−−」 奈緒美はぼろぼろに眠そうな声で言った。 『KGBのリトビノフだ』 「ボス!」 奈緒美はびっくりして飛び起き、ベッドに正座した。「な、何、 こんな朝から」 『椎野美佳が動き出した』 「美佳が?まさか」 『嘘なら電話などするか。一体、どういうことなんだ。美佳に計画 の邪魔は絶対させないと言ったのはおまえなんだぞ。だから、我々 の仲間を一人犠牲にしても、おまえに任せたんだ』 「ちょっと待ってよ。美佳は計画の日時も場所も全く知らないはず 。いくら計画を防ごうとしても無理だわ」 『どうかな。本当は知っていて、おまえには知らないふりをしたん じゃないのか』 「美佳はそんな子じゃないわ」 『しかし、ポップマン暗殺の計画と我々がフォルス・ノワールと手 を組んだという情報をどこから手に入れたのか分からんのだろう』 「それはそうだけど−−でも、昨日会った時には詳しく知っている ようには見えなかったわ」 『とにかく、もし美佳が我々の計画を邪魔するようなら、始末する からな。じゃあな』 相手は電話を強引に切った。 奈緒美は受話器を電話に戻すと、大きくため息を付いた。 「全くもう、あれほど止めたのに」 12 宿命 「さて、これから対策を考えなきゃね」 美佳は港区T町4丁目の通り沿いにあるハンバーガーの店に入っ た。そして、チーズバーガーとテリヤキバーガーとメロンソーダを 注文して、2階の窓際の一席に座った。この席からは問題の交差点 がよく見えた。 −−それにしてもこんな大通りの交差点で一体どうやって暗殺す るんだろう。この通りにはすぐ近くに交番はあるし、第一、交通量 が多いから逃げるのだって困難だし、どう考えても無理なのよね //美佳さん、これからどうするんですの 十字架のペンダントに変形しているエリナが念波で話しかけた。 「どうするって?」 //場所は分かったのはいいですけれど、いつ来るかわからない のでしょう 「そこなのよね。ナオちゃんに聞いたルートだとどうしてもこの道 は通らないのよ。きっと、ナオちゃんにもわからない予定が組まれ ているのね」 //そうだとすると、大変ですわ。張り込むといっても、来日か ら帰国まで12時間。集中していられます? 「自信ない。それと張り込み場所にも問題あるわね。同じ所にそん なに長くいたんじゃ、怪しまれちゃうもん」 //どうします? 「どうしましょうかねえ」 美佳はぼんやりと窓を見ながらテーブルに頬杖をついて、考え込 んだ。 その時、美佳の向かいの席に誰かが座った。 「チーズバーガー、一つもらうよ」 その声に美佳はふっと我にかえって、目の前の人間を見た。 「か、河野さん−−」 美佳は目を丸くした。 「朝からご苦労だね」 河野はそういって、美佳のチーズバーガーを頬張った。 「ちょっとそれ、あたしの−−」 「うん、んん、これはうまいな。ソーダももらうよ」 河野はメロンソーダを口にして、口の中のチーズバーガーを一気 に喉に流し込んだ。 「ああ、ごちそうさま」 「な、何しに来たの」 美佳は複雑な表情で河野を見た。 「−−あれほど注意したのに、君という子には恐れいったよ。まさ かこんなところまで来るとはね。どうしてこの場所がわかったんだ い?」 「河野さんには関係ないでしょ。それより、河野さんこそどうして ここに?」 「偶然、君を見つけたからさ」 「見つけたって……」 「俺は今回の計画の補佐を勤めてるんだ。だから、現場のチェック にこうやって周辺を見回ってるのさ」 「ふうん、すると河野さんは私を殺しにきたわけ?」 美佳は河野に取られる前にとテリヤキバーガーを手にして、言っ た。 「そうだといったら、どうする」 「それは−−」 一瞬、美佳は沈黙した。「……そんなこと、考えたくない」 美佳は潤んだ目で河野を見た。 「冗談だよ」 河野は静かに言った。 「え?」 「別に君のことをどうこうするつもりで来たわけじゃない。ただ− −」 「ただ?」 「本当に暗殺を阻止するつもりなのか」 「うん」 美佳は力強く頷いた。 「なぜだ。君には関係のないことだろう。単なる正義感なら、そん なもの捨てた方がいい」 「……」 「君だってわかってるはずだ、フォルス・ノワールに狙われていた 時のことを。KGBまで敵に回していいのか」 河野の言葉に美佳はしばらく考え込んでいたが、やがて口を開い た。 「私だって、もし暗殺計画を知っただけなら、警察に知らせるだけ で自分は何もしなかったと思う−−ねえ、河野さん、人って任務の ためなら命も投げ出せるものなの」 「?」 「私の目の前でKGBの人が服毒自殺したわ。私に秘密をもらさな いためにね。こんなことって考えられる?自分の命より任務の方を 取るなんて」 「それは宿命と言う奴さ。その男は仮に命惜しさに君に秘密を話し て助かったところで、どのみち、KGBに裏切り者として始末され るんだ。どっちにしたって同じことなんだよ。それなら、裏切り者 の汚名より組織への忠誠を選ぶってものさ」 「そんな……そんなこと、間違ってるよ」 「世の中、道徳論だけじゃやっていけないんだ」 「いや、そんなの許せない。私はそんな仲間を平気で殺す連中の計 画なんか粉砕してやるんだから」 「本気で言ってるのか。相手は一人や二人じゃないんだ。国家的組 織だぞ。君みたいな女の子一人の力じゃどうにもならないんだ」 「帰って!あんたなんかに私の気持ちなんかわからないわ」 美佳はテーブルを強く叩いた。 「美佳……」 「−−ごめんなさい、興奮しちゃって。河野さんは私のこと、心配 して言ってくれてるのにね」 美佳は目にたまった涙を手の甲で拭った。 河野はしばらく美佳を見つめていたが、やがてため息をつき、 「−−計画の時間は午後1時30分だ」 と低い声で言った。 「え?」 美佳は顔を上げ、河野の顔を見た。 「美佳、気をつけろよ」 河野は席を立つと、振り向くことなく去っていった。 「河野さん、ありがとう」 美佳は急にうれしくなって、テリヤキバーガーを頬張った。 13 小さな暗殺者 午後1時10分−− 美佳は交差点から少し離れたバス停のベンチから行き交う車、一 台一台に目を配っていた。しかし、この時間帯はなぜか交通量も多 く、確認作業も困難だった。 「全く車が多いわね。こう同じような車ばっかりで、車の流れが早 くちゃ、わからないわよ」 美佳はオペラグラスから目を離した。 まだ十分しかこの場所で張り込んでいないというのにもう音を上 げている。 //高いところから見れば、全体が見渡せるんじゃありません? とエリナが言った。 「それじゃあ、いざと言う時、間に合わないでしょ。せめて、ポッ プマンの車の来る方向だけでも分かればね」 //確かこの近くにはアメリカ大使館がありましたよね。 「うん。でも、それだけじゃね」 //そうですね。 「どんな車に乗ってるかもわからないし、はっきりいって無謀だっ たかなぁ」 美佳は空を見上げた。 //美佳さん、空なんか見上げてる場合じゃないですわ。ちゃん と見てないと 「わかってる」 美佳は再び車道に視線を戻した。 美佳が見張っている間に、バス停には3回ほどバスが止まった。 美佳はその度にバスの運転手に乗らないという意思表示をするのだ った。 美佳は車道を見ている間、すっかり自分に対する警戒心を失って いた。それはこれだけ人の多いところでは狙われないという安心感 からだったが、しかし、この時、美佳の周囲にはほとんど人がいな かった。 「椎野美佳さんだね」 オペラグラスで交差点を見ていた美佳の背後で声がした。 「?」 美佳はオペラグラスを目から離して、後ろを向いた。目の前には 背広姿のサングラスをかけたスラブ人風の顔だちの男が二人立って いた。一人は中肉中背で口髭を生やし、もう一人は長身だった。 「な、何ですか」 美佳はごくりと唾を飲み込んで、言った。 「おとなしくついてきてもらおうか。死にたくなければね」 口髭の男が言った。 「あんたたち、誰よ」 「頭のいい君なら、言わなくてもわかるだろう」 「KGBね」 「わかったら、さあ立つんだ」 口髭の男が美佳の腕を掴もうとする。 「やめて!」 美佳は口髭の男の手を振り払った。「私に変なことしたら大声だ すわよ」 「仕方のないお嬢さんだ」 口髭の男は背広のポケットからシガレットーケース大の箱を取り 出すと、さらにその中から注射器を取り出した。 「誰か助け−−!!!!」 驚いた美佳は叫ぼうとした。だが、もう一人の長身の男がベンチ に座っていた美佳の後ろに回り込んで、美佳の口で右手を、左手で 美佳の左腕を押さえ込んだ。 「んんんん!!!」 美佳は激しくもがいた。 「こいつは即効性の毒だ。苦しむ前にすぐ死ねる」 口髭の男はにやりと笑うと、美佳の右腕を掴み、服の袖をまくり 上げる。 「んんん!!」 美佳は必死になって男たちの手を振りほどこうと体をひねった。 しかし、屈強な男たちの前では美佳の抵抗は無力だった。 「おとなしくついてくれば、少しは寿命が延びたのに。悪いね。あ の世で会おう」 口髭の男が注射器の鋭い針を美佳の細い腕にあてた。 プシュ、プシュ その時だった。ガスの漏れるような音が二回、聞こえたかと思う と、美佳に注射をしようとしていた口髭の男が突然、美佳に覆いか ぶさるようにして倒れた。と同時に美佳は自分の口を覆っていた手 からも解放された。 「ちょっと何すんのよ」 美佳は自分の胸に埋もれていた口髭の男を突き飛ばした。口髭の 男は美佳の前に仰向けに倒れた。彼の額は血で染まっていた。 後ろも見ると、長身の男が額を撃ち抜かれて倒れていた。 「ど、どうなってんの?」 美佳は呆然として、振り向くと、倒れた口髭の男の少し先にはサ イレンサー付きの拳銃を手にした河野が立っていた。 「か、河野さん!」 「バカ!あれほど、注意しろと言っただろう」 河野は強い口調で叱った。 「ごめんなさい」 「おまえのせいでこの俺も終わりだ、全く。警察が来る前に逃げた 方がいいぞ」 河野はそういうと、拳銃を背広の懐にしまい、身を翻して去って いった。 「河野さん……」 //美佳さん、あの車じゃないでしょうか 「え?」 美佳が車道の方へ目をやると、外交官ナンバーの黒い高級外車が 信号待ちで反対側の横断歩道の白い太線の手前で止まっている。そ の外車は両側のウインドがスモークガラスになっていて、中は見え なかったが、エリナの言うように美佳もあの車の中にポップマンが いるような気がした。 「一体、何が起こるのかしら」 //早く狙われてることを知らせましょう。殺し屋が来てからで は遅いですわ 「そ、そうね」 美佳はガードレールを乗り越え、黒い外車に向かって思いっきり 車道を駆けた。バス停から黒い外車まで距離は50メートルあった 。 //美佳さん、急いで 「わかってる」 とはいったが、その時、美佳の靴が脱げて、美佳は30メートル 走ったところで転んでしまった。普段、運動靴のかかとを踏んで履 くという女の子らしくない悪い癖がここで裏目に出てしまったので あった。 「いたた」 うつ伏せに倒れてしまった美佳は一瞬立ち上がれず、顔だけ上げ た。 「あっ!!!」 その時、美佳はとんでもない物を見てしまった。 黒い外車に向かって、美佳とは反対の方向から4WDのラジコン カーが外車の後ろに並んでいる車の下を通って、走ってくるのであ る。 「何だろう、あれ?」 美佳は不思議に思った。 //美佳さん、妙ですわ。信号が赤になってる時間が長い気がし ます 「え?とすると、あのラジコンカーは−−まさか」 そういってる間にもラジコンカーはどんどん黒い外車に迫ってく る。 //早く何とかしないと 「今から知らせたんじゃ間に合わない。こうなったら」 美佳は十字架をぎゅっと握りしめた。「チェーンジ リヴォルバ ー」 美佳の言葉で黄金の十字架がリヴォルバーに変形する。 「頼んだわよ」 美佳はうつ伏せの状態で銃を真っ直ぐ構え、トリガーを引いた。 グォーン、グォーン、グォーン、グォーン 四発の光に包まれた弾丸が次々と銃口から発射される。 弾丸は弾道を描いて、ラジコンカーの4つのタイヤに次々と命中 した。タイヤを失ったラジコンカーは黒い外車の1台後ろの軽自動 車の下で止まった。 「間に合った」 と美佳が呟いた瞬間、 ドゴオオォォォン!!! という轟音と共にラジコンカーが大爆発を起こし、真上にあった 車を炎上させた。 黒い外車に乗っていた男たちがすぐさま爆発に驚いて車を下りる 。その中の一人に写真で見たロバート・ポップマンの姿があった。 「逃げなきゃ」 美佳はすぐに立ち上がり、車道から歩道に逃れた。ちょうどその 時、信号が赤から黄色を経て青に変わる。 「いてて、足が痛いよ」 美佳は擦りむいた足を引きずりながら、ビルとビルの間の路地に 入った。 大通りの混乱をよそに美佳は裏通りに出ると、近くの自動販売機 のところでしゃがみ込んだ。 //大丈夫ですか、美佳さん 「うん、さっき転んだ時、足ひねったみたい」 美佳は足首を押さえた。 キイィィ−− その時、白い乗用車が急ブレーキで美佳の近くに止まった。 「美佳、こんな所にいたのね」 白い乗用車の運転席の窓から奈緒美が顔を出した。 「ナオちゃん、どうしてここに?」 「そんなことどうでもいいでしょ。早く乗って」 「うん」 美佳はすぐ乗用車の後部座席に乗った。 「行くわよ」 「ナオちゃん」 「何?」 「私、ポップマンさんを助けたよ」 「そう。よかったわね」 奈緒美はそっけなくそういうと、すぐに車を急発進させた。 エピローグ こうしてCIA長官ロバート・K・ポップマンの暗殺は椎野美佳 の手によって阻止された。しかし、今回のラジコン爆弾事件では、 ポップマンの乗った車の後ろに並んでいた三台の車が爆発、炎上し 、2人の死者と4人の重軽傷者を出した。この事件において、アメ リカ側はKGBの仕業だとしてソ連を激しく非難。また、ソ連側は 極左のテログループが勝手にやったこととしてKGBの関与を否定 し、両国の対立は深刻になった。 警察の捜査では、事件現場付近に二人のロシア人男性の死体を発 見したが、その二人がKGBのメンバーである証拠を掴むことはつ いに出来なかった。 さて、その夜、美佳と奈緒美は、律子のマンションの居間で律子 からきつく叱られた。 「美佳、どういうつもりなの。学校さぼって、こんなことして。死 んだらどうするのよ」 律子はかんかんに怒りながら、夕刊の新聞をテーブルに叩きつけ た。 「ごめんなさい、反省してます」 美佳はしょんぼりと肩を落とし、うなだれた。 「奈緒美も奈緒美よ、知ってたんならどうして美佳を止めなかった の」 「姉貴、それは−−」 美佳が口を挟もうとすると 「美佳は黙ってなさい」 と一蹴された。 「悪かったわ、律子」 奈緒美もさすがに反省の色を表している。 「たまたま今回は助かったけど、本当に止めてよね、こんなこと。 私、美佳が死んだら−−」 律子は突然、顔を覆って泣き出した。 「姉貴、もうこんな危険なことしないから、泣かないでよ。今度か ら学校も休まないし、今度の中間試験もちゃんと勉強するから」 美佳がそういって、律子をなだめた。 「本当に約束できる?」 律子が顔を上げ、美佳の両手を握った。 「うん」 美佳は頷いた。 「よし、じゃあ、今度だけは許してあげる。その代わり、罰として さっき言った約束は守ってもらうからね」 律子はじっと美佳を見た。 「う、うん」 美佳は勢いに圧倒されて、頷いた。 「じゃあ、夕食にしましょう。奈緒美も食べてくでしょ」 「は、はい」 奈緒美はあわてて返事をした。 律子はまだ肩に怒りを残しつつも、居間を出ていった。 「ナオちゃん、ごめんね。本当は止めてくれたのに」 美佳は奈緒美に謝った。 「いいわよ。それより、無事で良かったわ」 奈緒美はにっこり微笑んだ。 「ねえ、さっきは答えてくれなかったけど、どうしてあの時、現場 にいたの」 「ああ、そのこと。それは−−」 奈緒美は口ごもった。「そ、それは、うんとね、電話があったの よ」 「電話?」 「そう。美佳があそこにいるから、助けてやってくれって」 奈緒美はしどろもどろになりながら、嘘をついた。 「そう……」 美佳は考え込んだ。−−もしかしたら河野さんが。そういえば、 河野さん、どうなっちゃったんだろう。心配だなぁ。私を助けたこ とで大変なことにならなければいいけど 美佳は急に不安になって、両手を合わせた。 一方、奈緒美はそんな美佳の表情を見ながら、別のことを考えて いた。 −−美佳、あんた、完全にKGBを敵に回したんだよ。私、どうな ったって知らないからね…… 「暗躍」終わり