第34話「転校生」後編 6 屋上 「空が青いっていいわね」 仁科和美が1年C組の教室を飛び出した頃、椎野美佳は屋上の隅 に積まれた体育用マットに寝そべって、空を見ていた。屋上は体育 の授業以外ではほとんど使われることがないので、屋上には美佳以 外、誰も人はいない。 //美佳さん、そろそろ教室に戻った方がいいと思いますわ 美佳の首にかけた黄金の十字架が言った。この十字架は無論、黄 金のファレイヌことエリナの変形した姿である。 「何で?」 //このところ、出席のチェックが厳しいんでしょ 「遅刻ぐらい平気よ。大体、こんないい天気に勉強なんかしてたら 、お天道様に悪いってもんじゃない」 //お天道様? 「太陽の愛称よ。ああ、ぽかぽかして気持ちいい。眠くなりそう」 美佳は目を閉じた。 //あの、美佳さん 「なに。お説教ならもういいわよ」 //そうじゃなくて、わたくし、このところ、気になることがあ るんです 「気になることって?」 //この学園内に妙な気を感じるんです 「妙な気って?」 //よくわからないんです。ただ不思議な気が1週間ぐらい前か ら−− 「不思議な気って言われてもね。別に何も起こってないし」 美佳は目を開けて、起き上がった。 //ええ、そうなんですけど。 「わかったわ。エリナの勘は結構、鋭いから注意してみるわ」 美佳がそう言った時、昇降口から仁科和美が出てきた。 和美は美佳には気付いた様子もなく、屋上に出ると、ふらふらと した足取りで目の前のフェンスまで行き、そこでしゃがみ込んだ。 「あれは仁科さんだわ」 美佳はマットから腰を上げると、和美の方へと歩いていった。 「仁科さん」 美佳は和美に声をかけた。 俯いて、荒い呼吸をしていた和美はその声に気付いて、顔を上げ た。 「椎野さん−−」 「どうしたの、そんなに息を切らして」 「ううん、何でもないの」 和美はゆっくりと立ち上がった。 「でも、顔も真っ青よ」 「ちょっと走ったから−−」 「誰かと待ち合わせ?」 「ううん。椎野さんこそ、どうしてここに?」 「私は昼寝よ。あ、朝寝かな?」 美佳の言葉に和美はくすっと笑った。 キン、コン、カン、コーン−− その時、スピーカーからチャイムのメロディが流れた。 「鐘がなったわ。教室に戻ろう」 「え、私は……」 和美は急に表情を曇らせた。 「やっぱり待ち合わせじゃないの?」 「違うわ」 和美は首を横に振った。「−−ただ教室に戻りたくないの」 「へえ、仁科さんがそんなこと言うなんて」 美佳は意外といった様子で和美を見た。「だったら、付き合って あげようか」 「え?」 「授業、さぼるんでしょ。だったら、ここでおしゃべりしてようよ 」 「でも、椎野さん−−」 「私は全然、構わないわよ。いつものことだし−−。それより、手 に握ってるものは何?」 美佳は和美のぎゅっと握りしめた手を見て、言った。 「あっ、これは−−」 和美が手を開くと、水晶のペンダントが現れた。 「へえ、きれいね」 美佳がそのペンダントを手に取ろうとした時、突然、水晶が赤く 光り始めた。 「し、椎野さん、あなた、まさか」 和美は恐怖に囚われたような顔をして、再び水晶を握りしめた。 「どうかしたの?」 和美の突然の驚きぶりを美佳は不審に思った。 「こ、来ないで」 和美は後ずさった。 「仁科さん−−」 美佳が和美に近寄ろうとすると、 「やめて!」 と叫んで和美はいきなり美佳を突き飛ばし、昇降口へ戻って階段 を降りていった。 突き飛ばされた美佳は地面に尻餅を付いたまま、しばらく不思議 そうな顔をしていた。 7 教室での出来事 −−椎野さんも悪魔の手先だったなんて 和美は階段を降りながらも、いろいろと考えを巡らせた。 −−これからどうしたらいいの。私には魔物を倒す力なんてない し。とにかく学校を出よう。 和美は階段で一気に一階まで降りると下駄箱の方へ走り出した。 ところが、運悪く担任の木村に見つかってしまった。 「おい、そんなところで何やってるんだ。もう授業が始まってるん だぞ」 「あの、私……」 「早く教室へ戻れ!」 木村の有無を言わさぬ言葉に和美は従うしかなかった。 教室に戻ると、既に現代国語の授業が始まっていた。教師は和美 に軽い注意を与えただけで、すぐに席に着くように言った。 席に着くと、和美は授業道具を出しながら、ちらりと美佳の席の 方を見た。美佳の席に美佳の姿はなかった。 −−教室になんか戻ってきちゃって…… 和美は大きく溜め息をついた。 「今日は47ページ、蜘蛛の糸に入ります。では、誰かに読んでも らいましょう。栗原さん」 教師が前の席に栗原初枝に言った。 「はい」 初枝は席を立って、朗読を始めた。 −−この授業が終わったら、何としても学校から出なきゃ 和美は教科書を読むふりをしながら、考えていた。 朗読は2ページ読む毎に次の生徒が当てられた。 和美はどうしても川島幸代のことが気になって仕方がなく、出来 ることなら目を合わせたくなかったが、ちらっと中央の後ろの席の 川島幸代を見た。幸代はごく普通に机の上に広げた教科書に目をや った。 −−本当に川島さんが魔物の手下なのかしら。どう見たって普通 の女の子だし 和美は少し安心して幸代から目を離そうとした。だが、次の瞬間 、幸代の不審な行動に和美の目は釘付けとなった。 幸代は和美の視線を知ってか知らずか教科書から目を離し、顔を 上げると、前の席の生徒の頭に目をやった。そして、幸代は赤い舌 を出した。それだけなら何でもないが、その舌が突然、するすると 真っ直ぐに伸び、その舌の先端が前の女子生徒の首筋に張りついた 。 和美はその様子を息を殺して見ていた。何かを言いたくても、声 が出なかった。周りの生徒は幸代の行動に気付いた様子はない。し ばらく−−実際にはどれほどの時間がわからないが、和美はじっと 幸代を見ていた。幸代が何をしているのか、最初は分からなかった 。ただ前の生徒に張りついた舌を伝って、何かが幸代の口の中に入 っていくのが見えた。 −−何をやってるのかしら 和美は幸代の前の生徒の顔を見た。 −−ああっ…… 和美は心の中で声を上げた。 前の女子生徒の顔がどんどん青ざめていっているのだ。しかも、 彼女は抵抗することもなく、ただ虚ろな目をしたまま、教科書を見 ている。 −−血を吸ってるんだわ。早く助けなきゃ。どうして先生やみん なは気付かないの 和美は周囲を見回した。 「せ、先生!」 和美は思わず声を上げた。 「何ですか」 教師は和美の方を見た。朗読していた生徒の声が止まり、急に静 かになる。 「川島さんが−−」 「川島さんがどうかしたの?」 教師の問いに和美は幸代の方を見た。ところが、幸代はもう伸ば した舌を口に収めていた。 和美は続いて前の席の女生徒を見た。しかし、彼女の方も先程ま で真っ青だった顔が元に戻っている。 「嘘だわ−−」 「何が嘘なんです、仁科さん。では、次、仁科さんが続けて」 「え、な、何ページですか」 「人が読んでいるのを聞いていなかったんですか」 「すみません」 和美は小さく頭を下げた。 周りの生徒たちから冷かしの笑いが起こる。しかし、和美の頭の 中はまだ幸代のあの行為のことでいっぱいだった。 8 屋上 その2 「仁科さん、どうしちゃったんだろう」 美佳は体育のマットに寝そべり、空を見ながら呟いた。 美佳は和美が屋上からいなくなると、しっかり屋上に残って、1 時間目の授業をさぼっていたのである。 「ねえ、エリナ、和美の持ってたあの水晶、不思議だと思わない? 」 美佳は十字架に話し掛けた。しかし、何の答えもない。 「エリナ、どうしたの?おなかでも痛いの?なんて、そんなわけな いよね」 美佳は一人でボケとツッコミをやっていた。 //思い出しましたわ エリナが言った。 「何を?」 //先程の女性が持っていた水晶です。あれは幻覚石ですわ 「幻覚石って?」 //持ち主を狂気に陥らせて、その恐怖を吸い取る石です。よく 中世のお話で持ち主を祟る呪いのダイヤの話がありますでしょう。 それと同じような物です。でも、どうしてあの石が……。あの石は 日本には存在しないはずなのに 「狂気に陥らせるってどういうことなの?」 //持ち主に幻覚を見せるんですわ。こうしてはいられませんわ 、美佳さん。早くあの石をあの人から取り戻さないと大変なことに なります 「え?」 //早く起きて、あの人を見つけてください 「うん」 美佳がゆっくりと起き上がる。 //早く!普段、何もしないんですから 「やな言い方ね。わかったわよ」 美佳はぶつぶつ言いながら、昇降口へ向かって駆け出した。 9 行き違い 美佳が授業開始より25分遅れて、教室に戻ると、早速女性教師 の叱言が飛んだ。 「椎野さん、今までどこへ言ってたんです!」 「すみません、ちょっと気分が悪かったから保健室に」 「それだったら、ちゃんと証明書はもらってきましたか?」 「しょ、証明書?」 美佳は困った顔をしながらも、何気なく教師の顔から目を逸らし て、和美の席の方を見た。ところが、席には和美の姿がない。 「あの、先生」 「何ですか」 「仁科さんはどこへ行ったんですか」 「仁科さんは、川島さんと一緒に国語研究室までプリントを取りに いってもらってます」 「じゃあ、私も手伝いに」 「いいです。それよりも証明書を見せなさい。保健の先生からもら ったでしょう」 教師が詰め寄る。 「それなら、後で見せます。それじゃあ」 そういうと美佳は強引に教室を出ていった。 10 悪魔の正体 −−何でこんなことになっちゃったんだろう 和美は隣を歩いている幸代を横目でちらっちらっと見やりながら 、心の中で呟いた。 二人は3階の1年C組の教室を出て、1階にある国語研究室へ向 けて歩いていた。途中の廊下は授業中ということもあって、誰とも すれ違うことがなかった。 和美は歩いている間、幸代とは全く口を聞かなかった。和美は、 もし幸代から話しかけられたらどうしようかとびくびくしていたが 、研究室に着くまでそれもなかった。 和美の首にかけた水晶のペンダントは他人に見られないように水 晶の部分を制服の中に隠していた。しかし、幸代と一緒になってか らそのペンダントが赤く光っていることを和美は気づいていた。 コンコン−− 和美は国語研究室の戸をノックした。しかし、返事はない。 「いないのかしら」 和美はそっと研究室の戸に指をかけると、戸が静かに開く。中を 覗き込むと中には誰もいなかった。 室内は両側を本棚で囲み、中央には六つの事務机があった。 「どうしたんですか」 後ろにいた幸代が尋ねた。 「え!」 和美は一瞬、びくっと震え上がった。「あ、あの、部屋に誰もい ないみたい」 「でしたら、プリントだけ持っていきましょうよ」 と幸代は言った。 「そ、そうね」 和美は研究室に入ると、受持ちの教師の机の前に行った。 机の上にはA4版の茶封筒が置いてある。和美がそれを手にとっ て、中を見ると、教師の指定したプリントが数十枚入っていた。 「あ、あったみたい」 和美が幸代の方を見た時、戸の傍に立っていた幸代が突然、戸を 閉め、中から鍵をかけた。 「どうしたの?」 和美は不安げに言った。 「仁科さん」 幸代が真顔になって言った。 「な、なに?」 和美はごくんと唾を飲み込んで言った。 「あなた、見たでしょう」 「見たって何を……」 「惚けても駄目よ、見たんでしょう」 幸代の美しい顔がどんどん険しくなる。 「見てないわ、何も。本当よ」 和美は激しく首を横に振った。 「いいえ、あなたは私が血を吸っているところを見ていたわ」 幸代の言葉に和美は真っ青になり、手にした封筒を落とした。 「やっぱり見たのね。それから、もう一つ、あの時のペンダント。 あれはテディアの人間が持つ特種な石だわ、どうしてあなたが持っ ているの?」 「も、もらったんです。お願い、許して」 和美は震えた声で言った。 「何をそんなに怯えているの。私が恐い?」 幸代が和美の方へ足を一歩進める。 「来ないで!」 「その怯え方、あなた、テディアの人間ね。私の正体を知っている からそんなに怯えてる、そうでしょう」 「ち、違うわ」 和美は後ずさった。既に和美の額には玉のような汗が滲み出てい る。 「じゃあ、さっき、ペンダントが赤く光った時、なぜ逃げたの?」 「それは−−」 「もう隠しても無駄よ。おまえはテディアの人間だ。生かしてはお かない」 幸代がそういった時、突然、幸代は左頬の所を右手でぎゅっと掴 むと、一気に顔の皮膚を剥ぎ取った。 「いやっ!」 和美は思わず顔を背けた。 だが、和美が再度幸代の方を見た時、皮を剥ぎ取った幸代の顔に はもう一つの顔があった。それはカメレオンに似た爬虫類の顔だっ た。肌は緑色でごつごつとしていた。 幸代はさらに体全身にぐっと力を入れると、体がくぐんと大きく なり、セーラ服が破け、さらに彼女の白い肌までもが引きちぎれて 、緑色の肌が露出した。 「や、やめて……」 和美は目の前に光景に呆然と呟いた。 目の前にいる幸代にはもう上品で美しかった幸代の面影はなかっ た。あるのは2メートル大の強大な爬虫類の姿だった。 「おまえの血を吸い取ってやる」 巨大な爬虫類は口から赤い舌をペロッと出した。 「いやあぁぁ」 和美は悲鳴を上げた。 怪物は気味の悪い笑いを浮かべながら、ゆっくりと和美に近づい ていく。 和美は机にそって後ずさる。 どうしたらいいの。殺される、このままじゃ殺される…… 「ひっひひひ」 怪物は舌を勢いよく突き出した。舌をぐうんと伸び、和美の肩を かすめると、するすると口へ戻っていく。 「誰か助けて!!」 和美は叫びながら、机の上にあるもの、本棚の本を片っ端から投 げ始めた。 「ひひひ、無駄、無駄」 怪物はそういいながら、どんどん和美に迫ってくる。 「もう駄目……」 和美は弱気になって、その場に座り込みそうになった時、机の上 のハサミに目が止まった。和美は思い切って、それを両手で握りし め、刃先を怪物へ向けた。 「来ないで、それ以上来たら刺すわ」 和美は追い詰められた獣のような目で怪物を見た。 「ひひひ、やってみるがいい」 怪物はそういうと、和美に襲いかかった。 11 悪魔の声 「あれ、ここじゃないわね」 美佳は2階の一番はじの数学研究室へ入ると、呟いた。既に理科 研究室、社会研究室と回って3件目である。 //美佳さん、場所、知らないんですか 「そう、あんまりくわしくないのよね」 美佳が苦笑して言った。 「椎野、何か用か」 中にいた顔見知りの教師が言った。 「先生、国語研究室ってどこでしたっけ?」 「それなら、下だ。研究室の場所も知らないのか」 「だって、第一研究室、第二研究室とか書いてあるから見分けがつ かないんだもん」 「簡単だよ。国語、算数、理科、社会の順に並んでるんだ」 「そんなのわかるかっつーの。全くもう」 美佳はそういうと、数学研究室を出て、すぐ傍の階段を降り、1 階に出た。 「今度は大丈夫ね」 美佳はそういって、国語研究室の前に来た時だった。 「きゃあ、助けて!!」 教室の中から女性の悲鳴が聞こえてきた。 「大変!」 美佳はびっくりして研究室の戸を開けようとした。しかし、鍵が かかって開かない。中からは激しい物音が聞こえる。 「仕方ないわね。チェーンジ リヴォルバー!」 美佳がそういうと、美佳の首にかけた十字架がリヴォルバーに変 形した。美佳は鍵の部分に狙いをつけ、トリガーを引いた。 バシッ!! 光弾が戸に命中して、大きな穴が開く。美佳はすぐに戸を開けた 。 「ああっ!!」 美佳は思わず声を上げた。 研究室内では鬼のような形相をした仁科和美が川島幸代に馬乗り になり、幸代の顔目掛けて、ハサミを振り降ろそうとしていたので ある。 「このぉ!」 美佳は黄金銃の和美に向かって投げた。 「ぎゃあ」 黄金銃が回転して和美の顔に命中し、和美は後ろへ倒れる。 「今だ」 美佳はすでに制服が切れ、腕や肩のあちこちを負傷している幸代 の体を引っ張って、研究室の外へ運び出した。 「よくも!」 和美はすぐに起き上がり、幸代に襲いかかろうとした。 「仁科さん、やめて!」 美佳は和美の前に立ちはだかった。 「おまえも仲間ね」 和美は常軌を逸した状態で、目が狂気に満ちていた。 「来ないで!」 和美はハサミを振り回した。 「きゃっ」 美佳の腕をハサミがかすり、血がすっと出てきた。 「仁科さん、しっかりして」 美佳の説得にも関わらず、和美はハサミを振り回しながら襲いか かる。 「こうなったら」 美佳は思い切って和美の懐に入り込み、彼女の両手首を両手で掴 んだ。 「ぐぐっ」 和美は渾身の力で美佳の手を振り払おうとする。 何て力なの、このままじゃ 美佳は予想以上の和美の力に驚いていた。 //美佳さん、仁科さんを元に戻すには水晶を破壊しなければ駄 目ですわ 「そんなこと言われたって、これじゃあどうにもなんないわ」 美佳は和美の手首を掴むだけで精一杯だった。 //わかりましたわ エリナは粉末になると、研究室の外で失神している幸代に乗り移 った。幸代はむっくりと起き上がる。 //美佳さん、彼女を突き飛ばして、しゃがんでください 「オーライ」 美佳は和美の両手首を放すと、身を低くして和美の顔にキックを お見舞いした。和美が後ろによろめく。 「今よ」 美佳がしゃがんで叫ぶ。 幸代、いやエリナは黄金銃で和美の胸に狙いを定め、発砲した。 グォーン!! 光弾が真っ直ぐ和美の胸の辺にかかっていた水晶に命中した。 パシーン!!! 水晶が激しく砕け散った。 「やった!」 美佳が声を上げた。 和美は水晶がなくなると、急に力を失ったようにその場に倒れた 。 //間に合ったようですね 幸代の体から出てきたエリナが言った。 「危うくうちのクラスからまた死人が出るとこだったわ」 美佳がひやひやとした様子で言った。 −−ふふふ、見事だな その時、どこからか男の声が聞こえてきた。 「な、なに?」 美佳はきょろきょろと辺りを見回した。 //この気はゼーテースですわ 「ゼーテースですって」 −−ふふ、その通り。まさか、これほど早く幻覚石が見破られる とはな 「あなたが仁科さんにこんなひどいことをしたのね」 −−ああ。 「どうしてそんなことを?」 −−恐怖を集めるためさ。バフォメット様の成長を促進させるた めのな 「冗談じゃない。私が絶対にそんなことさせないわ」 −−ふっ、無理だな。私の計画は着々と進行している。おまえ、 一人では到底防げまい。ははははは そういうと、ゼーテースの声は研究室内から消えた。 「畜生!」 美佳は壁を強く叩いた。「今度、会ったら絶対に倒してやる」 エピローグ 数日後、美佳は幸代と一緒に、和美の見舞いでJ大病院を訪ねた 。 「仁科さん、こんにちは」 美佳が病室に入って挨拶すると、ベッドの和美は驚いて頭から布 団を被ってしまった。 「どうしたの、仁科さん、まだ具合が悪いの?」 美佳が優しく言った。 「ごめんなさい、椎野さん、川島さん。私……あなたたちに顔向け 出来ない!」 和美は布団の中で涙声で言った。 「あなたのせいじゃないわ。ただ、仁科さんはあの水晶に惑わされ てただけなんだから」 「でも、私が傷つけたことには変わりないわ」 「それだったら、ちゃんと布団から出て、私たちの顔を見て、謝っ て」 「……」 美佳の言葉に和美はしばらく黙り込んでいたが、やがて布団から 顔を出し、二人の顔を見た。和美の目のまわりは涙で真っ赤に腫れ 上がっていた。 「ごめんなさい。私、あなたたちにしたこと、反省してる。本当に ごめんなさい」 和美は頭を下げた。 美佳はそれを見て、まだ腕に包帯をしている幸代に目配せした。 幸代はそれに頷き、言った。 「仁科さん、私たち、気にしてないわ。それよりも、これを機会に お友達になりましょう。私たち、きっといい友達になれるわ」 幸代は和美の肩に優しく手を置いた。 「川島さん……」 和美は顔を上げ、幸代を見つめた。また涙で目が潤み始める。 「私も川島さんと同じよ。いい友達でいましょ」 「でも、私……」 「じれったいわね、気にしてないって言ってんだから、気にしてな いのよ。クラスのみんなにはこの件は内緒にしてあるし、知ってる のは私たちだけなんだから」 「本当に?」 「そうよ。だから、学校へ出てきても苛められることはないわ」 「仁科さん、私たちを信じて」 と幸代が言った。 「みんな……ありがとう」 和美は涙を手でぬぐった。 「これでこの件は終わり」 「椎野さん」 和美が言った。 「なに?」 「私、あのペンダント、渋谷にある占いショップで買ったの。あれ をつけていると素敵な夢が見れるって言われて。でも、あれをつけ てから、私、夢と現実の区別がつかなくなっちゃって……」 「その店、後で教えてくれる?多分、もうないとは思うけど」 「はい」 「さて、ケーキでも食べますか」 美佳は後ろで隠し持っていたケーキの箱を和美に見せた。 「え、ケーキ、持ってきてくれたの?」 和美の顔が明るくなる。 「そうよ、病院の食事じゃあ、あきちゃうでしょ」 「ありがとう」 和美はケーキの箱を受け取ると、中を開けた。「わあ、チーズケ ーキ。これ、新宿のシェーキーズのでしょ」 「高かったんだから、味わってよね」 美佳が誇らしげに言う。 「あのぉ、このケーキ、私がお金払ったんですけど−−」 幸代が口を挟んだ。 「あっ、そうだっけ」 「椎野さん」 和美が冷やかに美佳を見た。 「ははは、私も幻覚を見たのよ、ケーキの代金を払ったような幻覚 をね」 「転校生」終わり