第30話「魔女」中編 7 事件 翌朝−− 「姉貴、姉貴、姉貴ったら!!」 椎野美佳は姉の部屋に飛び込むようにして入ると、ベッドで寝て いる姉の体を大きく揺すった。 「なによぉ、今日は日曜日でしょう」 律子は、眠たい目をしながら、ぐずるような声で文句を言った。 「そんなこといってる場合じゃないわ、今、ニュースでね−−」 「話なら後で聞くわよぉ、だから、もう少し寝かせて」 律子は枕に顔を埋めた。 「姉貴ったら−−」 美佳はカチンときた。そこで、律子の耳もとで息を大きく吸い込 み、「マックスウェルさんが殺されたのぉ!!!」 と思いっきり叫んだ。 「きゃあ」 律子はびっくりして飛び起きた。「ちょっと鼓膜が破けるじゃな い」 「マックスウェルさんが殺されたわ」 美佳は真顔で言った。 「う、うそでしょ」 律子は信じられない様子で言った。 「今のニュースでやってたわ」 「まさか、昨日、別れた後、すぐに……」 律子は布団を出て、ベッドからおりた。 「そうみたい……あれほど、気をつけてって言ったのにね」 美佳は今にも泣き出したい気持ちを懸命に抑えて、しゃべってい た。 「美佳−−」 律子は心配そうに妹の肩に手を置いた。 「大丈夫、泣かないわ。私なんかよりジェシカの悲しみの方がきっ と大きいと思うから」 美佳は目を擦って、言った。 「とにかく、ニュースを見ましょう」 律子は部屋を出て、居間のテレビに目を移した。リモコンでチャ ンネルをいくつか変えると、ちょうどニュースをやっている番組が あった。 『−−次のニュースです。昨夜、午前一時頃、目黒区K通りの路上 で、男の人の射殺体が発見される事件が起こりました。 昨夜、午前一時十五分頃、目黒区K通りで帰宅途中の会社員が銃 声と車の急発進する音を聞いて、駆けつけたところ、額から血を流 している男の人を発見し、警察に通報しました。警察の調べによる と、この男の人は持っていた運転免許証から**市在住のアメリカ 人、ジム・マックスウェルさんとわかりました。マックスウェルさ んは米国駐日大使リチャ−ド・ホフマン氏の招きで来日したジェシ カ・フォードさんの運転手で、この日は休養日ということでした。 警察では、マックスウェルさんの死体の傍に、マックスウェルさん の車がエンジンをかけたまま、止まっていたことから、何者かに車 の外へ誘い出されたところを射殺されたと見て、捜査を始めていま す。では、次に−−』 「ねえ、どう思う」 美佳はテレビから視線を移し、律子の方を見た。 「何とも言えないわね。ただ、物取りの犯行でないことだけは確か よ」 「−−そうね」 美佳は目を伏せた。 「ニュースだけでは判断できないけど、額に弾丸を撃ち込むなんて 普通の人間にできることじゃないわ」 「ジェシカがやったっていうの?」 「昨日のことを思えば、そう考えるしかないわ」 「マックスウェルさんはジェシカの幼い時から仕えていたのよ。そ んな彼をいくら裏切ったからってすぐに殺すなんて思えない。きっ と理由くらい聞くと思うわ」 「どうかしらね」 「え?」 「ジェシカは私達を殺すために何の罪もない客を巻き添えにしてま でも、喫茶店を爆破しようとしたのよ」 「それはそうだけど……」 「美佳にもわかってるはずよ、ジェシカはマックスウェルさんが語 ってくれた昔のジェシカではないことを」 律子の言葉に美佳はしばらく黙っていた。 「でも、ジェシカはどうしてそうまで復讐に執着するのかしら。彼 女、フェリカが父親を殺したところを直接、見たわけではないのよ 」 「それは本当なの?」 「昨日、ジェシカと話したかぎりそんな感じだったわ。きっと、こ の復讐には何か裏があるのよ」 「裏って?」 「それはわからないけど、例えばさ、エカテリナよ。なぜあの銃を ジェシカが持っていたのか。ファレイヌは生きているのよ。それな のに、なぜジェシカのいいなりになっているのか。他にも幽体レー ダーを作ったのは誰なのかとか」 「うん、確かにエカテリナの件に関しては妙ね。以前、ジェシカか らエカテリナを没収したのに、あの後、消えてしまったものね」 「そうよ、これはきっとペトラルカが絡んでいるのよ」 8 美佳からの電話 警視庁捜査一課の朝。 牧田奈緒美警部補は今朝も近くのビジネスホテルからの出勤とな った。これで六日連続である。 課の連中に軽く朝の挨拶を済ませ、奈緒美は自分の席に座った。 「ナオちゃん、またホテル出勤かい?」 隣の席の木島刑事が声をかけた。木島刑事はこの道、二十五年の ベテラン刑事である。 「わかります?」 「その眠たそうな顔を見れば、わかるよ」 「そうかぁ」 奈緒美は大きく溜め息を付いた。 「ビジネスホテルってところは結局、寝るぐらいしかすることない から、一回寝ちまうと、ついつい寝過ごしちまうんだよな」 「そうですよね。それと、眠ったわりにはあまり疲れがとれなかっ たりして」 「しかし、ナオちゃんは偉いよな。日曜だってのに署に出てきて。 俺の娘なんか昨日から友達と山に行ってるよ」 「私は刑事ですもの、仕方ないですよ」 奈緒美は微笑んで、いった。 「あっ、そういえば、三十分ぐらい前にナオちゃんに電話があった よ」 木島が思い出したように言った。 「誰からですか」 「ちょっと待って」 木島は自分の机の隅に置いておいたメモ用紙を取り、「椎野美佳 って娘だ。来たら、電話をくれって」 「そうですか」 奈緒美は早速自宅に電話を入れた。 「もしもし、美佳」 『ああ、ナオちゃん。職場に電話をかけてごめん』 「それはいいけど、何の用かしら」 『こんなこと、ナオちゃんに頼むの、申し訳ないんだけど−−』 美佳はいつになく低姿勢である。 「なに、畏まってるのよ、美佳らしくない。さては、律子のこと? 」 『ううん、そうじゃないの。奈緒美さん、昨夜の射殺事件、知って る?』 「外人さんが殺された事件?」 奈緒美がつい口に出した時、隣の席の木島が奈緒美の方を見た。 『そう。ナオちゃんに頼みと言うのは、その人の死体を見せてもら いたいことなの』 「死体を?」 奈緒美は隣を気にして、送話口を抑えながら、話した。「いった てどうして?」 『理由は後で話すわ。とにかく、すぐにでも見たいの』 「困ったわね、死体は多分、今日の午後にも司法解剖へ回されるわ 。近親者でもないかぎり、ちょっと無理ね」 『どうしても駄目?』 「事件が事件だしね、私の管轄じゃないから、はっきりとした理由 がないと許可できないわ」 『そう……』 美佳はがっかりしたようだった。 「美佳はその外人−−ジム・マックスウェルのこと、何か知ってる の?」 『知らないわ。それじゃあ、切るね』 「ちょっと待って、美佳−−」 奈緒美が何か言いかけた時、電話は切れた。 「ナオちゃん、昨夜の事件の話のようだったけど−−」 木島が尋ねた。 「今のこと、他の人には黙ってて。確認したら、話すから」 奈緒美はそういうと、深く考え込んだ。 9 よい方法 「どうだった」 律子の問い掛けに美佳は小さく首を横に振った。 「マックスウェルさんにお別れを言えないのは残念だけど、仕方な いわ」 美佳は落ち込んだ様子で言った。 「しっかりしなさい。それより、奈緒美からジェシカの泊まってる ホテルの名前、聞いた?」 「聞けなかったわ」 「これからどうするの?」 「どうしようもないわ。これ以上、奈緒美さんに何か尋ねたら、却 って疑われちゃうし、かといってアメリカ大使館に電話しても相手 にしてくれないだろうし−−」 「新聞社は?」 「新聞社だって、警察と同じよ」 万策尽きたような感じで答える美佳だった。 「情けないわね、さっきの元気はどうしたの」 「ごめん」 いつになく美佳は素直に謝った。 「こうなったら、話しましょう」 「え?」 「奈緒美に全てを打ち明けるの」 「わかってくれるかしら?」 「大丈夫よ、ファレイヌのことだって理解してくれたじゃない」 「それはそうだけど」 「奈緒美には私が電話を入れるわ。きっと話せば、わかってくれる って」 「じゃあ、お願い」 「任せときなさい」 律子は胸をどんと叩いて、言った。 10 警察署 目黒署の霊安室では、ジム・マックスウェルの遺体を確かめに訪 れたジェシカが、ベッドに寝かされたマックスウェルの遺体を見た 途端、そばに駆け寄って、遺体の顔に乗せられた白い布を取った。 「ジム……」 ジェシカは永遠の眠りについたマックスウェルの死に顔を目の前 にして、茫然と立ち竦んでいた。 そばにいた刑事がマックスウェルの顔に白い布をかけようとする と、触らないで!!とジェシカは鋭い声で制した。 「しばらくジムと二人にさせて。お願い……」 ジェシカの言葉を受けて、刑事は気をきかし、五分だけですよと いって、部屋を出た。 安置室はジェシカ一人になった。 −−何で死んじゃったのよ、お別れも言わないで……いつもいっ てたじゃない。死ぬ時はお嬢様に見守られて死にたいって。それな のに、どうして。美佳に私の計画を知らせたことなんて、ちっとも 気にしてなかったのに。ジムが戻ってきてくれれば、それでよかっ たのよ、それで。 「ジム、あなたがいなければ、わたし……」 ジェシカはマックスウェルの体に抱きつき、彼の胸に顔を埋めて 、泣いた。それは今までのジェシカからは考えられないくらい激し く、悲しみに満ちていた。 −−ジム、あなたを殺した相手はきっと私が見つけてみせるわ。 ジェシカはマックスウェルの胸から顔を上げ、立ち上がると、マ ックスウェルの顔にそっと白い布をかけた。 コンコンと部屋をノックする音がして、部屋に先程の刑事が入っ てきた。 「もうよろしいですか」 「ええ」 ジェシカは慌てて目を擦って、言った。 「では、部屋を別に用意してありますので、そこで話をお伺いしま しょう」 死体安置室を出ると、刑事は取調室とはまた違った応接室のよう な部屋にジェシカを案内した。 「まあ、お座り下さい」 刑事はどうぞ、というように席をジェシカに勧めた。 「それでは始めてよろしいですか」 刑事もソファに座り、手帳を開いて言った。 「調書は取らないんですの?」 「あ、調書ですか」 刑事はちょっと困った顔をしたが、「今日のところは結構です。 後日、またお伺いする時には調書をとらせていただきます」 「そうですか」 「さっそくですが、マックスウェル氏はジェシカさんの運転手だっ たそうですが、どのような方でした?」 刑事が質問した。 「私にとってはただの運転手ではなかったわ。小さい時からずっと 私の話し相手になってくれて、いつも私のことを第一に考えていて くれた……」 「優しい方だったんですね」 「今の私があるのはみんな彼の御陰よ。父が亡くなって、絶望の淵 に落とされた時も懸命に私を励ましてくれたわ。それなのに……」 ジェシカはぐっと歯を噛みしめた。「私、彼を殺した犯人を許さ ないわ、絶対に」 「警察でも全力をあげて捜査中です。必ずマックスウェルさんを殺 した犯人は捕まえます」 「そうしてほしいものだわ。けど、手掛かりはあるの?」 「マックスウェルさんに命中した銃弾から、犯人の撃った銃は口径 七.六二ミリのライフル銃だとわかりました。それから、銃声のあ った直後に車の急発進する音を聞いたという証言もあります。さら にマックスウェルさんの死体のそばにあった車はエンジンがかけた ままになっていました。そして、何よりもマックスウェルさんは後 頭部を一発で撃ち抜かれています。このことからも彼は恐らく犯人 に車の外へ誘い出され、何か話し合いのあった後、犯人に銃を向け られ、慌てて逃げ出したところを射殺されたと推測できますね」 「それで犯人の目星は?」 「プロの殺し屋と思われます。しかし、何分、彼が狙われた理由が わかりません。そこであなたにその辺のところをお伺いしたいわけ なのです」 「心当たりはありません。ジムは実直で温厚な男で、誰からも好か れていました」 「すると彼を恨んでいた人間はいないというわけですね」 「もちろんです。仮にいたとしても、本国でならともかく治安のい い日本で狙うなんて考えられないわ」 「そうともいえませんよ。日本のヤクザなんかは白昼でも堂々と拳 銃を撃ちますから」 「ジムは初めて日本に来たのよ」 「誰かが日本で殺し屋を雇ったかも知れません。しかし、マックス ウェルさんを殺すのに、わざわざ異国で殺し屋を雇うと言うのも手 が込みすぎていますね。ひょっとすると、犯人はマックスウェルさ んではなく、あなたを狙ったのかもしれませんよ」 「私を?」 「あなたは米国駐日大使のリチャード氏の招待で日本にいらっしゃ ったんですよね」 「ええ、おじさまは父の古い友人で、小さい頃からよくしていただ きました」 「これはあくまで推測の域ですが、犯人はマックスウェルさんの車 にあなたが乗っていると思って、車を止めたのではないでしょうか 、無論、あなたを誘拐するのが目的で」 「どういうことでしょうか?」 「犯人はあなたを誘拐して、リチャード氏を脅迫するつもりだった 。ところが、車にはあなたが乗っていなかった。犯人は計画に失敗 したと思い、口封じのためマックスウェルさんを射殺して、逃げた 」 「じゃあ、ジムはただ口封じのためだけに殺されたというの?」 「ジェシカさん、これは推測です。あくまで、あなたの証言と警察 の捜査から推理したものにすぎません。ですから、あなたの証言次 第では変わるかもしれませんよ」 「それはどういう意味ですの?」 「例えば、昨日の夜、マックスウェルさんはなぜあの道を走ってい たのでしょうか。方向はあなたのマンションのようですが、問題は どこから来たかという点です。あなたが言うように、彼が実直な運 転手ならあんな夜遅くに一人で車を運転しているはずはありません 」 「昨日はジムに休暇をあげたのよ。だから、どこに行っていたかな んて私にはわからないわ」 「休暇とは言え、普通は行き先くらいは告げませんかね。まあ、そ れはおいといて、少し話を変えましょう。ジェシカさんは以前に怪 盗クロノスの盗難事件で警察の事情聴取を受けたことがありました よね」 「それはもう終わったはずだわ」 ジェシカは不機嫌な顔をした。 「まあ、少し話を聞いてください。その時、あなたの持っていた青 銅の銃を証拠物件としてお預かりしたわけですが、無論、これはあ なたの物と判明しましたし、実銃として使用される恐れもないとい うことでいずれはあなたにお返しするはずだったのですが、その銃 が突然、消えてしまったんです」 「消えた?」 ジェシカは眉を顰めた。 「はい。まさかと思いますが、そちらに銃が戻っているということ はありませんか」 「いいえ」 「そうですか」 「そろそろ終わりにしていただけませんか、これからジムの家族に も連絡を取らなければいけませんし」 「わかりました。今日のところはこの辺にしておきましょう。長い 間、お引きとめして申し訳ありませんでした。それでは、署の車で あなたのホテルまで送らせましょう」 「いいえ、私一人で帰りますから」 「しかし、先程も言ったように犯人はあなたを狙っているかもしれ ませんし−−」 「大丈夫です」 ジェシカはそういうと、席を立って自分から部屋を出ていった。 11 重要な話 その日の午後、律子は奈緒美と連絡を取り、警視庁に近い喫茶店 で待ち合わせることになった。 「遅れてごめんなさい」 奈緒美は律子の席の向かいに座ると、コートを脱いで、隣の席に 置いた。 「相変わらず忙しそうね」 「まぁね。これだけ忙しいと、男女平等とかって叫ぶの、考えちゃ うわね」 奈緒美は苦笑した。 「でも、私からみれば仕事に充実してるって感じで羨ましいな」 「そうでもないわよ。それより、重要な話ってのを聞かせてもらい ましょうか」 「今朝、美佳が奈緒美に電話したでしょう」 「ええ。それに関係があるの?」 「そうなの」 「美佳の話だと、ジム・マックスウェルの遺体を見たいってことの ようだけど、あなたたち、あの事件に何か関わってるわけ?」 奈緒美は率直にきいた。 「話せば、長いんだけどね」 「長くてもいいから、話しなさいよ、ちゃんと聞いたげるからさ」 「話すけど、約束してほしいの」 「何を?」 「マックスウェルさんの遺体を見せてくれることと、ジェシカ・フ ォードの宿泊先を」 「後者はいいけど、前者はねぇ」 「いいじゃない、約束してよ。一緒に同じ布団で寝た仲でしょ」 「小学生の時の話をするなっつーの。まあ、話してみなさい。一応 、約束してあげるから」 「一応じゃ、駄目よ」 「じゃあ、絶対完全確実完璧に約束を守るわ。これでいいんでしょ 」 「よろしい」 律子は微笑んだ。 それから、律子は延々二時間もかけてジェシカが最初に美佳の前 に姿を現した時から現在に到るまで話した。 「どう理解した?」 「疲れたけど、わかったわ」 といって、奈緒美はコーヒーを口にした。 奈緒美の前に置かれたコーヒーカップは既に三つ目になっている 。 「それにしても、あんたたちは気の毒ね。年中、狙われて」 「ほんと、少しはわけてあげたいくらいよ。それより、約束の方は 頼んだわよ」 「ええ、司法解剖へ回される前に何とか機会を作ってみるわ。それ から、ジェシカ・フォードの宿泊しているホテルへは明日、行きま しょ」 「行きましょって、奈緒美も行くわけ?」 「当たり前でしょ。今回はあなたたちの行くところへは全て付き添 うわ」 「それは困るわ」 「どうしてよ」 「だ、だってさ、奈緒美には仕事があるでしょ」 「ジム・マックスウェル殺しを調べるのも仕事のうちよ」 「そりゃそうだけど−−」 「いやならいいのよ。協力しないから」 「痛いところをつくわね」 律子は渋々ながらも、承諾した。 「じゃあ、決まりね。今夜にでも、また話しましょ」 奈緒美はそういって、カップの残りのコーヒーを全て飲み干した 。 12 リチャードの怒り 目黒署から出たジェシカは直接、ホテルに戻った。 ジェシカがホテルに入ると、ロビーで二人のボディーガードと秘 書を従えたリチャードの姿が目に止まった。 「おじさま−−」 「ジェシカ、どこへ行ってたんだ」 リチャードが険しい顔でジェシカの方へ歩いてきた。 「警察の方よ。それより、どうしてここへ?」 「マックスウェルが殺されたそうだね」 「ええ」 「私も警察から連絡を受けた時は驚いたよ。いったいどういうこと なのかね」 「それは−−」 「こんなところでは落ち着いて話も出来んな。君の部屋へ行こう」 「はい」 ジェシカは小さく頷いた。 ボディガードと秘書をドアの外で待機させ、ジェシカとリチャー ドの二人きりで部屋に入った。 「狭い部屋だな。私に言えば、広い部屋を取ってやったのに」 リチャードは帽子を脱いで、傍の椅子に座った。 「一人で泊まる分にはこのくらいで十分ですわ」 「そんなものかね」 「今、紅茶を入れますわ」 「いや、そんなにゆっくりしてる時間はない。君もそこへ座るんだ 」 「はい」 ジェシカはリチャードの向かいの席に座った。 「今回の件は君の復讐と関係があるのかね」 「わかりません」 「なぜマックスウェルはあの時間にあの道を走っていたのかね」 「わかりません」 「わからないって、マックスウェルは君のお抱え運転手じゃないの か」 「ごめんなさい。彼の行動のついては話せません」 「犯人に心当たりは?」 「ありません。どうしてマックスウェル殺されなきゃいけないのか 、私の方が聞きたいくらいです」 「君が復讐相手だとかいっているフェリカではないのか」 「いいえ。彼ならライフル銃は使わないでしょう」 「復讐相手を庇うのかね」 「庇っているわけじゃありません」 「この際、犯人が誰だろうとどうでもいいことだ。とにかく私とし ては警察沙汰は困るのだ」 「自分の地位が大事なんですね」 「もちろんだ。君は私を失脚させたいのか」 「そんなこと……」 「私は前にも言ったはずだ。これ以上、面倒を起こせば、匿いきれ んとな」 「おじさまには迷惑をかけたと思ってます」 「だったら、復讐なんて馬鹿なことは止めて、本国へ帰るんだ」 「それはできません」 「ジェシカ!!」 リチャードは思わず大声を上げた。「わかっているのか。本当な ら君はとっくに本国へ送り返されてるところなんだぞ」 「私は十五年も復讐に命をかけてきたんです。今更、やめるわけに はいきません」 「君の気持ちもわかるが、そんなことばかりしていて死んだジョニ ーが喜ぶとでも思うのかね。おとなしく国に帰り、結婚して子供で も産んで平穏に暮らしたらどうだね。その方がジョニーがどんなに か喜ぶと思うよ」 「何と言われても、私には復讐しかないんです。わかってください 」 ジェシカは頭を下げた。 「そうか、残念だよ。これが最後のチャンスだったんだがね。もう 私はどんなことになっても責任は持たんからな」 リチャードは立ち上がった。 「おじさま、ごめんなさい」 ジェシカ、再度頭を下げたが、リチャードは振り向くことなく部 屋を出ていった。 続く