第21話「悪魔の粉」後編 4 殺人事件 美佳さん、美佳さん…… 誰かの呼ぶ声で美佳はふっと目を覚ました。 「ここは……イタッ」 うつ伏せになっていた美佳が頭を上げようとした瞬間、後頭部に 激痛が走り、美佳は思わず後頭部を押さえた。 「イタァ、信じられない」 さらに意識がはっきりしてくると、痛みは更にずきずきと頭を襲 い、さすがの美佳もしばらく体を丸め、両手で頭を抱え込んでいた 。 //美佳さん、大丈夫ですか いつのまにか人形に変形していたエリナが美佳の傍に立っていた 。 「大丈夫じゃなぁい、もう頭が割れそうよぉ」 美佳は今にも泣き出しそうな声で言った。 //何かあったんですか 「わかんないわよ、壺を見てたら、いきなり後ろから頭を殴られて −−そうだわ!」 美佳は立ち上がった。そして、陳列棚の四段目を見た。 「な、ない!ないわ」 美佳は取り乱して言った。 //何がありませんの? 「壺よ、壺。ここにメルクリッサの壺があったのよ」 //メルクリッサの壺が? 「そう。どこに行ったのかしら」 美佳は右手で頭を押さえながら、棚の他の段や実験器具のある机 の上をふらふらとした足取りで見て回った。 //美佳さん、無理しない方が−− 「そんな呑気なこと、いってられないわ」 //どうして、こんなところにメルクリッサの壺があるんでしょ う 「先生の話だと、スペインの古物商から買ったみたいよ」 //美佳さん 「何よ」 //田辺教授のことですけど 「え?そういえば、先生はどこへ行っちゃったんだろ」 //地下一階で死んでますわ 「死んだ?うそでしょ?」 //いくら待っても美佳さんたちが出てこないから、私が探しに 下に降りたんです。そうしたら、地下の射撃練習場で田辺教授が倒 れていたんです。もしや美佳さんにも何かあったんじゃないかと思 って、さらに地下二階に行ってみたら、美佳さんがここで倒れてい たというわけです 美佳は腕時計を見た。午後3時5分。もうあれから1時間もたっ てる。 「エリナ、銃になって」 //はい エリナは人形からリヴォルバーに変化した。美佳はリヴォルバー を手にすると、研究室を出て地下二階の階段を昇った。 「先生−−」 美佳は銃を収めてあるキャビネットの下にうつ伏せに倒れている 田辺を発見した。 「先生、大丈夫ですか」 美佳は田辺に歩み寄り、彼の体を引っ繰り返した。「これは−− 」 田辺は顔を恐怖に引きつらせて、死んでいた。外傷は首に紐のよ うなもので絞めた跡があったが、衣服の乱れや誰かと争った形跡は なかった。 「瞳孔も開いてるし、手首の脈もない。もう手遅れって感じね」 美佳は田辺の瞼を下ろしてやると、そっと自分のハンカチを彼の 顔にかけた。 //誰が殺したんでしょう 「さあ。エリナ、書斎にいて、気付かなかった」 //ええ。誰も入ってはこないと思いましたけど。ただ−− 「ただ?」 //何でもないですわ。それより、これからどうしますの?」 「どうするも何も、警察に知らせなきゃ」 美佳は階段を昇って、書斎に出た。 その時、書斎のドアを激しく叩く音がした。 「先生、開けてください。何かあったんですか」 ドアの向こう側で助手の秋本啓子の声がした。 「田辺教授、ドアを開けてください」 さらに男の声。 「鍵はないんですか」 「先生の書斎は内側から鍵をかけると、外からは開かないんです」 「では、ドアをぶち破るしかなさそうですね」 「いや、それより鍵をバールで壊した方が−−」 ドアの外からの会話を黙って聞いていた美佳は、何やらただなら ぬ雰囲気を感じて、急いでドアのロックを外した。 外から二人の警備員と秋本啓子が書斎に入ってきた。 「誰だ、君は?」 警備員が尋ねた。 「先生のお客様ですわ」 秋本が言った。 「田辺教授はどこですか?」 警備員は真剣な顔で美佳に尋ねた。 「ち、地下です」 美佳は地下への入口を指差した。 「こんなところに地下室があったんですか」 警備員が秋本に尋ねた。 「いえ、私はこんな地下室があるとは先生から聞いてませんでした 」 警備員の一人が入口に入った。 「失礼ですが、あなたのお名前は?」 書斎に残った警備員が美佳に尋ねた。 「椎野美佳です」 「どうしてドアを開けなかったんですか?」 「それは−−」 美佳はどう答えていいのかわからなかった。 「大変だ!」 その時、地下の入口から大きな声がした。 「どうした?」 「すぐに救急車を呼んでくれ。田辺教授が死んでる!」 「死んでる?」 警備員と秋本の視線が一斉に美佳に向けられた。 「え?」 美佳はその時になって初めて自分が殺人の容疑をきせられている ことを自覚したのだった。 5 密室は立派な証拠となる J警察署取調室−− 「もう一度、聞くぞ。君が田辺さんを殺したんじゃないのか?」 三十半ばの刑事が机を挟んで向かいの椅子に座っている美佳に念 を押すように聞いた。 「私はやってません」 美佳はきっぱりと言った。 「じゃあ、聞くが、田辺さんはどうして死んだのかね」 「知りません。私は地下二階で頭を殴られて、気絶してたんです。 起きて、地下一階に行った時にはもう田辺さんは死んでました」 「ほお。では、なぜすぐに警察にでも彼の助手の秋本さんにでも知 らせなかったんだね」 「知らせようとしました。でも、書斎に上がってきたら、もう入口 のドアを叩いていて−−」 「なるほど。少し話を変えよう。君は何のために田辺さんと会った のだね」 「先生の本のファンだから、ぜひ本人にあっていろいろとお話を聞 きたいと思って」 「田辺さんと君とは初対面かね」 「はい」 「そいつはおかしいなぁ。すると、田辺さんは初対面の君にいきな り助手の秋本さんにも教えなかった地下室へ案内したと言うのかい ?」 「はい」 「ふざけるな!」 刑事が机をどんと叩いた。美佳はびっくりして体を竦めた。 「いいか、あの書斎は内側から鍵をかけると、外からは開かないん だ。さらに地下一階にも二階にも外へ出る道はない。つまり、密室 だったんだよ」 「でも、私は殺してません。現に私だって、殴られてるんですから 」 「それは田辺さんと争った時に出来たものじゃないのか?」 「そんな−−」 「君は田辺さんを唆し、地下へと案内させた。そして、隙を見て田 辺さんの持っている美術品を盗もうとしたが、田辺さんに発見され 争いとなり、田辺さんを絞め殺した」 「どうして私が書斎に地下室があるのを知ってるんですか。それに どうして私が美術品を盗まなきゃいけないんです?」 「うぬ」 刑事は言葉に詰まった。「そんなことはいずれ解明する。いずれ にしても、事件後、書斎と地下一、二階を徹底的に調べたが、人っ こ一人発見できなかったのは事実だ。君がいくら否定しようと、田 辺さんが殺された以上、残った君が犯人となるのは当然だろう。そ れとも、幽霊か何かが田辺さんを殺したとでも言うのか」 「……」 美佳は黙り込んだ。 「今度は黙秘か。まあ、いいだろう。時間はたっぷりあるんだ。こ れから、じっくりと尋問してやる」 6 悪い状況 J大付属病院−− 「美佳が逮捕された−−」 病室のベッドで寝ていた律子は、訪ねてきた友人の牧田奈緒美に そのことを告げられ、思わずベッドから体を起こした。 「最悪の状況よ。密室というのがかなりネックになっててね、この ままだと美佳の殺人罪は動きそうにないわ」 「ちょっと待ってよ。美佳は簡単に人殺しなんてする子じゃないわ 」 「わかってるわよ、そんなことは。でも、こればっかりはどうしよ うもないわ」 「何か方法はないの?」 「書斎、あるいは地下室が密室でないという事を証明出来なければ 駄目ね」 「ねえ、地下室とかって通風孔とかあるでしょ。そっから入ったと か」 「通風孔はあるけど、人が入れるような大きさではないわ」 「あらかじめ誰かが地下室に隠れてたってことは?」 「仮にそういう人間がいたとして、どうやって内側に鍵をかけて、 外へ出るのよ」 「そうね……」 律子はがっかりとした様子で言った。 「ただ一つだけ疑問もあるよね」 「何?」 「なぜ助手にも秘密にしていた地下室を美佳に見せたかよ。その辺 に今回の事件のポイントがあると思うわ」 「ねえ、奈緒美、美佳に何とか会ってあげられないの?美佳は田辺 教授のところにファレイヌのことで会いに行ったんでしょう。だと したら、警察には言えない事実をきっと隠しているのよ」 「かもしれないわね。でも、私は律子の友人ってこともあるし、な かなか会うのは難しいわね。まあ、何とかやってみるわ」 「奈緒美、お願いね」 7 留置場 午後九時、美佳はその日の警察の取調べを終え、署内の留置所へ 送られた。 調べ室で簡単な身体検査の後、美佳は看守に留置所の一室へ案内 された。 「明日は九時から取調べだぞ」 刑事はそう言い残して、留置所を去った。その後、看守にあれこ れ規則などを言われた後、美佳は二人部屋の第4房に入れられた。 美佳は既に入っている留置人に軽く挨拶すると、すぐに布団をひ いて、横になった。 疲れた…… 美佳は心の中で呟いた。 警察の取調べは五時間以上続いたが、美佳はほとんどを黙秘で通 した。普通の女性なら、簡単に参ってしまうところだが、美佳はエ リナと心で会話が出来るので、刑事の追求もそれほど苦にはならな かった。 //美佳さん、よく頑張りましたね 十字架のエリナが美佳の心に話し掛けた。 −−エリナが励ましてくれた御陰よ //でも、このままいくとかなり厳しいですわ −−わかってるわよ。でも、状況は完全に私に不利だわ。だって 、私が先生を殺してないという証拠がないんだもん //探すしかありませんわ −−どうやって //私が何とかしますわ −−え? エリナは十字架から粉末に変化した。 //暫くの間、待ってて下さい −−わかったわ。期待してるわよ エリナは房の金網の窓からすすっと出ていくと、さらに通路を隔 てた外側窓に飛びつき、そこから建物の外へ出た。 外はもう当然のように夜だった。 エリナが4階から見下ろすと、下の署の入口から帰宅する二人の 婦人警官の姿が見えた。エリナはチャンスとばかり、飛び下りた。 そして、二人のうちの一人の頭に飛び乗ると、素早く彼女の耳の中 へもぐり込んだ。 「ああっ」 突然、婦人警官の一人が足を止めた。 「どうしたの?」 もう一人が振り向いた。 「−−何でもないわ。私、用を思い出したから、先に帰ってて」 「ええっ、一緒に飲みに行くって約束したばかりじゃない」 「ごめんなさい」 婦人警官の一人はそういうと、署に引き返していった。 「変なの」 残った一人は不思議に思いながらも、そのまま署を立ち去った。 8 メルクリッサの壺 同じ頃、田辺邸では−− 書斎の入口の前では、警官が一人警備をしていた。そこへ秋本啓 子がコーヒーを運んできた。 「遅くまで大変ですね。コーヒー、いかがです」 「どうもすみません。それでは失礼して」 警官は素直に秋本の盆からコーヒーカップを手に取った。 「あのぉ、先生の書斎へはいつ入れるようになるんでしょうか」 秋本が尋ねた。 「そうですね、自分も詳しいことはわかりませんが、凶器の紐の発 見のため、二、三日はかかると思います」 警官はコーヒーを一口、飲んでから言った。 「そうですの。それは残念だわ」 秋本がそういった直後、突然、警官が首を掻きむしるようにして 苦しみ始めた。 「うああっ」 警官はその場に崩れると、激しく体を痙攣させた。 「あらっ、どうなさったの?」 秋本は無表情で、悶え苦しむ警官を見下ろした。 「ぐがああっ」 警官は秋本に助けを求めるように手を伸ばした瞬間、ぐぐっと背 中を反り返し、その場に息絶えた。 「素晴らしい毒でしょう。この毒を飲んで、1分と持った人間はい ないわ」 秋本は警官をどかし、ドアを開けて、書斎に入った。「早いとこ ろ、あの壺を持ち出さなければ」 秋本は本棚の3段目にあるスイッチを押し、本棚を引き戸のよう にスライドさせた。 「全くこんなところに地下室があったとはね」 秋本は地下への入口に入っていった。階段を降り、地下室へ出る と、秋本は躊躇なく銃を収納してあるキャビネットを開けた。 「これは−−」 キャビネットの中には何もなかった。「ちっ、警察が全て押収し たのか。だとすると、壺も警察に−−」 秋本はキャビネットを閉じると、急いで地下室を飛び出していっ た。 9 証拠品保管室 婦人警官に乗り移ったエリナは、警察署内に戻ると、早速3階の 証拠品保管室へ行った。無論、その部屋のドアには鍵が掛かってい たが、電子ロックでもないかぎり、その鍵を外すのはエリナにとっ てはわけもないことだった。 エリナは人に見られないようにこっそりと部屋に入った。 部屋にはスチール製の棚が等間隔で7台、設置されていた。 エリナは懐中電灯で照らしながら、左の棚から順々に見て回った 。証拠品はどれも各事件別にビニール袋に収められ、事件名と日付 を書いた札の後ろに置かれていた。 「結構、あるんですのね」 エリナは呟いた。 エリナの言うように、実際、棚は七段あり、一段に三、四件の事 件の証拠品が置かれていたので、札を見て回るだけでも、意外に手 間取った。 かくして15分ほどして、ちょうど5台目でようやく田辺教授殺 人事件と書いた札を見つけた。その事件の証拠品は量が多かったの か、ビニール袋がいくつにもわけられ、まとめて段ボール箱に入っ ていた。 エリナは段ボール箱を下ろし、懐中電灯を当てて、中を調べた。 証拠品の大半は田辺の拳銃や弾丸で、中には鉄の棒などもあった。 そのほかには、ベルトやチューブなどの首を絞められそうな道具が あった。しかし、美佳の無実を証明するような証拠品は何もなかっ た。 「やっぱり田辺邸へ行くしかありませんわね」 エリナが最後のビニール袋の中を開けた。中には銅製の壺があっ た。 「メルクリッサの壺……」 エリナはすぐビニールから壺を取り出した。「美佳さんの言う通 りでしたわ」 壺についていた札を見ると、『田辺邸地下1階のキャビネットで 、拳銃と一緒に発見』と書いてあった。 「どういうことかしら。美佳さんは地下2階の棚にあったと言って たのに」 その時、ドアが開いた。 エリナは思わず入口の方を見た。そこには制服の警官が立ってい た。 エリナは懐中電灯を切り、すぐに壺だけ手にして、棚に箱を戻す と、棚の後ろに隠れた。 警官はドアを閉めると、中から鍵を閉めた。 「どうやら先客がいるようね」 警官は部屋の電気をつけた。 「出てこい、エリナ。そこに隠れているのはわかっているわ」 警官の言葉でエリナは姿を現した。 「その魔気、思い出しましたわ。あなたはソフィーね」 「70年ぶりというとこかしら」 警官に乗り移った亜鉛のファレイヌ、ソフィーはにやりと笑った 。 「あなたですね、田辺教授を殺したのは」 「私が?何のために」 「あなたの狙いはこれでしょう」 エリナはメルクリッサの壺を見せた。ソフィーの表情が一瞬、曇 った。 「わかっていたのか」 「最初に助手の秋本啓子に会った時、僅かな魔気を感じました。さ らに美佳さんと教授が地下室へ入っていった後にも、書斎のドアか ら先程と同じ魔気が入ってくるのを感じましたわ。それでピンと来 たんです」 「私もエリナが書斎にいるのはわかっていたわ。だから、充分に魔 気を抑えたつもりだったけど、無駄だったみたいね」 「あなたは最初から美佳さんに罪をなすり付けるために、内側から 鍵がかかった書斎に粉末に変化してドアの鍵穴から侵入し、始めに 田辺教授に乗り移って美佳さんを気絶させた後、今度はその田辺教 授をロープに変化して絞殺した。そして、壺を手近なキャビネット に隠し、後で助手の体に戻って、取り返すつもりだった」 「素晴らしい推理だけど、美佳を殴ったのは田辺教授よ。あの男は 黄金銃ほしさに美佳を殺すつもりだったんでしょうね。だから、美 佳を地下室へ案内した。私が部屋に侵入したのだって、田辺と美佳 の会話を盗み聴きしたからよ。人間のままでは入れないから、粉末 になって入った。最初は地下室の偵察だけにするつもりだったけど 、田辺に運悪く正体を見られてしまった。だから、殺したのよ」 「どうしてこの壺を狙ってるんですの?」 「決まってるでしょ。フェリカに封印された仲間を助けるためよ」 「残念ですけど、この壺にファレイヌは封印されていませんわ」 「なに」 「ファレイヌは壺に封印されても、近くにいる者になら念波を送る ことが出来るんです。でも、この壺には何の反応もありませんわ」 「馬鹿な。それじゃあ、私は仲間の入っていない壺のために2年も あの男を監視し続けたと言うの」 「多分、そういうことになりますわ」 「そんなこと、信じられないわ。その壺を渡して」 「お断りしますわ。これはファレイヌを封印する壺。あなたに渡す わけには行きません」 「そう、だったら、力づくで戴くわ」 ソフィーの手に銀白色の長剣が現れた。 エリナも対抗して手に金の粉を結集させ、黄金の剣を造り出した 。 「勝負!」 ソフィーが襲いかかった。 ガシッ! 最初の一振りで、剣と剣とが衝突した。そこからは剣の押し合い となった。しかし、ソフィーが両手で剣を持っているのに対し、エ リナは壺を左に持っているため、片手で対処しなければならなかっ た。 「ええい!」 ソフィーは隙を付いて、エリナの脇腹を足蹴りした。 「うぐっ」 エリナは体をかがめた瞬間、ソフィーは剣を思いっきり押した。 「きゃあ」 エリナは吹っ飛ばされて、勢いよく後ろの壁にぶつかり、尻餅を ついた。 「さあ、おとなしく壺を渡しなさい」 ソフィーはエリナの顔の前に剣の刃先を向けた。 「お断りですわ」 エリナが剣をソフィーに向けると、剣の先がぐぐんと伸びて、ソ フィーの胸を貫いた。 「おのれ!」 ソフィーは剣を大きく横に振り回した。 ブンという風の音と共に、エリナの、いや乗り移った体である婦 人警官の首が飛んだ。 首は棚にぶつかって、床に転がった。 「もらった」 ソフィーは首のない婦人警官の左腕から壺を奪い取った。エリナ はその隙に婦人警官の体から抜け出た。 「こうなったら、エリナ、おまえを封じ込めてやる」 ソフィーがそういって、粉末になったエリナの方を見た途端、突 然、血を吐いて、膝を床に付いた。いつのまにかエリナが刺した胸 の辺りから血がどくどくと流れ始めていた。 「ちっ、もう制御が出来ないのか」 ソフィーも警官の体から離れた。 //この勝負、引き分けですわ //エリナの好きな終わり方ね。まあ、いいわ。勝負はこの次に しましょう ソフィーはそういうと、銀白色に輝く体を引きずって、部屋の通 風孔に入っていった。 //引き分けといっても、犯人がソフィーでは美佳さんの無実は 証明できませんわ エリナは人形に変化して、壺を手にすると、急いで窓から飛び降 りた。 エピローグ 数日後、美佳は釈放された。 密室の容疑は残ったが、美佳が留置されている間に田辺邸の書斎 で一人、証拠保管室で二人の警官が殺されたこともあり、別の犯人 のいる説が強くなった。また実際問題においても、物的証拠である 紐が発見されず、かつ美佳の手に紐を掴んだような跡がないこと。 さらに研究室に落ちていた鉄の棒から田辺の指紋だけが発見され、 田辺が美佳を殴ったことが証明されたことも、彼女の容疑を晴らす 要因となった。 警察では依然として事実関係をはっきりと掴んでいないが、未成 年の少女をはっきりとした証拠もなしにこれ以上拘束することは、 人道上、出来なかった。また警視正の娘でもある牧田奈緒美が美佳 の擁護に回ったことも大きく影響していた。 奈緒美と一緒に警察署を出た美佳を出迎えたのは、姉の律子と北 条だった。 「姉貴……」 美佳は律子の姿を見ると、急に頬を緩み、涙が出てきた。 「美佳、もう律子を心配させちゃ駄目よ」 奈緒美は美佳の肩を軽く叩いた。 「うん……」 「私はまた署に戻るけど、美佳、後で本当のこと、ちゃんと話して もらいますからね」 「わかったわよ」 「じゃあね」 「ありがとう、ナオちゃん」 奈緒美は律子に軽く手を振って、署に戻っていった。 奈緒美がいなくなると、美佳は足早に律子のところに歩いてきた 。律子は怖い顔をしていた。 「ごめんね」 「バカ!」 律子は美佳をぎゅっと抱きしめた。「本当に心配したのよ」 「ごめん……」 「もう二度とこんな思いさせないでね」 「わかってる」 「美佳」 律子は体を放して、美佳を見つめた。「よく頑張ったね」 「姉貴……」 美佳は笑顔になった。 「今日は久し振りに家で食事よ」 「うん。でも、体、大丈夫なの?」 「あんたのせいで最悪よ」 律子は苦笑した。「大丈夫。先生から許可もらってるから」 「やったぁ」 「それより、美佳、隆司君にもお礼を言いなさい」 律子の言葉で、美佳は二人から少し離れて立っていた北条を見た 。 「隆司にも心配かけちゃったね」 美佳は照れ臭そうに言った。 「いつものことだろ」 「何よぉ、その言い方ぁ」 「たまには相談してほしいんだよ、俺にもさ」 「隆司−−」 「恋人だろ、俺たち」 北条はポケットに両手を入れて、言った。 美佳は北条の言葉に返す言葉がなかった。律子は二人の重たいム ードを察してか、大きな声を上げた。 「あんたたち、見せつけるのはいいけど、少しは病人の私もかまっ てよね」 「私たちよりもかまってくれる彼を探したら?」 「いったな、こいつ」 律子は美佳を小突いた。 これが幸せってやつかな 帰り道、一緒に歩く律子と北条の顔を交互に見ながら、美佳は何 となく快い気分になった。 「悪魔の粉」終わり