第14話「椎野美佳暗殺計画」 登場人物 椎野美佳 高校生。声優 エリナ 黄金のファレイヌ 吉田香苗 K部隊隊員 河野 K部隊の副隊長 プロフィール 私、椎野美佳、16才。凌雲高校一年生。ひょんなことからファ レイヌという粉末の魔女たちの争いに巻き込まれて、戦うことにな っちゃったの。ファレイヌは、普段は粉末なのに、人間に乗り移っ たり、形を変えたり、魔法まで使っちゃうのよ。一応、私にもエリ ナっていうファレイヌの味方はいるんだけど、はっきりいって無謀 よねぇ…… 1 任務 一九八六年六月二七日−− 午前3時、神宮のM通りは至って静かだった。時折猛スピードを 上げて横切る車はあるが、それはほんの一瞬、静けさを破るだけで あった。路上の脇に点在する車は、影と同化し、じっと沈黙を守っ ている。歩道には人影さえない。 空は晴れ渡り月が出ていたが、生暖かい風の吹く蒸し暑い夜だっ た。 そんなM通り沿いのTビルの屋上に、二十一人の怪しい人影があ った。 二十人は四列横隊で並び、目の前にいる指揮官らしい男に視線を 向けている。彼らは全員野戦服を着込み、ベレー帽を被っている。 「これより、A2作戦を遂行する」 指揮官らしい男が口を開いた。「既に各自、自分の任務は分かっ ていると思うが、再度作戦を確認する。まず目標地点はこのビルの 向かいにあるマンションの503号室だ。目標は椎野美佳ただ一人 。この女自体は全くの素人だが、ファレイヌを持っているのでくれ ぐれも注意すること。ファレイヌの攻撃に関しては防衛の方法はな い。つまり先手必勝だ」 「質問があります」 隊員の一人が手を上げた。 「言ってみろ」 「ファレイヌとはいかなるものか、もう一度、説明してください」 「ファレイヌに関しては、精神弾を撃つことの出来る銃という以外 、伝えられていない」 「精神弾とはいかなるものですか」 「人間の精神を弾丸に変えて、発射するものであり、その特徴は弾 丸が無限に発射でき、かつその威力を自由に変えることが出来ると いうことだ」 「その構造はどういったものなのですか。自分は今までそのような 銃を見たことはありません」 「構造、その他、外形は一切、本部より伝えられていない。各自、 臨機応変に対処してほしい」 指揮官の言葉で隊員の間に小さなざわめきが起こった。しかし、 指揮官は無視して話を続ける。「では、任務に関してだが、河野、 吉田、前原、結城は椎野美佳の部屋に正面より侵攻。マンションに 侵入の際は管理人、及び目撃者は殺さず、気絶に止めること。次に 川島、竹本、杉野は屋上からロープを使い、ベランダより美佳の部 屋へ侵入。そして、林はエレベーターの破壊。大久保は電話回線、 野崎は配電盤だ。それから、中野、上田はマンション前にそれぞれ のラインバンに乗って待機。谷、西田は万一、美佳がマンションを 脱出した場合に備え、入口と裏口を見張れ。残りの者は狙撃隊とし て、ここで待機。以上だ。時間は作成開始より二十分以内に遂行の こと。時間を越えた場合は、すぐに中止し、撤退だ。わかったな」 「はっ」 二十人が一斉に敬礼する。 「よし、では、作戦開始!」 指揮官はストップウオッチのスイッチを押した。 各人が一斉に昇降口へ向かって、走り出した。 「さあて、椎野美佳、このK部隊をかわせるかな」 指揮官は通りの向かいにあるマンションに目を移すと、口許を緩 ませて呟いた。 2 侵攻 十四人の特殊部隊のメンバーがマンションから少し離れた路上に 駐車したライトバンに集結した。 「みんな、気を引き締めていくぞ」 リーダー格の河野が他のメンバーの顔を見回して、言った。「相 手は女といえど、すでに総統の親衛隊二人を倒している。半端な気 持ちでいくな。目標に遭遇したら、全力でやれ、わかったな」 河野の言葉に全員が大きく頷いた。 「よし、じゃあ、行くぞ」 メンバーが一斉に散らばる。 そのうち、侵入する10人がマンションの前に集まった。 「このマンションは午後十一時以降はIDカードと暗唱番号がない と中へ入れないことになっている。さらに中に入っても警備員を兼 ねた管理人が常時二人中に入ってきた住人を防犯モニターでチェッ クしている。そこで、まず、吉田、最初の任務は君に任せた」 河野は吉田の方を見た。 「わかったわ」 吉田香苗は、野戦服の上から白いコートを羽織り、早速、マンシ ョンの前まで行った。 マンションの最初の入口は自動ドアで問題なく入れた。しかし、 次の2番目のドアは電子ロックになっていて、カードリーダーにカ ードを通してから暗唱番号を押して、中に入らなければならなかっ た。 香苗はモニターにちらりと目をやった。 「さてと−−」 香苗は突然、苦しそうに口許を右手で押さえ、がくんと膝を落と した。さらに、ううっと呻きながら、その場に倒れ込む。 当然のことながら、モニターで入口を監視していた管理人がびっ くりして、慌ててドアの方へ出てくる。 そして、一度、透明のドアの向こう側から女性の様子を伺い、そ れから急いでドアのロックを解除し、ドアを開けた。 「どうかしましたか」 管理人がうずくまっている香苗の傍に歩み寄り、腰を下ろす。 「胸が……」 香苗は苦しそうに言った。 「すぐに救急車を呼びましょう」 管理人が立ち上がり、管理人室へ行こうとして香苗に背を向けた その時だった。香苗は素早く立ち上がって、背後から管理人の首筋 にコートのポケットに隠し持っていた注射器を突き刺した。 「うっ」 管理人は低いうめき声を上げ、一度背筋をそらすと、どさっとそ の場に倒れた。 「何をやってるんだ」 管理人室を出てきたもう一人の管理人が今の香苗の行動を見て、 驚いた様子で言った。 「えいっ」 香苗はその管理人に向かって注射器を投げた。 注射器が管理人の首に突き刺さる。 「うあっ」 管理人は右手で首を押さえ、うずくまったかと思うと、そのまま 前にのめり込むように倒れた。 「大したことないわね」 香苗は馬鹿にしたような口振りで言った。 香苗はマンションを一旦出て、外にいる仲間に合図した。仲間が すぐにマンションの入口へ集まった。 「よくやった、吉田」 河野は香苗の肩を叩いた。 「当然よ。大久保さん、防犯カメラのビデオテープ、後でちゃんと 抜いといてね」 「任せておけ」 大久保は胸を軽く叩いて言った。 「それから、大久保、二人の管理人も縛って、隠しておいてくれ」 と河野が言うと、大久保は「わかった」と返事をした。 「これからが本番だ。川島」 「はい」 「おまえたち3人が屋上へ着いたら、すぐに連絡をくれ」 「わかりました」 「林はエレベーターが最上階へ着いたのを確認したら、俺の連絡を 待たずエレベーターを破壊しろ。野崎は俺の連絡ですぐにマンショ ン内の電気を全て落とせるように準備をしておいてくれ。それと、 大久保、電話回線の切断はすぐにやってくれ」 「わかりました」 三人が揃って返事をした。 「では、行くぞ」 河野を先頭に七人がエレベーターに乗り込んだ。 七人の服装は先に触れたが、武器として各自FAMAS小銃を手 に、腰のホルスターにはコルト・カバメントを装着していた。 「いいか、みんな、状況は常に変化する。必ずしも作戦通りに行く とは限らないから、その場合には各自の判断でやってくれ。ただし 、銃の使用はあくまで最終手段だ」 エレベーターが5階で止まり、ドアが開いた。 「川島、頼んだぞ」 河野はそういって、吉田、前原、結城と共にエレベーターを下り た。エレベーターのドアが静かに閉まる。 「今回の仕事、どうもすっきりしないわね」 香苗はぽつりと呟いた。 「俺もだ」 前原が同調した。「一人の人間をやるのに、ここまでやる必要が あるのか。標的の椎野美佳ってのは、写真で見るかぎりただのガキ だ」 「資料から見ても、ごく普通のサラリーマン家庭の生まれ。運動能 力が格別優れている様子もなし。学校の成績も中以下よ、こんな子 がどうして組織の標的になるのかしら。殺す価値もないと思うけど 」 「ファレイヌってのが曲者なんじゃないのか」 「でも、指令は彼女の暗殺よ」 「前原、吉田、おしゃべりは仕事の後にしろ」 河野が二人に注意した。 「副隊長は気にならないの」 「我々は、組織の指令を忠実に遂行するだけだ。理由などどうでも いい」 四人は取り合えず非常扉の前に集まった。 ピー その時、河野の無線機の発信音が鳴った。 「こちら、河野だ」 河野が無線機で応対する。 『川島です。副隊長、屋上に着きました』 と無線から川島の声。 「よし、すぐに屋上から5階へ降りてくれ。全員、降りたら、すぐ 連絡だ」 『了解』 無線が切れた。 ピー 数分後、再び無線機の発信音。 「こちら、河野」 『林です。エレベーターの破壊、電話回線の切断、終わりました。 マンション内の電源も切断準備できました』 「了解。連絡するまで待機していろ」 『了解』 無線が切れた。 「みんな早いわね」 香苗が感心したように言った。「あれ、結城、何、震えてるの」 香苗の言葉で、河野と前原が結城を見た。 「どうした、結城」 「予感が……」 「?」 「昔から何か不吉な予感を感じると、体が震えるんです」 「だらしねえ奴」 前原が笑った。 「彼はデリケートなのよ。大丈夫、今夜の仕事は楽勝よぉ。ね、副 隊長」 香苗は河野の顔を覗き込んだ。 「ああ、そうだな」 しかし、河野の表情は険しくなっていた。 3 予感 その頃、椎野美佳は自分の部屋のベットで眠っていた。 その夜は赤坂Uスタジオでのアニメ番組のアテレコがあり、自宅 に戻ったのも午後11時だった。仕事疲れのせいか、美佳は服も着 替えずそのままベッドに直行し、熟睡してしまっていた。 //ん? 美佳の傍でいつものフランス人形になって寝ていたエリナは、ふ っと妙な気配がして目を開けた。 //ウッ!! 見ると、目の前に美佳がキスをするような口をして、迫っていき ている。 「たかしぃ−−」 美佳は寝惚けた声を出して、ゆっくりとエリナに顔を寄せてくる 。 //み、美佳さん エリナは必死で抑えようとするが、美佳はエリナをぎゅっと抱き しめ、しつこくキスを迫ってくる。 //全くもう エリナは粉末になり、美佳の手をすり抜けた。間一髪、美佳のキ スが空を切る。 「たかしぃ、どこいっちゃったの、むにゃむにゃ」 美佳はぶつぶつ寝言を言いながら、今度は枕を抱いている。 //全く安心して寝てられませんわ エリナはフランス人形に戻り、文句を言った。 タッ、タッ−− その時、何か壁を蹴るような音がエリナの耳に聞こえてきた。そ の音は人間ならよほど意識しなければ聞き取れないほどの微かな音 だった。 //外からですわ エリナは美佳の部屋を出て、居間の方に行った。そして、そっと 窓を開けて、ベランダに出た。 //これは ベランダの前にはロープが垂れていた。 エリナはベランダから少し身を乗り出して、見上げた。すると、 何者かがロープをつたって下へ降りてくる。 //フォルスノワールの刺客! エリナはすぐさま粉末になった。そして、相手に気付かれないよ うに壁をつたって上へ登り始めた。 刺客は軽い身のこなしで八階の辺りまで来ていた。 //急がなくては エリナは水が流れるように素早く屋上まで登った。上には二人の 野戦服を着た男たちがいた。エリナは当然、名前は知らないが、川 島と杉野である。杉野は両手でライフル銃を持って周囲を監視し、 川島は竹本が降りるのを下を覗き込むようにして見守っている。 //まずはこの男から エリナはライフル銃を持った杉野のところへ地面を這うようにし て近づいた。杉野は全く気付く様子はなかった。暗闇の中、粉末が 襲ってくるなど、どんなに訓練されたフォルスノワールの戦闘員と いえど、思いつかないだろう。 エリナは杉野の足下まで来た。見上げると、杉野のベルトに手榴 弾ケースが掛かっている。 //あれですわ エリナは素早く杉野の足からズボンへ這い上がった。 「ん?」 杉野は何か足にくすぐったいものを感じた。 「何だ、これは」 杉野がエリナを見て、驚いたのもつかの間、エリナはベルトにか かった手榴弾ケースに入り込んだ。 「ふざけやがって」 杉野は銃を投げ出し、慌てて手榴弾ケースを外しに掛かった。 「どうしたんだ」 杉野の声に川島が振り向いた。 「ちっ」 杉野が手榴弾ケースを手ではぎ取り、遠くへ投げようとした。だ が、ケースから出た金色の紐のようなものが杉野の手に巻きつき、 離れなくなった。 「た、助けてくれ」 杉野が懸命に振り払おうと、手榴弾ケースを振った。 ピーン−− ピンの外れる金属音がした。 //1、2、3…… エリナは3秒数えると、素早く杉野の手を離れた。 「ぐをああ」 杉野が悲鳴を上げるが早いか、手榴弾が鼓膜を突き破るような音 を上げて、爆発した。 「うわっ」 川島は爆風で吹っ飛ばされ、フェンスに衝突した。 エリナがすかさず倒れた川島に飛び掛かり、ナイフに変化すると 、川島の胸を突き刺した。 「何かあったのか」 爆音を聞いて、ロープで七階の辺りまで降りていた竹本は足を止 めた。 「おい、川島」 竹本は呼び掛けたが、さっきまで屋上から顔を出していた川島の 姿はない。 マンションの部屋の電気が、いくつか今の音を聞いて、つき始め た。 「まずいな」 竹本は舌打ちした。 その時だった。突然、体ががくんと揺れた。ロープが下がったの だ。 「おい、どうなってんだ」 竹本は急に顔が真っ青になった。何かわからないが、迫り来る死 の恐怖を感じた。 「や、やめろぉぉぉ」 ロープが屋上に近いところでぷつんと切れた。 「うわぁぁ」 竹本は悲鳴を上げて、冷たいコンクリートが待つ地面へ落下した 。 4 緊急事態 「ねえ、今の振動は?」 香苗は河野を見た。 「爆発じゃないのか」 前原が言った。 「馬鹿な、こんなところで爆薬を使う指令など出してない」 河野が否定した。 「しかし、こんなところまで振動が来るなんて。恐らく今ので、住 民が起きたかも知れません」 結城が少し震えた声で言った。 「私が見てくるわ」 香苗が立ち上がった。 「待て!連絡を取ってみる」 河野が床に置いた無線機を手にした。 ピー その時、無線機が鳴った。 「はい、こちら、河野だ」 『ふ、副隊長!!』 かなり動揺した中野の声が聞こえた。 「どうした?」 『落ちました。竹本が落ちたんです』 「何だって」 河野は香苗の方を見た。香苗の顔が険しくなった。 「行ってみるわ」 彼女はすっと立ち上がり、すぐさま非常階段を駆け上がった。 「それで竹本は?」 『駄目です、即死です。彼の傍には切れたロープも落ちてました』 「中野、すぐに上田と谷を呼んで、竹本の死体を車に回収しろ。作 戦は中止だ」 『了解』 河野は続いてマンション向かいのビルに狙撃隊と共に待機してい る隊長の副島に連絡した。 「副隊長の河野です。隊長、竹本が−−」 河野が全てを言う前に、副島が遮った。 『たった今、マンションの屋上で爆発事故が起こったようだ』 「爆発事故ですって」 『こちらからでは状況はよくわからない。河野、作戦は中止だ。す ぐに屋上へ行って、死傷者を回収し、撤退しろ』 「了解」 河野は前原、結城の方に目を向け、 「前原、結城、すぐに屋上へ行ってくれ」 といった。 「了解」 二人はすぐに非常階段を駆け上がっていった。 河野は今度は1階の野崎に連絡した。 「野崎、すぐに電源を切れ。それから、他の者に作戦は中止と伝え ろ」 河野は無線を切った。「一体、何が起こったんだ。こうなったら 、正体を確かめてやる」 河野はライフル銃を手にして、立ち上がった。 4 屋上 前原と結城が屋上の昇降口を出ると、香苗の茫然自失といった様 子で立ち尽くしていた。 「何てことだ」 前原は思わず顔を顰めた。 屋上の中央辺りが黒く焦げ、そこに手や足といったばらばらの肉 片が転がっていた。そして、フェンスの近くに川島が仰向けに倒れ ていた。前原はゆっくり死体の傍へ歩いていった。 「手榴弾が暴発したんでしょうか」 結城が言った。 「違うわ。誰かにやられたのよ」 香苗が声高に言った。 「そのようだ」 前原は川島の死体を見て、言った。「死因は爆風かも知れねえが 、止めに胸を刃物で刺されてやがる」 「吉田さん、作戦は中止です。後は僕たちでやりますから、早く撤 退してください」 結城は優しく香苗に言った。 「撤退?」 香苗は結城の方を振り向いた。「撤退ですって、冗談じゃないわ 。仲間を殺されて、おめおめ逃げろって言うの。私はこのままじゃ 済まさないわ」 「しかし、これは命令です」 「だったら、あなただけどうぞ。私はあの女を殺るわ」 香苗は顔を紅潮させ怒りを露にしていた。 「吉田、いい加減にしろ。俺たちは遊びでやってんじゃねえんだ」 前原は川島の死体と銃を背負って、二人のところへ歩いてきた。 「あんたは平気なの?」 香苗は前原を睨み付けた。 「平気さ。これが俺たちの仕事だからな。いちいち死んだ奴に同情 してたら、命が幾つあったって足りねえよ。結城、杉野の遺体は頼 んだぞ」 前原はそういって、昇降口を降りていった。 「どいつも、こいつもだらしない奴ばっかり!」 香苗はどうしようもないやり切れなさを覚えていた。 「吉田さん、仲間が死んで平気な人なんていませんよ。それより、 早く一階へ行ってください」 結城が急かすように言った。 「手伝うわよ」 香苗はぶつぶつ言いながらも、杉野のリュックや銃器の残骸を拾 い始めた。 5 対決、美佳対戦闘員 //美佳さん、起きてください 美佳の寝室に戻ったエリナは、人形になって、ベッドで寝ている 美佳の体を揺すった。 「んにゃ、何ぃ……」 美佳は目をつむったままでエリナに尋ねた。 //殺し屋が来てるんです 「コロリヤ?何よ、それぇ」 美佳はふにゃけた声で言った。 //殺し屋ですわ。早く逃げないと、殺されます 「殺される?」 美佳はようやく目を半分開けた。 パーン その時、玄関の方から銃声がした。さすがの美佳も飛び起きる。 「何なの、今の音?」 美佳は目を白黒させた。 続いてドアの開く音。さらにチェーンロックの切れる音がした。 //殺し屋が来ましたわ 「ど、どうしよ」 美佳がエリナを見る。 //ここまできたら、戦うしかありませんわ 玄関を上がり、部屋に入ってくる足音が微かだが聞こえてくる。 //後は任せましたわ エリナは黄金銃に変形した。 「全く」 美佳は銃を手にした。そして、そっとベッドを降り、部屋の壁の 電気のスイッチを押した。しかし、電気はつかない。 やばいなぁ、電気が駄目ってことは、もしかして電話も。全く殺 し屋が来るのが分かってるなら、もっと早く教えてくれればいいの に。 美佳は姿勢を低くして、そっと部屋のドアまで近づくと、ノブに 手をかけた。 ダダダダ!! 突然、銃声がした。 美佳は思わず頭を抱え、悲鳴を上げそうになった。 どうやら、他の部屋のようだ。 「椎野美佳、出てこい。出てこなければ、この部屋を爆破する」 居間の方から男の声がした。 出てこなくたって、殺すくせに。 ダダダダ!! 律子の部屋のドアを撃つ音がした。そして、ドアの開く音。 どうしよう。次はこの部屋だ。 男の足音がゆっくりと美佳の部屋の前に近寄ってくる。 //美佳さん 「エ、エリナ、助けてよ」 //勝負は一瞬ですわ。頑張ってくださいね 「あのね、励ますだけじゃなくて何とかしてよ」 美佳はベッドに横に背中を付け、床に腰を下ろした。 私の精神力じゃ、一度しか撃てないわ。もし外したら−−ようし 、一か八か 「チェーンジ ブーメラン」 美佳は小声で言った。黄金銃がブーメランに変化する。 「さあ、いらっしゃい」 足音が美佳の部屋のドアの前で止まった。 ダダダダッ! ライフル弾が部屋のドアに三発の風穴を開けた。 バタッ! ドアが勢いよく内側に開いた。同時に美佳は思いっきりブーメラ ンを投げた。 ヒュン! 金色のブーメランがドアに向かって飛んだ。 あっ! だが、そこには誰もいなかった。ブーメランがドアを素通りする 。と同時にドアの横に隠れていた人影が美佳の前に姿を現した。男 の両手にはライフル銃がある。 「死ね!」 男はライフルのひき金に力を込めた。 「戻れぇ!」 美佳が叫んだ。 通り過ぎたはずのブーメランが180度ターンして、美佳の方へ 戻ってくる。 ガッ!! 男の後頭部にブーメランが鋭く命中した。 「ぐわっ」 男は前にのめり込み、銃を持ったまま、美佳のすぐ足下に倒れた 。ブーメランは一度空中でくるくるっと回転してから、美佳の手に 収まった。 「た、助かった」 美佳は額から流れ出た汗を拭った。 「チェーンジ リヴォルバー」 美佳はブーメランから銃にエリナを変形させた。 「うっ」 ほんの数秒して意識の戻った男が頭を振って、顔を上げた。その すぐ目の前では美佳が銃を構えて立っていた。 「殺せ」 男は静かに言った。「でなければ、君が死ぬことになる」 「帰って」 美佳は銃口を向けたままの姿勢で言った。 「なに?」 「人は殺したくないわ」 「正気か。また君を狙うかもしれないんだぞ」 「帰って。でないと、撃つわ」 男は銃をその場において、立ち上がった。 「後悔することになるぞ」 「いいから。その銃も持ってって」 「わかった」 男は銃を拾い上げた。「変わってるよ、君のような人間は初めて だ。また会おうぜ」 男はそういって、部屋を出ていった。 「ふうっ」 部屋に一人残った美佳は大きく溜め息をついた。 黄金銃のエリナが美佳の手を離れて、人形に変形した。 //なぜ殺さなかったんですの 「そうね、私が死にたくないように、彼も死にたくはないと思うわ 。だから、殺さなかったの」 //また狙ってくるかも知れませんわ 「その時はその時、考えればいいじゃない」 //美佳さん 「ちょっとかっこつけすぎたかな」 美佳はへへっと笑った。エリナもつられて笑う。 //素晴らしいですわ、美佳さん エリナは自分には欠けていた人間的な部分を美佳に見て、なぜか 嬉しくなった。 「椎野美佳暗殺計画」終わり