第12話「ファレイヌの秘密」 登場人物 椎野美佳 高校生。声優。 上田由加 美佳の同級生 島村智美 美佳の同級生 レイラ 紫の髪をした魔女 エリナ 金のファレイヌ ミレーユ 水銀のファレイヌ 1 朝の教室 朝の凌雲高校−− 「みなさん、おっはよう」 島村智美が1年C組の教室に入るなり、教室全体に響きわたるよ うな声で挨拶した。 「智美はいつも明るくていいわね」 教室の一番後ろの席に座っていた園川美枝子が冷めた口調で前の 席の上田由加に言った。 「ほんと。悩みがなさそうで羨ましいわ」 と由加も美枝子の意見に同調する。 「ねえねえ、何、話してんの」 智美が相変わらずの調子で二人に話し掛けてきた。 「あんたのことよ」 と美枝子。 「え、わたし?」 智美は自分のことを指差す。「私のこと、褒めてたとか」 「あのね。少しは悪く考えなさいよ」 「じゃあ、貶してたの?」 「そうじゃないわよ」 「じゃあ、何?」 智美が詰め寄る。 その時、教室の戸がガラッと音を立てて、開いた。 「美佳」 三人が戸の方を見て、一斉に口にした。 「おはよ」 美佳が微笑んで、挨拶した。 「ねえねえ、あの秋乃って子−−」 早速、智美が野次馬根性で美佳に話しかけようとする。 「智美!」 由加と美枝子が一斉に智美を睨み付けた。 「わ、わかったわよ」 智美は黙り込んだ。 美佳は三人の方にやや複雑な面もちをしながら、近づいた。 「大変だったね」 由加が優しく言った。 「みんなに迷惑かけたね」 美佳が元気のない声で言う。 「そんなこと、いいのよ。それより、体の方はもういいの?」 美枝子が尋ねた。 「うん」 美佳は小さく頷いた。 「いろいろ聞きたいことはあるけど、私たちの方から聞かないわ」 「ええっ」 智美が嫌そうな声を上げる。 「ちょっと黙ってなさいよ」 美枝子は智美に注意してから美佳の方を見て「でもね、困ったこ ととか悩んでることがあったら、いつでも私たちに話して。相談に のるから。私たちはいつでも美佳の味方だからね」 「ありがとう」 美佳は少し目を潤ませて言った。そして、そのまま前の方の自分 の席まで小走りで行ってしまった。 「あーあ、聞きたいこと、たくさんあるのになぁ」 と智美がぼやいた。 「美佳……かわいそう」 由加は美佳の後ろ姿を見ながら、ぽつりと呟いた。 2 現れた刺客 放課後−− 美佳は一人で帰り道を歩きながら、ずっと考えごとをしていた。 秋乃に銃を向けられた時、私の手になぜか黄金銃があった。そし て、私は無意識に彼女を撃った。なぜ?ティシアとの戦いの時は全 く引き金が引けなかった。でも、その後−− ファレイヌは感情のエネルギーを弾丸に変えると言うけど、無意 識の中に感情なんてあるのかしら。 大体、ファレイヌって何なの?最初はあの黄金銃のことだと思っ たけど、ティシアやミレーユのような人間もいる。しかも、意思を 持っているわ。姉貴の話だと、ファレイヌは人間の魂を粉末に転化 したものだっていうけど、そんなことってありえる?それに、転生 の儀式を行うと、再び人間に戻れるなんて、まるでオカルトの世界 じゃない。 美佳の頭の中は疑問でいっぱいだった。しかし、それは姉の律子 のように直接、ファレイヌの正体を見せられていない美佳にとって は無理からぬ話だった。 考えているうちに駅まであっという間に辿り着いてしまった。 ホームは学生で賑わっていたが、美佳は無意識に同級生を避けて いたのか、いつもと違いホームの一番はじの人のいないところで電 車を待っていた。 今日は四時に姉貴の病院に行って、それから六時までにスタジオ に入って−− 美佳は腕時計を見ながら、スケジュールを確認した。 美佳はふと反対側のホームの方を見た。反対側のホームには一人 の女性がいた。 へえ、髪が紫色なんて−− 美佳は向こうの女性の紫色の髪に目を奪われた。 その女性は紺のブラウスに紺のスカートを履いていた。そして、 頭にはつばが異様に広い帽子を被っていた。顔はつばに隠れて、よ く見えないが、時々、紫色の長い髪が風で靡いていた。 美佳の方のホームに来る電車が姿を現した。 その時、紫髪の女性がつばを上に上げた。これまで美しい髪に見 惚れていた美佳はその女性と目があった。 あっ 美佳は心の中で小さな声を上げた。 その女は燃えるような真っ赤な目をしていた。その目を見た途端 、美佳は何か電気的なショックでも受けたかのように体が強烈な痺 れを感じた。 な、なに? 美佳は戸惑った。体が石のように動かなくなってしまったのであ る。 −−秋乃の仇、討たせてもらうわ 美佳の心に女の声が聞こえてきた。 だ、誰? −−わからないのかい、おまえの目の前にいるじゃないか どうする気? −−もちろん、死んでもらうよ。このまま、電車に飛び込んでね 向こう側のホームの女がにやりと笑った。 やめて…… 美佳は表情を引きつらせた。 −−秋乃は私が妹のようにかわいがってきた子だったんだ。それを おまえのおかげで 違うわ −−言い訳は無用よ 電車が近づいてくる。美佳の足が動き始めた。美佳は必死に抵抗 しようとするが、足は線路に向けて一歩を踏み出す。 −−秋乃の苦しみ、存分に味わうがいい 美佳の足は三歩、四歩と進み、後一歩でホームから転落するとこ ろだった。 助けて、誰か! 美佳は心の中で叫んだ。声にだそうにも声が出なかったのだ。 −−死ね! 電車がホームに迫る。美佳が最後の一歩を踏み出そうとした。 電車は何事もなく進み、静かにホームに到着した。 「たいしたことはないわね。ミレーユ様もお人が悪いわ」 反対のホームの到着した電車を見て、レイラは笑った。 「これで任務は遂行ね」 レイラはつばを下ろし、電車に背を向けた。やがて電車は低い振 動を起こしながら、走り去った。 レイラを階段に向けて、歩き始めた。だが、その足取りは二歩し か続かなかった。 −−何だ! レイラは殺気を感じて、振り向いた。 「まさか」 レイラは驚きの声を発した。反対のホームにはホームに転落した はずの美佳が立っていたのである。 美佳の右手には黄金のリヴォルバーが握られていた。そして、そ の銃口がゆっくりとレイラに向けられた。 −−この魔気!ただものじゃないわ レイラは階段へ急いで駆け出した。 美佳は黄金銃の引き金を引いた。 グォーン! 黄金銃の銃口が光ると、光弾が勢いよく発射された。光弾はカー ブを描き、レイラの背中を貫通した。 「ぐほっ」 レイラが血を吐き、倒れそうになった。だが、それをこらえて、 一気に階段を駆け昇る。 −−くそっ、覚えてろ レイラは心の中で吐き捨てた。 「はっ」 美佳はふっと我に帰った。 周囲を何気なく見回すと、そこはいつもの駅のホームの風景だっ た。 私、どうしたんだろう。あの女の人に操られて、ホームから落と されそうになって……それから……わからないわ。また、あの現象 だわ。ティシアや秋乃に殺されそうになった時と同じ。 美佳は右手を見た。そこには何もなかったが、指が何かを握って いたような形をしていた。 いったい何が起こったの?私が意識を失っている間に私を殺そう とした女の人がいなくなってしまった。そして、私も生きてる。 「美佳ぁ」 遠くから、由加が美佳の方へ駆けてくる。 「どうしたの。いつもといる場所、違うじゃない」 由加は少々息を弾ませて美佳のところまで来ると、そう聞いた。 「ちょっとね」 「ちょっとねじゃないよ。今日、一緒に帰ろうって約束したのに、 美佳、一人で帰っちゃうんだもん」 「ごめん」 美佳は頭を下げた。 「全くもう」 由加はふくれっ面をした。 「美坂屋のあんみつ、おごるからさ、許してよ」 「一杯だけ?」 由加はちらっと美佳を見やって、言った。 「二杯−−」 「三杯!」 由加は強く主張した。 「はぁ。お小遣い、なくなっちゃうな」 美佳はついつい財布の中身を考えてしまうのだった。 3 恐怖の寝室 その夜、美佳が自宅のマンションに戻ったのは十時過ぎだった。 五階でエレベーターを降り、通路を歩いていくと、五〇三号屋の ドアの前で北条隆司がフェンスによりかかって、待っていた。 「隆司……」 美佳は北条の姿を見て、呟いた。 「よっ、遅かったな」 北条も美佳に気付いて、軽く手を上げた。 「どうしたの、こんな時間に」 美佳は小走りで北条のところまで行った。 「ちょっと話があってね」 「電話、くれればよかったのに」 「電話したって、留守だったじゃないか」 「でも、メッセージ入れておいてくれれば、こっちから電話かけた わ」 「電話じゃ美佳の顔が見れないだろ」 北条は優しく美佳の肩に手をのせた。 「隆司−−」 美佳は上目遣いに北条を見つめた。 北条はそっと美佳の顔に顔を近づけた。美佳はやや顔を上げ、目 をゆっくりとつむる。 自然と二人の唇が重なりあった。何も語らず、ただこのままの状 態で、二人はしばし愛を確かめあっていた。 「いつからここで待ってたの」 美佳は北条から唇を放して、聞いた。 「さあ、あまり長くて忘れちゃったよ」 北条は苦笑した。 「まぁ、隆司ったら」 美佳もつられて笑う。 「今、鍵開けるから待ってて」 美佳はバックに手を入れて、鍵を探す。 「俺は帰るよ」 「え?」 美佳は北条を見た。 「おまえの顔を見て安心したよ」 「話があるんじゃないの」 美佳はがっかりした表情をした。 「俺の話ってのは、大体わかるだろ」 北条の言葉に美佳は返す言葉がなかった。 「今日、会ったらファレイヌのことやあの少女のことを聞いてやろ うと思ったけど、それは美佳が自分から話してくれるまで待つこと にしたよ」 「隆司」 「じゃあ、美佳もいろいろ大変だろうけど、頑張れよ。辛いことが あったら、いつでも相談してくれ」 北条はそういうと、軽く手を振って、エレベーターの方へ走り去 った。 「ありがとう」 美佳は思わず涙ぐんだ。何となく北条の優しさが嬉しかった。こ のところ辛いことばかりで、心の休まる時がなかった美佳には何よ りのプレゼントだった。 美佳は鍵でドアを開け、部屋に入った。 「いいなぁ、恋人って」 美佳の心にはまだキスの余韻が残っていた。思い出すだけでも心 が弾んだ。 美佳はそのまま自分の部屋に入ると、体をベッドに投げ出した。 「はぁ」 美佳は大きく溜め息を付いた。 美佳は体を仰向けにして、天井を見つめた。いや天井というより 暗闇を見つめていた。 こうしてベッドに寝てしまうと、疲れがどっと押し寄せてきて、 もう服を脱ごうとか、電気をつけようとかという気力は全て失せて しまった。 今日はこのまま寝よう。隆司、今日は何だか楽しい夢が見れそう よ 美佳は目をつぶった。急激に眠気が襲ってくる。このままなら、 美佳は今夜、ぐっすりと眠り込んだであろう。 だが、運命はそれを許さなかった。 ベッドの下から植物の蔓のようなものが現れた。それはベッドを 包み込むように四方八方から上に向かって伸びてくる。 そして、その蔓はベッドの上で寝ている美佳のところまでするす ると伸びてくると、一斉に美佳に襲いかかった。 まず美佳の足下からきた蔓が美佳の両足に絡みつく。続いて右か らきた蔓が美佳の右手首に、左からのが美佳の左手首、そして、頭 上からきた蔓が美佳の首に巻きついた。 「うっ」 突然、首を締めつけられた美佳は目を覚ました。 何、いったい? 美佳はしばらく理解できなかった。最初は金縛りかとも思ったが 、それにしては妙に現実感があった。 「ふふふ、美佳、どう、磔になった気分は」 ベッドの下から声がした。 あの紫の髪の女の声。まさか…… 美佳は不吉な予感を感じた。 電気が突然、ぱっとついた。部屋全体が明るくなる。 「これは−−」 美佳は自分の手を縛っていたものが、紫色の髪だと知って、愕然 とした。 「自分の惨めな姿をよく見ておくのね」 美佳は腕に力を入れて手を動かそうとしたが、びくともしない。 「ほほほ、無駄よ、私の髪は1トンの重さでも切れないんだから」 ベッドの下にいる女、レイラは笑った。 「どうする気?」 「さあ、どうしようかしら。このまま首を絞めてもいいし、両腕か ら引きちぎってもいいわね」 「殺るなら早く殺りなさいよ」 美佳は死の覚悟ならいつでも出来ていた。 「言われなくてもそうするわ。今度ばかりはあなたもお手上げです ものね。こんな状態じゃあ、自慢の銃も使えまいて」 レイラは勝ち誇ったように言った。 こんな奴に殺されるなんて。こうなるんなら、隆司ともっとキス してるんだった。 美佳にはそれだけが残念でならなかった。 「あなたに選ばせてあげるわ。死に方を選びなさい」 「だったら一番楽そうな絞首刑にしてよ」 「いいわ、引き裂きの刑にしてあげる」 「やな性格」 「これで終わりよ」 髪の毛が両側から美佳の両腕を引っ張り始めた。 「ああっ」 美佳は体が捩じれるような感覚を覚えた。 姉貴、隆司、さよなら 美佳は心の中で別れを告げた。 //美佳さん、体を左に引いて その時、美佳の心に声が聞こえた。それはレイラとは違う女の声 だ。どこかで聞いた覚えがあった。 だ、誰よ //体を出来るだけ左に引いて 美佳は一か八かこの声の主に賭けてみることにした。 美佳は引っ張られながらも、精一杯体をひねり、左へ少しばかり 引いた。 やったわよ 美佳は心の中で言った。 //いいですわ その声がしたと思うと、天井が突然、金色に光り黄金の剣が現れ た。その剣は刃先を真っ直ぐ美佳の胸に向けていた。 な、何?まさか私を刺す気じゃ…… 黄金の剣は勢いよく落下した。 「人殺しぃ!」 美佳は思わず口走った。 グサッ 「ぎゃあ」 美佳の女の子らしくない悲鳴を上げた。だが、痛みは全く感じな かった。 「あれっ?」 よく見ると、剣は美佳の右脇下数センチのところに深く突き刺さ っていた。 「ぎゃあああ」 その時、ベッドの下から女の悲鳴が聞こえた。と同時にこれまで 美佳の両手両足、首に巻きついていた紫色の髪が一斉に解けた。 「とれた!」 美佳はしめたとばかりさっと飛び起きて、ベッドを降りる。 「ゴホッ、ゴホッ」 美佳は安心したのか、急に咳き込んだ。「全くサキイカじゃない んだから」 //大丈夫ですか 「え」 美佳がベッドの上を見ると、いつのまにか剣が金色のフランス人 形に変わっていた。「あ、あなたは?」 //ふふふ、私、エリナ・レイといいます 「エリナ・レイ?」 //こうすれば、わかっていただけるかしら 金色のフランス人形は一度丸い粘土の塊になったかと思うと、今 度は銃に変形した。 「ファレイヌ!」 美佳が声を上げた。 //そうですわ エリナは再びフランス人形に戻った。//この女を引っ張りだし てもらえますか 「わかったわ」 美佳は長い髪を引っ張り、ベッドの下からレイラを引きずり出し た。レイラは苦悶に満ちた表情で死んでいた。ブラウスの右胸の辺 りは血で真っ黒に染まっている。 「この女はレイラ。フォルスノワールのメンバーの一人ですわ。恐 らくミレーユから指令を受けて美佳さんを殺しにきたのでしょう」 「フォルスノワール……」 美佳は秋乃が死に際に言った言葉を思い出した。 「彼女は右に心臓を持つ女だったんですね。最初、左胸に弾を命中 させたのに死ななかったので、おかしいとは思いましたが」 エリナはレイラを見て、呟いた。 「エリナ、もしかして駅でこの女から私を助けてくれたのも−−そ れだけじゃない、ティシアに殺されかけた時も秋乃の時もあなたが 助けてくれたの?」 //ええ エリナは頷いた。 「どうして、私を?姉貴を助けるのならともかく」 //人を助けるのに理由がいるのかしら 「だって、あなたたちファレイヌは今まで罪のないファレイヌの所 有者たちを殺してきたんでしょ」 //それとこれとでは話は別ですわ 「別って、人殺しに区別なんてあるの。あなたが私を助けてくれた ことには感謝するわ。でも、どうして私に今まで黙っていたのよ。 勝手に私を操って。私は、あなたに守ってくれとも頼んでないし、 第一、秋乃を殺してほしくなかった」 美佳は目に涙を浮かべながら、言った。 //私も最初はあなたを守るつもりはありませんでした エリナは静かに言った。 「どういうこと?」 //以前、マリーナに操られた美佳さんのお母様が律子さんを襲 ったことがありましたよね 「そんなこともあったわね」 //私はあなたに乗り移って、お母様を精神弾で気絶させました 。その時、私は気付いたんです。あなたの体の中のクレールの存在 に 「クレール?」 //フェリカの妹で、ベリウス会の司祭の娘ですわ 「それがどうして私に?」 //クレールがなぜ美佳さんの体に乗り移っているのか私にはわ かりません。ただクレールが、美佳さんの意識の中に潜んでいるこ とだけは間違いありませんわ 「何、言ってるのよ。私は私だわ」 //そう言えますの?現に美佳さんは私に今まで乗り移られたこ とも覚えていなかったでしょう 「それは……」 //秋乃さんもそういってませんでしたか 「そういえば……」 秋乃は確か私の体からクレールを追い出すために私に毒を飲ませ たと言ってたっけ。 「でも、クレールはファレイヌじゃないんでしょ。どうして狙われ なければならないの?」 //私たちをファレイヌにしたのがクレールだからですわ 「え?」 //恐らくミレーユは何らかの形で美佳さんにクレールが乗り移 っていることを知り、復讐のために刺客を差し向けたんですわ エリナは少々躊躇いがちに言った。 「ちょっと待ってよ、それっておかしいじゃない。そんな復讐なん て今に始まったことではないんでしょう、何で今になって //それは、ミレーユが最近までその事実を知らなかったからだ と思います。 「どういうこと?」 //ファレイヌが真の所有者と儀式によって同化すれば、強大な 魔力を持つ人間になれることは御存知ですよね 「姉貴から聞いたわ。でも、実際には悪魔になるんでしょ」 //全てはそれが原因なのです。美佳さん、これから言うことを よく聞いてください。これから言うことは全て真実ですわ 「真実って、今までのことは嘘だって言うの?」 //いいえ。ただ、ファレイヌの争いは単なる権力争いではない んです。彼らは自分の意思というよりもクレールが巧みに練り上げ た恐ろしい罠の中で生きているんです。これは本当に恐ろしいクレ ールの復讐劇なんです。 エリナは一度、間を置いてから話し始めた。//その昔、南フラ ンスのピレネ山脈の辺りに農村がありました。その村は決して富裕 ではありませんでしたが、大きな災害や疫病に見舞われることもな く、トウモロコシや麦を作って、細々と生活をしていました。この 村の人々は皆敬虔なカトリックで、日に一度はこの村の唯一の教会 であるベリウス教会に訪れ、今日の平和に感謝の祈りを捧げていま した。 この村では教会の司祭は村の政治家であり、医者であり、よき相 談者でありました。司祭は特別な魔術を使い、雨や風を起こし、ま た瀕死の病人や怪我人を治したり、また天変地異を予期することが 出来ました。そんな司祭を人々は崇拝し、毎年、最初に採れた作物 は司祭に献上されました。また、女は物心がついた時から教会に入 信し、司祭の身の回りのお世話をすることになっていました。 村人と司祭の関係はいつの時代でも、分け隔てのないごく自然な 関係が続きました。過去のどの司祭も敬虔で、常に人々のためにつ くし、贅沢を好まず、慎み深い生活を送っていたそうです。 私の記憶でも、私が十六までは本当に平和でした。そうあのこと さえなければ。 「何かが起こったのね」 //ええ。あれは1580年のことです。私が生まれる二年前の ことでした。 司祭、その当時の司祭はカローニスティ様でしたが、その司祭と 村の娘との間に双子が生まれました。一人は男の子で名をフェリカ 。もう一人は女の子で名をクレールと言いました。 司祭の職はその子供が代々受け継ぐことになっていましたので、 それまで子供のなかった司祭は大喜びで、村人も大変な歓迎ぶりだ ったようです。しかし、二人を生んだ時に母親の方は死んでしまい ました。 私の両親の話では、この双子は、性格が全く異なっていたそうで す。 フェリカは人見知りのしない元気な明るい子で、誰にでもなつき 、村人からも可愛がられました。ところが、クレールの方は内気な 性格で滅多に教会から出ず、また自分の気に入らないことがあると 、癇癪を起こし、人や物に当たり散らしました。 私の母からは、クレールは自分の思っていることをうまく表現出 来ないだけで本当は寂しがり屋なのだから、ちゃんと付き合ってあ げるように言われましたが、当時の私はフェリカと遊ぶ方を好みま した。 私は八才の時に教会に入りましたが、当時、フェリカは教会の女 の子にとってはアイドル的な存在でした。その中でも私は特にフェ リカに可愛がってもらいました。 そんなある日のことでした。 私が回廊の掃除をしていると、クレールが部屋から出てきて、面 白いもの見せてあげるといって、私の手を引っ張りました。 私が仕事中だと断ると、クレールはムッとした顔をして『フェリ カの言うことは聞けても、私の言うことは聞けないの』と言いまし た。 仕方なく私はクレールのあとをついて、教会を出ました。クレー ルは私がついて来るのを時々、振り返って確認しながら、どんどん 森の奥深くへ入っていきました。私は途中で引き返そうとも思いま したが、もうそれも出来ませんでした。どのくらい進んだのか、も う光がほとんど入らない鬱蒼としたところまで来た時、急にクレー ルの姿を見失いました。私は不安になって、クレールの名前を呼び ながら、探し回りました。しかし、何の返事もありません。 ちょうどその時でした。突然、地面が崩れ、私は穴に落ちてしま いました。その穴の深さは私の身長の倍はあったと思います。 私は最初、何が何だかわかりませんでした。しばらく私がその穴 から出ようともがいていると、上の方から噛み殺したような笑い声 が聞こえました。私が『助けて』と叫んでも、笑い声ばかり。上の 方は真っ暗で何も見えませんでした。 私が思い切って『クレールね』と聞くと、上から声が返ってきま した。『あんたが悪いのよ。私のフェリカと仲良くするから』と。 それから、声はすっかりしなくなりました。 「クレールってひどい子ね」 美佳は顔を顰めた。 //私は翌朝、駆けつけた村の人に助け出されました。後で聞い た話では、クレールが私のいる場所が分かるように私の持ち物を道 に沿ってばらまいておいてくれたということでしたが、その時の私 にはわかるはずもなく、私を殺そうとしたクレールに深い恨みを抱 きました。ただクレールが犯人だという事は、フェリカに迷惑をか けたくなかったので村の人には話さず、教会の親しい子にだけこっ そりと打ち明けました。 しかし、それが大変な結果になるとは、その時、思ってもみませ んでした。 数日後、教会の子たちがクレールをとっちめてやろうと私に話を 持ちかけてきました。私はなぜかその話に何の躊躇いもなく乗って しまったのです。 その当時、教会の子たちは皆クレールに何らかの悪い感情を持っ ていましたから、誰もその計画に反対するものはいませんでした。 夜中に私たちは六人ほどでクレールの部屋に押し入り、有無を言 わさずベッドで寝ていたクレールの口に猿ぐつわを噛ませ、手足を 縛りました。そして、持ってきた担架にクレールを乗せて、外へ運 び出しました。 外では他の七人が教会の裏の森の五十メートルほど入ったところ にある泥地に穴を掘って、待機していました。 私たちはその場所を選んだのは、土が普段でも比較的柔らかいた め、深く掘らなくても落ちた人が一人では抜け出せない穴を掘るこ とが出来たからでした。 私たちがその場所にクレールを連れてくると、猿ぐつわだけを解 いて、穴に突き落としました。 クレールは顔から落ちたため、顔がすぐに真っ黒になりました。 彼女はすぐに起き上がって、上から見下ろしている私たちを睨み付 け、こう言いました。『こんなことして、ただじゃすまないわよ』 と。それから、クレールはあれこれと私たちを罵倒する言葉を浴び せました。 最初は、彼女に反省を促そうと思っていただけの私たちでしたが 、次第に彼女の傲慢な態度に憎しみが沸き起こりました。 それは、今、考えるととても恐ろしいことでした。しかし、その 時の私たちはほとんど衝動的にスコップを手にして、クレールのい る穴に向けて土を投げ込みました。クレールはその間、一言も『助 けて』とは言わず、ただ鋭い目で私たちを睨み付けていました。 クレールを生き埋めにした後、私たちは互いに今夜のことは口外 しないように約束しました。そこにはもう救済の考えはなく、ただ 逃げるようにその場を立ち去りました。 「……」 美佳は返す言葉もなかった。 //翌日、クレールが行方不明という事で村の人達が探し回りま したが、結局見つからず、夜に散歩に出て野犬か何かに襲われたの だろうということで片づけられました。 私たち十三人には、クレールを見殺しにしたという罪の意識はな く、むしろ、クレールという厄介者がいなくなってホッとしたとい う感じでした。 しかし、クレールの死に対し兄のフェリカの悲しみは深いもので した。彼女が死んでからはすっかり元気を失い、自分の部屋に塞ぎ 込むようになりました。 「それは当然よ」 //そうかもしれません。でも、それだけなら、まだよかったの です。 「他にも何かあったの?」 //クレールの復讐ですわ。彼女の死後、村では奇妙な事件が起 こるようになりました。これまで盗難事件一つ起きなかったのに、 家畜や番犬が殺されるとか、畑が荒らされるとか、物が盗まれると か、とにかく奇妙なことが続きました。 最初は、村人も野犬やよそ者の仕業だと思い、自警団を創設して 、村の見回りに当たりました。 そうして、八年が過ぎました。その間、奇妙なことは依然、続き ましたが、それは決して不可思議というものではなく、他の村では 当たり前のようなことでした。その頃には、フェリカもすっかり元 気を取り戻していましたし、既に次の司祭となるべき人格も備えて いました。もちろん、私も成長し、その当時、フェリカと私は村の みんなの公認の間柄となっていました。 ところが、その年の三月、恐ろしい事件が起こりました。 フェリカの父、カローニスティ司祭が亡くなったのです。死因は 心臓発作らしいという事でしたが、それはあまりにも突然でした。 しかし、後継者という点では、既に村人からの信頼も厚かったフ ェリカが継ぐことに何の問題もありませんでした。 彼は一月後、教会での任命式を経て、司祭に就任しました。村で は彼の就任を祝って、二週間も祭りが続きました。 その当時、フランスの他の村では、激しい魔女刈りが始まってい ましたが、フェリカも集会において村人に悪魔の到来を殊更に主張 するようになりました。その頃から、フェリカの態度は豹変してい きました。 奇妙な事件が続くのは悪魔の到来が近いせいだと言って、村人に 度々、神への貢物を要求し、また悪魔を近づけないためにと村人の 労働力を使って巨大な御神像や石碑をいくつも造らせました。 そんなフェリカに対しこれは行き過ぎではないかと忠告する者も いましたが、そういった人はなぜか数日もたたないうちに奇妙な病 気にかかったり、事故に遭遇しました。フェリカは自分の神託に疑 問を抱く者はみな悪魔に取りつかれているといって村人に忠誠を誓 わせました。 しかし、彼への不信は依然、残りました。というのも彼の要求は 村の共同体として生活を大きく圧迫したからです。もともと富裕と は言えない生活をしてきた村人たちには、貢物や労役はきついもの でした。 教会の女たちは自分の両親や兄弟のことを案じ、フェリカに抗議 しました。しかし、フェリカはそれにも耳を貸さず、逆に彼女たち を教会から隔離しました。さらにフェリカは私を含めた十三人にこ れからは自分と一緒に神の助けを請うための儀式に参加するように 言いました。その十三人とは紛れもなく八年前にクレールを生き埋 めにした時の仲間たちでした。私たち十三人は地下の礼拝堂へ送り 込まれ、一切の外出を禁止されました。食事も就寝も全ては礼拝堂 で過ごすことになりました。私たちは毎日五度、フェリカと共に怪 しげな魔法の儀式に参加させられました。その魔術がいったい何を 意味するのか、私たちにはまるで分かりませんでした。ただそれが あまりに異様だったので、不吉な予感だけはいつも感じていました 。これは後で知ったことですが、私たちが礼拝堂で儀式を行ってい た頃、村では台風や嵐が起こっていたそうです。 度重なる災いに村人の怒りは頂点に達していました。その怒りは 近いうちにフェリカに向けられることは明らかでした。そこでフェ リカは一計を案じ、これまでの災害の原因は教会の女たちのせいだ と言い始めました。フェリカは、教会の女たちは自分の知らない間 に怪しい魔術に心を奪われ、悪魔に唆されて契約を交わし、悪魔の 思うがままに操られているというのです。そして、自分は今、その 女たちを隔離しているが、自ら罰することは出来ないので村人に力 を借りたいと申し入れました。村人はその言葉にすっかり騙され、 隔離されていた教会の女たちを異端審問所に突き出し裁判にかけま した。当時の魔女裁判の隆盛期にあっては彼女たちの主張など認め られず、全て死刑となりました。 一方、私たちの方はそんな地上の出来事など全く知りませんでし た。しかし、ある夜、フェリカに村人たちが教会の女たちを魔女に 仕立てて、裁判所へ突き出していると聞かされました。そして、こ のままいけば、君たちにもその危害が及ぶだろうといいました。 その言葉に私たちが悲しみの声を上げると、フェリカはさらにこ ういいました。『一つだけ方法がある。粉化転生術を使うのだ。こ の術は父が編み出したもので、人間の魂を一時的に別のものへ転化 させる術だ。ここに十三種の粉末がある。この粉末に一時的に君た ちの魂を吹き込み、それを瓶か何かに入れて僕が隠しておく。残っ た肉体は仮死状態となっているから、村人や官憲が見ても死んだと しか思わないだろう。そこで君たちの肉体を一時的に墓に埋め、折 りをみて僕がその肉体を墓から掘り出し、魂を元に戻してやろう』 と。フェリカの言葉に私たちは躊躇いがありました。そこで一日だ け考える猶予を貰いました。その夜、自室にフェリカが訪ねてきま した。フェリカはこれまでとは嘘のように元の優しいフェリカでし た。私は彼に抱かれ、彼の甘い囁きに乗せられてしまいました。翌 朝、礼拝堂に集まると、これまで懐疑的だった皆がなぜかフェリカ の言葉を信じる方に回っていました。 そして、その夜、粉化転生の儀式が行われました。儀式は密室で 個別にフェリカ自らが行いました。私は儀式に入る前に薬を飲まさ れ、どのような儀式が行われたのかを知らぬまま、気がついた時に 透明な瓶の中でした。 最初は自分が粉になっているとは信じられませんでした。しかし 、自分の体を見るにつけ、それが金色の粉末であることは明らかで した。 それから数時間後、フェリカが現れました。彼は私を見ながら、 にやにやと笑っていました。そして、こういったのです。『エリナ 、どう粉末になった気分は?』と。その声は女の声でした。しかも 、どこかで聞いたことのある声。そう、クレールの声だったのです 。私が驚いていると、クレールはさらに言葉を続け、『どうやらわ かったみたいね。そうよ、八年前におまえたちに殺されたクレール よ。どうしてって思っているでしょうね。おまえたちは、あの時、 私を殺したことで安心してたようだけど、一つ大事なことを忘れて いたわ。それは私が魔術師だということよ。私はおまえたちに生き 埋めにされた後、幽体離脱で脱出したのよ。その時の気持ち、おま えにわかる?まだ十歳にもならない自分の肉体を捨てなければなら ない私の気持ちが。私はその時から復讐を誓ったわ。おまえたち全 員を私と同じ目にあわせてやるとね。私はまず私の死に深く傷つい ていた兄の心に潜入したわ。もちろん、その頃の私の魔力ではすぐ に兄の体を支配できないことはわかっていたから、ゆっくりと時間 をかけて洗脳していったわ。兄の寝ている間に兄を操ったりしてね 』 『それじゃあ、村での奇妙な出来事はみんなあなたが』 『そうよ。魔法の練習のためにね。兄の洗脳には八年かかったわ。 おかげで兄の体は私の体そのものよ』 『フェリカの魂はどこへ行ったの』 『どこへも行ってないわ。私そのものがフェリカになったの。つま り兄の魂と私の魂とが同化したのよ』 『何てこと……』 『本当はもう少し時間をかけるつもりだったが、父に私のことを気 付かれ、始末した。おかげで私は司祭になることが出来、予想より 早く復讐を成し遂げられたがな』 『ひどい人。自分のお父様を殺すなんて』 『復讐のためには父の命など軽いものだ』 『でも、なぜ私たちとは無関係な村人まで苦しめるの。復讐なら私 たちにすればいいじゃない』 『私にとってはおまえたちのような人間を生み出した村そのものが 気に入らないのよ』 『……』 私の心の中は堪えようのない憎しみと悲しみでいっぱいになりま した。 『これからどうする気?』 『そうね、ゲームでもしてもらおうかしら』 『ゲーム?』 『そう、あなたたちはこれから人間に戻るために骨肉の争いを続け るのよ』 『どういうこと?』 『あなたたちはファレイヌとなったことで精神によるパワーが増大 し、儀式を伴わずとも魔力を使えるわ。そして、生物や構造が複雑 なもの以外はあらゆる物に変形でき、かつ人間を操ることも出来る わ。しかも、永遠に死ぬことはない。まさにファレイヌは人間の理 想の姿なのよ』 『それは違うわ。人間は限られた時間の中で精一杯、自分の力で生 きていくから幸せなのよ。不死は退屈と堕落を生みこそすれ、幸福 はもたらさないわ』 『ふふふ、わかったようなことを言うのね。でも、その通りよ。だ からこそ、面白いのよ。あなたたちは長く生きれば生きるほど人間 としての理性や感情を失い、その教条主義的な精神は頽廃し、行き 着くところのない欲望を覚えるようになる。やがて、その欲望は外 部へ向けられる。即ち、征服だ。無限の力を手にしたあなたたちは 必ずや人間の征服に自己の欲求を求めるであろう。だが、その前に は自分と同じ仲間が立ちふさがる。そこでおまえたちは互いに争い 傷つけあう。しかし、ファレイヌには死がないから永遠にそれは続 く』 『そううまくいくかしら。私たちが教会で八年間過ごした仲間よ。 互いに結びついても、争うことはないわ』 『ふふふ、エリナ、人間の心なんて脆いものよ。ファレイヌにはね 、一つだけ人間に戻る方法があるわ。十年に一度、それぞれのファ レイヌと同化できる真の所有者たる人間が現れるわ。その人間と年 に一度六月六日の六時六分六秒に儀式を行えば、その人間に同化で きるのよ。しかも、同化すれば、以前の魔力の数百倍の力も手に入 れられるのよ。このことを他の者たちに教えればどうなると思う。 おまえたちがいくら仲間意識が強くても、いつか滅ぼされることを 恐れ、我先に同化することを競い、互いの所有者を殺しあうように なる。それを何十年も、いえ何百年も繰り返せば、たった八年の友 情など取るに足らないものだわ』 『そんなことは私がさせないわ』 『ふふふ、さあてどうかしら』 その後、私たちは互いに顔を会わせることもなく、クレールによ って古物商に売られてゆきました。 「一つ、聞いていい?」 //ええ 「クレールがフェリカだったってことは、姉貴の前に姿を現したフ ェリカはクレールなわけ?」 //いいえ。実はあの後、クレールの乗り移ったフェリカも魔女 の疑いをかけられ、官憲に逮捕されたんです。そして、裁判で死刑 を宣告されました。その時、悪魔祓い師と呼ばれる男の拷問に耐え 切れず、クレールはフェリカの魂と分離して自分だけフェリカの体 を逃げ出してしまったんです。肉体に残ったフェリカはわけもわか らず処刑されました。ただ彼も魔術師なので死刑になる寸前で肉体 から幽体離脱しました。そして、今までクレールに体を乗っ取られ ていたことを悟り、自分が知らないうちに何をしていたかを調べ始 めたんです。 私がそんなフェリカと出会ったのはファレイヌとなってから五年 後のことでした。フェリカは、クレールに乗っ取られていたとはい え、自分が行ってきた数々の所業を深く後悔していました。そして 、クレールのやってきたことは全て自分が責任を執るといって私に 協力を求めました。彼の考えは、当初はファレイヌたちにそれぞれ 会い誤解を解いたうえで、最終的に全てのファレイヌとの話し合い に持っていこうとしました。私もそれらは賛成でした。しかし、ク レールがそれを黙ってみているはずはなく、私を転生させるために フェリカが自分を蘇らせてくれたと他のファレイヌに巧みに宣伝し 、彼女たちの怒りを燃え上がらせました。私とフェリカが話し合い を持とうとした時には、もう手遅れでした。そこでフェリカは、私 を真の所有者と同化させ人間に戻し、その上で私の強力な魔力を利 用して、他のファレイヌの争いを鎮め、和解させてゆこうと考えま した。しかし、その発想は結局、他のファレイヌの考えていること と変わらず、争いはエスカレートするばかりでした。 「それじゃあ、やっぱり姉貴と同化しようとしてたわけ?」 //いいえ。三年前にファレイヌを完全に封印することのできる 壺を完成させてからは、もうそんな考えは私自身は捨てていました 。 「他のファレイヌは、クレールがフェリカの体を乗っ取っていたこ とは今でも知らないのね」 //恐らくミレーユを除いては。 「でも、わからないわ。クレールは何のために私に乗り移ったの。 エリナの転生の儀式が近づいた時もどうして姿を現さなかったのか しら。ミレーユにしたってなぜ今になって私を狙うの?」 //それは−− 「教えてやろう」 その時、突然、レイラが起き上がった。 二人の視線が一斉にレイラに向けられた。 「エリナ、今の話、確かに聞かせてもらった」 //あなた、ミレーユ…… 「どうなってるの?」 美佳は当惑した。 //ミレーユが念波を送って、レイラの口からしゃべらせている んですわ。 「ふふふ、K遊園地以来ね。我々をファレイヌにしたのがクレール だということは五十年ぐらい前から薄々気付いていたわ。あの女は いつも私に戦いをけしかけていた。恐らく私だけではないだろう。 私は他人にあれこれ言われるのが嫌いな性格でね、いくらフェリカ の命令とはいっても、あの女の態度はどうも気に入らなかった。だ から、私は下らぬ転生の儀式など見捨てて、自分の技を磨くことに 専念したわ。そして、他の仲間とも手を結び、今では世界をこの手 に握る秘密結社の首領にまで上り詰めたわ。所詮、人間になったと ころで無駄な人生を送るだけ。それなら、いっそのこと永遠の命を 利用して世界征服の夢を見た方が遙かに楽しいわ」 「それなら、私を狙う必要はないじゃない」 「私から『女』を奪った奴を許すわけにはいかんのでね。決着は付 けさせてもらうつもりよ」 //ミレーユ、美佳さんの体には確かにクレールの存在を感じま すわ。でも、美佳さんには何の罪もありません。お願い、美佳さん を今は見逃してあげて。もしクレールが美佳さんの意識の中に現れ たら、すぐに知らせますから 「相変わらずね。だが、クレールは我々にとってはやはり脅威。叩 けるうちに叩いておかなければ、始末したい時に出来なくなってし まうわ。奴の魔力は元々我々を遙かに上回っていたはずだが、この 数年、クレールの魔力は減退している。まさに復讐は今しかないの よ。エリナ、おまえだってクレールには恨みがあるはずよ」 //ええ。でも、美佳さんを殺してまで復讐したいとは思いませ んわ。美佳さんを殺せば、律子さんを苦しめることになります。い いえ、美佳さんの両親も…… 「何を今更。それなら、過去におまえが殺してきた人間はどうなる ?」 //…… 「ふっ、返す言葉もないだろう。所詮、我々は人間じゃない。情な んてものは最初から存在しないのよ。美佳、今日はエリナに助けら れたかもしれないが、次はないわよ。せいぜい、残り少ない命を大 事にすることね」 レイラはそういうと、突然、床に倒れた。そして、体中からガス が噴き出し、数分後には白骨と化した。 「エリナ、さっき、最初は私を守るつもりはなかったって言ってた わよね。それなのに、どうして?私の体の中にいるクレールという 女はあなたをこんな体にした仇でしょう」 美佳はエリナをじっと見て、言った。 //美佳さん、私は復讐のために生きているのではありませんわ 。それに私がファレイヌにされたのも元は言えばまだ十歳だった彼 女を生き埋めにしてしまったことが原因ですわ。私は十六年、人間 として生きることが出来ましたけど、クレールはたった十年ですわ 。私にはクレールに謝罪の気持ちはあっても、恨みなんてありませ ん。 「エリナ……」 //私が美佳さんをお守りしたのは、あなたがファレイヌの争い に終止符を打てる唯一の人間と見込んだからですわ。 「私が?そんな、私はただの人間よ」 //私はそうは思いません。あなたは優れた精神パワーを持って いますわ 「それはあなたが私を操ったからでしょ」 //いいえ。精神弾を撃つためには人間の精神力がなければ、仮 に私が操ったとしても駄目なんです。その点、美佳さんはこれまで 私が乗り移った誰よりも強い精神力を持っていますわ。クレールが あなたに乗り移ったにも関わらず洗脳できていないのは、もしかし たらあなたの精神力に関係があるのかも知れません。 「いくら精神力があったって、私は不死身じゃないわ。あなたから 見れば、簡単なことですぐに死んじゃうのよ」 //それは私が補いますわ。この先、転生の道を捨てた以上、私 を有効に使える人間がどうしても必要なんです。もし美佳さんが自 分の意思で私を使うようになれば、私の能力は私が操った時よりも 十数倍高くなります。 「そんなこといったって、他のファレイヌと戦うなんて私には怖く て出来ないわ。それに戦う理由だってないし−−」 //理由はなくてもミレーユはあなたを狙ってきますわ。戦わな ければ、殺されるだけです。ファレイヌとの戦いは人知を遙かに越 えたものです。自分を助けられるのは、自分しかいませんわ 「今日のようなことがずっと続くっていうの?」 //ええ 「そんなぁ、どうして私がこんな目にあわなきゃならないのよ。私 は何も悪いことしてないのに」 美佳は泣きそうな声を上げた。 //嘆いてみても始まりませんわ。美佳さんがファレイヌと戦う ことは、ただあなたが生きるためだけでなく、律子さんのためでも あるんですよ 「姉貴の?」 //律子さんはこの先、私の真の所有者である以上、他のファレ イヌから狙われ続けますわ。私がついていても、律子さんはあれだ けの重傷を負ったんです。美佳さんは毎年、律子さんが恐ろしい目 にあうのを黙ってみているんですの? エリナは追求するような口調で言った。 「−−わかったわよ。結局、私には拒否権なんてないんでしょ」 //死以外は−−ですね。 「やな言い方。いいわよ、やってやるわよ。その代わり、私の好き なようにやらせてもらいますからね」 //いいですわ エリナは平然とした様子で言った。 「じゃあ、早速だけど、エリナ」 //何ですの 「この死体、何とかして。お願い」 美佳は手を合わせて頼み込んだ。 //あまり雑用には使ってほしくないんですけど…… エリナは、美佳にファレイヌの将来を託したのは早まったかなと ちょっと不安になった。 「ファレイヌの秘密」終わり