第7話「対決」中編 6 ティシアの強襲 「うーん、気になるなぁ」 美佳は机の上で頬杖をつきながら、呟いた。 ここは凌雲高校の教室である。 今日も美佳は母親のおかげで始業時間の30分前に登校していた。 まだホームルームが始まるまでには十分ほど時間がある。 「どうしたの、ぼんやりして」 美佳の机の前の椅子に上田由加が座った。 「ちょっと心配事があってね」 「へえ、美佳でも悩むことがあるんだ」 由加が感心したように言う。 「それどういう意味よ。それじゃあ、まるで私が何も考えてないみ たいじゃない」 「そうじゃないけど。ねえ、もしかしてあの黄金銃のこと?」 「え?」 由加にずばり言われて、美佳はちょっと戸惑った。 「違うわよ」 美佳は手を横に振って否定した。 姉貴、大丈夫かなぁ。昨日のこともあるし。でも、あたしが行っ たところで役に立つとも思えないし。どうしようかな。 美佳は頭の中であれこれ考えながら、今朝、学校へ行く途中の公 衆電話で姉の病院へ電話をした時のことを思い出していた。 『大丈夫よ、大丈夫』 受話器の向こうの律子は元気そうな声でいった。 「けどさ、昨日だって狙われたじゃない」 外の公衆電話から電話をかけている美佳は心配そうに言う。 『あんたが来たって、何の役にも立たないわよ』 「そんなことないわよ」 『駄目。ここのところ、ちゃんと学校へ行ってないんでしょ。留年 したらどうするの』 「学校より姉貴のことのほうが心配よ。儀式の日は明日なのよ」 『そのことなら気にしないでいいの』 「でもぉ」 『美佳、私の心配より自分の心配をしなさい。いい、絶対に病院に 来ちゃ駄目よ。もし来たら、姉妹の縁を切るからね。じゃあ、電話 を切るわよ』 律子はそれだけ言って、電話を切った。 全く姉貴は強情なんだから。 美佳は思い出しながら、愚痴った。 「美佳、美佳」 「ん、なに?」 美佳は我に帰って、由加を見た。 「呼んだのは智美よ」 見ると、いつのまにか島村智美が美佳のところに来ていた。 「なぁに?」 美佳は智美の方を見て言った。 「美佳に用があるって子が来てるわ」 「どこにいるの?」 「外の廊下で待ってるって」 「あらそう。誰かしら」 「私には見覚えがないなぁ」 「女子?」 「そう。ショートヘアの子」 「ふうん」 美佳は席を立って、入口の方へ歩きかけた。 その時だった。 突然、ガシャーンという硝子の砕ける音がした。 中の生徒たちは驚いて、そちらの方を見る。 見ると、前から三番目の窓にサッカーボールほどの大きな穴が開 き、中の机や床に硝子の破片が散乱している。 生徒たちは何が飛び込んできたのかと思い、一斉に窓の方へ駆け 寄った。 美佳も足を止め、窓の方へ目をやった。 生徒全員の目が窓に向く中で、誰にも悟られることなく天井に張 りついた赤い粉末がするすると天井を這って動きはじめた。 そして、窓に集まる野次馬の一番外側にいた女生徒の真上にまで 行くと、その赤い粉は獲物を狙うかのように彼女の頭の上に落ちて いった。 ぱさっと女生徒の頭の上に赤い粉末が被さる。 「何かしら−−」 その女生徒が頭の上に手をやろうとした瞬間、流れるようにその 粉は彼女の耳の中へ侵攻した。 「うっ」 女生徒は一瞬、カッと目を見開き、頬を引きつらせたが、すぐに その表情は元に戻った。 「ふふふ」 その女生徒は不気味な笑みを浮かべた。 女生徒は美佳を見つけると、ちょっと驚いた顔をした。 //あの娘が椎野美佳?一年前にクレールに追われた私を匿ってく れた娘だわ でも、公私混同はしないわよ 女生徒の手に彼女の耳から流れ出た赤い粉が腕を伝って集結し、 赤銅の短剣を造りだした。 女生徒はそっと美佳の背後に回り込む。 それに気づかずその女生徒に完全に背を向けている美佳。女生徒 は真っ直ぐ短剣の先を美佳の背中に向けた。 その時、教室の戸がガラッと勢いよく開いた。そこには一人の少 女がいた。 「危ない!!!」 少女は女生徒が美佳に今にも襲いかかろうとしているのを見るや、 叫んだ。 美佳はふっと振り向いた。 女生徒は美佳に向け、素早く短剣を突き出した。 美佳はとっさに体を後ろに引き、間一髪女生徒の突進をかわした。 だが、その凶器の短剣は不幸にも美佳の前に立っていた女生徒の 背中に突き刺さった。 「うあっ」 刺された女生徒が背中をそらして声を上げた。 その途端、刺された女生徒の全身が青く光り、その光が短剣を持 つ生徒に勢いよく逆流していく。 「あ、ああ」 彼女の体が激しく痙攣して、体がさらに弓なりになった。 そして、刺された女生徒から出た青い光が一気に短剣に入り込み、 と同時に彼女の体がみるみると萎びていき、肉がそぎれ、目が飛び 出し骨と皮だけの干物のようになった。 「しまった!!」 女生徒が呟いた。 女生徒、いやティシアは刺した女生徒から短剣を引き抜くと、美 佳の方へ向き直った。 女生徒は支えのない棒のようにその場に倒れた。 「あなた、何者」 美佳が愕然とした様子で言った。 「私はティシア。赤銅のファレイヌよ」 「ファレイヌ……」 美佳は他人からファレイヌの言葉を聞くのは初めてだった。 その時、今の出来事に気づいた生徒たちが一斉に騒ぎ出した。 悲鳴を上げる者やミイラのようになった女生徒に駆け寄る者、泣 き出す者と教室内はパニックとなった。 「石野、どういうつもりだ」 事情を知らない男子生徒が短剣を持つティシアに詰め寄った。 「芳江、どうしちゃったの」 回りの女生徒も話しかける。 「外野がうるさくなってきたわね」 ティシアはにやっと笑って、机に乗った。 「いったい芳江に何をしたの」 美佳が問い詰める。 「本当はあなたにするはずだったのよ」 「いったいなぜ」 美佳がティシアの乗り移った石野芳江を見た。 「いい加減にしろ!!」 男子生徒の数人がティシアの態度に怒り、彼女に飛び掛かった。 「馬鹿が」 ティシアの目が赤く光ると飛び掛かった生徒が逆に数メートル後 ろへ吹っ飛ばされた。 「いてて」 「畜生」 飛ばされた男子生徒たちは体を床や壁に打ちつけたショックで呻 いている。 その力に他の男子生徒は思わずティシアに飛び掛かるのを躊躇っ た。 ティシアはジャンプして三メートル先の窓に着地すると、窓を全 開した。 そして、右足を下の窓枠にかけた。 //今日のところは帰るわ。もしあの娘の命を助けたくば、今夜十 二時、K遊園地の観覧車乗り場まで来るのね。 それは美佳にしか聞こえないテレパシーのようなもので語られた。 ティシアは窓を乗り越え、飛び下りた。 「きゃあああ」 女生徒の悲鳴が上がる。 男子生徒が一斉に窓に駆けつけ、下を見下ろした。 地面には石野芳江がうつ伏せに倒れていた。 「椎野さん」 少女が傍にやってきた。 「さっきはありがとう」 「いいのよ。それより、どうする、行くの」 「あの声が聞こえたの?」 「まあね」 少女は右目でウインクする。 「妙子は助かるのかしら」 「二十四時間以内に生命エネルギーを取り戻せば、助かるかもね」 「だったら、行くわ」 「彼女の狙いはあなたなのよ」 「それだったら、尚更助けなきゃ。でも、どうして私を狙ったのか しら」 「それは直にわかるわ。あ、そこの君、彼女の体を崩さないように 気をつけてね。まだ生きてるんだから」 少女が妙子の体を揺する生徒に注意した。 「そういえば、まだ名前を聞いてなかったわ」 「わたし?早坂秋乃。あなたの味方よ」 秋乃はそういって、微笑んだ。 7 ミレーユの企み 凌雲高校の裏門の前に一台の白いライトバンが止まっていた。 ライトバンの運転席には黒い帽子を顔にのせ、深く倒したシート にもたれかかっているミレーユ・ドナーの姿があった。 ミレーユは呼吸一つせず、身動き一つせず、人形のようにじっと していた。 ライトバンに向かって裏門から一人の若い女が駆けてくる。 女は一度立ち止まって周囲を見回し、誰もいないのを確認すると、 裏門を出て真っ直ぐライトバンに近寄った。 若い女はコンコンと軽く助手席の方の窓からノックすると、ミレ ーユはふっと気がついて、助手席側のドアの鍵を解除した。 「失敗したわ」 女は助手席に座ると、ミレーユに言った。 「やはりな」 ミレーユは静かに言った。 「やはりってどういうことよ」 女−−ティシアが不服そうに言った。 「ショートヘアの女が邪魔しただろう」 「よくわかるわね。そうなの、その女が邪魔しなければ、美佳の魂 を取ることは出来たのよ。それにこれだけ騒ぎにもならなかった わ」 「それでいいんだ」 「え?」 「それより、例のことはきちんとやったか」 「もちろんよ。ちゃんと人質としてかわりの人間の魂は取ったわ」 「場所は」 「伝えたわよ。午前十二時、K遊園地でしょ」 「そうだ」 「ねえ、ミレーユ、いったい何を企んでるの」 「企む?」 「あなたは最初から私が美佳の殺害に失敗するのがわかっていたよ うね」 「そんなことはないわ。おまえが美佳を殺したら、殺したでそれに こしたことはない」 「そうなの。だったら、どうして私にショートヘアの女のことを話 してくれなかったの?あの女は何者なの?」 「あの女は早坂秋乃。我々の敵とだけ言っておこう」 「あの女もファレイヌなのかしら」 「さあ」 「教えてくれないのね」 「時が来ればわかるわ。ところで、ティシア、美佳を見て、何か感 じなかった?」 「感じるも何も彼女は一年前、クレールから私を匿ってくれた子とい うだけのことよ」 「なるほど。原因は女に邪魔されたことだけじゃないのか」 「ちょっと待ってよ、私は情になんか流されないわ」 ティシアは向きになって言った。 「ティシア、美佳から本当に何も感じなかったの?」 「え?」 「椎野美佳、あの女は間違いなくクレールよ」 「まさか」 「嘘を言っても仕方あるまい。私がおまえに美佳を襲わせたのは、 奴がクレールであるかどうか確かめるためだ」 「全く気付かなかったわ。魔気も感じなかったし」 「恐らく我々に悟られないように魔気を抑えているのよ。だが、私 の探知力から逃れることは出来ないわ」 「でも、もし彼女がクレールなら私が来たことを事前に察知するは ずだわ」 「察知していたのかもしれない。現におまえは失敗したからな」 ミレーユは皮肉交じりに言った。 「悪かったわね。それより、律子のことはどうするの?儀式は明日 よ」 「構わん。私は別に律子のことなどどうでもいいのだ」 「どうでもいいですって。もし律子と同化してエリナが転生したら、 私たちが滅ぼされるのよ」 「それはどうかな」 「え?」 「粉化転生術は確かに凄い魔術だ。人間の魂を生命のない物質に転 送させるのだからな。だが、果して逆はありえるか、よ」 「人間に戻ることは無理だっていうの?」 「さあね。ただ四百年も生きてきて、一度も転生に成功した者はい ないというのはどういうわけ?」 「それは他のファレイヌが襲ってきて、真の所有者を抹殺してしま うからよ」 「その真の所有者というのも私にはよくわからないわ。確かに私た ちが真の所有者の呼ばれる人間に近づくと、私たちの体の中にそれ らしき反応が感じられるのは事実よ。でも、それだけだわ。実際、 その反応が真の所有者に近づいたからだと決める根拠は何もない」 「そんなこといったら……」 ティシアは言葉に詰まった。 「私の知る限り、粉化転生術は、小麦粉に鶏の魂を転移させたのが 最初だというわ。しかし、その後、転送の術は数多く行われたが、 その逆の成功というのは聞いたことがない」 「でも、あの時、フェリカが……」 「そうよ。全てはフェリカの言葉よ。四百年前に私たちに粉化転生 術をかける時にあの男は言ったわね。『人間に戻るには新しい、し かも選ばれた人間の体が必要だ。その体は僕が必ず見つけるから安 心してくれ』とね。ところが、結果はどう。私たちは壺に封印され、 憲兵への貢ぎ物にされたのよ」 「あれはフェリカのせいじゃないわ」 「ふふ、まだ庇う気があるのね」 「私は彼の言葉を信じてるわ。絶対、人間に戻りたいもの」 「気の毒だな。私は人間になる気などとうに捨てたわ。それより、 この能力を活かして、人間に復讐し、世界を征服した方がいいわ」 「そんなこと無理よ」 「一人の力では無理だ。だが、他のファレイヌが集まって力を合わ せれば、怖いものなどない。百年も生きられない人間になるよりも 無限の命を手にしたままで世界を制したほうが楽しいではないか」 「それはそうだけど……」 「もし人間になりたいのなら、我々と力を合わせ、世界征服の後に 所有者を見つけて、共に人間になろうではないか」 「我々って、他にもいるの?」 「既にエミリーとセリンは私に協力するといってるわ」 「あの二人が……」 「そうよ」 「ちょっと待って。マリーナはどう思ってるのかしら」 「あの女は私の誘いを断った。マリーナは昔から私と敵対していた からな」 「そう」 「あの女は邪魔者だ、いずれ始末する」 ミレーユはティシアを見た。その目はぞっとするほど冷やかだっ た。「考えさせて。この一年余り、壺に封印されて考えてばかりい たせいか、頭が混乱しているのよ」 「いいさ。美佳を殺してからでも遅くはない」 そういうと、ミレーユはラジオのスイッチを入れ、それきり黙り 込んだ。 8 美佳と秋乃の会話 美佳がまだ混乱の余韻の残る凌雲高校を後に校門を出た。 「待ってぇ」 その時、美佳を追って、校舎の出口から秋乃が走ってきた。 「ねえ、どこへ行くの?」 秋乃はほとんど呼吸を乱すことなく、美佳のところへやってきた。 「姉貴のところ」 「姉貴って、あなたのお姉さん?」 「そうよ」 「私も行く」 「え?」 「いいでしょ」 「駄目よ。あなたには関係ないことだもの」 「そうでもないのよ。それに一緒に連れてってくれたら、タクシー 代だすけど」 秋乃はにやっと笑って、財布をちらつかせた。 美佳はちょっと複雑な顔をして、 「ー−いいわ」 といった。 「ねえ、椎野さん、一つ聞いていい」 秋乃は美佳に尋ねた。 「なに?」 「学校、早退してきて問題ないわけ?」 「あんなことがあったのに、そんな悠長なこと、いってられないで しょ」 「まあ……ね」 「それに、学校の方だって、どうせ今日は授業、やらないわよ」 美佳は楽観的に言った。 「ふうん。そんなものなの」 秋乃は素っ気ない返事をした。 美佳と秋乃は既にタクシーに乗っている。 「私の方から聞いていい?」 「いいよ」 「早坂さんって言ったっけ」 「秋乃でいいよ、秋乃で」 「何で秋乃は私の名前を知ってるの?それにファレイヌのことをど こまで知ってるのか知りたいわね」 「ノーコメント」 「しゃべれないってわけ?」 美佳は怪訝な顔をした。 「今はね。世の中、知らなくてもいいってことがあるでしょ」 「そんなんで私が納得すると思う?」 「まあまあ。こっちだって聞きたいこと、山ほどあるのに我慢して んだから」 「別に我慢しなくたっていいわよ。全部答えようじゃない」 美佳は向きになって言った。 「ほんとに。じゃあね、えーと−−やっぱ、いいわ」 「な、なんなのよ」 「今、ここで話すことでもないでしょ、美佳さん」 秋乃は右目でウインクした。 いったいこの子って…… エリナ、フェリカ、マリーナ、ティシア、そして早坂秋乃。いっ たい彼らは何者なのかしら。さっぱりわからないわ 美佳は鼻唄を歌いながら窓の外を見ている秋乃を見ながら、大き くため息をついた。 9 律子の思惑 「美佳、何で来たのよ」 美佳と秋乃が病室へ入ってくるなり、律子は厳しい声でいった。 「そんなに怒ることないでしょ」 美佳は律子が思ったより怖い顔をしているのに驚いた様子だった。 「昨日、来たファレイヌを見たでしょ。あいつは人間じゃないわ、 化け物なのよ」 律子は怒鳴った。 「そんなことわかってるわ」 美佳もつい声高になる。 「わかってないわ。わかってたら、ここへは来ないはずよ」 「私は姉貴を心配して来たのよ」 「余計なお世話よ。あんたがいたら却って寿命が縮むわ」 「何ですって!!」 美佳もさすがにカチンときた。 「心配して損した。姉貴なんか、さっさと儀式の生贄にでも何でも なっちまえばいいのよ」 美佳はカッとなって、病室を出ていった。 後にはベッドの律子とドアの傍に立っていた秋乃が残った。 「僅か一分ですか……」 秋乃は腕時計を見て、呟いた。 「あ、あなたは?」 律子は少ししてから、秋乃の存在に気づいた。まだ律子は呼吸が 乱れている。 「私は早坂秋乃。美佳さんの友達です」 「そう……ひどいところ、見せちゃったわね」 律子は苦笑した。 「いいえ。お姉様の優しさには感服いたしました」 「え?」 「美佳さんもわかってると思うわ。お姉様の気持ち」 「あなた、知ってるの?」 「詳しいことはわからないけど、推理はできるわ。ベッドの布団の 下にある黄金銃はエリナでしょ。すると、あなたはエリナの所有 者ってところかしら。そして、転生の儀式は明日。それを防がんと する他のファレイヌたちがいつ襲ってくるかわからない。だから、 あなたは妹まで犠牲にしたくないと、あんなに怒鳴った」 「あなた、いったい何者?」 「私はあなたの味方。それだけで十分じゃない」 「あなたもファレイヌなの?」 「ううん」 秋乃は首を横に振った。「そんなことより、狙われてるのはお姉 様だけじゃないみたいよ」 「どういうこと?」 秋乃は凌雲高校での出来事を律子に話した。 「美佳の学校にもファレイヌが−−」 律子は愕然とした。 「それも狙いは美佳さんのようよ」 「いったいどうして?」 「さあね。ただ美佳さんはそのことを相談しに、病院へ来たのよ」 「そうだったの。私ったら、カッとなって」 律子は俯いた。 「まっ、そのことは私から言っとくから大丈夫。じゃあ、私も失礼 するわ」 秋乃は病室を出ていこうとする。 「待って」 律子はそういうと、布団の下から黄金銃を取り出した。「これを 美佳に」 「お姉様はどうするの?」 「私はこの体だもの、武器を持ってても役に立たないわ。それより、 美佳を助けてあげたいの」 律子は秋乃をじっと見つめた。その目は真剣だった。 「わかったわ」 秋乃は黄金銃を律子から受け取った。 「美佳のこと、お願いね」 「お姉様も頑張ってね、今夜が勝負よ」 秋乃はニコッと笑って、言った。 「ありがと」 律子も微笑み返す。 「それじゃ」 秋乃は手を振って、病室を出ていった。 一人になった律子はベッドに体を戻した。 病室内は静まり返り、外から子供の声がよりはっきり聞こえてく る。 律子は天井を見つめた。 「美佳、今度会う時はあの世かもしれないね」 律子はそっと呟くと、目をつむった。 10 対決への決心 「あっ、いたいた」 秋乃はゲームセンターでビデオゲームに熱中している美佳を見つ けると、さっそく声を掛けた。 「探したわよ」 秋乃はぽんと美佳の背中を叩いた。 「別に探してくれなんて頼んでないわ」 美佳はディスプレイに目を向けたまま、ぶっきらぼうに答えた。 「ああ、そうですか。全く自分勝手なんだから」 秋乃の言葉に何も答えず、美佳はゲームを黙々と続けた。 秋乃がディスプレイを覗くと、そこでは戦闘機のドッグファイト が繰り広げられていた。しばらく見ていると、美佳はこのシュー ティングゲームに慣れているのか、ほとんどミスをしなかった。 「お姉様に謝らなくいいの?美佳さんだってわかってるんでしょ、 何でお姉様が怒ったか」 「……」 「下手をすれば、もう会えないかもしれないんだよ。あんな別れ方 しちゃっていいわけ?」 「……」 美佳は秋乃を無視してゲームを続けた。 「美佳さん!!」 秋乃は美佳の手の上に自分の手を置いた。 その時、画面上で美佳の自機が敵機にやられて爆発した。 美佳は秋乃の方を振り向いた。 美佳の目は涙で潤んでいた。 「美佳さん……」 秋乃はうまく言葉が出なかった。 美佳は秋乃の手を振り払って、その場を走り去る。 「あっ、またぁ。探すの大変なんだから」 秋乃はゲームセンターを出る美佳の後を慌てて追いかけた。 ゲームセンターを飛び出した美佳はどこへ行くともなくさまよい 歩いた。 秋乃の「もう会えないかも知れないんだよ」という言葉が美佳の 耳に強くまとわりついていた。 どこかへ立ち止まるたびにその言葉に悩まされ、また走りだす。 そんなことが何度も続き、いつしか疲れ果てて公園のベンチに倒 れ混んだ。 ハア、ハア、ハア 自分の荒い息づかいだけが美佳の耳には聞こえていた。 心臓の鼓動が正常に戻るまでにはかなり時間がかかった。 美佳はしばらく放心状態で、何も考えることもできず、真上の白 い空を見つめていた。 疲れた…… 美佳は頭の中で呟いた。 「もう会えないかも知れないんだよ」 意識がはっきりしてくると、再び秋乃の言葉が蘇ってきた。 もう会えないか…… 姉貴がマリーナと対決するなら、私はティシアか。 でも、姉貴にはエリナもフェリカさんもいるし、うまくすれば助 かるかもしれない。 けど、私は……。勝てるかしら、ティシアに。私には武器もない し、超能力だってない。あの秋乃って子にしても、頼りになるとは 思えない。 ほんとに会えないかもね、姉貴には。私って、どうしようもない くらい馬鹿だわ。せめて最後ぐらい笑顔で別れられたらよかったの に…… 「見っつけた」 美佳の目の前に秋乃の顔が現れた。 「秋乃−−」 美佳は目をパチクリした。 「ずるいよ、一人で戦おうなんて」 秋乃はベンチに座った。 「よくここがわかったわね」 美佳は起き上がって、言った。 「まあね。匂いを辿ってきたのよ」 「匂い?」 「ん、まあ、そんなことはどうでもいいじゃない」 「どうでもいいことないわ。あんた、いったい何なの。何もかも 知ってるような顔して」 「私って、そんな顔してるかな」 秋乃は顔を触る。 「私はあなたの協力なんかいらないわ。第一、足手まといだわ。死 ぬのは一人でたくさんよ」 「ありがとう」 秋乃は笑顔で言った。 「な、なによ」 美佳は戸惑った。 「私のことを心配してくれるのね」 「違うわよ」 「でも、心配しなくていいわ。美佳さんは自分が死ぬことで、妙子 さんの命を返してもらおうなんて考えてるようだけど、奴らはそん なに甘くはないわ。やるからには勝たなくては駄目」 「あんな化け物にどうやって勝つのよ」 「方法はあるわ。向こうがファレイヌなら、こっちもファレイヌで 対抗するの」 「え?」 「これをお姉様から預かったわ」 秋乃はしょっていたリュックから黄金銃を取り出した。 「これは……どうして姉貴が」 「お姉様の気持ちはわかるでしょ」 秋乃は右目でウインクする。 「けど、ファレイヌがなかったら、姉貴は……」 「お姉様はあなたに生きてほしいのよ」 「冗談じゃないわ。姉貴ったら全く!!」 美佳は口ではそういったものの、表情は悲しみで歪みそうだった。 「絶対に生きるの」 秋乃は美佳に銃を手渡した。「お姉様のためにね」 「秋乃……」 美佳は秋乃を見た。 「負けん気の強さがあなたのいいところでしょう。気楽にいきまし ょ、気楽に」 秋乃はニコッと笑って、美佳の肩を叩いた。 続く