第3話「疑惑」後編 登場人物 椎野美佳 高校生 椎野律子 美佳の姉 吉野亜由美 美佳の同級生 上田由加 美佳の同級生 北条隆司 美佳の恋人 フェリカ 謎の男 マリーナ 謎の女 10 事件の解明 「どうぞ」 椎野美佳は吉野亜由美と上田由加の前にコップをそれぞれを置き 、テーブルの真ん中にどんとペットボトルのコーラを置いた。 「飲むのはセルフサービスね」 椎野美佳は二人の向かい側のソファに座って、言った。 結局、亜由美と由加の二人は美佳の言葉に押されて、部屋まで連 れ込まれてしまったのである。 「さて、話をじっくり伺いましょう」 「椎野さん、やっぱり聞かない方がいいと思うわ。今ならあなたを 巻き込まないで済むし」 亜由美は変に大人びた口調で言った。 「巻き込むも何もこの銃で犯罪が行われた以上、ほっとくわけにい かないでしょ」 「本当にいいのね」 「いいわ」 美佳は律子の様態のことでさっきまで沈んでいたことをすっかり 忘れてしまっていた。 「まず何から話したらいいかしら」 「なぜ由加は相川先生を殺したの?」 「あれは正当防衛なんです」 すっかり沈んでしまっている由加に変わって、亜由美が答えた。 「上田さん、私と先生の会話を聞いてしまって、それを先生に気付 かれて殺されそうになったの。そうしたら、上田さん、その銃を反 射的に撃ってしまって−−」 「どうして会話を聞かれただけで、先生は由加を?」 「先生は早川さんや佐久間さんを殺した犯人なの」 「ええっ!!まさか」 美佳は信じられないといった様子だった。 「本当なの。相川先生は表面では明るくて人気のある先生で通って たけど、実際、自分の思い通りにならないと気が済まないわがまま な人だったわ」 亜由美の言葉には憎しみがこもっていた。「私が中三の時だった 。椎野さんは高校からだけど、私は中学校からこの凌雲学園に入っ てて、あの時、私は親の勧めで高校は別の学校を受験することに決 めてたの。でも、学校側、特に担任だった相川先生からは中高一貫 教育を掲げている手前、私にこの学園に残るように強く説得された わ」 「吉野さんは成績も優秀だから、尚更そうでしょうね」 「そういうわけでもないけど、あの当時は私以外にも他の高校を受 験しようとしてた子が結構いたの。だから、私もそれに刺激されて 、頑として別の高校へ行く決心を変えなかったわ。ところが−−」 亜由美は言葉を切った。言っていいものかどうか考えているよう だった。 「どうしたの?」 「椎野さん、これから言うことは絶対、しゃべらないと約束してく れる?」 「大丈夫。あたしは口のかたさなら世界一なんだから」 「それなら、話すけど、中三の一学期の期末が終わってすぐ、先生 に会議室に呼び出されたの…… 「吉野、今度のテストでカンニングしただろう」 相川は冷たい目で亜由美を見て、言った。 「わたし、してません。そんなこと」 亜由美は否定した。 「しかしだ、昨日、吉野の机を調べたら、こんなものがでてきたぞ 」 そういって、相川はテスト用紙を亜由美の前に突き出した。 「これは−−」 「そうだ。俺の作ったテストだ。そういえば、今回のテストは80 点以上はおまえ一人だった。しかも、満点だ」 「それは私の実力です」 「馬鹿言うな!!」 相川は机を強く叩いた。「おまえの答案の答えは俺の作ったもの と全く同じ答えだ」 「そんなの嘘です」 「だったら、較べてみろ」 相川は自分の作ったテストと亜由美のテストを見せた。 答えは全く同じだった。しかし、亜由美にはとても信じられない 。 「何かの間違いです」 「それをどうやって証明する。吉野は他の高校を受験するそうだが 、そんなことでは推薦状は書けんな」 「そんな……」 「カンニングと言えば、わが校の規則では退学だ」 「私、やってません。本当です、信じてください」 「証拠がある以上、これは教育委員会に提出しなきゃならない」 「ひどい」 亜由美は顔を覆った。普段、気の強い亜由美もこの時ばかりはシ ョックが大きかった。 「吉野、先生は別におまえが憎くて言ってるんじゃないんだ。でき ることなら、こんなことはしたくない」 相川は亜由美の肩に手をかけた。「しかしだ、教師としては不正 を見逃すわけにはいかないんだ」 相川は突然、亜由美を抱きしめた。 「先生、何するんですか」 亜由美は驚いて、相川から離れようとした。 「吉野、おまえ次第では何とかしてやらないこともないんだぞ」 「どういうことですか」 「カンニングのことは俺の胸のうちにとどめておこうといってるん だ」 相川は亜由美を押し倒した。 「いやです、やめて!!」 亜由美は叫んだ。 「いいのか。退学になっても!」 相川の鋭い言葉に亜由美の抵抗が止まった。 「おとなしくしてれば、俺が何とかしてやる。いいな、吉野」 相川は急に声を優しくして、言った。亜由美は恐怖の余り、声が 出なかった。 「安心しろ。俺に任せておけば、大丈夫だ」 相川はにやりと笑って、亜由美の唇にキスをした。 「許せない!!」 美佳は思いっきりテーブルに叩いた。 「それ以来、先生はそのことをネタにして、私に関係を迫ってきま した。そして、私も……」 「え?」 美佳は亜由美を見た。 「私も他校への受験が駄目になって、相川先生との関係に溺れるよ うになってしまいました。本当に彼のことを愛するようになったん です」 「吉野さん……」 「でも、高校に入ってから相川先生が佐久間さんに目をかけるよう になりました。私はたまらなくなって佐久間さんのお母さんにその ことを知らせたんです。そうしたら、お母さんは凄く怒って、先生 に抗議に行きました。けど、それが−−」 「逆に先生に口封じのために殺されてしまったのね」 「ええ。佐久間さんは自分の母親を殺したのが誰かすぐに気付きま した。それで私に相談したんです。私たち、仲良しでしたから。で も、私は親友を裏切って、相川先生に協力してしまいました」 「それじゃあ、敦美を殺したのも?」 「敦美さんは公園に私を呼び出し、私が犯人だと追求しました。も し私になんか言わないで、警察に知らせてれば」 「なるほどね」 「私と相川先生の会話と言うのは、私が先生にもう殺しの手伝いを したくないといったことなんです」 「ひどい男ね」 「ひどい人だけど、私は愛してました」 亜由美は静かに言った。 「わたしだって、先生のこと、好きだったわ」 ずっと黙っていた由加が口に出した。 「愛って、怖いわね」 美佳は溜め息を付いた。「それで相川先生の死体はどうしたの? 」 「私が処分しました。のこぎりで切って、焼却炉に」 「のこぎりって……よくそんな残酷なこと」 美佳の言葉に亜由美は答えなかった。 生前愛していた人間でも死んでしまえば、やっかいものなのかも しれないわね。 「他の人には見られてない?」 「多分。あの焼却炉はごみを捨てる時以外は人が来ませんから」 「けど、明日になれば、わかるでしょうね。いずれは疑われるわ」 「美佳、どうしたらいいの?」 由加が言った。 「ねえ、由加、あんたはこの銃で相川先生を射殺したって言ったわ ね。いったいどうやって。この銃は普段かたくてひき金もひけない のよ」 「わからない。とにかく怖かったから、無意識のうちにひき金をひ いて」 「そう。いずれにしても警察に聞かれるまでは黙っていた方がいい わ。いい、この話は三人の秘密よ。誰にも口にしてはいけないし、 日記に書いても駄目よ」 「わかったわ」 亜由美が頷いた。 「由加は?」 「うん、黙ってる」 「じゃあ、この話はここで終わり。家には私から適当に連絡しとく から、今夜は帰った方がいいわ」 「椎野さん、ごめんなさい。あなたは何も関係ないのに」 「いいのよ。友達でしょ」 美佳が微笑むと、亜由美も何となく微笑み返す。 「ありがとう……」 亜由美は心から美佳にそういった。 11 対決 「うっ」 看護婦が椎野律子の胸目掛けてナイフを振り下ろそうとした瞬間 、誰かが看護婦のナイフを握る手をぐっとつかんだ。 「誰だ」 看護婦は振り向いた。「貴様は……」 「フェリカ・ダビナック。まさか忘れることはないだろう」 看護婦の後ろの男はにやりと笑って、言った。 「は、放せ」 看護婦は何とかフェリカの手を振り払おうとしたが、駄目だった 。 「悪いが、ナイフを捨ててもらおう」 フェリカが掴む手にさらに力を加えると、看護婦は思わず手にし たナイフを床に落とした。フェリカはすかさず落ちたナイフを遠く へ蹴る。 「ちっ」 看護婦はフェリカを睨み付けた。 「ファレイヌの真の所有者は常にこの世に一人しかいないからね、 見つけるのが大変なんだ。あんまり世話を焼かせないでほしいな」 「貴様の方こそ、私の真の所有者を殺しただろうが」 「ふふ、そうだな」 フェリカは看護婦の手を放した。看護婦はすぐさま、フェリカか ら離れる。 「貴様はいつだってそうだ。自分勝手で冷酷で。わたしは貴様のせ いで、結婚という夢を奪われた、くだらん理由でな」 「悪いが、おまえたちは消滅しなければならない。それが自然の掟 だ」 「自分でやっておいて何を言うか」 「自分でやったから、かたは自分でつけるのさ」 フェリカは小さな壺を取り出した。 「まさか、それは」 看護婦が顔色を変えた。 「封印の壺だ」 「そんなもの−−」 看護婦は白衣を脱いだ。「このシークで破壊してやる」 看護婦はホルスターから白銀のリヴォルバーを抜いた。 「驚いた、そこまで進化したとはな」 「うるさい!」 看護婦はひき金を引いた。 ギュルーン−− 青い光弾がフェリカを襲った。 だが、間一髪、フェリカはベッド下に身を隠す。 光弾が壁に命中すると、壁が歪んで消滅した。 「さすが四次元弾」 「こうなったら、律子にも」 看護婦は律子に向けて、ひき金を引こうとしたが、撃てなかった 。 「四百年も生きててまだわからないのか。シークの魔力は極端にエ ネルギーを使うんだ。操っている人間の精神力ではとても二発は無 理さ」 「くそぉ」 看護婦は身を翻して病室を飛び出した。 「待て」 フェリカもすぐに後を追う。 廊下に出ると、あの看護婦が倒れていた。 フェリカはそっと近寄った。 「う、うん」 看護婦が寝返りをうった。 「シークがない。マリーナめ、いったいどこへ」 フェリカは回りを見回した。ふと天井の通気孔に目がいった。 「あそこから逃げたか」 その時、どこからともなく声がした。 //フェリカ、次は必ず椎野律子を殺す。覚えているがいい。 「こいつは早く事を済ませないと、十年前と同じ事になりそうだな 」 フェリカは天井を見つめながら、呟いた。 エピローグ 翌日、美佳は早起きしてテレビのニュースを見た。 相川が殺されたことはまだ報道されていなかった。だが、それよ りもずっと美佳を驚かせる事件があった。 「昨夜、午後十一時頃、JR山手線M駅で列車飛び込み事故があり ました。亡くなったのは東京都N区にお住まいの会社員、吉野誠さ んの長女亜由美さん、十五才で、亜由美さんは病院に運ばれました が、午前二時、全身打撲でなくなりました。目撃者の話では、亜由 美さんは列車が来ると同時に突然、ホームを降りたことから、自殺 の線で捜査しています。 では、次に−−」 「そんな……嘘よ」 美佳は愕然として居間を飛び出すと、玄関のドアの新聞受けに入 った新聞を取りにいった。 吉野さんが死ぬなんて、そんな、そんな−− 美佳には信じられなかった。 美佳が新聞を取ろうとした時、ふとドアの下の隙間に手紙のよう なものが挟んであるのに気付いた。 美佳はその手紙を取って、中を開いた。 それは吉野亜由美からの手紙だった。 椎野さん、あなたがこの手紙の読む頃にはきっと私はこの世にい ないかもしれません。 私、あなたに自分の全てを打ち明けたら、何だか心のつかえが取 れたみたいで、ほっとした気分でした。私は今まで勉強ばっかりで 自分の心のうちを話せる友達っていなかったから、あなたに友達で しょって言われた時は本当に嬉しくて。初めて人を信用できるよう な気がしたんです。 椎野さんとあんなに話したのって、今日が初めてなのに何か変で しょ。でも、私、いつも明るい椎野さんを見てて羨ましかった。あ んなに人と素直に振る舞えるんですもの。 椎野さんのところへ行く時でも、本当は他人にそんなこと話した らまずいって上田さんに言ったんだけど、上田さん、「美佳なら絶 対に何とかしてくれる」っていって聞かなかったの。私、友達って そこまで信用できるものなのかなって思いました。 でも、実際、椎野さんと会って、その通りでした。 だから、私、椎野さんと別れたあと、決心したんです。相川先生 の件は全て私が背負おうって。私にもう少し勇気があれば、みんな 、みんな、死なずに済んだかもしれないんですものね。上田さんに しても、本当は私が相川先生を殺していたかもしれないし。 私、遺書に事件のこと、すべて書きます。椎野さんや上田さんの ことは全く触れずに。そして、私の嫌なこと全てに決着をつけよう と思ってます。 椎野さん、いいえ美佳、もし今度、生まれ変わってあなたと会え たら、また友達になってね。今度会う時はきっと素直な自分になっ てると思うから 「馬鹿!!」 美佳は手紙をぎゅっと握りしめ、壁を叩いた。 「死んじゃったら、何にもならないじゃない」 美佳は目に涙を浮かべながら、その場にしゃがみこんだ。 彼女の頬をすうっと涙が通って、床にぽたっと落ちる。 ありがとう…… 最後に亜由美が言ったあの言葉が美佳の心にはいつまでもこだま していた。 終わり